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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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44.湖の底

家まで馬車で乗り込める道はなく、ホルンは近くの街道で降りることになった。


久しぶりに嗅ぐ草木の匂いに、ホルンは懐かしい気持ちが沸き起こっていた。

思い出にひたりながらしばらく歩くと、家が見え始めた。


扉を開けると、偶然その場にいたのであろうふたりが、驚いた顔をしてこちらを見る。

何の連絡もせずに帰ってきたが、ふたりとも家にいたのは、運がよかった。


「た、ただいま……」


照れくさくなり、小さな声で、ホルンは帰宅を告げた。


ふたりにもみくちゃにされながらも、ホルンは帰ってきた目的を話した。

ホルンと初めて会った場所を教えてほしい、と言うと、ライオネルは快く教えてくれた。


そこは森を抜けて、山岳地帯へさしかかる場所になっており、かなりの距離がある。

日帰りすることも難しいだろう。


ホルンはその日、家族団欒を楽しんだあと、ゆっくりと体を休めた。

翌朝、日の出と共に、少しの荷物を持って出発した。

ほとんど庭のような森の中を歩くのに、必要な道具はそれほど多くない。

食糧や水はいくらでも手に入れられるからだ。


道中で見つけた果物をかじりながら、ホルンはひたすら歩いた。


(最近、歩くことが多いよね)

『足腰が鍛えられていいじゃろう?』

(じゃあ、代わる?)

『歩くのは好かぬ』

(勝手だなあ……)


森を抜け、急な斜面が増え始めたころ、ホルンはこの辺りが聞いていた場所だろう、と足を止めた。


「うーん、なんだか、変だな」


山へ向かうに連れて植物が減ることは、理解出来る。

高さによって生育できる限界があるからだ。


まだその影響が出るほど山を登った気はしていない。

しかし、木はまばらで、どれも背が低く、細い枝に小さな葉がついているだけだ。

日光は充分に当たっており、日照不足とも考えられない。


ごろごろと転がる石には苔がむしており、辺り一面が緑色の絨毯になっていることで、特別な場所のように感じた。


(苔が生えているってことは、この辺りだけ湿度が高い? 土中の栄養が少ないってこともあるだろうけど……)


近くに川がないか探しているうちに、一筋の小川を見つけた。

その周辺だけ、植物の葉が黄色く変色している。


「ここだけ栄養過多なの? 自然でこんな偏り方をすることって、ありえるのかな?」


ホルンは水に原因があると見て、小川の出所を追った。

すると、少し山を登ったところで、広大な湖が現れた。


その湖の水は信じられないほど透き通っており、魚や水草の一片も見えない。

底は果てしなく闇が広がっていて、どれだけ深いのか、見当がつかない。


何らかの毒が流れているのだろうか、見た目にはわからない。

ホルンは湖の中に何かいないか、と探知眼を使った。


「何これ!?」


思わず大声をあげた。

湖の底に、巨大な生命力の塊が見えた。

それはヘビのようにとぐろを巻き、ただ静かに沈んでいる。


『これほど大きなものは初めて見るのう』

(湖の主みたいなものでしょうか。それにしても、これほど大きな生物がエサのいない湖で生きていけるとは思えないんだけど……)

『ふむ。少し代わってもらえるか?』


シロは鱗に覆われた手で湖に触れた。

毒があっても自分なら大丈夫だと思ったのだろう。


(これは、毒ではないな)

『何なんですか?』

(生命力じゃ。高い濃度の生命力に満ち溢れておる。これでは誰も生きられまい)


『生命力って、多すぎると毒になるんですか?』

(そうじゃのう。生物とは肉体があるじゃろう? その肉体がなかったら、全ての生物はひとつの生命力の塊に飲まれてしまう。その時、優位性を持つのは、大きな生命力の方なのじゃ。水という形をとっているこの生命力が体の中に入れば、氷のように体が溶け、水とひとつになるじゃろうな。生命力というものは、とことん悪食なのじゃ)


シロはホルンへ伝えながら、体を曲げたり伸ばしたりし始めた。


(さて、底にいる主のところまで行ってみようかのう)

『行けるの?』

(妾たちの方が、この湖より生命力が上じゃ。取り込まれることはあるまい)


シロは服を脱ぐことなく、湖に飛び込んだ。

光がさしこんで、湖の中はよく見えるが、底の方はさすがに暗い。


暗闇に周囲が包まれ始めた時、湖の底に白く光る半円上の球体が現れた。

そこへ触れると、シロは水のない空間へと吸い込まれた。


『大丈夫ですか?』

(う、うむ。これは魔力の大気じゃ)


その中を進むと、中心に白いヘビのような体躯を持つ、巨大な生き物が体を丸めて鎮座していた。

眠っているのか、シロが近づいても何の反応もしない。


(ここからあの生命力が漏れ出しておったようじゃのう)

『生きているんですか?』


シロはそっと手を触れた。


(……この者はすでに生命活動を辞めておる)

『そうなんですか……。遺体の沈んだ水源はダメになることがあると聞きますが、こういうこともあるんですね』


ホルンが感心して言う。


シロがヘビの表面を撫でていると、突然、体全体が白く発光し始めた。

その光は、フィリップがやっていた、魔術の光とよく似ている。

シロは咄嗟に後ろへ跳ねたが、光の強まる方が早い。


『シロさん!』

「間に合わん!」


瞬く間に、ふたりは膨れ上がった光に飲み込まれた。


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