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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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43.解放

教師の仕事は、思っていたよりもずっと忙しかった。


学年ごとに内容を変え、新しく発見された知識は授業に取り入れ、学生たちの成績を評価をする。

それを、自分の勉強をしながらこなさなければならない。


知識を得たからと言って、一日の長さが伸びたわけではなく、毎日校内を駆けまわっているような有様である。


今日は昼を大きくすぎてようやく終わらせなければならなかった書類の仕事が終わり、研究室で昼食をとっていた。


『毎日忙しいのう。これでは体を壊すのも時間の問題じゃ』


シロの言葉に、ホルンは乾いた笑いで返した。


(でも、私は臨時の講師だから。代わりの人が見つかればすぐに解放されるよ)

『本当に探しておるのか疑問じゃがのう』

(それは、否定できないけど……)


ホルンはパンをちぎって口に運ぶ。


(白龍のこと、調べに行きたいなぁ)

『妾たちの見つかったあの森を調査できれば、もっと詳しいこともわかるじゃろうな』

(うん。お父さんも言ってた、生命の本流が地面に近い場所を流れているっていうのも気になるしね)


それも、代わりの講師が見つかってからの話だろう。

ともかく今は目の前のことを必死にこなしながら、自由になれる日を待ち続けるしかない。


パンを食べ終えて、背伸びをしていると、アレクシアとサイが研究室を訪ねて来た。


「なんだか、ひさしぶりね」


アレクシアが言った。

あの事件以来、なかなか会う時間がとれず、ホルンも寮には戻っていなかった。


「充実してるからね」

「充実しすぎてもどうかと思うわ。これ、私とサイから」


アレクシアは鮮やかな緑色の液体が入った小瓶を取り出して、ホルンの机に置いた。


「疲労回復に効く香りのする薬品なんだって。サイはあなたがすでに持っているんじゃないかって言ってたけど、そんなこと言い出したら何も持って来られないじゃない?」

「ありがとう、大事に使う」


心遣いに感謝して、ホルンは頭を下げた。

話は終わったとばかりに、サイがアレクシアを押しのけて、ずいと前に出る。


「さて、本題に入ろう。黒竜のことだ。あれから何の音沙汰もないが、なぜ誰も何の対策もしないんだ?」


サイが言っているのは学校だけの話ではない。

この都市の中で注意喚起する声もあがっていないのはおかしい。

まるで見てみぬふりをしているようであった。


「フィリップさんが言うには向こうから攻めてくることはしばらくはないってことだったけど、たしかにちょっとおかしいね」

「そうだろう? 相手の場所はわかっているのに、誰も攻めていこうとしない。何か待っているのか?」


「何かって?」

「確実に倒すための援軍か、準備が整うまでの時間か、それはわからないが、あまりにも静かだ」


「水面下でやっているんじゃないの? ほら、伝えたらみんな混乱するから」

「……君にも何も伝えられていないんだな」


サイは残念そうに言った。


「ねえ、私いいこと思いついたんだけど」


アレクシアが言う。


「学校を卒業するまでのあと三年、黒竜との戦いを見越して修行するのはどうかしら」

「発想は悪くないが、君はやつらと戦うつもりなのか?」

「そんなの、わからないじゃない。自分の身を守れるくらいには鍛えておいても損はないでしょ」


実際、今できることはそれくらいなのだ。

三年でどれほどのことができるかはわからないが、アレクシアの言っていることは的外れでもない。


「でもたしかに、ただ闇雲にやるよりは、仮想の敵を目標にした方が効率はいいかもね」


とはいえ、ホルンはまだその時間さえとれない。


「それと、ホルン。いいおしらせがあるわ」

「いいおしらせ?」

「ええ、楽しみにしてて」


アレクシアは嬉しそうに笑った。


それから数日が過ぎ、ホルンはよく見知った顔と校内で再会した。


「あら、ホルンちゃん! 話は聞いたわよ!」


聞き覚えのある元気な張りのある声が、研究室の中に響き渡る。

マルセラは黒いローブを着て、ホルンの前に現れた。


「本当は一度断ったんだけどね、あまりにも誰も見つからないってことで、おばさんが一肌脱いでやろうって思ったわけさ。アレクシアちゃんも心配してたしね」

「ありがたいんですけど、パン屋はいいんですか?」

「仕方ないから閉めちゃったよ。まあ、やりたくなったらまた開けばいいし、そんなに気にしないで!」


突然のことに気が動転して、最初に浮かんだことがそんなことであったが、よくよく考えると、なぜマルセラが講師をできるのだろう。


「マルセラさんって、何者なんですか?」

「ただのおばさんだよ。昔ちょっと魔法をかじっていたことがあるくらいさね」


ちょっとかじったくらいでこの学校の講師をできるものか、とホルンは内心で呟いたが、今は何よりもありがたかった。


「さあ、早速引き継ぎをやってしまおう! 終わったらしばらくゆっくり休みなよ。よくがんばったんだから」


ホルンの講義の内容などを聞きながら、マルセラは自前の資料と見比べて、残りの授業の予定を組み始めた。


「手慣れてますね」

「昔はもっと大変だったんだよ。今ほど教える内容が決まっていなかったからね」

「務めたことがあるんですね」

「少しの間だけね。十年くらいかな。この薬草学の前任の先生と入れ替わりで出て行ったんだよ」


マルセラはカビーノのことを一切知らなかった。

なぜいなくなったのかを知らせていないということは、やはり、学校は黒竜の話を外部にする気がないようであった。


「年取った人間は若い人を助けないとね」

「そう言ってくださるだけで、救われます」


マルセラのおかげで、ホルンはようやく休みをとることができた。

学生に専念する前に、五日ほど休暇をもらい、帰省することにした。

アレクシアとサイにもそのように告げ、懐かしい森の中へと、今度は馬車に乗って帰ってきたのであった。

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