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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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41.紛い物

「もうひとつだけ、気になることがあって」


ホルンが切り出す。


「あのスープに入っていた毒のこと、カビーノ先生に聞きに行こうと思ってるんだけど」

「そういうことなら、僕は帰る」


サイは露骨に嫌そうな顔をしたあと、そう言ってさっさと寮へ戻って行ってしまった。


「アレクシアはどうする?」

「行くわ。断る理由もないし」


ホルンたちは学内を歩き、カビーノの研究室を訪れた。

彼の研究室は少し特殊な立地になっている。

薬草を育てるための温室が隣接しており、薬を作るための設備も充実している。

この学校において、薬草学というものがどれだけ重要視されているかよくわかる造りであった。


研究室へ入ると、カビーノは椅子でくつろぎながら本を読んでいた。

本を閉じて、机の上に置き、ゆったりとした動きで立ち上がった。


「どうしたんだい? ボルスとの話は終わったのかな?」


カビーノはいつもと変わらない様子で、温和な笑顔を見せていた。

ホルンは緊張しながらも、口を開いた。


「実は、毒のことをお聞きしたいのです」


毒のこと、と言っただけで、彼は察したように言った。


「何を聞きたいんだい? 君たちが飲まされた毒のことなんて、今となってはわからないだろう」

「……ええ、今から調べるのは難しいでしょう。でも、私には毒の種類はわかっています。シビレトレーフルの一種と同じ特徴がありました」

「そこまで分かっていて、いったい何を――――」

「シビレトレーフルは」


カビーノの言葉を遮るように、ホルンは言った。


「……シビレトレーフルは、ほんの少しだけ、甘い香りがするんですよ。弱い匂いなんですけど、服につくとなかなか落ちない匂いなんです。カビーノ先生、最近どこかで触りましたか?」


そう聞くと、カビーノの笑顔が、徐々に凍りついていく。

ホルンは構わずに続けた。


「先生、私たち、砦で薬を飲まされたことは話してないんですよ。どうやって脱出したか聞かれると困る事情があったので。どうして知っているんですか?」


不穏な気配を感じたのか、アレクシアがホルンの服のすそを、ぎゅっと握った。


「カビーノ・オルディアレス。本当は、演技をする気もないのでしょう? 適当に言い訳すれば、相手が勝手に信じて、都合よく解釈してくれる。あなたのその体にかかっている魔法の効果はそんなところでしょうか? 残念ですけど、私には効いていませんよ」


カビーノは黙ったまま、怠そうに椅子へ座った。

笑顔は崩していないが、それはもう表情と呼べるほど柔らかなものではない。

ホルンはいつでもシロに代われるように集中しながら、話を続けていく。


「素質のある人を探して、誘拐させていることはわかっています。あなたのその魔法で上手く人の心を支配して隠してきたのでしょうけれど、今日でそれも終わりです」


彼に初めて会った時から感じていた違和感が、徐々に形をおびていった。

物的な証拠は何もないが、不自然なまでに大人しい彼の態度が、ホルンの言っていることを肯定している。


「く、くくく、あっはっはっはっは!」


突如、カビーノは顔を抑えて大笑いを始めた。

ホルンは警戒して、彼を見据える。


「いや、ごめんごめん。あまりにも突飛な発想で笑っちゃったよ。君は僕が嫌いなのかな?」

「ふざけないで。そういう態度も、もう意味がありません。大人しく捕まって、洗いざらい喋ってください」


カビーノは笑うことをやめると、また、にっこりと笑顔を見せた。


「ねえ、アレクシア。君には、彼女の言うように、僕が悪人に見えるかい?」

「え、ええ? 悪い人、には……見えない、けど……」


しどろもどろになりながら、アレクシアは呟くように言った。


「だろう? ホルンは酷いやつだよね。僕がそんなことするはずないのに」

「う、うん。ホルンが、悪い……? なんで……?」

「やめて!」


ホルンはその洗脳を遮ろうと、カビーノへ掴みかかった。


「暴力はダメだよ」


掴みかかろうとしたホルンの腕を、カビーノは軽く手で払った。

ただそれだけだったが、同時に、嫌な音がして、払われた左腕は、あらぬ方向へと曲がっていた。


何が起きたのか、理解が追いつかない。

カビーノを見ると、右手が黒い鱗に覆われていた。

右手だけだが、見覚えのある現象だ。

まさか、とホルンの頬を冷や汗が伝う。


「君は、僕を捕まえる、と言ったかい? どうして君が僕に勝てることが前提なのかな? なぜ魔術が効かないのか知らないけど、仕方がないからここで始末させてもらうよ。僕にしてみれば、死体の掃除は簡単だからね。もし逃げたりしたら、そこにいる友人がどうなるか、わかるよね?」


卑怯な、と言いかけたが、彼が怪しいことをわかっていながら、この場にアレクシアを連れて来たことが失敗であった。

さらに言うなら、彼の魔法の効力を、直接触れなければ作動しないものだと侮っていた。


しかし、彼にできることがこのくらいなら、何も問題はない。

あと数秒もすれば痛みにあえぐことになるだろうが、それは普通の人間の場合である。


『妾たちが思うよりも、真相に近づいているようじゃな』

(うん。あの手、多分シロさんと同じ……)

『うむ。これで近しいものが存在することがわかった。こんなやつでなければ、同族に会えたと喜ぶところなのじゃが……』


シロは嬉しさと無念さが入り混じった声を出した。

ホルンも、それは同じ気持ちであった。


「おいおい、どうしたんだい? 僕を捕まえるんだろう? 次は右腕を折ってあげよう。そのあとは、足だ。死ぬ直前まで、苦しめてやる」


カビーノはひとしきり馬鹿にしたように笑ったあと、右手を振り上げた。

その右手が、ホルンへと達する前に、皮膚が白く反転していく。


「不埒なやつじゃのう。それに、悪い右手じゃ」


シロは不敵に笑って、カビーノの右手を掴み、外側へ捻って、一切の躊躇なくちぎり取った。


カビーノは、唖然としていた。

何が起こったのか、全くわからないのだろう。

折ったはずのホルンの左腕はすでに完治しており、自分を遙かに上回る怪力で、鱗のついた右手を壊されたのだから。


「よくできておるが、紛い物じゃな。同族などとは、言いすぎじゃった」

「き、君は、いったい何者なんだ!?」


カビーノの顔に、もはや笑顔はなかった。

恐怖を隠さず面に出し、必死に距離をとろうと後ずさっている。


「妾が誰であるかなど、どうでもいいことじゃろう。異形は知能が低いようじゃが、生き残るための判断すらまともにできぬか? ほれ、逃げろ」


シロの挑発じみた言い方に激怒したのか、カビーノはわめいた。


「馬鹿にするなよ! おい、女! そいつを抑えろ!」

「はい」


正気を完全に失ったアレクシアが、シロの体を羽交い絞めにした。

カビーノは勝ちを確信したのか、ようやく笑顔を見せた。


「いや、たしかに、これだけはやられてはまずいと思っておったが、判断が遅すぎじゃのう」

「は? 何を言って――――」


突如、カビーノの周囲の床が盛り上がり、石でできた巨大な手が現れ、あっという間に彼を取り押さえた。

逃げ出そうともがくも、片手ではどうすることもできない。


それを見て、シロはホルンへと体を返した。

背後からゆっくりと姿を現したのは、クレイ学校長とボルスのふたりであった。




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