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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第一章 狩人の森
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03.狩りの手伝い

マリアは、喋りながら木の器にスープを流しいれた。

美味しそうな匂いが辺りに漂い、急いで食いつきたい欲望に駆られたが、ぐっとこらえて話を続ける。


「子供は、いないんですか?」


少女は、自分の眠っていた部屋を思い出して言った。

空き部屋と呼ぶには埃ひとつなく、使っているにしては物がなかったからである。


「……子供は居たわ。三歳の時にね、病気で……」

「あっ……」


質問が軽率だったことを悔やんだ。

失言に気がついて、何も言えず顔を伏せた。


「今も忘れられなくてね、部屋をずっと残してあるの。……気持ち悪いよね」

「いえ、そんなことないです。大切な部屋を使わせてもらって、すみません」

「いいえ、使う人がいなきゃ、部屋が泣いちゃうから。あの子のことを忘れられない私たちが悪いの」

「……私で、代わりになれますか?」


それを聞いたマリアは悲しそうな顔をした。

少女は、またやってしまった、といい加減己の口の軽さを恨んでいたが、出た言葉を無くすことはできない。

時間を置いて、マリアは言った。


「……そうね。そう取られても仕方がないわ。でも、違うのよ。代わりをしてほしいと言っているんじゃないの。あなたが心配だから、放っておけないから、言っているのを分かってほしい」


少女は、彼女にそこまで言わせてしまったことを、またしても悔やんだ。


「……マリアさん、私に、何かいい名前を考えてもらえますか? この先も名無し、では困りますし……」


それは、少女にとって、精一杯の肯定の態度であった。

マリアも、そんな気持ちをくみ取ったのか、手をパシンと合わせて、言った。


「分かったわ! でも、私のことは、マリアさんじゃなくて、お母さんって呼んでほしいな」

「お母さん?」

「いいわ! いいわね!」


彼女は大喜びで言った。

子供の代わりをしてほしいわけではない、と言ったものの、やはり、そういう目では見ているのだろう。

しかし、少女も、こんな正体不明の人間を受け入れてくれる人に会えて、まんざらではなかった。

その日から、ホルン・パストゥールは、この家で暮らすことに決まった。






三人がひとつの家で暮らし初めて五年が経った。

ホルンの身長は随分と伸びて、順調に成長していたが、相変わらず頭の角は生えたままで、伸びたり縮んだりするということもなく、あのころと変わらないまま、両側頭部にちょこん、と乗っていた。

ただ、大きさも変わらなかったおかげで、フードさえ被れば、隠すことができた。

そして、角さえ出ていなければ、ふたりと一緒に、市場へ行くことも可能であった。


ある時、ライオネルが狩りについてきてみないか、と誘った。

女性の狩人もいないわけではない。

しかし、珍しい存在ではあり、ホルンは不思議に思った。


「私なんかついていっても足手まといにしかならないのに」


五年間で、何度か市場にも行ったが、女性の狩人をほとんど見たことがなかったのだ。

だから、自分が狩りをする姿が想像もできない。


「今はまだそうかもしれないが、いずれ上手くなるさ。俺やマリアだって、いつまで元気でいられるかわからないんだから、得られる知識は得ておいて損はないだろう?」

「うーん……」


ホルンが納得しかねる声を出していると、ライオネルは頭を撫でて言った。


「分かったら準備しな」


気乗りはしないが、納屋へ向かって弓矢を取り出した。

そこにあることは知っていたが、使ったことはなく、使うこともないだろうと考えていた。

張られた弦を指で弾くと、勢いよく跳ねた。

弓なんて、扱えるのだろうか。


そんな様子を横目に見ながら、ライオネルは雑多な道具を二人分準備していた。


「これが持ち物だ。獲物を運ぶためのロープと布、怪我した時用の水、ナイフ、あとは……」


道具をひとつひとつ手に取り、丁寧に説明していく。

ホルンはそれを聞き洩らさないように、必死に頭に刻み込んでいく。

難しそうだが、役には立ちたいからだ。

獲物を仕留められなくても、手伝いならできるはずだ。


「ここらの森は実のなる植物が多くてな、草食動物がわんさかいる。それに比べて危険な肉食動物は少ない」

「どうして?」

「俺も詳しくは知らないが、この辺りには生命の大きな流れが地面のすぐ下を通っているらしい。そのせいで、生命を奪って食べる肉食動物は居心地が悪いんだと。よっぽど頭が悪いやつか、本能で物事を判断しない人間くらいしか住めなくなっているんだ」


森の中を歩きながら、ライオネルは言った。

喋りながらも、目を緑色に光らせて、周囲を見張っていた。


「生命の流れって目に見えるものなのかな」

「俺も専門知識を持っているわけやないからな。ホルンが学者になって調べてみてもいいんじゃないか?」


ライオネルは、冗談めかして言った。


「お父さん、無茶言わないでよ。私が研究材料になったらどうするの? 角が生えてるんだよ?」


ろくなことを言わない父親だ、とホルンは思った。

人が何のためにフードを被って市場に行っていると思っているのだろうか。


「それならいっそ、自分で研究してみたらどうだ?」


ホルンは呆れてため息をついた。


「もう、私はやらないよ」

「そうか? 似合うと思うんだが――――」


ライオネルの目つきが鋭くなった。

獲物を見つけたのだろう。


ホルンに後ろからついてくるように合図して、矢を番え、足音を消して慎重に歩みを進めていく。


ライオネルは、狩人の中でも一目置かれているほど、腕のいい狩人だ。

それは、ライオネルが狩りをする中で使えるようになった魔法、探知眼サーチアイのおかげでもある。

体内をめぐる魔力を目に集中させ、生き物の気配を視覚できるようにした魔法なのだ。

彼の目が緑色に光るのは、体内の魔力が眼球に集まるせいである。


ライオネルは罠を使うことなく獲物を察知することが出来て、さらには弓の精度も相まって、彼に狩れない獲物はいないと言われるほどだった。


「ホルン、左から大きく回って、こちら側に獲物を追い込め」


ホルンは頷いて、左へ向かって歩いた。

ホルンには獲物の姿は見えず、どこまで回ればいいのか、なんとなくしか分からない。


(この辺かな……)


意気込んで、ガサガサと騒がしく音を立てながら、まっすぐに歩く。

小枝や、背の高い草をかき分けるため、手や服に水滴や泥が跳ねる。


これであっているのだろうか、と不安になりながらも、役割をこなした。

不意に、何かが走り去る音が聞こえた。

そう思ったらすぐにその音は絶え、代わりにライオネルの声が聞こえた。



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