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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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38.帰路

ホルンは、帰るまでの計画を頭の中で簡単に組み立て、ふたりに伝える。


「とりあえず、遮蔽物のないこの荒野で夜を明かすのはあまりよくありません。このまま草原まで戻りましょう。シルトクレーテまで歩いて帰るとなると、二日はかかるはずだから、どこで休むかちゃんと考えて歩かないと、帰りつくまで体力がもちませんよ」


長距離を歩いた経験がこんなところで活きるとは思ってもいなかったが、おかげで具体的なことがわかる。

それに、ホルンには狩人としての知識もある。

食糧や水の確保も、難しくはない。


車輪の跡は、まっすぐに一本だけ続いていた。

別の方向に行った形跡はなく、これを辿るだけで間違いなくシルトクレーテへ帰れるだろう。


「しかし、このまま戻れば奴らとぶつかるんじゃないか? 馬車はシルトクレーテに戻っているようだし、まだ向こうに仲間がいるんだろ?」

「そのためにも草原に戻るの」


ホルンの返答に少し考えたあと、サイは納得したように小さく「ああ」と呟いた。


「え? どういうことなの?」


アレクシアだけが分からずに聞く。


「夜の草原なら、身を隠すなり、迎え撃つなりできるから。荒野じゃそれもできない。もし矢や魔法で遠くから狙われたら、私たちなんて簡単にやられちゃうよ」

「そうか、なるほど。それもそうね」


砦から外へ行った人間は三人。

彼らが馬車で戻って来る確率は低くない。


都市から他の仲間を連れてくるかもしれない。

そう考えると、戦うことは好ましくない。


三人は歩いて帰るための体力を考えて、喋らずに歩いた。

この荒野には飲み水もなく、時間をかければかけるほど、苦しむことになるからだ。


日が落ちて、薄暗い空に星が輝き出す。

そのころに、やっと点々と草が生え始めた。

草原地帯に入ったことが分かると、少しだけ心が落ち着いたのか、アレクシアが立ち止まって手を広げた。


「そろそろ灯りが必要でしょう? 点灯ライトオン


アレクシアの手の平に光球が出現して、辺りをぼうっと照らした。


「ずっと持っているつもりかい?」


サイがからかうように言う。


「何よ、できないの分かっていて言ってるでしょ」

浮遊フライ


サイが魔法を使うと、光球は浮いて三人の頭上に移動した。

ふわふわと上下しながら、きちんとついてくる。


「そういうこともできるんだ」


ホルンは感心して言った。

魔法にも魔法をかけられるのだ。


「まあ、こんなことをしなくても、照明球ライトボールって魔法があるんだけど……」

「使えないのよ! 悪かったわね!」


声を張り上げるが、体力も気力も底をつき始めているようで、そこから言い争いには発展しなかった。

気力が限界を迎えていたのは、ホルンも同じで、だからこそ、遠くに見える灯りに気がつかなかった。


星と区別がつかなかったと言えばそうでもあるだろうが、はっきりと確認できる位置までホルンは気がつくことができなかった。


「ア、アレクシア、魔法消して……!」


その声にアレクシアも気がついたようで、慌てて光球を消す。


遠くに見える灯りはふたつ。

それは、馬車の幌にとりつけられたランタンの灯りである。

予想はしていたが、実際に出会うことになると、全身に嫌な汗が滲む。


「馬車で助かったが、どうする?」


馬車の眩い灯りの内からではこちらの光球は見えなかっただろう、とサイは言う。


「今はとてもじゃないけど戦えない。隠れて通り過ぎるのを待ちましょう」


三人は馬車の動線からできるだけ離れ、大きな草の影に身を潜めた。

そして、敵の姿が見えるほどの距離に来た時、目を疑った。


「これが、本物の異形……」


サイがつぶやく。

馬車を引く馬も、手綱を握る御者も、幌の合間に見える搭乗者も、全員が様々な獣の混じった姿をしている。


まず、馬車を引いている馬のような生き物は、馬の顔の左右に犬の顔があり、足が六本ある。

しかもその全てが鳥の足であり、細い足の上に、馬の筋肉質な胴体が、乗っているのだ。

その馬を操縦する御者は、顔が牛であり、長い体毛に覆われた胴体からは腕が三本生えている。

奥に見える搭乗者も、似たような容姿で、まとまりのない、『異形』としか言い様のない姿をしていた。


ホルンの目には、あの砦にいた人間のふりをした異形よりも、その合理性の欠片もない姿が、よっぽどおぞましく見えた。


馬車が三人のとなりを通りすぎようとしたとき、犬の頭を持つ馬はふと立ち止まった。

顔を動かして、草原の中に何かを探していた。


(見つかった!?)


追ってきていないところを見るに、姿を見られたわけではないのだろう。

しかし、微かな動きで捕捉されるかもしれないと思うと、指一本動かせない。


御者が立ち止まった馬を鞭で打つまで、時間にすれば数十秒であったが、三人にとっては気の遠くなるほど長い時間であった。

完全に姿が見えなくなって、初めて深呼吸をすることができた。


いつも冷静なサイも、ホルンと同じように肩を大きく上下させて呼吸をしている。

野生の獣や悪人たちとは違う、まったく理解できないところにいる彼らに、言い表せない恐れを抱いたのだろう。


アレクシアは、足腰が抜けて、立ち上がれなくなっていた。

恐怖の感度が振り切ってしまったようで、乾いた笑いを出していた。


ホルンはふたりの様子を見て、今日はここで野宿をすることに決めた。

とにかく休んで明日に備えるのが、今は最善だろう。






頭領は、ひとり取り残された砦の中で、ひたすらに待っていた。

恐怖により消えかけている意識を保ちながら、仲間が帰って来ることを。


白竜が人間の側についていることを、あの方が知れば、必ず八つ裂きにするに違いない。


仲間は随分やられてしまったが、また作ればいい。

人数を集めて、都市に乗り込み、あの三人組に復讐をする。


どのようにいたぶってやろうかと考えると、自然に頬が緩む。

あの赤い髪の女は、火あぶりにしてやろう。

風を使うやつは、内臓を抜いて、干物に。

そして、白いやつは、真っ赤な血で、全身を赤く染めてやる。


くくく、とくぐもった笑い声が出る。

そうしていると、砦に誰かが入ってくる音がした。

部屋に入ってきた鳥の頭をした異形を見て、頭領は安堵した。


「よくやった。さあ、縄を解――――」


小部屋の中で、何かの潰れる音が響いた。

頭領の頭には、巨大な斧が刺さっていた。

鳥頭は手にした斧を何度も頭領に叩きつける。


役目を終えた兵士は始末され、作り直す。

頭領は自分が対象外だと無意識に思っていたが、無情にも、その規則は平等に下された。

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