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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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37.脱出

「さて、あなたの目的を聞きましょうか?」


ホルンが頃合いを見て切り出した。


「それはできん。あの方へ裏切りになる」

「あの方?」

「貴様らには関係ない」


それが誰であるか、現時点では推測のしようもない。

ともあれ、彼は口を割る気がないようで、そのあとは何を言っても無反応になってしまった。

こうなれば、彼を尋問するより、何か証拠を見つけた方が早い。


ふと、砦の頂上にボロ布のような赤い旗が立っていたことを思い出す。

あれを調べれば、彼らの所属くらいはわかるかもしれない。


ホルンが梯子をのぼって頂上へ行くと、たしかにそこには赤い旗があった。

しかし、想像していたよりも穴だらけで、布は半分も残っていない。


赤い布地に、金色の線が上下に一本ずつ入っている。

中心には黒で何か描かれていたようだが、それが何であるか、この切れ端からでは判別できない。

ホルンは帰って考えることにして、旗はひとまず懐にしまった。


砦の中も、一通り見て回った。

しかし、書類や手紙は存在せず、彼らがどうやって誰から指令を受けているのか、謎のままであった。


見落としがないか、と考えながら一階をうろついているときに、ホルンは気がついた。

シロによって四散した彼らの黒い体液が、跡形もなく消えていたのだ。

シミすら残っていない。


『形を保てなくなったようじゃのう』

(形を保てなくなった?)

『うむ。触ってみてわかったが、こやつら異形は、魔力の塊じゃ。人間の皮を被っていなければ、死体すらも残すことはできない。そもそも生き物としての常識や法則が違うのじゃろうな』


在り方が違えば、障害が生まれるのも無理はない。

彼らにとって、この世界に満ちている空気は、毒に等しいのだろう。


この砦で得られた情報はそのくらいだ。

あとは帰る前に、縛られた頭領をどうするか、決めなくてはならない。


「こいつはここで始末しておくべきだ、と僕は思う」


サイが汚物でも見るような目で、頭領を見て言った。

ホルンも彼とほぼ同意見で、彼を生かしておいてもおそらくは有益な情報は得られないと思っている。

それに、感情的に、彼を罰しなければ気が済まない。


当然アレクシアもそう思うだろうと思ったが、意外にも、彼女は反対した。


「私たちがこいつを裁くべきじゃないわ。シルトクレーテの衛兵に引き渡しましょう」

「こいつは人間じゃないんだぞ?」

「ローリィは人間だった。ローリィとこの人が同じ生き物なら、この人も人間よ。人は人の法で裁かないとダメ。それが、ローリィの尊厳を守ることにもつながる」


アレクシアはまっすぐにサイを見て言った。

そう言われては、彼もただ肩をすくめるしかない。


しかし、簡単に仲間を『作り直す』彼らにとって、生殺与奪の権利は、さほど価値をもたないだろう。

連れて歩くことの危険性を考えると、ここに置いておく他なかった。

都市で報告して衛兵が到着するまで彼が大人しくしている保証はどこにもないが、殺さないと決めた以上、信じるしかない。


三人は頭領を砦の一室に閉じ込め、外に出て、周囲を見渡した。


地平線まで続く赤褐色の荒野の中には身を隠す場所もない。

しかし、外に敵はいないようだ。


「どうやって帰ろうかしら……」


アレクシアがぼやくと、サイがあごで地面をさす。


「馬車の車輪跡を追えば帰れるはず……」


ホルンは跡が続く先を見る。

その方向へひたすらに歩いていくしかない。


ホルンにしてみれば、徒歩による長距離移動は初めてではない。

大事なのは、気合だ。


さあ、歩き始めようとしたところで、ホルンは声をあげた。


「ごめん、忘れ物した!」

「え? 何を?」

「たいした物じゃないんだけど……。すぐ追いつくから先に行ってて」


それだけ言うと、ホルンはふたりの返事を待たず、砦に走って戻った。


『何を忘れたのじゃ?』

(少し気になることがあって)


『気になること?』

(シロさんを見た時の怯え方、たとえ命を握られているからだとしても、普通じゃなかった。もしかしたら、何か知っているかもしれない)

『うむ、そうじゃのう……』


まずホルンは一階の倉庫へ向かった。

ここにはひとり押し込めていたはずだ。


扉を開けると、まず臭気が襲った。

彼は部屋の隅で、黒い粘液をまき散らしながら、死んでいた。

目や耳、鼻と口、全ての穴という穴から黒い粘液がとくとくと流れ出て、床に広がっている。

その粘液からは、思わず鼻を覆いたくなるような、腐った泥沼のような酷い臭いがしていた。


ホルンが触ることをためらっていると、彼はみるみるうちに大気へと還っていき、やがて完全に消滅した。


「なんで、死んでるの……?」


思わず口に出す。

ただ縛っただけだったのだが、何か触れてはいけないものがあったのだろうか。


もしや、と思い慌てて頭領を閉じ込めた部屋へと向かうも、こちらは生きていた。

ホルンを恨めしそうに睨んでいる。


「何しに戻ってきた? やっぱり殺すことにしたか?」

「そうじゃない。聞きたいことがあるの」

「喋らないと言ったはずだが」


見せた方が早い、とホルンはシロと入れ替わった。

その姿を見て、彼は目を丸くし、先程とはうってかわって、わなわなと震えた。

やはり、何か知っているのだ。


「おい、知っていることを全て話せ」


シロは低い声で脅すように言い、頭領を睨んだ。


「まさか、そんなことが、なんで……」


歯をがたがたと震わせ、その表情は恐怖で染まっている。

シロは彼と初対面のはずで、それほど恐れられるようなことをした覚えはない。


「何を恐れている?」


シロが訝しんで聞くと、彼はまたひっと小さく悲鳴をあげた。


「そ、そんな、私が怖がっているなどと……。何をおっしゃいますか」


態度が一変したことに大きな違和感を覚える。


「お主は妾の何を知っておるのじゃ? 知っていることを全て話せ」

「言えません! 言えるわけがない! 私如きの口から、そんなことを!」


焦る頭領とは裏腹に、シロは話が進まないことに苛立っているのか、尻尾を上下に揺らして床を叩く。


「あ、あの方は、このことをご存知なのでしょうか。だから、私はまだ生きている?」


頭領の瞳にはすでにシロは映っていないようで、時折薄ら笑いを浮かべながら、空を追っていた。

その後シロがどんなに話しかけても反応はなく、彼は話をできるような状態ではなくなっていた。


「……壊れたか」


シロは大きなため息をついて、体をホルンに返した。

よほど彼に期待していたのか、精神世界で椅子に座ったまま、何も喋らなくなってしまった。


彼の話を総括すると、裏に誰かいる、ということだけである。

その『誰か』が、シロのことを知っている可能性は充分にあるが、具体的にはそれが個人なのか組織なのかもわかっていない。


それに、異形が生まれることと関係があるとすれば、ホルンたちの手に負えるかどうかも怪しい。

このような生き物の暮らす地域が、今まで調査されていないはずがない。

その調査の網にかからないとなれば、やはり、何か理由があるのだ。


釈然としない想いを抱えたまま、ホルンは先に歩くふたりに走って追いついた。


「ごめん、待たせた」


ホルンの沈んだ顔を見て、アレクシアが聞く。


「……頭領を殺したわけじゃ、ないわよね?」


ホルンは慌てて否定する。

アレクシアも冗談で言っているわけではないのが、その真剣な表情から読み取れる。


「そう、そうよね。ごめんなさい。あはは、私、何聞いてるんだろう。そんなはずないのにね」


ホルンは、言葉が出てこなかった。

やはり、理屈的には法で裁くと言っても、感情的にはそれを望んでいたのだろうか。


どういう胸中であろうと、先程の発言は、普段の彼女なら思っていても口に出さないようなことだ。

立て続けに起こった事件に、心がついていけなくなっているのだろう。


『限界のようじゃのう』

(早く帰らないと、いつ倒れるかわかりませんね……)


平気そうに見えるサイも、時折視線が泳いでいる。

ふたりとも、精神的に疲れ切っているようであった。



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