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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
37/54

36.別れ

(早く早く早く!!)


アレクシアには状況を確認する方法はない。

しかし、友の悲鳴が聞こえたのだと思うと、いてもたってもいられなかった。


赤い魔法石のついた指輪を手の中で強く握り、ただ感情的に、自分の表面の温度を、熱を急激に高めた。

縄や目隠しが燃え上がり、黒い炭となって剥がれ落ちる。

そして、視界に入ったそれを見て、一気に脱力した。


「いったい、これは、何?」


闘争心の火が一気に消えるほどの衝撃を受けた。

ローリィは廊下にはおらず、そこにいたのは人の形すらしていない怪物であった。


「ローリィをどうしたの!?」

「何か隠し持っていたか。ローリィならそこにいるではないか。まあ、今やそういう名ではないが」


そこにいる怪物がローリィだと言うのか。

嘘だ。

嘘に決まっている。


「異形というものを知っているか? 我々こそが、人間たちが異形の怪物と呼ぶ物だ」


アレクシアは指輪をして高熱の手の平で鉄格子を溶かし、廊下へと出て、頭領と対峙した。


「異形の怪物だか何だか知らないけど、あなたは許せない!」


魔力を絞った細い火炎を頭領めがけて発射する。

しかし、頭領は避ける素振りも見せない。

ローリィだった物が頭領を守る盾のようにして割って入ったのだ。


アレクシアは当たる直前に炎を消した。

ローリィだということは信じていないが、そうかもしれない可能性も捨てきれない。

彼が嘘をついているか真実を言っているか、今はまだ判別できない。


「発想はいいが、貧相な魔法だ。これごと焼き尽くさねば殺せぬぞ」

「ローリィ……!!」


アレクシアが攻めあぐねていると、頭領の真上を何かが通りすぎた。

それはそう、見覚えのある、灰色の魔石のついた捻れた木の杖だ。


それが何であるか気がついた時には、頭領は凄まじい風圧で壁に貼り付けられていた。


「では、貧相ではない魔法で相手をしよう」

「貴様、どうやって!」


頭領にはサイがどうやって杖を手にしたか、わからなくとも仕方がなかった。

話は少しさかのぼり、それは、ローリィの一度目の悲鳴が聞こえたころであった。






(今のって……!)


ホルンは、探知眼を使ってずっと様子を見ていた。

ローリィの皮膚が剥がされた瞬間に、その命そのものが、別のものへと変わっていくところを。


『どうやら、そろそろ腰を据えねばまずいのう』


シロも焦っているようであった。

指輪を返してもらったアレクシアが強行手段に出るところは簡単に想像できる。

それはあまりにも危険な状況だ。


(でも、注意があそこに向いている今なら!)


ホルンはシロへ伝えておいた作戦を決行することにした。

ここからは急ぎつつも、慎重に行動しなければならない。


(始めるよ……!)

『任せておけ』


ふたりが入れ代わる。

ホルンの体に白い鱗がさざ波立ち、角を覆っていた髪がほどける。


シロは縄を力ずくでちぎり飛ばし、目隠しをとった。

何が起きているかを見る必要も時間もない。


真下が無人であることはすでにホルンが確認している。

シロは床へ尻尾を突き刺し、まるで溶けかけたバターでも切るかのように、素早く音を立てず、円状に切り取った。


床下の小部屋には、雑多な家具や調度品が並んでいる。

どうやらここは倉庫のようであった。


探知眼を使えないシロは、ホルンの見た生命反応を記憶して、行動しなければならない。

一階に残っていたのは三人だが、彼らも手持無沙汰なようで、各々適当に時間を潰しているようであった。


音もなく倉庫から出て、近くにいた者の背後に影のように詰め寄り、背中に手の平を押し当てる。

魔力を軽く流し込むと、その圧力に耐えられなくなった肉体が破裂した。


紫の肉片と黒い粘液が飛び散るより早く、シロは次の獲物へ同じようにして魔力を流して、破裂させる。


久しぶりに表に出たシロの体からは魔力が満ち溢れていた。

そのせいか、体が時間の流れを超えたように、素早く動いていた。


残ったひとりの後ろにも忍び寄り、そっと口を抑える。


「喋るなよ。誤って、殺してしまうかもしれぬ」


彼に他のふたりがどうやって死んだかを見せると、途端に唇を震わせて怯え始めた。

しかし、その視線は死体ではなく、シロに注がれていた。


「ひとつだけ質問をする。正直に簡潔に答えろ。妾たちの持ち物はどこにある?」


彼は部屋のすみを指さした。

そこには山積みにされたホルンたちの荷物があった。


「うむ、正直者のようじゃ。生かしておいてやろう」


倉庫にあった縄を使って彼の口と手足を縛り、倉庫へと押しやった。

彼を生かしておいたのは、頭領から情報を引き出せなかった時のための保険、とホルンが指示したからだ。


シロは荷物を確認してサイの杖とホルンの弓矢を拾い上げると、体をホルンに返した。

あのふたりの前に、シロの姿で現れるわけにはいかない。


「ここまでは、順調。あとは……」


そこで二度目の悲鳴が聞こえた。

ホルンは弓に矢を番えながら、階段をあがった。


階段からは頭領の姿は見えない。

アレクシアの前にいるのだろう。


ホルンが狙うのは、頭領ではなく、サイを縛っている縄だ。

彼は、胡坐をかいて、まっすぐ背筋を伸ばして、微動だにしていない。

これだけの騒ぎが起きても、少しも身じろぎしないのだ。


ホルンも外さないよう、慎重に狙いを定める。

一射目は上手く縄をかすめた。

これで切り込みが入ったはずだ。


二射目は、サイの耳元を狙って、目隠しにも切れ目を入れる。

まったく、寸分たがわず、ホルンはこの曲芸を二度も連続でやってのけた。


ホルンは自分が矢を外すことなどありえないと思っていた。

ライオネルから教えてもらった技術に絶対的な自信があったからだ。


準備は整った、とホルンが思った時だ。

炎の赤いゆらめきが、廊下へ噴き出したのが見えた。


きっと、アレクシアの我慢が限界を超えたのだろう。

しかし、もう大丈夫だ。


ホルンは杖を弓に番え、サイへの右側へ放った。

発射した瞬間、それまで大岩のように動かなかったサイが、縄を引きちぎって、飛来した杖を、空中で掴んでみせた。

手の皮が向けて、杖の柄が血で赤く染まる。


しかし、彼は間髪いれずに、頭領へと風魔法を放ったのだ。


『風の音で杖を判別しておるのか。あの小僧、やるのう』


シロも、そう言って褒めている。

少なくとも、直感的な部分で、稀代の才能を持っているのは確かなようだ。


「どんな気分だい? 形勢逆転されたというのは」


サイがそう言って挑発する。

彼も腹を立てているのだろう。

角を隠すためにフードを被ったホルンは、彼らの間に入って、頭領へ言う。


「そんなことより、ローリィは?」


頭領は張りつけになったまま、目線を紫色の肉塊へと動かした。

まるで地中から引っ張り出された芋虫のように蠢くそれがローリィであるとは、ホルンには信じられなかった。


「我々は異形だ。異形は記憶を持てん。だから、皮膚に記憶を植え付けるのだ」

「それを剥がしたら、こうなるってわけ?」


ホルンは頭領の手の皮を引っ張って、少しだけ剥がした。

魚の皮のように、綺麗に指先まで剥ける。

そこには、ローリィと同じように、紫色の肉があった。


「や、やめろ。皮膚を剥がすと、記憶が失われる。自分が何者であったかさえ、わからなくなる。我々は、役に立たなくなった兵士を、そうやって作り直すのだ……」

「ローリィを、作り直せるの?」


「何をしても、記憶は戻らん。ローリィはまた新しい体をもらうのだ」

「……不愉快です」


ホルンは眉をひそめてそれだけ言うと、アレクシアを見た。

アレクシアは、震える手で、ローリィだったものの表面を撫でていた。

黒い粘液が手についてもかまわず、やさしく撫でている。


「ありがとう、ローリィ。私たち、無事だから。ローリィのおかげよ。本当に、ありがとう」


声をかけても、ローリィはもう反応を示さなかった。

アレクシアがどういう気持ちでいるか、ホルンには想像もできない。


「……どうしたの? ローリィ?」


ローリィは、次第に動きを鈍らせていく。

それを見て、頭領が鼻で笑った。


「異形は、腐界でしか生きられん。それはもうじき死ぬ」

「ローリィ、冷たくなっていってる……。嘘、嘘でしょ?」


アレクシアは魔法で自分の体温を高めて、ローリィを抱擁した。

少しでも暖めれば、死なないと思ったのだろう。


しかし、ローリィは蠢くのをやめ、次第に止まっていく。


「そんな、だって、あなた魔法使いになるって言ったじゃない! まだ、何もできていないのに、死ぬなんて、ダメよ!」


ローリィが完全に止まってしまっても、アレクシアは暖めることをやめなかった。


「アレクシア……」


かける言葉が見つからない。

動きを止めたローリィの体は黒い煙となり、氷が溶けるようにして、どんどん小さくなっていく。

そして、アレクシアを置いていくようにして、完全に消滅した。


アレクシアは、泣いても怒ってもいなかった。

ただ、受け入れがたい現実を前にして、戸惑っているような表情をしていた。


普通なら、怒りと憎しみのあまり、頭領を殺してもおかしくない。

しかし、アレクシアはそうしなかった。

どれだけ憎んで気持ちを晴らしても、ローリィが帰ってこないことを知っているからだろうか。


行き場のない気持ちをぶつけるように、アレクシアは廊下の壁を拳で殴った。

そして、塞ぎ込むようにして、ひざを抱えて座り込んでしまった。


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