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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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35.化けの皮

サイの前に座っている見張りの男は、退屈そうにあくびをしていた。

彼が見ても、全く騒ぐ様子のないこの三人は、今まで見た中でも、飛びぬけて退屈なのだろう。

まるで死体を縛って独房に閉じ込めているかのような感覚に襲われてもおかしくなかった。


「おい、何かやれよ」


男はついに我慢できなくなったのか、沈黙を守り続けるサイに言った。


「怒られるぞ、無能」

「てめえ!」


サイはまるで気にしていないように淡々とそう言う。

そんなことをしていると、ローリィが階段を上がってきた。


「マルタ、交代するよ」

「お、ローリィ。こいつらつまんねえな。全然喋らねえ」


マルタはローリィと見張り番を交代して、階下へ行った。

それを見送って、ローリィは椅子に座って、深呼吸をした。


みんな、もう自分のことを信じていてくれてはいないだろう。

でも、やらなくてはいけなかった。


「みんな、ごめんなさい」


ローリィが小さな声でそう言う。


聞こえているか、聞こえていないのか。

わからないが、許してもらおうとしての謝罪ではなく、懺悔のようなものであった。

心のトゲを抜くため、自分を許すため、それだけのための言葉だ。


「騙して、ごめんなさい。友達のフリをして、ごめんなさい。近寄って、ごめんなさい」


そう延々と、呪詛のようにぶつぶつと、無感情に、自分の思う自分の罪を上げ連ねていく。


ローリィは今まで数多くの囚われた人間を見て来た。

そのたびに少しずつ良心は削れていった。

そして、何も感じなくなるまで時間はかからなかった。


しかし、学校へ侵入し、才能がある者に近づいて、ここへ連れてくると任務を与えられた時、彼女は自分の心をもう一度甦らせなければならなかった。

無感情なままでは人と親しくなることなど出来るはずもない。


最初から、彼女の狙いは試験で大立ち回りを見せたホルンであった。

そのホルンの友達が、お人好しで世話焼きなアレクシアであることに目をつけ、近づいたのだ。


彼女に取り入るのは簡単であった。

自分を哀れに見せて、困っている風を装えばすぐに手を差し伸べてくれる。

依存するほどに向こうも依存してくる。そういう関係を築けていた。


ホルンは最後までローリィに対して懐疑的であったが、アレクシアに付き合うしかない立場にいたことは調べ上げていた。

彼女がアレクシアの家で二年の間暮らしていた情報はすでに手に入れていたのだ。


主従関係ではなく、精神的に頭が上がらない。

本人を懐柔する必要のない絶好の条件が揃っていた。


そして、作戦は成功した。

おまけにあのサイ・レームブルックまでもがついてきたのは計算外だった。

ローリィの手柄は彼らの一団にとって、今までの失態やミスを帳消しにできるほどのものであったのだ。


ローリィは粛々と、自分勝手な懺悔を終わらせて、口をつぐんだ。

もう、喋ることは何もない。


「ローリィ」


終わるのを待っていたのか、アレクシアがそうやって名前を呼んだ。

しかし、ローリィはもう返事をしない。

この三人は自分とは無関係な荷物だと思うことにして、声を耳に入れることすらやめたのだ。


「……あなた、ずっと何かを不安がっていたわね。それってこれのことだったの? 私たちを連れて来ること、失敗しなくてよかったじゃない」


まるで他人事のように言うアレクシアに、ローリィは少し苛立ちを覚える。

自分の立場を理解していないのだろうか。


「ずっと、出会ってからずっと。あなたが隠し事をしていたのはわかっていたわ。私の近くには何年も秘密を大事に抱えたままの友人がいるもの。わかるわよ」


説得しようとしているのか、とローリィは思った。

しかし、それは無駄だ、もう揺さぶりは通用しない、と自分に言い聞かせる。


「半年の間だったけど、あなたとの会話、魔法の練習、全部覚えてる。もう火の魔法を教えてあげられないのは残念だけど、コツは覚えたでしょう?」


この期に及んで、まだ友達ごっこを続けようとしているのか。

恐怖で気でも違ったか。

黙ったままのローリィに構わず、彼女は続けた。


「私たちがこれからどうなってしまうのか、あなたには分かっているんでしょうけど、不思議ね。分からないから怖くないの。例えこのあと死んだとしても、友達のことを信じた結果死ねるのなら本望よ。誰かを呪って死ぬのなんて嫌だもの。……巻き込んだ二人には悪いけど、私はそう思ってるわ」


「勝手なことを言って……!」


私だってやりたくてやっているわけじゃ、と続きそうになり、思いとどまる。

説得されそうになっているわけではない。

だが、なぜ彼女に対しそのような感情が思い起こるのか、ローリィには理解出来なかった。


ローリィは自分が思っている以上にアレクシアに惚れていた。

その芯の通った人間性と、最後まであきらめない姿勢に。


ローリィが持っていないものを全て持っている。

このような人さらいの一団に入れられ、命令されるがまま悪事を働き、空っぽな自分のまま、死ぬまで過ごすのかと空虚な不安にかられていたローリィとは正反対であった。


「あなたがどう思ってるか、私にはもうわからないけど、万が一にでも助けようとなんかしないでね。あなたまで巻き添えになる必要はないんだから、ね」

 

ローリィの指の隙間から、赤い魔石のついた指輪がするり、と抜けて床へ落ちた。

そのまま転がり、アレクシアの足へと当たる。


ローリィは自分の行動に戸惑った。

なぜ、指輪を落としたのだろう。

助けたいという気持ちがわずかでもあるとは認めたくない。


しかし、それならばなぜ指輪を大事に持っていたのだろう。

頭領や他の仲間たちに内緒にしてまで、手の内にアレクシアの指輪を握って、何をするつもりだったのだろう。


思考と行動が、まるで別人のように、動く。

ローリィが自覚したくない部分で、アレクシアのことを助けたいと思ってしまったのだ。


自分はどれだけ痛い目にあってもいい。

それだけのことをしてきたのだから。

しかし、彼女だけはどうしても助けたかった。

だから、指輪を返してしまった。


ローリィは何も喋らなかった。

自分がわからず、混乱して、何を言ったらいいのか、言葉が出てこない。


足元に転がった指輪にアレクシアが気がつき、そっと縄で結ばれた手の中に収めた。


「……ローリィ、これが、あなたの答えなのね?」


アレクシアがささやいた。

ローリィはただ呼吸を大きくするだけで、何も言わない。

その時、不意に背後から声がした。


「何をしている?」


ローリィは驚きと恐怖に、まるで石像にでもなってしまったかのように身体が動かなくなる。

いつからなのかわからないが、真後ろに頭領が立っていたのだ。


「よもや、裏切る気ではあるまいな?」

「そ、そんな……裏切るなんて……」


声が震える。

動悸が高鳴り、呼吸が苦しくなって、脂汗がにじみ出る。


どこから見られていたのか。

自分の力だけで、アレクシアだけでも逃がせるか。

様々な考えが頭をよぎる。

杖を下に置いてきてしまったのが悔やまれた。


頭領は何を考えていたのか、感情のない冷ややかな視線をローリィの後ろから投げかけていた。

そして、しばらくして、そこから離れる素振りを見せた。


「ならば、良い。あの方を裏切ることなどあってはならないからな」


その言葉に彼女は胸を撫で下ろした。

とりあえず、この場は大丈夫。

そう思った矢先であった。


「む? 顔が剥がれかけておるな」


頭領の手が、ローリィへと触れる。

顔の皮に爪を立て、一気に引きはがした。


悲痛な叫びが、砦の中で反響する。


「ちょ、ちょっと! 何をしているの!?」


思わずアレクシアは叫んだ。

酷いことをされているのは声だけでわかるのだろう。


「やめて! やめてください! 頭領! 私はまだローリィでいたいんです! まだ、私は……!」

「それは出来んな。お前のような出来損ないは、どのみち処分する予定だったのだ。せっかくだ。友人の前で最後を迎えるといい」


ローリィの叫び声に構わず、頭領は淡々と、彼女の顔の皮を剥いでいく。

まるでふかし芋の皮でもむくかのように、簡単に剥がれていく。


「頭領、お願いします……! まだ待ってください……!」


ローリィは泣いていた。

体が痛いからではない。

心が痛いのだ。

顔など後からでもどうにでもなる。

しかし、心は――――。


引き裂かれた皮膚の下には紫色の肌が見えていた。

湿っていて、絶えず黒い粘液の吹き出す、とうてい美しいとは言えない皮膚が、見えていた。


頭領が皮膚を剥がすたび、ローリィは醜い姿へと変貌と遂げていく。

同時に、記憶や思い出も消えていく。

皮膚に保存された情報は、空中を舞って、二度と戻らぬ塵芥となり、霧散し、消える。


「あ、ああ……」


ローリィだった物は言葉を発することすらできなくなった。

思考力がなくなり、悲しみも苦しみもない。

人の形をした、ただの紫色の肉塊と成り果てていた。


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