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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
35/54

34.それぞれの

意識が戻ると、ホルンはまず目を開けた。

思った通り、手足を縛られて、目隠しをされている。


しかし、探知眼サーチアイを持つホルンにはあまり関係がなかった。

見えるのは生命反応のみだが、状況くらいは理解できる。


どうもここは二階らしい。

階下にあの老人とローリィを感じる。


少し離れたところに、アレクシアとサイがそれぞれ見える。

等間隔でいるところを見るに、どうやらひとりずつ個室に入れられているようだ。

空気の流れから、壁で区切られていることもわかる。

ふたりはまだ目が覚めていないようで、芋虫のように横たわっていた。


見張りは、サイの前にひとりだけいる。

まだこちらが意識を取り戻したことには気がついていないようだ。


ふと、要塞の中にいるのが三人だけであることに気がついた。

あとの三人はどこへ行ったのだろう。

感じられないということは、探知の外、つまりこの要塞にはいないということでもある。


彼らの目的も気になるが、ひとまずはふたりが無事で安心した。

しかし彼らが魔法を使うための道具はとられているだろう。

そう考えると、動けるのは自分だけのようだ。


手足を縛っている縄を切れないかと少し動かしてみるが、意外に太さがあり、簡単には切れない。

シロに代わってもらうか、と一度だけ考えた。


だが、ここまできてまだ、ローリィが敵である証拠がない。

推測だけで判断するなら十分に敵なのだが、態度だけはずっと味方だった。

もし、三人が牢に入れられていることを知らないだけで、体調を崩した三人を寝かせている、と教えられていたら。

可能性は低いが、確定する前に敵として扱うわけにもいかない。


ふたりを無事に助けるため、慎重に作戦を練らなければならない。

ホルンはしばらく様子を見ることにした。






「ん……」


アレクシアは、床の冷たさに気がついて、目を覚ました。

肌に伝わる縄の感触から、縛られていることがわかる。


ローリィが自分たちを騙したのだろうか。

いったい、なぜ。


彼女はいつもお金がないと困っていた。

自分たちを売り飛ばそうと言うのだろうか。

さっきの老人は人買いなのだろうか。


結論は出せず、ただただ頭の中をかき回す。

魔法を使って脱出できるか、と考えて指を動かすと、指輪がないことに気がついた。


(当たり前、か。ローリィは私が指輪で魔法を使うことを知っているものね。ホルンとサイは無事なのかしら)






サイは、意識を取り戻すまでに時間がかかっていた。

杖を奪われてしまえば、その辺にいる普通の少年と変わらない。

彼はそれを承知で毒入りのスープを飲んだ。


一口目で、ホルンと同じように、毒の正体がシビレトレーフルの類であることに気がつき、その効果も、有効な時間も理解していた。

弱い毒素では体に効かないこともあることを考えて、確実に自分を眠らせるために、料理を平らげたのだ。

運ばれている途中で目覚ましてしまうと、最悪殺されかねないと思ったからだ。


それに、ホルンの指示は、席に着いて食べることだった。

ひとまずは彼女を信じてその方針に乗ったのだ。


サイは目を覚ましてすぐに、予想通りの状況に呆れ、なぜ自分はこんなことをしているのかと自問自答し、とりあえず他のふたりはどうなったのか知りたいと考えた。


そこで、サイはできる限り声を張り上げて叫んだ。


「うわっ! ここはどこだ!?」


すると、暗闇のなか、正面から反応が返った。


「うるせえ!」


男の声だ。

彼はそう言って牢の格子を手にした鉄棒で叩いた。

派手な音が牢の中に響く。

本人は威嚇のつもりだったのかもしれないが、サイにとってみれば様々な情報を一変に得られる機会であった。


まず、見張りが正面にいるということは、近い位置にふたりもいるということだ。

この寂れた砦で、子供の人質ひとりずつにそれぞれ見張りをつけているとは考えづらい。

手足を縛った子供であっても同じ部屋に入れていないのは、多少の警戒をしているのだろう。


次に、男が牢の格子を叩いたことから、ここが独房であることがわかる。

声の響き具合が、広さを教える。

外観と一階のエントランスの大きさを考えると、ここは二階か地下である。

そう仮定すると、階段に一番近い独房はここだ。

一本の長い廊下があるとして、見張りを立てるとすれば階段のとなりに違いないからだ。


サイは想像した通りの構造を頭の中に思い浮かべる。

間違いがあれば、その都度修正していけばいい。

今はこれを想定して物を考えることにしよう。


自分の位置がわかったところで、あとふたりがまだ生きているかどうかを聞くことにした。


「おい、聞いてくれ」


さっきとは違い、サイは落ち着いた口調で彼に言った。


「喋るな」

「あのふたりはどうにでもしていい。だから、僕だけは助けてくれ。僕は将来を約束された魔法使いなんだ。こんなところで死にたくない!」


できるだけ、惨めに情けない姿を演じる。

目隠しがなければ、涙すら流して懇願していただろう。


「ははは! てめえ、随分となよなよしたやつだな、ええ? 女を身代わりにして助かろうなんて、男として最低だぜ。安心しろよ、お前を一番最初に――――」

「何を喋っている」


見張りの男の言葉を遮るようにして、厳めしい声が聞こえた。

少し遠いため判別が難しいが、あの老人だろう。


「頭領! すんません、こいつが……」

「余計なことを話すな。その舌を切り落とすぞ」

「す、すんません……」


老人は階段を降りて行ったようだ。

見張りは不機嫌そうに、椅子にドカッと座った。

あれだけ釘をさされたら、もう喋ってはくれないだろう。


(最初、ということは、ふたりはまだいるのか。それに、あの老人が頭領……。奴が下に行ったということはここが二階だな。地下二階かもしれないが、土の匂いはしない。しかし、風の流れもないとは。そうか、窓がないのか)


さて、状況判断はこのくらいが限界だろう。

いずれはホルンが何か行動を起こすに違いない。

あれは、本当に追い詰められた時は、他人を頼らないやつだ。


自分と同じく、自身に絶対的な信頼をおいており、他人はその次でしかない。

そんなやつが、何の策もなしに、懐に飛び込めなどとは言わない。


サイは、ホルンが事を起こすまで、瞑想に入ることにした。

風に意識を集中していれば、すぐに動けるからだ。






数時間が経ったころ、外に出ていた三人が帰ってきた。

彼らは山賊とさほど変わりない貧相な装備であったが、肉体の練度や武器の精度は、騎士のそれとほぼ同じであった。


「首尾は?」

「いつもと同じさ。あのまんま引き渡して、おしまいだ」

「やつら、優秀だと聞いていたが、ガキはやっぱりガキだな。普通、知らないやつの出した飯なんか食うかよ」

「まったく、違いないな」


そんな会話をして、彼らは笑っていた。

頭領だけが静かに宙を見つめている。


「お前が取り入ってくれて助かったぜ。おまえは 馬鹿だが、だから警戒されにくい」


男のひとりがローリィへ言った。

ローリィは少し間を置いて、一言だけ返した。


「……楽勝だよ」

「これからも頼むぜ。大人を襲うよりよっぽど楽だ」

「……うん」


そう、このままこの仕事を続ければ、楽園へといける。

ローリィはそう教えられていた。

楽園へ行くには、生贄がいる。

だから、ローリィは、懸命に彼らに加担していた。


握った手の中に、硬い感触が伝わる。

指輪についた装飾が、手の平に鋭く食いこむ。


ローリィは、さらに強く手を握った。

指輪の感触を、その手に確かに残すために。


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