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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
34/54

33.罠

そうして数日後、授業がない日を使って、四人は馬車を調達して乗り込んだ。

御者の手配は、唯一行き先を知っているローリィが行った。

ジャディスまで快く乗せてくれる馬車があったことが、奇跡的であった。


朝早くにシルトクレーテを出発して、もう昼を過ぎようとしていた。

シルトクレーテの周囲にある森林地帯に沿うようにして続く街道を、北へ向かって延々と走っていた。

馬車の車輪が、路上の石に弾かれて大きく揺れる。

荷台の中では、アレクシアが具合を悪くしていた。


「振動がね、ダメなのよ……」


そんな姿を見て、サイは鼻で笑った。

アレクシアは遠出しなれていないのだろうが、サイはホルンと同じくらいに馬車に乗り慣れているようであった。


馬車の中で、ローリィは赤い魔法石のついた魔法の杖を背負っていた。

彼女の魔法を見たことがないホルンにも、それが火の魔法を使うための杖であることがわかった。


サイとローリィが立派な杖を持っていることからもわかるが、アレクシアのように指輪に魔法石を埋め込んでいる例はそう多くない。

装飾品にしておくと手が空くが、魔法石は小さすぎると魔法を使えない。

アレクシアの魔法石は純度が桁違いに高いために、普通の魔法石と遜色ない魔法を使えるのだ。


そんな三人対して、ホルンは軽装であった。

一応、弓と一束の矢は持ってきているが、シルトクレーテに来て使った覚えがない。

いざという時に上手く使えるか、少し不安である。


「あのあと、少し腐界について調べたけど、土地の売買をする開拓屋ですら近づかないらしい。よっぽどだね」


サイの言う開拓屋とは、未開の地を人が住めるように整えて、高値で売る人たちである。

まだこの世界には人の住んでいない場所がたくさんあるため、それが仕事して成り立っているのだ。


「腐界が異形の縄張りだからじゃないんですか?」


ホルンは深く考えずに言った。


「そうかもしれないけど、大金を積めば駆逐することくらい容易いだろう。でもそうしないのは、何か別の理由があるからじゃないか?」

「駆逐するために必要な戦力が、とても用意できない数だとか?」


「そうかもしれないが、もっと他に攻め込んではいけない理由があるんじゃないか?」

「うーん? 利権?」

「得られる利益とは?」

「腐界の奥に鉱脈があるとか……」

「地図を見るだけなら、それもあり得るが」


そんな他愛のない会話をサイとしていると、ローリィがぽかんとした顔で言った。


「ふたりとも、そんなことまで考えているの?」


感心しているのか、驚いているのか、よくわからない表情をしている。

ホルンやサイにとっては、思考は癖のようなもので、結論が出るかどうかはさして問題ではなく、気になったことは、つい、考えてしまうのだ。


そんなことをして時間を潰していると、馬車は森林の傍を抜けて、草原へ出た。

四方は開けているが、人の姿も獣の姿も見えない。

ホルンはひとまず胸を撫で下ろした。


草原を走り続けると、やがて、草がまばらになっていき、気がつくと、荒野になっていた。

ここから先が、ジャティスと呼ばれる地域となっている。


黙々と馬車は進み、荒野の中にぽつんと立つ砦の前で、おもむろに止まった。


「え? ここ?」


アレクシアが驚くのも無理はない。

見るからに使われていない砦である。

ところどころヒビの入った石壁に覆われ、塔の上ではボロボロになった赤い旗がはためいている。

ローリィは躊躇なく降りたが、三人は少し警戒していた。

得体のしれない不安が、胸中を襲っているのだろう。


「どうしたの? 早く降りてよ」


今では、あの無邪気そうでうっとうしいほどに明るい笑顔が、少し怖い。


まず、アレクシアが先陣をきった。

そのあとに、ホルンとサイも続いた。


視界の届く範囲に、砦のほかには何もない荒野が広がっている。

ここに住んでいる者がいるとは思いたくない。


サイは杖を硬く握っており、何が出てもすぐに魔法を使えるようにしているのだろう。

ホルンも、緊張で体に力が入る。

すると、意図せず自然に探知眼が発動した。


(六人……。たしかに、人はいる。だけど……)


暮らしていると言えるのだろうか。

二階に三人と、一階にふたり。

砦の頂上から見下ろしているのが、ひとり。


みんな椅子にでも座っているのか、寝ているわけでもなくじっとしている。


ホルンはサイを肘でつついた。

軽く目くばせをして、警戒を怠らないように伝える。

サイもこの独特な雰囲気に気がついているようで、険しい表情を見せた。


「さあ、行きましょう!」


ローリィに案内されるまま、三人は砦の中へと入った。

その中も、外と同じように、簡素な造りで、生活感がまるでない。


「おじいさん、来たよ!」


ローリィが声を張り上げると、奥から人の良さそうな老人が姿を現した。


「おお、よく来たね。さ、長旅で疲れただろう。食事の用意はしてあるよ」


居間の長机には、人数分のパンやスープ、果物があり、いつでも食べられる準備が整っていた。


「みんな、いただきましょ? 今日はまだ何も食べてないよね? お腹すいてるよね?」


この三人の中に、空腹を訴える者はいない。

いくら美味しそうな料理を目の前に並べられても、取り巻く状況が、それを許さない。


(変なところが多すぎる……)


どう考えても、おかしかった。

来訪を事前に知らせていたとしても、用意がよすぎる。

半日はかかる道のりであったのに、到着時間まで正確にわかるものだろうか。


沈黙していた三人の中で、最初に口を開いたのはホルンだった。


「あの、ここにはひとりで住んでいるんですか?」


老人は鋭い眼光をホルンに向けた。

とても老人とは思えない、意思の強い眼だ。


「住んでいてはおかしいかね?」


低く、唸るように言った。

これ以上聞くなとでも言うように、威圧感のある言い方だ。


「……いえ、ひとりで暮らすには、難儀な土地でしょうと思いまして」


ホルンはすでに相手を老人だとは思っていなかった。

その簡素な服の下には、何が潜んでいるのか、わかったものではない。


それに、ホルンにはこの砦にはまだあと五人いることがわかっている。

老人は明らかに嘘をついているのだが、ふたりにそれを伝える手段がない。


一刻も早くここから脱出したいところだが、この監視の中、怪しい行動はとれない。


「生活の心配は無用だよ。馬車が定期的に物資を運んでくれるからね。そんなことよりも、早く食べたまえ。せっかくに料理が冷めてしまう」


何が入っているかわからない料理など、絶対に食べるわけにはいかない。

しかし、ローリィが先に席について、スープをひとくち飲んで見せると、事情は変わる。


「アレクシア、どうしたの? 美味しいよ?」


ホルンは歯噛みした。

アレクシアはローリィを信用している。

それに、この状況で、アレクシアが冷静な判断を下せるとは思えない。


落ち度というわけではなく、普通はそうだ。

友達が目の前でそういうふうに振る舞えば、従う以外ない。


(考えろ……! どうするのが、一番いい?)


ここで無理にアレクシアを止めて、この砦にいる正体不明の人間たちと戦闘にでもなろうものなら、一番危ないのはアレクシアだ。

人質にでもとられたら、最悪とも言える。

それに、ここに複数の人間が潜んでいることを知っているのはホルンだけだ。


席に着いて食事をとるフリをするのが最も良いのではないだろうか、とホルンは結論づけた。

料理に即死する毒がもられている可能性は限りなく低い。


そのようなことは寮での夕食に混ぜれば簡単にできるだろう。

こんな手の込んだことをする必要はどこにもないからだ。


周囲に何もないこの環境で考えられることは、身代金のための誘拐である可能性が最も高いだろう。

逃げ出せず、助けも呼べないここなら、いくら荒事を起こしても問題ないからだ。


本当に誘拐であるなら、まだ対処できる。

シロの力を使えば、目隠しや捕縛の縄などは障害にならない。

一度捕まり、彼らが油断したところで、一網打尽にできるはずだ。


ホルンはそう考えて、ふたりに言った。


「ふたりとも、食べましょう」


今は、大人しく従っている方が賢い。

無駄に拒否してふたりに怪我をさせるわけにはいかない。


提案したホルンは、先に席についた。

それを見て、老人は表情を緩める。

所詮子供だとでも言いたそうな、侮った顔つきだ。


諦めたように、アレクシアとサイも席についた。

ホルンが率先したことで、少し不安は解消されたのだろう。


アレクシアはスープをひとさじ、口へ運んだ。

思っていたよりも美味しかったのか、ホルンの顔を見る。


「どう? おじいさんのスープ、おいしいでしょ?」


ローリィは自慢げに言った。


サイもアレクシアに続いて、というよりも、もはやごく普通に食事をしていた。

ひとさじと言わず、どんどん食べ進めている。


ふたりのその様子を見て、ホルンはスープを口に含んだ。

もちろん、飲むつもりはない。

味を確かめていたのだ。


芳醇な香りと深みのある味わいは、こんな時でなければ、絶品と言うべき味だ。

しかしながら、その奥に、巧妙に隠されているが、わずかな渋味を感じた。


そこで、ホルンは確信する。

森に生えるシビレトレーフル、その一種だ。

濃厚な野菜の甘味と渋味を持つ、筋弛緩系の毒を持つシビレトレーフルが入っている。


かなり高度な処理を施してあり、普通なら気がつかないだろう。

しかしそれでもこの植物が特性を失っていなければ、数分で効果は現れる。


よって、最初に倒れたのは、サイであった。

椅子から崩れ落ち、さじと共に床へ転がる。


「え、ちょっと……」


アレクシアも程なくして後を追った。

サイに手を伸ばす姿勢のまま、椅子ごと床へと倒れ込む。


それを見て、ホルンは同じように、倒れる演技をした。

同時に、自分の精神を内側へと引っ張り込み、器用に気絶した。

こうすれば、体は意識を失った状態と同じになる。


自在に目が覚ませるだけでも、毒を飲むよりいい。

絶対に見破られないために必要な、苦肉の策であった。


本来ならば、シビレトレーフルの毒素はすぐに体から抜ける。

一日ももたないだろう。

しかし、それはあくまで自然に生えているものであって、もし、彼らに薬学の知識があって、精製された薬であったなら、効果時間は見当もつかない。


「ホルン、どうするのじゃ?」


シロが足を組んでそわそわと尻尾を動かしながら言う。

すぐにでも自分が出ていってやろうか、とそんな表情をしていた。


「行動を起こすのは、目的を調べてから、でしょう?」

「むう……」


尻尾をぱたん、と床につけて残念そうにする。


「本当に、何が目的なんでしょうか」

「誘拐ではないのか?」

「私も一度そう思ったんですけど、誘拐ならもっと直接的な手に出てもいいと思いませんか? 魔法使いって言っても、こっちは子供三人なんだし……」


そう、気がかりなのは、やり方が遠まわしすぎるところだ。

客観的に見て、毒を盛らなければならないほどの手練れはここにはいない、はずだ。


後ろからひとり襲って人質をとれば、すぐに済む話だ。

麻痺させた理由があるのだろうか。


「傷をつけずに捕えたかったのかな」

「人身売買は禁止されているはずじゃろう?」


「誘拐犯に常識を説くの?」

「それもそうじゃのう」


奴隷として売りに出されるのはまっぴらごめんであるが、今一番考えられる目的でもある。


「まあ、何にしたって、体が気絶していると外見えないみたいですし、探りようがありませんね」


眠っている時は見えるのに、気絶では見えないというのは、どういう違いがあるのだろうか。


「気絶しておると、体の外を覆う魔力が消えるからのう」

「睡眠との違いってそこなんですか?」


シロは肩をすくめる。

厳密にはわからないのだろう。


「しばらく、ここで時間が経つのを待つしかありませんね」

「そうじゃのう。それまで作戦会議でもするか」


ホルンはベッドに腰かけて、何も写っていない鏡を見つめた。


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