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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
33/54

32.提案

「そういえば、ここの店って、なん……なの?」


敬語になりかけたところを、慌てて修正する。


「あ、そうそう、ローリィがね、働いてるお店に一回来てって言うから、せっかくだしホルンも一緒にと思ってね。ローリィも今日は何か話があるって言ってたけど、まあ、当分は無理そうね」


すでに何人かの客が入っていた。

満席ではないが、まだまだこれから増えるだろう。


「人、増えてきたから、それ飲んだら一回外行こうかしらね」


特に何を食べるでもなく、酒だけ飲んでローリィに後でまた来ると伝えると、ふたりは夜の街をぶらぶらと歩いた。

ホルンは、夜に外出のも初めてであった。

仕事を終えた人たちが溢れ、煌びやかな灯りに誘われるように、様々な夜店を出入りしている。


昼とは違う顔を見せる街の風景に、物珍しさを感じながら、ホルンたちは港を目指して歩いた。

夜の港には、人の姿はなく、波の音と浮かぶ船、満天の星空が広がっているだけである。

真上には明るい月が出ていて、海にその光を反射させていた。


積もる話があったわけではないが、久しぶりにホルンはアレクシアとふたりきりになれて、嬉しかった。

夜の海を見つめながら、ふと、ホルンは思ったことを口に出した。


「ねえ、ローリィの用事って、何なんだろう?」

「私も気になってたけど、ホルンは何か思い当たらない?」


「そうは言っても、私はローリィについてほとんど知らないし……。ローリィって、貴族なの?」

「いえ、たしか貧しいところの出身だったと思うわ。本人がそう言っていたから。だから、ああやって働いているんじゃないの?」


「入学資金もああやって貯めたのかな」

「それは、どうでしょうね。でも、あなただって同じことやって貯めたじゃないの」


「そうなんだけど、私の場合は少し状況が違うし。家の援助は受けずに、勉強もして働いてるのって、すごくない? それで学校に受かっているんでしょ?」

「そう言われたら、そうね。すごく努力をしたのかしら?」


アレクシアはぼんやりとそう言ったが、ホルンは自分でもしゃべりながら、違う考えが浮かんでいた。


やってみるとわかるが、生活と勉強の両立はかなり厳しい。

貧しい家の出身となれば、ホルンと同じ地点から始まったはずだ。

そこから文字を覚えて、勉強をして、同年代出入学できているのは、要するにホルンと同じくらいか、それ以上の学種能力を持っているということである。


しかし、ホルンは一番いい成績で試験を通過し、ローリィは中の下くらいの順位である。

勉強できる最低限の環境さえ整っていれば、ほるんは 今と同じ順位をとれただろう。

整っていなければ、そもそも試験に受かることができない。

ホルン以上に頭が良いとなると、よりいっそう、そのどちらかしかありえないのだ。


求人にあった職の中で、何の能力もない人間ができる仕事は賃金も少ない。

あの居酒屋の賃金がマルセラのパン屋と変わらないとしても、アレクシアの家に居候することで生活費のかからなかったホルンよりも多く働いているはずである。

はたして、勉強をする時間が確保できるだろうか。


それに、もうひとつ気がかりだったのが、ローリィはまったく勤勉ではないということだ。

授業でも、ひどい時には眠っている。

苦労して入学したにしては、学習意欲に欠けていた。


「何のために入学したのかな」


この半年、嫌になるほど考えたことを、もう一度、ここで口に出した。


彼女は友達でもつくりにきたのだろう、と蔑むような思いでいたのだが、それにしてもおかしな点が多いように感じる。


「さあね。あなたと同じで内緒なんじゃないの?」


そう言われると、返す言葉もない。

アレクシアにも言っていないのなら、誰も知らないのだろう。


「そろそろ戻る?」


真上にのぼった月が、時間の経過を知らせていた。


ふたりが先程の店に戻るころには、すっかり盛況となっていた。

ローリィは仕込みだけすると終わりだったらしく、ふたりが外で待っていると、程なくして出てきた。


「ごめん! 待った!?」

「待ってないよ」


アレクシアが優しく言う。

夜風も冷たくなってきたことで、三人は学校へと戻った。

待合室でいつものように座って話を聞こうというのだ。

そこから考えるに、ローリィの話は特別秘密のものではないのだろう。


すっかり冷えてしまったホルンは、何か暖かいものが飲みたくなり、湯を沸かしていた。


「ふたりは何か飲む?」

「はい! 私、紅茶!」


ローリィが元気よく言う。

最初は鬱陶しく思っていた彼女のことも、今はアレクシアを見習って、ホルンも受け入れようとしていた。


「紅茶ね。アレクシアは?」

「私はいいわ。のど、乾いてないから」

「うん、わかった」


紅茶を飲んでひといきついたところで、ローリィが話を始めた。

いつになく真面目な顔をしている。


「少し遠くに私の親戚が住んでいるんだけど、そこに、一緒に来てほしいの」

「なぜ?」


ホルンが間髪入れずに返す。


「なぜって、ひとりで行くのが怖いから、なんだけど……」


言いながら少しずつ声が小さくなる。


「馬車を使ったらいいんじゃない?」


アレクシアも当然のように言う。

一緒に行かなけらばならない理由がいまいちわからない。


「薄情だよ! こうして頼んでるのに!」


昂るローリィをアレクシアが手振りで抑える。

なれたものだ、とホルンは感心して見ていた。


「私は分かったわ。断る理由もないし。ホルンはどうする? 無理してついてこなくてもいいわよ?」

「私は――――」


さすがに行く必要はないな、と感じて、断ろうとしたその矢先だった。


『ホルン、行け』

「行きます」


唐突にシロの声が割り込んできて、ホルンはついそう返事をしてしまった。


(ちょっと! どういうこと!?)

『行っておいた方がいい。何か仕掛けるには絶好の機会じゃ。ここで何もなければ、この者は信用してもいいということにもなるじゃろう。何か起きたとしても、妾がいれば、まあ、死ぬことはあるまい』


(簡単に言って! アレクシアもいるんだよ!?)

『ホルンがどうしようと、その娘は行くのじゃろう? ならば、他に選択肢はあるまい』


こればかりは、シロの言う通りだ。

アレクシアの性格から、そうお願いされて断れるわけもない。

ここでホルンが行かずに彼女だけ危険な目にあえば、一生後悔するだろう。


「本当!? 嬉しい! ふたりとも来てくれるなんて!」

「あ、でもひとついい?」


ホルンは思いついた。


「何? なんでも言って!」

「もうひとりつれて行きたいんだけど」


自分ひとりでは、もし事故が起きた時にふたりを助けられるかわからない。

そういう場合に備えて、魔法の使える人間を連れて行った方がいい、とホルンは思ったのだ。


「どうせ聞いてるんでしょ?」


ホルンが声をかけると、男子の寝室から、ひとつの影が起き上がった。


「まったく、うるさいぞ」


サイは眠そうに頭を掻きながら現れた。


「聞いてたくせに」

「聞こえてきたんだろう。君らは毎日毎日話し過ぎだ。共用の場所なんだから、少しは静かにしてくれ」


「それで、どうなの?」

「どうって?」


「あなたを連れていくことに関して」

「時間の無駄だね。僕が行く必要性を感じない」


正論であった。

アレクシアたちから見ても、彼を連れていく理由はなく、ホルンがなぜ連れていこうとしているのかもわからないだろう。

しかし、理由はなくとも彼を扱う術は、心得ている。


「もし事故にあったりしたら怖いし、あなたの才能が必要なの」


そう言うと、先程まで頑なに拒否をしていたサイが、ぴたりと動きを止めて考え込んだ。


「……分かった。君ほどの才女が、僕を必要だと言うのなら、必要なのだろう。ついていってもいい。だが、条件がある」

「……何?」


初めての返しに、少し緊張する。

今まではこう言えば無償で乗ってくれたのだが。


「君は何を熱心に調べているんだ? それを教えてほしい」

「なんでそんなこと知りたいの?」

「あれだけの頻度で図書館へ通う理由は、誰だって気になるだろう。先生に聞けばまだ早く解決できることかもしれないのに、君は最初からずっと、ひとりで調べものをしている」


さて、どうしたものか。

ホルンの中で、彼への信用は厚い。


なぜなら、彼は自分自身以外に興味がないからである。

おそらくは話したところで、自分の好奇心を満たして、それで終わりなのだ。


どう言ったらいいものか考えていると、サイは言った。


「安心したまえ。ふたりにこの会話は聞こえていない」


サイは風の幕を作り、ふたりの会話が外に漏れないようにしていたのだ。

外からは彼らが何か喋っている様子は見えても、声は聞こえていない。

彼は半年でここまでできるようになっていたのだ。


「わかった。でも、全部は言えない。それに、絶対口外しないで」

「したらどうなるんだい?」

「事と次第によっては……」


沈黙と気迫で、悟らせる。

シロに任せれば、風魔法など容易く破れるだろう。


少し軽率ではあったが、もしもの事態を考えれば、負担は自分で背負えた方がいい。

何も起きなければ、それでいいではないか、と自分に言い聞かせて留飲を下げた。

とにかく、アレクシアの身の安全を優先したかった。


「えっと、じゃあ、三人が来てくれるのね! うれしい!」


ローリィは呑気にそう言って喜んでいた。


「ところで、どこに行くの?」


聞きそびれていたことを、アレクシアが聞いた。


「そうだ、大事なことだった! えっとえん、ジャディスってところなんだけど……」

「ジャディス!?」


アレクシアは驚くが、ホルンにはわからなかった。

周辺の地理に詳しくないため、どの方角にあるのかもわからない。


「ジャディスって言うと、腐界の近辺だね」


サイの言った、腐界という名は授業で聞いたことがある。

この世界にある、人間が住めない地域のうちのひとつだ。


腐界にはこの世のものとは思えない異形の化け物が住んでおり、その一帯には毒素を含む大気が漂っているという。

そんな場所の近くに、ローリィの親戚が住んでいるのだろうか。


「ちょっと待って。そんな危険な場所に住んでいる親戚がいるの? いや、違くて、それより、何をしにそんなところへ?」


多少なりとも、ショックを受けたアレクシアが慌てて聞く。


「私、お母さんがもう死んじゃってて、形見をその人の家に置きっぱなしにしてるの……。その人、もう年だから、もし死んじゃったら、取りに行くのも難しくなっちゃうから……」


ローリィが悲壮感のある表情を見せる。

そんな顔を見せられて、奮い立たないアレクシアではない。


「そういうことなら任せなさい! こっちは四人いるのよ。異形の化け物がなんだっていうのよ」


胸をどんと叩く。

助けになりたいという気持ちが、未知への恐怖を上回ったのだろう。


「異形って、どんな生き物なんだろう」


図鑑にも載っていないのだから、シロのことを調べるための手がかりになるものがあるかもしれない。


「そういう興味の持ち方は寿命を縮めるよ」


サイが呆れたように言う。


「あれ、怖いの?」

「何を言う。僕の魔法の前では異形など大した脅威にはならない。だが、深入りが危険なことは知っておくべきだ。異形に関してはわかっていることが少ない。そして、それを調べるのは僕らじゃない」

「そのわからないところが、いいんじゃない」


ホルンの興味は、身の安全が保証されているから沸いたものだ。

他の三人からすれば、理解に苦しむ発言だっただろう。


しかしながら、腐界に行くわけではなく、その近くまで行くだけなのだから、異形には遭遇することはないと思ってもよかった。

異形についてわかっていることのひとつに、異形は腐界の外では生きられないというものがある。


だからといって近辺に住みたいとは、普通は思わないだろう。

それは、墓地に住みたい人間がいないのと同じである。


四人はあれやこれやと話し、やがて眠気に負けた者から、ひとり、またひとり、と床についた。



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