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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
32/54

31.解消

寝室の前にある、暖炉のある待合室では、アレクシアとローリィが、いつものように何か楽しそうに話をしていた。

その内容も気になるが、聞き耳を立てられないほどに疲れていたため、すぐにベッドへ行って、横になった。


しばらくすると、誰かが近づいてくる気配がして、ホルンは薄目を開けた。


「大丈夫? 何か、すごく疲れてるみたいに見えたけど……」


アレクシアは枕元に屈んで、小さい声でホルンへ話しかけた。

寝たふりをしていようかとも思ったが、少し話をしたい気持ちもあった。


「……大丈夫。少し本を読み過ぎて疲れただけ」


起き上がって、ベッドへ腰かけながら、ぶっきらぼうに答えた。


「ここのところ毎日授業が終わるといなくなるじゃない。どこに行ってるの?」

「図書館に。調べたいことがあって……」


「調べたいこと?」

「たいしたことじゃないので、気にしないでください」

「ふーん……」


納得はしていない表情だが、話す気がないことを察したのであろうアレクシアは、それ以上追及しなかった。


「ところで、それ、明日も行くの?」

「え?」


「いや、もし空いてたら、ちょっと付き合ってほしいんだけど」

「何かするんですか?」

「魔法の練習をしたいの。ローリィも一緒に」


ローリィ、と名前が出て、無意識に顔が曇る。

それを見ても、アレクシアは続けた。


「それでね、ちょっとホルンにも手伝ってほしくて」

「それ、私必要ですか?」

「いる!」


不満を隠さないホルンに、アレクシアは即座にそう断言した。

実際、ホルンは魔法使いではないし、ふたりの訓練を見ても、さっぱりわからないだろう。

それでもなお、ホルンが必要だとアレクシアは言うのだ。


「……わかりました。明日ですね。いいですよ、付き合います」

「ありがとう。じゃあ、また明日。おやすみ」


待合室へと帰って行くアレクシアの後姿をぼんやりと眺めながら、ホルンはすぐにまたまどろみの中へと戻っていった。


翌日、約束通りに、授業が全て終わったあと、ホルンはアレクシアたちと合流した。


なぜ必要なのか、とホルンは授業中何度も考えた。

あのアレクシアが、人を魔法の練習台にするとは思えない。

ローリィのためだろうか。


三人は特に会話もなく校内を歩いて行き、やがて校門の外へ出た。


(なんで外に行くんだろう?)


学校の敷地内はたしかに競争率が高く、場所を確保することが難しい。

しかし、空いているか確かめないうちから、遠くへ出ていくのだろうか。


「あの、どこへ行くんですか?」

「いいから、いいから」


アレクシアは笑って何も教えてくれない。

ローリィも知っているようだ。


(また、仲間外れ?)


ここでもまた、除け者にされているような気分を味わった。

途端に、隣りを歩くアレクシアたちの姿が、まるで壁を一枚挟んだように遠くなった。


(……くだらない。もう帰ってしまおうか)


そう思った矢先、アレクシアがある店に入った。

まだ看板も出ておらず、何の店かよくわからない。


「どうしたの? 早くいらっしゃい」


アレクシアが手招きして、ホルンを店の中へと呼ぶ。

店の中は木を基調とした質素な内装で、まだ客はいないものの、鼻の奥をくすぐる煙の臭いが立ち込めている。

カウンターには色とりどりの酒瓶が並べられているが、その前には誰も立っていなかった。


ホルンとアレクシアが席に着くと、ローリィは店の奥へと消えた。

奥で挨拶をする声が聞こえる。

何も考えず、ぼうっと見ていると、アレクシアが言った。


「ローリィ、ここで働いてるんだって」

「あの、全然意味が……」


そもそも、魔法の特訓はどこへいったのだ。

先に夕食をとるのだろうか。


「その、ごめんなさい。まずは、あなたに謝っておかないといけないわ。魔法の練習っていうのは、嘘。そうでも言わないと、あなた来ないと思ったから」

「なんでそんなこと……」


怒るよりも、呆れていた。

一緒に出かけたいなら、そう言えばいいのに。


「あなた、自分でも気がついていないかもしれないけど、かなり切羽つまった顔してるわよ」

「それは……」


何も言い返せない。

事実、努めて空回りしていたことに、先日気がついたのだ。


ローリィが木で出来たジョッキを持って、奥から出てきた。

中身は水のように透明だが、鼻をつく強烈な酒の匂いがしている。


「あなたと出会って、ずっとがむしゃらに勉強ばっかりしてたじゃない? そう言えば、学校に合格したのに、お祝いしてないな、と思ったの」


アレクシアはジョッキを手にとると、ホルンにも持つように言った。


「だから、今日はお祝いをするの。ちょっと強いお酒だけど、ちょうどいいでしょ」

「ちょうどって……」


半ば無理矢理、手にジョッキを握らされる。

酒など飲んだことがない。

どんな味がするのか、怖いところもある。


「じゃあ、お祝いね。かんぱーい」

「か、乾杯……」


アレクシアがぐいっと口へ持っていくところを見て、ホルンも恐る恐る酒を飲む。

喉が焼けるように熱い。

腹の底へ落ちた酒が燃料のように燃えて、熱を発しているようだ。


(これは……)

『妾も飲んでみたいのう』


戸惑うホルンであったが、シロは嬉しそうに言っている。


「すごいでしょ」


アレクシアが笑って言う。

彼女はこうしていつも飲んでいるのだろうか。


ローリィはもう仕事に戻ったようで、店内にはいなかった。

裏で料理の下準備でもしているのだろう。


今、店の中にはアレクシアとホルンのふたりだけだ。

外の音が、やけに遠く聞こえる。

まるで、今この世界に、ふたりしか存在していないようだ。


ふと、アレクシアが、やけに真面目な顔で口を開いた。


「……私ね、物心ついた時から、ずっと前ばっかり見てた。ずっとひとりだったし、遙か先に見えるマルセラさんの背中だけ追いかけて」


アレクシアはジョッキを置いて、ホルンを真っ直ぐに見つめた。


「でも、あなたと出会って、誰かと一緒にいることの楽しさを知った。私のとなりにあなたがいることが、すごく心強かった。このまま一緒に、どこまでも歩いて行けるって、思ってた。……でも、最近のあなたは、どこか遠くへ行ってしまった。私じゃ、ダメだったのかなって思った。勉強も魔法も、あなたほどできないし、あなたが私のためになることはあっても、私はあなたに何もしてあげられない。だから、一回こうやって話したかったの。もし、あなたが私と一緒にいるのが嫌だって言うなら、きっぱり諦めるから、だから――――」


彼女の言葉はそこで詰まった。

ホルンが泣いていたからだ。

みっともなく顔をぐしゃぐしゃにして、嗚咽を漏らして。


何が正しい選択だったのか、わからない。

だが、共に歩くことを先に放棄したのは、自分だったのだ。

勝手に不安を感じて、自分の居場所を失ったと感じて。

アレクシアをもう少しだけ信じていれば、こんな思いはホルン自身もアレクシアもしなくて済んだのだ。


心のどこかで、自分は彼女とは違うというおごりがあったのかもしれない。

いや、おごっていたのだ。


とんでもないことだった。

ホルンよりも、もっと人としての高みにいる。

他人のことを想い、行動する。

それをごく自然に、特別なことでもないかのように振る舞えるのだ。

こうしてわざわざ場を設けてホルンと話をしようと思えることも、とてつもなくすごいことなのだ。


色々なことを思い返しては理論的に考えられるほど、冷静ではなかった。

ぐちゃぐちゃになった頭の中を少しでも元に戻そうとしているが、うまくいかない。

両手で顔を覆って泣きじゃくるホルンに、アレクシアは何も言わなかった。


(格好悪い……)


散々泣いて、気持ちが落ち着いてきたホルンが最初に思ったのは、それであった。

とにかく、格好が悪い。

思考も言動も、何もかも、惨めで情けない。


結局のところ、拗ねていただけだ。

自分の思い通りにならないことから逃げていただけだ。


やっと泣き止んでアレクシアを見ると、いつの間にか水を持ってきてくれていた。

それを受け取って、ぐいっと飲み干す。

冷たい感覚が喉を通って、少し頭の中を冷やされたような感じがする。


何か言いたいが、何も言葉が浮かばない。

すると、アレクシアが言った。


「何も言わなくていいよ。私の片思いじゃなかったことがわかって、よかったし」

「なに、それ」


アレクシアの冗談に少し笑顔になる。


「あ、そうだ。ついでにさ、ずっと気になってたこと言ってもいい?」

「うん。何でも言ってください」

「それ」


びっとホルンを指さす。


「敬語、やめてね。やっぱり、友達同士で敬語は変だもの」

「はい、じゃなくて、ええと、うん。わかった」


改めて言われると、なんだか照れくさいものがある。

ともかく今は、わだかまりがなくなったことを喜ぼう。

そう思って、ホルンはまたひとくちだけ、酒を口にした。





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