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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
31/54

30.調べもの

学校に併設されている図書館には、様々な書物が収められている。

古今東西、名のある論文や図鑑、解説書に参考書。

啓発本や、大衆向け娯楽本ですらも置いてある始末である。


しかし、図書館の利用者は少ない。

それにも、経済的な理由が関係ある。

お金がある人は欲しい本を自分で買っている、という単純な理由だ。


知識の棺桶とでも言うべきその建物に、ところせましと並べられた本の中からでは、目的のものを探し出すことすら困難である。

ホルンは、誰もいない貸し出しカウンターに声をかけた。

奥の小部屋から腰の曲がった老人が出てくるまで、手を前で組んで、じっと待っていた。


「お、また来たのか」


フィリップと書かれた名札を胸につけた老人は、カウンターの内側にある丸椅子へ座った。

彼はこの大図書館の司書であり、その蔵書全てを把握している老人である。


彼曰く、全ての本を読んでいたら、いつの間にか老人になっていたそうだ。

それがどこまで本当なのかはわからないが、そう思わせるだけの知識量を持ち、その中でも本に関してはもはや狂人であった。

一文を抜き出せば、どの本か言い当てられるほどである。

この図書館は、彼の頭の中と同じなのだ。


「今日も生物の本か?」

「ええ、できる限りたくさんの生物が載っているものがいいんですが」

「ちょっと待っていなさい」


フィリップが、さし棒のような細い杖の先についた魔法石を光らせると、本がひとりでに動き出し、四冊の辞書のような厚さの本が、様々なところからゆっくりと姿を現した。


「この四冊は、地方ごとに分けて全ての生物が記してある。分かっていると思うが、たくさんの項目がある本は、ひとつひとつの事柄についてはそれほど詳しく載っていない。探しているものが分かればもう少し絞り込めるのだが」

「ええと、そうですね……」


シロの特徴を頭の中に思い浮かべる。

人型であることと、白い鱗、それに自分とお揃いの小さな角。

あと、尻尾もある。

そんなところだろうか。


「鱗のある生き物が載っているものはありますか?」

「魚類か、爬虫類か、古代生物か、どれだ?」


トカゲが一番近いのではないか、とホルンは思った。

尻尾と鱗は、今までに見た動物の中だと、トカゲが最も近い。


「爬虫類の本を貸してください」

「うむ。ならば、これだな。ヘビやトカゲ、その他類するものが載っている。お前さんなら二日もあれば読めるだろう」


空中から、一冊の図鑑が舞い降りた。

なんと分厚い本であろうか。

背表紙が、手の平と同じくらいに厚い。

中を少し開いてみると、虫のような小さな文字が、延々と連なっている。

こういう本は、読むことを前提に作ってあるのだろうか、はなはだ疑問である。


ホルンは、いつも座る窓際の席へ行き、本を開いた。

文字の洪水に押し流されながら、白い鱗を持つ爬虫類のページを探す。

大海原を泳ぎながら、あるかもわからない孤島を探すのだ。


そして、二日間、文字の海を漂った。

いつものように、ホルンは何の成果も得られなかった。

そもそも白い鱗を持つ生物が、突然変異を除けば、ホワイトスネーク、スノウスネーク、ミルクリザードの三種類しかおらず、そのどれもが、シロとは全く違っていた。


とにかく特徴的な、とげとげとした尻尾を探してみたのだが、それも見当たらない。

結局、ここに載っているものは全て違うということがわかっただけである。


調べものを始めてひと月が経とうとしていた。

この調子では、いつまでたっても何も見つけられない。


急ぐ必要のあることではないのだが、ホルンは焦っていた。

その理由もはっきりしている。


何かしていないと、落ち着かないのだ。

その気持ちが何であるか、認めたくなくて、調べものに没頭することで、逃げていた。


ホルンの胸中を支配していたのは、凄まじい疎外感であった。

授業には出ているし、部屋へ帰ればアレクシアと話もする。

決して、ひとりぼっちというわけではない。


だから、それが余計に、疎外感を生むのだ。

ホルンは心の中に溢れる、歪な黒いものを忘れるために、躍起になって、図鑑を開いていた。


そもそも、文字を追っただけで何がわかるというのか。

普段ならば、もっと効率的で合理的な方法を思いついていたかもしれないが、今はまるで発想力が役に立たなかった。


ホルンは図鑑を閉じて、ため息をついた。

目を閉じて、考える。

この気持ちの原因はどこにあるのか、それを取り除かなければ、現状を打破できない。


(……私は、ここで何をしているんだろう)


みんなは、魔法を習うため、友達を作るため。

程度の問題ではなく、各々が目的を持ってここへ来た。


それに比べて、ホルンはどうであったか。

シロのため、ひいては自分の出生を探るため。

それは、けっして他の者に引けをとるようなことではない。


それは確かであったが、それよりも、目的を共有し合ってる周囲の皆が羨ましかった。


整備された道であろうと、獣道のような悪路であろうと、共に歩む仲間がいることは、心強さを生む。

ホルンとて、最初はそのようなものは必要なかったのだ。

しかし、アレクシアと共に試験に挑むにあたり、人恋しさというものを知ってしまった。


一度持ってしまった感情は、なかったころに戻すことなどできない。

誰かに協力してほしいとか、助けて欲しいというわけではない。

だが、自分と同じような目的をもった仲間が、ほしいと感じるようになり始めていた。


そうやって、感情を紐解いていっても、打開策など見つからず、ホルンは静かに立ち上がった。

秘密を秘密のままにしておくことが、これほど辛いものだとは思っていなかった。


本を返却しに行くと、フィリップがシワだらけの顔で笑って言った。


「探していたものは見つかったかね?」

「いえ、なかなか見つかりませんね」


そう言うと、フィリップはまた笑った。


「それはよかった」

「どういう意味ですか?」


「探しものは、困難であればあるほどいい。手に入らなければ入らないほどいい。夢は空高く浮かぶ星なのだ。簡単に手が届いては、ランタンと何が違うというのか」

「……すみません。疲れているみたいで、何を言っているのか、私にはさっぱり……」


面倒な問答だ、とホルンは思っていた。

彼がもし、詩を人に聞かせないと死ぬ生き物であったとしても、相手は選んでやってほしい。


「一度離れてみると、違うものが見えることもある。探しものが見つからないなら、少し離れて違うことをやってみるのも、手段のひとつだ」

「離れたまま、帰ってこないかもしれませんよ」


「それもいい。物事はそうやって移り変わっていくものだ」

「詭弁ですね」


彼はきっと、ホルンを元気づけるために言っているのではない。

耳障りのいいことを並べているだけだ。

言っている方は気持ちのいいことだろう。

しかし、言われている側からしてみれば、余計な一言の範疇を出ない。


何もかもが、むしゃくしゃする。

そう気がついて、フィリップとの会話を半ば強引に打ち切り、図書館を出た。

ホルンは、今日はもう眠ることにして、寮へと向かった。


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