27.入寮
ホルンは彼らをおいて、アレクシアと共に先に中へ入った。
並んだ席には、各々の名前が、光る文字となって空中に浮かんでいる。
全員がその席につくと、正面に学校長と教員たちが一列に並んだ。
その中には先程のカビーノや、医務室にいたセルヒオもいる。
学校長を合わせた十三名が、一堂に会した。
「諸君、まずは合格を祝おう。おめでとう。よく鍛錬を積み、この場に勝ち残った。君たちは優秀な生徒だ」
その言葉に多くの者が、まんざらでもない顔をする。
浮かれ上がっているのだ。
それもそのはずであり、試験には何度も挑戦して、やっと受かっている者が大半を占めている。
ホルンたちのように一度で受かっている者は、数人と言ったところだろう。
彼らの積み重ねを思えば、気分が高揚するのも無理はないことであった。
教員は右端から、竜学担当のボルス・ガングアータ、錬金学担当のセルヒオ・オルミガ、エルフ・ドワーフ語担当のブリタ・ラーション、民俗・歴史学担当のセゴレーヌ・ドルン、魔法史学担当のウルバーノ・カブレホ、魔術学担当のイノセンシオ・アングロ、生物学担当のヴェロニカ・ジョミョ、占星術学担当のエフゲニー・ゴーゴリ、火や水などの超自然的魔法学担当のリュドミラ・ウィリケンとウーゴ・ビオラ、体内の魔力を操る超人力魔法学担当のピオ・オルティス、薬草学担当のカビーノ・オルディアレス。
そして学校長のクレイ・アルジル。
ホルンは彼らの自己紹介を一度で覚えられる気がせず、半分は聞き流した。
どうやら全員がそれなりに有名な人物なようで、他の生徒たちはそわそわとしている。
しかしながら、その背景を知らないホルンには、彼らが普通の大人以上には見えない。
そんなことを考えていると、クレイ学校長が言った。
「では、これで話は終わりにしよう。これからヴェロニカ女史が君たちを寮へと案内する。各自荷物を持って案内に従うように」
「はいはーい、じゃあこっちについてきてねー!」
ヴェロニカは生徒を待たず、先だって歩き出した。
まさか置いていかれるとは思っていなかった学生たちは、急いで荷物を抱えて講堂を飛び出した。
「みんな、こっちにまっすぐ行くと寮だよ。それでこっちが食堂。今日は初日だから、ちょっと豪華な夕食が出る。それとこっちが――――」
説明も移動も早すぎる。
ホルンも追いかけるのがやっとで、説明を聞きながら場所を覚える暇がない。
「ちょっと先生! 早いです!」
我慢ならなくなった生徒のひとりがそう言う。
「そんなことはない! ちゃんとついてこれてるじゃないか」
彼女はそう言って笑う。
(この人、他人の話を聞かない人だ!)
ホルンは彼女の説明を記憶することを諦めて、ただひたすらにはぐれないようについてまわった。
ここの寮では、ひと部屋に八人ずつ押し込められる。
一応、男女に分けられてはいるものの、部屋は隣あっており、さらに、部屋自体に扉はついていない。
収容所と見紛うほど簡素で、まさに寝るためだけの部屋である。
しかし、ここに泊まることは強制ではない。
学外で部屋を持っている者はそちらに帰ってもいいのだ。
そう考えると、仮眠室のようなものでもある。
実際、生徒たちのほとんどは金銭的に余裕のある貴族であるため、学外に豪華な部屋を持っている。
ホルンは当然、ここで寝泊まりするつもりだ。
お金の問題もあるが、夜まで勉強するには学校で暮らした方が都合がいい。
ヴェロニカによる寮内施設の紹介が終わると、それぞれ夕食まで自由行動となった。
これから家に帰る者は家に帰り、泊まる者は荷物の整理を行うのだ。
「アレクシアさんはどうするんですか?」
ホルンは自分の手荷物をベッドの下の引き出しに収納しながら聞いた。
「ホルンは、ここに住むの?」
「はい。元々そのつもりでしたから」
「じゃあ、私もここに住む」
「え? いいんですか? だって、家すぐ近くですよね?」
「いいじゃない。ホルンと離れたくないし」
そう言いながら、荷物を置き始めた。
彼女がそれでいいならいいのだが、あの豪華なベッドで眠っていた人間が、この粗末な木の板の上で果たして快眠できるのか、疑問である。
晩餐は確かにヴェロニカの言っていた通り、絢爛豪華なものであった。
ホルンは見たことのないような美味しい料理をたらふく食べ、そのあと学校長室へ呼ばれた。
ノックをして中へ入ると、クレイ学校長が正面の事務机に座っていた。
部屋の中は、木の机とたくさんの本、あとは明かりがあるだけである。
嗜好品などの無駄なものが一切置かれていなかった。
「よく来たのう。どうぞ、そこにかけて」
クレイ学校長が指さしたところに、木で出来た椅子が生えた。
必要な物があれば、魔法で作ればいいのだ。
ホルンが座ると背もたれが、ぎしり、と音を立てる。
しかし、案外座り心地は悪くない。
「まずは、合格おめでとう。君は今年の受験者の中でも特に優秀じゃった。筆記も、午後の試験も、見事というほかない」
「ありがとうございます」
「出身はどこかね?」
「ここから少し離れた森の中です。地名は、すみませんが、わかりません。狩りをして暮らしていました」
「ほう、それは珍しい。苦労したじゃろう。身のこなしはそこで培ったのかな?」
「そう思いますが、私自身は他の人と自分を比べたことがないので、身体能力の違いについてはよくわかりません」
「いやいや、誇るべきじゃよ。立派な才能じゃ。君の魔力の流れはとてもよく精錬されておる。それを見るだけでも、他の生徒たちとは違うとはっきり言えるよ」
「いくら精錬されていても、私には魔法が使えません」
「なにも超常現象を起こすだけが魔法ではない。君があの高さから着地しても足をくじかなかったのは、魔法のおかげじゃ。おそらく、無意識に身体能力の強化を行っておるのじゃろう」
そう言われて、初めて考えた。
この学校の科目には、超人力魔法という教科がある。
それが身体能力の強化に値するものであることは資料で知っていたが、自分が使えているとは思っていなかった。
「おっと、前置きが長くなってしまったな。さて、君には特待生としての待遇を受ける権利がある。どうするかね?」
「謹んでお受けします」
「ほっほ、そうか。ならばそのように手続きしておこう」
そう言って、クレイ学校長は紙に万年筆でさらさらと何か書いた。
「ここからは、単純にわしの興味なのじゃが、何のために入学したのか聞かせてもらえないかのう。勉強だけではなく、金銭などの問題も、決して簡単ではなかったじゃろう。そこまで
して入学したい理由を、聞きたくてな」
「……すみませんが、それは話せません」
たとえ相手が学校長で、実績のある偉い魔法使いであったとしても、この話は別だ。
自分が何者かわからず、その正体を調べるために入学したなどと言っては、横やりを入れられかねない。
ホルンはしつこく聞かれるかも、と身構えていたが、予想に反してクレイ学校長は笑っていた。
「ほっほ、そうかそうか。ここにはそういう者も多い。話せない事情があるのなら、その秘密は誰にも話すでないぞ。どんなに親しい者であったとしてもじゃ。秘密というものは、誰かひとりに話した瞬間から、秘密ではなくなる。それを心に留めておきなさい」
クレイ学校長は優しく言った。
「それでは、これで話は終わりじゃ。長い時間、老人に付き合ってくれて感謝するよ。さあ、部屋に戻りなさい。明日からしっかり勉学に励むように」
学校長室から解放されたホルンは、歩きながら少し考えた。
(身体能力の強化、超人力魔法だっけ? できるようになったら、何か使えるかな?)
『体内の魔法を自在に使えるようになれば、妾の力をホルンが使えるようになるかもしれんのう』
(そう上手くいくかな)
『上手くいくように、やるのじゃ』
ホルンは肩をすくめた。




