26.合格発表
試合が終わると同時に、アレクシアは医務室へ連れて行かれた。
火の息を吐いたことによって、喉はボロボロで、特に声帯が酷く、完全に焼き切れていた。
絶えず襲い来る痛みに意識を失いかけながら、アレクシアはなんとか立っていた。
そんな様子を見てセルヒオは頭を抱えた。
「お前といい、そこの白いやつといい、今年は無茶をするやつが多いな……。来年からは絶対に決闘形式はやめてもらわないとな。そのうち誰か死にかねん」
「――――!」
アレクシアは『でも、そのおかげで魔法を見せられました』と言おうとしたが、まるで声が出ない。
セルヒオはため息をついて、青い薬の入った小瓶を取り出した。
「ちょっと沁みるだろうが、これを飲んでおけ。一週間もすれば話せるようになる」
「――――」
「喋んな。治りが遅れるぞ。それに、あの魔法はもう少し調節して使え。二度目はないからな」
アレクシアは黙って、その青い薬を飲んだ。
「!!!」
液体が喉を通り、その通ったあとが、無数の刃物のように、体を内側から刺していく。
顔をしかめるなどというかわいいものではなく、アレクシアは口を抑え、涙を浮かべながら、うずくまった。
効き目はわからないが、少なくとも、気付けとしては充分すぎる刺激がある。
なんとか収まったところで、アレクシアはベッドに座っているホルンのところへ行った。
彼女は、すごく興奮した様子でアレクシアに抱きついた。
「アレクシアさん、勝ちましたね! 凄かったです! あんな魔法、いつの間に覚えたんですか!?」
それはきっと、心からの称賛だ。
目をきらきらと輝かせて、アレクシアを褒めたたえた。
自分には真似できない、本当に格好よかった、と。
返事のできないアレクシアは、満面の笑みを浮かべて見せた。
その目には涙が浮かんでいた。
こんなに喜んでもらえるなんて、思っていなかったからだ。
「火の息なんか、無茶にも程がある」
隣りのベッドに寝ていたサイがそう言った。
「まあ、それでも、その負傷に見合うだけの成果はあったと言えるだろう。君も受かっているだろうよ」
きょとんとするアレクシアの代わりに、ホルンが聞く。
「なんで、そんなことわかるんですか?」
「君は当然ながら、彼女の魔法も同年代の中じゃ群を抜いている。負傷を前提にしたって、あそこまでできるやつはそういない。君も他の受験者を見ただろう? 大半のやつは、大した
ことがない。生まれや、与えられた環境に胡坐をかいていたんだろうな。どうでもいいことで肯定され、未熟な自分に満足して進歩を忘れた連中だ。君たちのように情熱のある人間は、
学校としても手元に置いておきたいはずだ。毎年、新入生の八割が金持ちのぼんくらなのだからな」
彼の言っていることは、極端な意見でもあったが、ふたりが同意するには充分な内容であった。
「一応、納得はできます。でも、根拠ないじゃないですか。それ信じてぬか喜びなんて、嫌ですよ」
「そうだね。でも、超天才の僕が言っているんだ。受かってるに決まっている」
「その自信どこから来るんですか? 本当は馬鹿なんじゃないですか?」
「なんとでも言いたまえ。評価で本質が変わることはないからな」
彼は涼しい顔でそう言った。
一方そのころ中庭では、そこら中から試合に負けた者達のすすり泣く声が聞こえていた。
勝った者も確実に受かっているわけではないが、幾分か気持ちに余裕があるのか、敗者に比べれば、まだ落ち着いていた。
全ての試合が終了するころには、死屍累々といった有様である。
しばらく待ち時間があった後、その日のうちに、合格発表は行われた。
水晶からボルスの声が響き、空中にガラスのような枠組みが現れ、そこにひとりずつ合格者の名前が表示されていく。
自分の名前が確認出来た者は、感涙にむせび泣いた。
未だ名前のない者も、まだ諦めず、辛抱強く枠組みを凝視する。
「あ、あった!」
病室の水晶で確認していたホルンも、声をあげた。
サイは当然といったような態度をとる。
彼の名前も書かれていた。
「――――」
アレクシアは、不安でいっぱいの顔をして、枠を見つめる。
まだ、名前はない。
三十、四十と、氏名が表示されていく。
何人が合格するのだろう。
アレクシアは気が気ではなかった。
四十三。
四十四。
まだ、出ない。
枠の一番下まで届きそうだ。
四十八、四十九、五十。
「――――!!」
ついに、発表は終わった。
連なる名前の一番下、五十一人目に、その名前はあった。
アレクシア・ハブリカ。
大声を出して喜びたかったのに、こんなときに限って、声が出ない。
今は、ホルンと抱き合って喜ぶ程度にとどめておいた。
喉が治ったら、どこか人気のないところへ行って、思い切り叫ぼうと心に決めた。
試験に落ちた者たちは、彼らは速やかに退出させられた。
諦めきれない者はまた来年、とどこか事務的だった。
そう時間はかからずに、中庭は受かった者たちだけになった。
その中には、転移を披露したドニ・オーレスや、アレクシアに負けたバート・ホドルもいた。
サイが言う通り、勝敗よりも魔法に対する態度を重要視しているようであった。
「さあ、君らも行ってきなさい。そろそろ歩くくらいならできるだろう」
「いろいろと、ありがとうございました」
セルヒオに送り出され、三人は医務室をあとにした。
合格者一同は、荷物を置いていた第一講堂に集められた。
入り口でカビーノがひとりひとりに称賛の声をかけ、握手を交わす。
「おめでとう。よくがんばったね」
カビーノのような容姿端麗な男性から、そう優しく声をかけられた女生徒は、顔がにやけている。
男でも悪い気はしないのか、微笑ましく接している。
「――――」
「おや、君はあれで声が嗄れてしまったのかい。火力の調整、うまくなれるといいね」
「――――」
ありがとうございます、と出ない声で言ったのだろうか、カビーノは爽やかに笑った。
「おや、君は――――」
ホルンを見て、カビーノは少し考え、小さな声で言った。
「君、筆記満点だったよ。後ろの彼もね。だから、組み合わせがぶつかってしまったんだけど、予想以上のいい試合だった」
「あの、それって――――」
「君が希望するなら、特待生として学費を免除できるだろう。あとで学校長から詳しい説明があるから、その時に、また」
ホルンは心の中で拳を握り締めて叫んだ。
(よし! よし!)
『やったのう。これで当面の目標は達成じゃな』
(うん! お金の心配がいらないのは、嬉しいね!)
カビーノと握手を交わしながら、ホルンは少し変な感覚を味わった。
それは説明できない違和感であったため、とりたてて騒がなかったが、一瞬だけ体が固まった。
「……どうかしたのかい?」
「いえ、大丈夫です。少し緊張してしまって」
握手をした手を見ても、違和感の正体はわからない。
(あの人、何かおかしくなかった?)
『……うむ。妾も感じた。しかし、もどかしいが、何がおかしいのかわからぬ。警戒しておいた方がいいじゃろうな』
シロも感じたのなら、勘違いではないだろう。
彼が何であれ、近寄らないほうがよさそうだ。
ホルンの次に並んでいたサイが、カビーノと握手をした時、周囲の者は一様に同じことを思ったに違いない。
このふたりは、似ている。
自信家で、自己愛が強い。
だから、ふたりの間に見えない緊張の幕ができあがっていたのは、当然でもあった。
「君は、風魔法が使えるようだね。羨ましいよ」
「教えましょうか?」
「いや、遠慮しておく。僕には君ほどの魔法の才能がないからね」
「それは残念です。共に研究していけると思ったのですが」
「君が風魔法を究極に突き詰めてくれたらいいだけさ」
「無論、そのつもりなので、ご心配には及びません」
刺々しい雰囲気の物言いで、ふたりは会話していた。




