22.ホルン対サイ
「あ、私だ!」
組み合わせの発表があり、ホルンが立ち上がると、着ている分厚い鎧がガシャンと鳴った。
試験が始まる前、ホルンはサイが風を使うことを聞いて、すぐに装備を借りに行った。
アレクシアはその姿を見て思わず吹き出していたが、直前になって、ホルンが心配になったようで、そわそわとしている。
「本当に、それでいくの?」
「はい。作戦ですから」
ホルンは、自分の体の何倍も大きな、大人の男性用の鎧を着ていた。
少し動くたびに、何人もの兵隊が歩いているかのような、やかましい音が鳴る。
なぜこんな鎧を着ているのか、話は三十分前にさかのぼる。
ホルンは、魔法が使えない。
使える武器は弓だけだ。
しかし、今回の相手は風であり、弓矢で対処することの困難さはやらずともわかる。
かと言って手ぶらで戦うわけにもいかないため、装備を貸し出してくれるという、第二講堂を訪れていた。
借りに来ている生徒はあまり多くなく、魔法を使わない人はこれほど少ないのか、と思わされた。
「すみません、鎧ってありますか?」
装備を貸し出す係をしていた、眼鏡をかけた痩せぎすの女性に声をかけた。
彼女は、生物学担当のヴェロニカ女史であった。
「あるよ。あなたなら、これくらいの大きさかしらね」
ヴェロニカ女史は、ホルンの体格にぴったりの鎧を、魔法で手元に引き寄せた。
それは薄手のスチールプレートで、魔法の力もあるのか、重量を感じさせないほど軽い。
普通なら、それでもいいのかもしれないが、今ホルンが欲しいものは違った。
「もっと大きい鎧を無理矢理着る方法ってありますか? できれば、成人男性用の、重いものがいいんですけど……」
ヴェロニカ女史は、ホルンの発言を聞いてしばらく考えていたが、すぐに面白いものを見つけたような目をして笑った。
「何か考えてるみたいだね。吸着って魔法がある。帽子とかクツが、風で飛ばされないように体に引っつけちゃう魔法なんだけど、鎧にも使えるはずだよ。これを使えば、ぶかぶかでも、ずり落ちることはないと思うけど、でも、重さはどうしようもないよ」
「力には自信があるので、やってみてもいいですか? 中に別の衣服を着て、それにくっつけちゃう形でお願いします」
ヴェロニカ女史は、それ以上詳しいことを聞いてこなかった。
ホルンの全身をなめし皮のつなぎで覆い、その上に大きな鎧を着る。
鎧はつなぎにくっつき、ぶかぶかなのにずれない、不思議な感覚を味わった。
鎧の総重量は、森で捕えた獲物を背負うよりも、少しだけ重かった。
しかし、動けないほどじゃない。
歩けさえすれば、なんとかできる。
そして、ホルンは彼女に礼を言って、中庭へ戻ってきた。
鋼の団子に手足が生えたようなホルンの姿を見て、他の受験生が笑う声が、そこかしこから聞こえた。
決闘のため、空中へ上がっていく速さも、なんだか遅く感じる。
この重装と向かい合って、サイはすぐに気がついたようで、全く笑う姿を見せなかった。
「その鎧、何キロあるんだい? 歩くのも辛そうだね。これだけ日に近いと暑そうだし、脱いだ方がいいよ」
「余計なお世話です。よいしょ、っと」
ホルンは伸びない手を伸ばし、腰にさしたブロードソードを引き抜いた。
切ることのできない模造品なうえに、魔法の薄い光が見える。
安全対策はばっちり、というわけだ。
「それだけの重量があれば、僕の魔法に耐えられると思っているのだろう? たしかにこの試験、ここから落とすだけなら、僕の魔法は無敵だ。他の凡才共じゃ、為す術なく落ちただろ
う。だけど、どうだろう。たったそれだけの装備で、風圧に耐えられるのかな?」
「勘違いしないでください。あなた対策じゃなくて、単に魔法に耐えられるようにしたかっただけです。それにこれなら、相手を押すだけで勝てますから」
「ふうん、なんでもいいさ。ちょっと試してやろう」
サイの手にした杖の、灰色の魔法石が眩い輝きを放ち始めた。
「超天才が誇る風魔法だ。とくと味わえ」
直後、突風が起こった。
自然現象ではおおよそ起こり得ない、圧倒的な風圧の壁が、ホルンを襲った。
とても真っ直ぐ立っていられず、前傾姿勢になった。
正直、ここまで強いとは思っていなかった。
たかが風だろうと、見くびっていたことを認めないといけない。
「だらだら喋っていたわりには、大したことないですね!」
「動けない癖に、強がるなよ!」
「動けます!」
濁流ですらせき止めるであろう暴風の中を、ホルンは一歩踏み出した。
体のバランスを崩さないよう、慎重に足を動かしただけだ。
連続で動かせば、たちまち吹き飛ばされるだろう。
余裕は全くない。
しかし、ホルンのこの動きは、彼にとって驚くべきことだったようで、牽制としては上手くいったらしい。
「馬鹿な!」
彼は、全力の一撃で吹き飛ばすつもりだったのだろう。
長引けば長引くだけ、実力を見極められてしまうと思ったのかもしれない。
あの態度とは裏腹に、こちらを軽く見ていないということであった。
「予想以上だったよ! どんな魔法を使っているんだ!?」
不意に、突風がやんだ。
効かないと分かった魔法を撃ち続けて、根競べに走ることもできたはずだ。
だが、相手の体力的上限が分からない状態でその選択をするのは、運任せが過ぎるというものだ。
もっと効果的で、使える魔法に切り替えるつもりなのだろう。
ここまではホルンの狙い通りの展開になっている。
魔法と魔法の間には、思考を練る魔法使い独特の隙がある。
試験をずっと観戦していて、魔法使いのことはだいたい分かった。
溜めずに魔法を撃てた者と、ふたつの魔法を同時に使えた者はいない。
(今だ!!)
ホルンは振りかぶって、ブロードソードを彼に投げつけた。
集中力を乱すため、そして、視線を剣に集めるためだ。
彼は咄嗟に剣を風魔法で弾いた。
「何のつもり――――」
彼がホルンを見たとき、すでに手が届く位置にまで迫っていた。
風さえなければ、鎧を着ていてもこのくらいのことはできる。
あと一歩、もう少しで彼を取り押さえられたところを、彼は後ろに飛んで距離をとった。
もう少しだけ早く動けたら、捕まえて場外へ投げ飛ばせていただろうに、と歯噛みをする。
「ふ、ふざけるな! そんな装備で、そんなに早く動けるはずないだろ! どういう鍛え方をしてるんだ!?」
彼はうろたえて杖を向けた。
ホルンはまだ足を止めずに彼を追う。
「伊達に狩人の家に生まれていませんから!!」
でも、やはり、正面からでは彼の方が早く動けるようで、なかなか追いつけない。
「このぉ!!」
しつこく追うホルンに業を煮やしたのか、距離をとり続ける彼の杖が光を放つ。
「離れろ!」
でたらめな風の流れが、彼の周囲に巻き起こった。
咄嗟に乱気流を作り出し、その嵐は、範囲を広げていく。
風に巻き込まれた闘技場の床の石板がホルンにぶつかり、その衝撃で転んでしまった。
「これで終わらせてやる!」
灰色の光がより一層増して、彼を中心にして、巨大な竜巻が起こった。
破片や塵を巻き込んだそれは、瞬く間に闘技場そのものを包んだ。
「た、立てない……!!」
右も左もない、自然では起こりえないでたらめな風の運びは、重心移動や重量で対抗できる限界を超えていた。
横から殴りつける風に全く太刀打ちできない。
ホルンは石板の割れ目に指をさしこみ、とにかく飛ばされないように這いつくばるので精いっぱいだった。
「ここからは体力勝負といこうか。ここまで戦えただけでも、立派だよ。入学してからも仲良くしようじゃないか」
灰色の竜巻のおかげで、彼の姿が見えない。
向こうからも見えていないから、体力勝負と言い出したのか。
「まだ、手はある」
「君の強がりには付き合わないよ。僕の勝ちだ」
ホルンは指を強く床に食いこませた。
これで簡単には飛ばされない。
立ち上がれないが、この風は最初の突風よりも弱い。
おそらく、耐えられるはずだ。
ホルンは、目を閉じて強く頭に描いた。
ここよりも高く、遙か上空を想像する。
(転移!!)
風が止み、澄んだ空気がホルンを包んだ。
サイの真上、彼が点に見えるほど高く、ホルンは飛びあがっていた。
ここからでも、床ではためく鎧が見える。
中に着た皮のつなぎのおかげで、中身がなくなってもバラバラにならずに済んでいるようだ。
そして、ここには竜巻の風が届いていない。
彼は閉ざされた視界の中、ホルンの抜け殻を吹き飛ばそうと必死なのだろう。
(まったく、ご苦労様です!)
魔法は自然現象とは大きく違う。
意識の届いていない範囲では、効力を生まない。
ホルンの仮定はここで実証されていた。
さて、下着同然の姿だが、仕方がない。
とにかく、彼を打ち倒して、この不毛な力比べを終わらせよう。
ホルンは上空から彼の姿を捉えて、そこへ向かって行った。
意識の外にいるホルンに、彼が気がつけるはずもない。
ドニがやってみせたように、彼の真後ろにホルンは着地した。
闘技場全体にかかっている衝撃を減退させる魔法のおかげで、足の痺れは全くない。
「サイ・レームブルック!!」
「なっ!?」
ホルンは着地と同時に彼の名を叫んだ。
空中からそのまま殴りつけようかとも思ったが、こんな速さで攻撃したら彼が死んでしまうかもしれない、と思って遠慮したのだ。
魔法による防護があったとしても、あまり過信してはならない。
彼が振り返る前に、頭を蹴り飛ばした。
彼は対応できずに後頭部へまともに蹴りが入り、床を滑っていって気絶した。
彼が気絶すると、風は止み、ホルンはその場にへたりこんだ。
すぐに体が浮いて中庭へ戻ったものの、足に上手く力が入らない。
アレクシアがすぐに駆け寄ってきて、ホルンの体を支えた。
「……勝ちましたよ」
力なく笑みを浮かべるホルンとは対照的に、アレクシアの顔は引きつっていた。
「ホルン、なんであんな無茶を……」
「……え?」
ホルンは自分のやったことが無茶だとは思っていなかったが、彼女から見ればあれは無茶だったらしい。
「転移なんて、何の訓練もせずに使ったら、体内の魔力の流れが無茶苦茶になるに決まってるじゃない……」
どうやら、知識不足による無茶だったようだ。
何か言いたいが、言葉を発する気力もわかない。
(シロさん、どうにかなりませんか?)
『……力づくでどうにかすることも出来るが、やめておけ。あれだけのことをやったあとで、平然としていれば怪しまれる。なに、死なないようにはしておく。今は大人しく介抱されておいた方が賢いぞ』
(……魔法も、ちゃんと勉強しないとダメだね)
ホルンは自嘲して、アレクシアに支えられたまま、意識を失った。




