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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
23/54

22.ホルン対サイ

「あ、私だ!」


組み合わせの発表があり、ホルンが立ち上がると、着ている分厚い鎧がガシャンと鳴った。

試験が始まる前、ホルンはサイが風を使うことを聞いて、すぐに装備を借りに行った。

アレクシアはその姿を見て思わず吹き出していたが、直前になって、ホルンが心配になったようで、そわそわとしている。


「本当に、それでいくの?」

「はい。作戦ですから」


ホルンは、自分の体の何倍も大きな、大人の男性用の鎧を着ていた。

少し動くたびに、何人もの兵隊が歩いているかのような、やかましい音が鳴る。


なぜこんな鎧を着ているのか、話は三十分前にさかのぼる。


ホルンは、魔法が使えない。

使える武器は弓だけだ。

しかし、今回の相手は風であり、弓矢で対処することの困難さはやらずともわかる。


かと言って手ぶらで戦うわけにもいかないため、装備を貸し出してくれるという、第二講堂を訪れていた。

借りに来ている生徒はあまり多くなく、魔法を使わない人はこれほど少ないのか、と思わされた。


「すみません、鎧ってありますか?」


装備を貸し出す係をしていた、眼鏡をかけた痩せぎすの女性に声をかけた。

彼女は、生物学担当のヴェロニカ女史であった。


「あるよ。あなたなら、これくらいの大きさかしらね」


ヴェロニカ女史は、ホルンの体格にぴったりの鎧を、魔法で手元に引き寄せた。

それは薄手のスチールプレートで、魔法の力もあるのか、重量を感じさせないほど軽い。

普通なら、それでもいいのかもしれないが、今ホルンが欲しいものは違った。


「もっと大きい鎧を無理矢理着る方法ってありますか? できれば、成人男性用の、重いものがいいんですけど……」


ヴェロニカ女史は、ホルンの発言を聞いてしばらく考えていたが、すぐに面白いものを見つけたような目をして笑った。


「何か考えてるみたいだね。吸着キリングって魔法がある。帽子とかクツが、風で飛ばされないように体に引っつけちゃう魔法なんだけど、鎧にも使えるはずだよ。これを使えば、ぶかぶかでも、ずり落ちることはないと思うけど、でも、重さはどうしようもないよ」

「力には自信があるので、やってみてもいいですか? 中に別の衣服を着て、それにくっつけちゃう形でお願いします」


ヴェロニカ女史は、それ以上詳しいことを聞いてこなかった。

ホルンの全身をなめし皮のつなぎで覆い、その上に大きな鎧を着る。

鎧はつなぎにくっつき、ぶかぶかなのにずれない、不思議な感覚を味わった。


鎧の総重量は、森で捕えた獲物を背負うよりも、少しだけ重かった。

しかし、動けないほどじゃない。

歩けさえすれば、なんとかできる。


そして、ホルンは彼女に礼を言って、中庭へ戻ってきた。


鋼の団子に手足が生えたようなホルンの姿を見て、他の受験生が笑う声が、そこかしこから聞こえた。

決闘のため、空中へ上がっていく速さも、なんだか遅く感じる。


この重装と向かい合って、サイはすぐに気がついたようで、全く笑う姿を見せなかった。


「その鎧、何キロあるんだい? 歩くのも辛そうだね。これだけ日に近いと暑そうだし、脱いだ方がいいよ」

「余計なお世話です。よいしょ、っと」


ホルンは伸びない手を伸ばし、腰にさしたブロードソードを引き抜いた。

切ることのできない模造品なうえに、魔法の薄い光が見える。

安全対策はばっちり、というわけだ。


「それだけの重量があれば、僕の魔法に耐えられると思っているのだろう? たしかにこの試験、ここから落とすだけなら、僕の魔法は無敵だ。他の凡才共じゃ、為す術なく落ちただろ


う。だけど、どうだろう。たったそれだけの装備で、風圧に耐えられるのかな?」

「勘違いしないでください。あなた対策じゃなくて、単に魔法に耐えられるようにしたかっただけです。それにこれなら、相手を押すだけで勝てますから」

「ふうん、なんでもいいさ。ちょっと試してやろう」


サイの手にした杖の、灰色の魔法石が眩い輝きを放ち始めた。


「超天才が誇る風魔法だ。とくと味わえ」


直後、突風が起こった。

自然現象ではおおよそ起こり得ない、圧倒的な風圧の壁が、ホルンを襲った。

とても真っ直ぐ立っていられず、前傾姿勢になった。


正直、ここまで強いとは思っていなかった。

たかが風だろうと、見くびっていたことを認めないといけない。


「だらだら喋っていたわりには、大したことないですね!」

「動けない癖に、強がるなよ!」

「動けます!」


濁流ですらせき止めるであろう暴風の中を、ホルンは一歩踏み出した。

体のバランスを崩さないよう、慎重に足を動かしただけだ。

連続で動かせば、たちまち吹き飛ばされるだろう。


余裕は全くない。

しかし、ホルンのこの動きは、彼にとって驚くべきことだったようで、牽制としては上手くいったらしい。


「馬鹿な!」


彼は、全力の一撃で吹き飛ばすつもりだったのだろう。

長引けば長引くだけ、実力を見極められてしまうと思ったのかもしれない。

あの態度とは裏腹に、こちらを軽く見ていないということであった。


「予想以上だったよ! どんな魔法を使っているんだ!?」


不意に、突風がやんだ。

効かないと分かった魔法を撃ち続けて、根競べに走ることもできたはずだ。

だが、相手の体力的上限が分からない状態でその選択をするのは、運任せが過ぎるというものだ。

もっと効果的で、使える魔法に切り替えるつもりなのだろう。


ここまではホルンの狙い通りの展開になっている。

魔法と魔法の間には、思考を練る魔法使い独特の隙がある。

試験をずっと観戦していて、魔法使いのことはだいたい分かった。

溜めずに魔法を撃てた者と、ふたつの魔法を同時に使えた者はいない。


(今だ!!)


ホルンは振りかぶって、ブロードソードを彼に投げつけた。

集中力を乱すため、そして、視線を剣に集めるためだ。

彼は咄嗟に剣を風魔法で弾いた。


「何のつもり――――」


彼がホルンを見たとき、すでに手が届く位置にまで迫っていた。

風さえなければ、鎧を着ていてもこのくらいのことはできる。


あと一歩、もう少しで彼を取り押さえられたところを、彼は後ろに飛んで距離をとった。

もう少しだけ早く動けたら、捕まえて場外へ投げ飛ばせていただろうに、と歯噛みをする。


「ふ、ふざけるな! そんな装備で、そんなに早く動けるはずないだろ! どういう鍛え方をしてるんだ!?」


彼はうろたえて杖を向けた。

ホルンはまだ足を止めずに彼を追う。


「伊達に狩人の家に生まれていませんから!!」


でも、やはり、正面からでは彼の方が早く動けるようで、なかなか追いつけない。


「このぉ!!」


しつこく追うホルンに業を煮やしたのか、距離をとり続ける彼の杖が光を放つ。


「離れろ!」


でたらめな風の流れが、彼の周囲に巻き起こった。

咄嗟に乱気流を作り出し、その嵐は、範囲を広げていく。

風に巻き込まれた闘技場の床の石板がホルンにぶつかり、その衝撃で転んでしまった。


「これで終わらせてやる!」


灰色の光がより一層増して、彼を中心にして、巨大な竜巻が起こった。

破片や塵を巻き込んだそれは、瞬く間に闘技場そのものを包んだ。


「た、立てない……!!」


右も左もない、自然では起こりえないでたらめな風の運びは、重心移動や重量で対抗できる限界を超えていた。

横から殴りつける風に全く太刀打ちできない。

ホルンは石板の割れ目に指をさしこみ、とにかく飛ばされないように這いつくばるので精いっぱいだった。


「ここからは体力勝負といこうか。ここまで戦えただけでも、立派だよ。入学してからも仲良くしようじゃないか」


灰色の竜巻のおかげで、彼の姿が見えない。

向こうからも見えていないから、体力勝負と言い出したのか。


「まだ、手はある」

「君の強がりには付き合わないよ。僕の勝ちだ」


ホルンは指を強く床に食いこませた。

これで簡単には飛ばされない。

立ち上がれないが、この風は最初の突風よりも弱い。

おそらく、耐えられるはずだ。


ホルンは、目を閉じて強く頭に描いた。

ここよりも高く、遙か上空を想像する。


転移ワープ!!)


風が止み、澄んだ空気がホルンを包んだ。

サイの真上、彼が点に見えるほど高く、ホルンは飛びあがっていた。


ここからでも、床ではためく鎧が見える。

中に着た皮のつなぎのおかげで、中身がなくなってもバラバラにならずに済んでいるようだ。


そして、ここには竜巻の風が届いていない。

彼は閉ざされた視界の中、ホルンの抜け殻を吹き飛ばそうと必死なのだろう。


(まったく、ご苦労様です!)


魔法は自然現象とは大きく違う。

意識の届いていない範囲では、効力を生まない。

ホルンの仮定はここで実証されていた。


さて、下着同然の姿だが、仕方がない。

とにかく、彼を打ち倒して、この不毛な力比べを終わらせよう。


ホルンは上空から彼の姿を捉えて、そこへ向かって行った。

意識の外にいるホルンに、彼が気がつけるはずもない。


ドニがやってみせたように、彼の真後ろにホルンは着地した。

闘技場全体にかかっている衝撃を減退させる魔法のおかげで、足の痺れは全くない。


「サイ・レームブルック!!」

「なっ!?」


ホルンは着地と同時に彼の名を叫んだ。

空中からそのまま殴りつけようかとも思ったが、こんな速さで攻撃したら彼が死んでしまうかもしれない、と思って遠慮したのだ。

魔法による防護があったとしても、あまり過信してはならない。


彼が振り返る前に、頭を蹴り飛ばした。

彼は対応できずに後頭部へまともに蹴りが入り、床を滑っていって気絶した。


彼が気絶すると、風は止み、ホルンはその場にへたりこんだ。

すぐに体が浮いて中庭へ戻ったものの、足に上手く力が入らない。


アレクシアがすぐに駆け寄ってきて、ホルンの体を支えた。


「……勝ちましたよ」


力なく笑みを浮かべるホルンとは対照的に、アレクシアの顔は引きつっていた。


「ホルン、なんであんな無茶を……」

「……え?」


ホルンは自分のやったことが無茶だとは思っていなかったが、彼女から見ればあれは無茶だったらしい。


転移ワープなんて、何の訓練もせずに使ったら、体内の魔力の流れが無茶苦茶になるに決まってるじゃない……」


どうやら、知識不足による無茶だったようだ。

何か言いたいが、言葉を発する気力もわかない。


(シロさん、どうにかなりませんか?)

『……力づくでどうにかすることも出来るが、やめておけ。あれだけのことをやったあとで、平然としていれば怪しまれる。なに、死なないようにはしておく。今は大人しく介抱されておいた方が賢いぞ』

(……魔法も、ちゃんと勉強しないとダメだね)


ホルンは自嘲して、アレクシアに支えられたまま、意識を失った。

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