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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第二章 シルトクレーテ
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19.入試開始

ホルンは、生活に関して心配することがなくなり、勉強への打ち込みが随分と捗るようになった。

さらには吸収力も凄まじく、アレクシアから一か月も読み書きを教えてもらえれば、彼女から習うことがなくなってしまうほどであった。


それだけ習えば、本を読むことに苦労することはない。

分からない単語も辞書で調べられるようになってからというもの、ホルンの学習速度は飛躍的に上がった。


ホルンが勉強したい内容は生物学であるが、試験では総合的に全ての科目の知識が必要になる。

得に言語の重要性が大きい。


アレクシアの家にあるエルフ語とドワーフ語の書物を、ホルンは読み込んだ。

そのふたつの言語は、今は使われていない古語である。

こういう機会でもなければ、存在すら知らなかっただろう。


エルフ語の書物にはエルフの歴史が、ドワーフ語の書物にはドワーフの歴史が書かれているが、内容はふたつとも似通っており、言語が統一された経緯や歴史についてである。


昔起きた二匹の竜と人間の戦争で、このふたつの種族は人間の側についた。

その際、言語の違いから意思疎通がうまくいかないことを恐れた統率者は、全員が同じ言語を用いるよう指令を出した。

幸い、人間の言語がエルフやドワーフのものよりも使いやすく、覚えやすかったために反対もそれほどなかった。

その結果として、二種族の言語は書物の中にのみ存在するようになったのだ、と書かれていた。


古語の読み書きはなんとか覚えられたが、発音が難しいものであった。

アレクシアは、発音は試験には使われないため、文字をしっかりと書けるようになっておくように、と教えてくれた。

覚えておけば、どこかで役に立つのかもしれないが、未開の地に住むエルフやドワーフの通訳になるつもりでなければ、確かに必要のないことであった。


一年半もすればホルンは、何十冊かの学術書を全文暗記とまではいかないが、概要の説明くらいはできるようになっていた。

アレクシアは、彼女が十年かけて得た知識の累積に、ごく短時間で追いつかれ、面白くなさそうだったが、純粋に優秀な友を称えられるだけの器量は持っていた。


そして、ホルンがアレクシアの家に居候して二年が経ち、三年目の春が来た。

少しだけ成長して十六歳になった赤い少女と、ワンピースを着ることにも慣れた白い少女は、共に魔法学校の入学試験へと向かった。


市街地から少し離れたところに、周囲をぐるりと塀に囲まれた、広い敷地と巨大な建造物がある。

まるで城のように堅牢なその建物こそ、シルトクレーテ魔法学校である。


四年制の学校で、総学生数約三百人、教員数十二人。

結果さえ出せるなら授業に出なくても進級できるほどの成果主義である。

そんな実力者は学校に通う必要がないようにも見えるが、教員に実績のある著名な者が多く、彼らに会うために通う者も多い。


春先に試験を全員同時に行うため、広いはずの敷地内は、どこも人で溢れていた。

年齢、性別と様々だが、ホルンやアレクシアほど若い人間はそうおらず、何度も試験を受けに来ている猛者ぞろいであった。


「いったい、何人いるの?」


ホルンはその人の多さを見て、思わず呟いた。

このうち何人が受かるのか、少しだけ不安になる。


「の、飲まれちゃダメよ、ホルン」


アレクシアの震え声が、ホルンに聞こえた。

瞳孔は開いており、口唇は乾いている。

彼女はホルンの何倍も緊張しているようであった。


「落ち着いてください。あれだけ勉強したんですから」


ホルンは緊張しているのが自分だけではないと分かると、途端に気持ちが安らいだ。

これは知識を使った狩りだ、と自分に言い聞かせると、波打っていた精神は驚くほど安定した。


「だ、大丈夫よ。分かっているわ。わた、私たちが、お、落ちるわけ……」

「大丈夫ですから、ね?」


ホルンはアレクシアの震える手を握って、目を見つめた。

すると、次第に落ち着きを取り戻し、アレクシアは深呼吸をして、両頬をパンとはたいた。


「よし! 行きましょう! ホルン!」

「はい!」


長蛇の列に並び、受付を済ませると、個人ごとに魔法で試験番号が割り振られていく。

手の甲に、まるで刻印のように数字が刻まれ、書き換えなどは行えないようになっている。

これは替え玉を防ぐための魔法であり、これがこのまま入学してからの学生番号となる。


試験中の手荷物は全て講堂に預けられた。

今日一日、試験が終わるまでは誰も触れないように、教員のひとりが出入口で見張りに立っている。

どうしても必要な理由があれば、彼に頼んでその監視の元でのみ、荷物を触ることができる。


今年の見張り番は、カビーノ・オルディアレス、薬草学の担当教員だ。

目鼻立ちがすっきりしている美青年で、細身だが筋肉がしっかりついており、爽やかな短い金髪をしている。


端的に言えば、彼は女生徒に人気の教員であった。

私書箱が恋文で一杯になっていることなど、日常茶飯事であったし、贈り物も手に負えないほどの数を渡されるため、校則で禁止になっている。


彼と対極にいるであろう、最も厳つく体の大きなボルス・ガングアータからは、随分とそのことを疎まれていることは有名である。

良き友人でもあったが、カビーノのそういう軟派なところは気に入らなかったのだろう。


そんなカビーノが見張りをしていれば、用もないのに立ち寄る生徒が出る。

それをなだめて追い返すのも彼の仕事、もとい日常の一部であった。


ホルンとアレクシアのふたりも、彼のような甘い男がいれば多少は気になるだろうが、さすがに今そんな気持ちになれるような余裕はない。

詰め込んだ知識を上手く引っ張り出せるだろうか、そんなことで頭は一杯だ。


受験者全員が入ってもまだまだ余裕のある広さの試験会場に流れる張り詰めた空気が、非現実感をより一層際立たせる。

午前中の試験は全てここで行われる。

途中に休憩はなく、連続して様々な筆記試験が続くのだ。


午前中は毎年そういう流れなのだが、午後の試験というものが毎回違う内容であるため、そちらの対策は立てようがない。

それをふまえると、筆記試験ではできるだけ点数を稼いでおく必要がある。


筆記試験を全て終えるまで、四時間ほどかかった。

中でもホルンが一番苦労したのは、魔法史である。

魔法に対する興味が薄かったために、深く追及されると途端に手が止まってしまう。

なんとか全ての解答欄を埋めることは出来たが、自信のある出来ではなかった。


対して、アレクシアは良くも悪くも平凡な出来であった。

ホルン以上に自信の持てない結果だった、と彼女はまるでもう落ちてしまったかのように言った。


しかし、ふたりが目標の点数に達していても、いなくても、午後の試験に向けて気持ちを切り替えておかなくてはならない。


「午後は何をやるんでしょうか……」


ホルンは不安のあまり、そう言った。

学校で配られた昼食のパンと水が全く喉を通らない。


中庭では、同じようにして俯いて座っている受験生が多い。

ほとんどの人間が、何もかも失敗したかのように暗い表情をしており、誰ひとりとして、談笑しようという者はいない。

悲壮感に満ち溢れるその中で、アレクシアは自分だけでも明るくあろうと、無理に元気を出して、普段と変わらない口調で話し始めた。


「その年の担当教員によって違うらしいわ。だから、誰が担当か分かれば――――」

「よーし! お前ら、声が聞こえるところまで集まれ!」


アレクシアの声を遮って、中庭に大声が響いた。

声の主は、空中に浮かぶ、光るオーブである。

これは、教員が連絡事項を伝えるための拡声器のようなもので、学校のあちこちに浮かんでいる。


「これから、午後の試験内容を伝える。午後の試験は、決闘だ!」


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