01.失った記憶
わけがわからない。
もう百回は唱えた気がするこの言葉を、再び頭の中で響かせる。
少女は、周囲が背の高い木と植物に覆われた森の中で目が覚めた。
目が覚めたと言っても、眠っていたわけではない。
歩いていると急に意識が覚醒した、としか説明ができない。
ここがどこなのか、なぜここにいるのか、自分が誰なのか。
ひとつとして疑問は解決しない。
一メートルほどの身長しかないこの体から察するに、自分は人間の子供なのだろう。
しかし、子供がひとりでこんな人の気配のないところを歩きまわっているというのは、どういう理由があればそうなるのだろうか。
まるで他人事のように、少女はそう思った。
そうしてさまよっていると、遠くから何人かの男の声が聞こえ始めた。
「おい、しっかり持て」
「もう疲れたぜ。この辺に捨てていけばいいだろ?」
「湖に捨ててしっかり証拠を消せ。追跡魔法を甘く見るな」
絶対にろくでもない会話だ。
ボロ布のようなものを纏っている筋肉質の強面たちが、どうしても良識のある人間であるとは思えない。
三人が抱える麻袋はところどころ赤黒く染まっている。
あの中身がパンパンの木の実だということがあればいいのだが、その望みは薄そうであった。
少し小高いところから様子を見ていた少女を見つけて、彼らは目を丸くした。
「おい! あそこにガキがいるぞ!」
「殺せ!」
その言葉を聞くと同時に、少女は逃げ出した。
彼らはボロボロの手斧や短剣を持って追ってきていた。
捕まれば命はないだろうが、どうやら足は少女の方が早いらしく、彼らとの距離は一向に縮まらない。
しかし、体力の差は、それこそ大人と子供では天と地ほど違う。
少女の体は数分走っただけで、悲鳴をあげ始めた。
心臓がキリキリと痛み、空気を吸っているのに体に巡っていないような感覚。
足が重く、ちょっとした木の根にもつまづきそうになる。
後ろを見ても、まだ彼らが諦める様子はない。
「あのガキ、疲れてきたみたいだな」
「怪物みてえな真っ白い髪しやがって、やっぱ人間だったじゃねえか」
白、と言われて、少女は初めて自分の髪の色が白いことに気がついた。
(いや、今はそんなことどうだっていいでしょ!)
とにかく、やれるだけのことはやらないといけない。
体が動かなくなるまで走って、逃げられなければ、戦ってやるしかない。
決意すると同時に、全く気配を感じさせず、動物の毛皮を身にまとった大男が、目の前に現れた。
その目は緑色にらんらんと輝いており、手には弓を持っている。
「動くな。動けば撃つ」
男は、厳めしく低い声でそう言った。
少女は彼が後ろのやつらの仲間だと思い、足を止めた。
「待て、なぜあんたがここにいる? 狩人の狩場からは離れているはずだ」
「お前らのようなクズが、湖に死体を捨てに来るのでな。こうして見回りをしている」
大男は、少女に視線を向け、優しく言った。
「危ないからこっちへおいで」
彼の方が信じられるのは明白だ。
これが罠だったらもう防ぐことはできない。
少女はそっと彼の後ろに隠れた。
「おい、そいつは俺たちの獲物だ!」
追っていたやつらのひとりがそう言って吠えると同時に、彼は矢を放った。
風のように素早く、空気を切り裂いて、吠えた男へと突き刺さる。
「忠告はした」
彼はただ淡々とそう言った。
あっという間に射抜かれ、その場に倒れた男を見て恐れたのか、彼らは一目散に逃げ出した。
「怖かったね。大丈夫か?」
彼は屈んで少女と視線の高さを合わせると、顔についていた泥を指でぬぐった。
(良かった、信用できる人だ……)
そう思った瞬間に、少女の意識は、まるで穴にでも落ちたかのように、すとん、と暗闇に包まれた。
遠くで、彼の声だけが、ぼやけて聞こえていた。




