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角の少女とふたつの竜  作者: 樹(いつき)
第一章 狩人の森
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12.心の内と外

その日の夜、ホルンは眠りにつくと同時に、心の内にいた。

シロは相変わらず、自分の椅子に座って、こちらを見ている。


「どうやら、片方が会いたいと思えば会えるようじゃな。今日、妾はこの中から外に語りかけていたのじゃが、何か聞こえなかったか?」


この暗闇の中で、どうにか外の様子を知ろうと試行錯誤しているようであった。

しかし、その甲斐もむなしく、ホルンの耳には何ひとつ届いていなかった。


「いえ、何も。物音ひとつしませんでした」

「そうか……」


シロはがっくりと肩を落とした。


「声をあげるくらいでは、ダメなのじゃろうな」

「外の様子を見る方法って、ないんでしょうか」

「せっかく一緒にいるのに、入れ替わることでしか外を見られないというのは、不便じゃのう……」


どうにかしてあげたいと考えているうちに、ホルンはひとつ試してみたいことを思いついた。


「次、私がやってみてもいいですか?」

「何か思いついたのか?」

「ええ、でも確実ではないですし、それに、私はまだこの中の感覚をよく知らないので……」

「そうか。では、今度は妾が起きてみよう」


シロが光の元へ浮かび上がり、その姿が見えなくなると同時に、光は消え、辺りは完全な暗闇に包まれた。


こんな暗闇の中でシロが暮らしているのはさすがに可哀想に思い、今度から頻繁に代わってあげようかな、などと考える。

ホルンはシロの座っていた椅子に座った。


一見何もない暗闇に見えるが、考えてみればここは自分の中だ。

シロの椅子だって、ここで作ったわけではなく、想像の中から生まれたものに違いない。

だとすれば、ここには何でもあるはず。


外に向けて何か発信する前に、まずはこの中から操る練習をしてみよう、とホルンは目を閉じて思い描いた。


自分の部屋を、この暗闇の中に想像する。

あやふやにではなく、部屋の隅や、細かな小物にいたるまで、可能な限り正確に。


ゆっくりと目を開けると、そこは慣れ親しんだ自分の部屋であった。

窓の外は暗闇であるにも関わらず、部屋の中はまるで昼間のように明るい。


部屋の扉を開けて外を見ても、想像しなかった部分は存在しないようで、廊下や壁はなく、どこまでも真っ暗な空間が広がっていた。


要領さえ掴めば、何でもできるようだ。


「次は、外と連絡をとる方法……」


少し、今までのことを整理してみる。

人格が入れ代わったとき、ホルンたちの人格は光に向かって飛んで行く。

あの光こそ、外の光なのだろう。


外へ出られる光の通り道は、ひとり分だけの大きさしかない。

しかし、出入りするのが人ではなく、音や景色だけならどうだろう。


「よし、やってみよう」


部屋の天井に、小さな穴を開ける。

ほくろのようにただ小さな黒い点があるだけで、これだけではまだ何もできない。

次は、その穴の部分にある、意識の壁を限りなく小さく薄くする。


睡眠と覚醒の間で、感覚を現実化させる。


「できた!」


小さな穴から一筋の光が射し込み始めた。

これで、この中と外の世界とが繋がったはず。


「おーい! 聞こえますかー!」


できるだけ大きい声を出してみたが、返事はない。

聞こえていても、向こうから声を送る方法がわからないのかもしれない。


しばらく考えたが、外からこちらへ情報を送る手段が考えつかない。

部屋の中に発想のきっかけになるものがないか、見回す。


ベッド、花瓶、机。

マリアの手作りの人形、薬瓶、空っぽの棚。


ホルンは机の上に置いてあったランタンに手を伸ばす。

この家に来て初めて見た、魔法で点灯できるランタンだ。

未だにホルンにはつけることも消すこともできないが、そのうちできるだろう、とライオネルからもらっていた。


これは、命令に反応して自動的に火を出す魔法道具だ。

つまり、音を拾う仕組みが存在していて、なおかつ、仕組みさえ作れば現象を起こせるということだ。


音声を受け取ることと送ることが出来れば、その道に目から見える景色も乗せることが出来るのではないだろうか。

そのための仕組みを想像すれば、ここでは何でもできる。


射し込む光を手に包み、平らに伸ばす。

頭の中に浮かんでいるのは、大きな鏡。

それも、机の上に乗せられる足のついている鏡だ。


「よしよし!」


つい、自分で褒めてしまうほど、思い通りの鏡が出来上がった。

装飾はないが、実用性は高い。

自分に美的な知識があればまだ綺麗なものができるのだろうに、と少しだけ悔しい気持ちになる。


鏡には、部屋の天井が映っていた。

シロはベッドの上から動いていないようだ。


『のう、聞こえるか?』

「うわっ!!」


唐突に大きな声が部屋中に響いた。

思わず私は耳を塞いだ。


「もうちょっとだけ、声を抑えて」

『すまぬ……。そちらの声が聞こえたのでな。こちらからも話しかけていたのじゃが、音の大きさまでは気が回らなかったわ』


シロは細かい調節というものが苦手なようで、何度か問答を繰り返して、ちょうどいい音量を掴んでいた。


『こうして会話が出来ているということは、何か方法を見つけたのじゃな?』

「うん。シロさんが見えているものも見えてるよ」

『何!? そうなのか!? 凄いのう!!』


興奮したシロは、急に視界をぐるぐると動かした。

鏡を見ていたホルンは、揺れる視界に少しだけ気持ちが悪くなる。


『す、すまぬ』

「大丈夫、大丈夫……」


ともかく、晴れて中と外との情報の共有は可能となった。

相変わらず入れ替わるためには一度眠る必要があるが、それでもふたりで会話をすることができるようになったのは、心強いことだ。


一度心の中へとシロにも戻ってもらった。

そして、部屋の中を見せて説明しているところで、家を出る決定がされたということを話していなかったことを思い出した。


「そういえば、私、ひとり立ちすることになりました。学校に通って、そこでシロさんのことを調べようと思います」

「そうかそうか。学ぶのは良いことじゃ。して、その学校とやらは、入るのは難しいのか?」

「……はい。遠くからも入りたい人が集まるくらい、有名で難関だとは聞きました。私みたいに字も読めない人間が、これから勉強して追いつくのは簡単じゃないと思います」

「主なら、大丈夫じゃろう。少なくとも、妾より賢いようじゃからのう」


シロの言うことをそのまま受け取って、ホルンは自信の糧にさせてもらうことにした。


「それよりも、ホルンよ。角はどうするつもりじゃ? 髪飾りで通すには少々派手な気がするのじゃが」

「髪飾りで通せませんかね……。ほら、大きめのカチューシャでもつければ、それっぽく見えないこともないと思いませんか?」


部屋に置いてある、お母さんからもらった大きめのカチューシャをつけて鏡を見てみた。

土産屋などで売っていてもおかしくないが、目立つことには変わりない。


「帽子でも被った方が無難そうじゃのう」


シロがぽつりとそう呟く。


「だったら、これならどうでしょうか」


ホルンは角を包み込むように両方から髪を編み込み、後ろで結んだ。


「ふむ、これならどの角度から見てもわからぬのう」


角が小さくて捻れていなかったことが幸いだった。

色も髪と同じ白色であったため、傍目にはわからない。


「さわられたら危ないので、安心は出来ませんけどね」

「そしたら髪飾りだと言ってやれ」


そう言って、シロは悪戯っぽく笑った。



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