09.もうひとりの自分
気がつくと、ホルンは暗闇の中に立っていた。
目の前の空間には、上から一筋の明かりが射して、丸く光の円を作っている。
その向こう側に、見たことのない、白い少女が木の椅子に座って足を組んでいた。
その子は、どこか自分に似ているような気もした。
髪の色だって、同じだ。
「あの、すみません。ここはどこなのでしょうか」
ホルンは警戒しながらも、彼女へ聞いた。
「はて、深層意識の中じゃろうか。お主がホルンか。無事でよかったのう」
「私を知っているんですか?」
「知らぬ。じゃが、ホルンが居るべき場所があることは理解しておる」
居るべき場所って、何の話だろう。
少し考えていると、ふと、自分が最後に見た光景がよみがえった。
「……そうだ! お母さんとお父さんは!? 見ませんでしたか!?」
「ふたりとも無事じゃ。まあ、怪我はしておるが、死にはせん」
「あなたが助けてくれたんですか?」
彼女は目を伏せて言った。
「助けたというか、偶然じゃな」
「いえ、それでもありがとうございます。命を助けてもらって、なんとお礼をしたらいいか……」
「よいよい。気にするでない」
彼女は大したことでないかのように、そう言った。
ホルンだって、あの獣を追い払うことが簡単でないことくらい分かる。
どうやったかは分からないが、何か凄いことをやったに違いない。
「あの、名前を聞いてもいいですか」
「名前、か。ふむ、確かにないと不便じゃのう。ならば、『シロ』とでも呼んでもらおうか。体が白いからのう」
彼女は自嘲気味に笑った。
「分かりました。シロさん、お礼をさせてください。私、なんでもやります」
「お礼など受け取れぬ。妾が勝手にやったことじゃ。それに、妾と主は同じ体を使う者同士。妾を個人と認識する必要もなかろう」
「それでも、何かさせてくれないと、私の気が済みません!」
「困ったのう……」
ホルンの頑固さに呆れたのか、ひとつため息をつくと、彼女は言った。
「ならば、ひとつ、頼み事をしても良いか?」
「はい、なんでも」
「妾は自分の正体がわからぬ。その正体を調べる手伝いをしてもらいたい」
「正体、ですか」
「ホルンの人格が分裂したものかと思っていたが、見ての通り、主とも少し種が違っているようじゃ」
シロの背中ごしに見える尻尾を見て、自分の腰の辺りをさする。
それだけではなくて、肌の色や目の色も違う。
「……実は私も、自分が何者なのか、知らないんです。ずっと、なんで角が生えているのか疑問でした。もしかしたら、これはシロさんの……」
そこまで言うと、シロはホルンの言葉を遮るように、首を振った。
「それは全てホルンのものじゃ。角もこの体もな。余計なことを考える必要はないぞ」
ホルンは、自分がシロから生まれた人格なのではないか、と言おうとしていたところだった。
シロはそんな考えを見透かしたのか、さらに続けた。
「魂が真か否かを決めるのは、生まれではない。主を愛する者たちがいることは、主が真の存在であることを示しておる。決して自暴自棄になって、その者たちを失望させるでないぞ」
「シロさんは、優しいんですね」
彼女は、ただ目を細めて微笑んだ。
「さあ、もう日が昇る。目を覚まして家族を安心させてやるが良い」
「……うん。本当にありがとうございました」
「なに、妾のことを知るために、頑張ってくれよのう」
ホルンは、目覚め方を何となく理解していた。
光の真下に立つと、体がふわっと浮き、光の源へ吸い込まれるようにして昇っていく。
そして、急に肉体が重みを出した。
白い朝焼けの光が射し込む部屋の天井を見上げながら、ホルンは目を覚ました。