4
駅のホームに秋の風が吹き込む。
今朝は早めに家を出たので、余裕をもって電車を待つことができた。
奥に覗く街並みをぼんやりと眺めた。低い雲が散らばって浮かんでいる。少し肌寒かった。
電車を待つ人たちはもれなく手元の小さな画面を見つめていた。
制服を着た少女がまばらな人通りの中を通り抜けた。その視線はとても遠く先をとらえていた。
「間もなく特急列車が通過いたします。白線の内側までお下がりください」スピーカーから駅員の声が流れた。
少女は颯爽と風を切った。ホームにできた列と列の間を通り抜ける。
周りの人間はスマートフォンに夢中で気にも留めなかった。
すぐ隣を彼女が通り過ぎる。嫌な予感がした。
「ちょっと君」呼び止めたけれども声は届かなかった。
列車はすぐそばまで来ていた。体がひとりでに動いた。
彼女が白線を踏み越える。後ろから細い腕を力強くつかんだ。彼女が振り返った。
朱色の列車が長く連なって目の前を走り抜ける。
突風が吹き、長い髪が舞うようになびいた。低く大きな音が地面をつたった。
少女の頬に涙が流れた。列車が過ぎ去るまでは手を離さなかった。
風がやんだ。
「すまない」そう言って手を離した。掴んだ腕には赤い跡が残っている。
少女は涙目を逸らす。何も言わずに駆け出した。
「待ちなさい!」男はそれを追いかけようとした。
足がもつれてすっ転ぶ。姿はすぐに見えなくなった。
その拍子にスマートフォンも紛失した。
ポケットの中にもカバンの中にもなかった。
いくら探しても、いくら鳴らしても見つからなかった。
後日、新しいスマートフォンを買った。なんの中身もないそれは彼をむなしくさせた。
それから先、ヤツの姿を見ることはなかった。
年老いた彼は時々、若き日の異様な出来事に思いをはせる。
今ではいくら一人になって考えてみてもヤツは現れない。
「あいつを呼んでくれ。礼を言いたい」男は病院のベッドで家族にそう言った。
ボケている彼を家族はあわれんだ。思いが叶わぬことを知って彼は一筋の涙を流した。
男はその夜、家族に看取られ息を引き取った。




