ハシブスカと言う男
「や、やめろ。やめてくれ~」
ハシブスカが、必死に暴れるが、大輔は片手で足首を持ち上げ逆さ吊りにしたまま兵士たちを睨む。子供の数を数えるとその数は、10人もおりその10人全員に兵士が1人ずつついている。これでは、さすがの大輔も1人2人救えても全員を救う事は難しい。
「お待たせ!」
だが、いつの間にか背後から気配を絶って近づいていた君人達が、現れると剣を持つ兵士全員の首が飛んだ。そう潰れた者もいれば、切断された者もいるのだが、10個の首が姿を消したのだ。
「ひ、ひいいいい!」
ハシブスカの目に巨大な1匹の獣の姿が、映りその威容に小便を漏らす。逆さ吊りされているため、その尿が自分の顔にかかるが、すでに半分意識が飛んでいた。
「遅れてわるかった。転移して気配を消して近づくのにどうしても時間が欲しかったんだ」
和美とみずきが、幼い子供たちを解放し、バルドフェルドやパトリシア、フレイアが、兵士を蹂躙している。跳ね橋を渡りつつあったハシブスカの兵士も城の中から現れたゴーレム兵達に前を塞がれて戻ってきている。
大輔は、ハシブスカを投げ捨てるとハシブスカは、地面をごろごろと転がり泥まみれになり、ようやく止まると「ひいいいい」と頭を抱えて涙を流している。
「今、マトレ村にバルドフェルド達をやったけど。おそらくは……」
「おい。ゴミ公爵。お前、マトレ村の人に何をした?」
威圧を込めた質問にハシブスカは、震えて声がでない。ただ、がちがちと歯を鳴らし命乞いをする。たまりかねた大輔が、落ちていた剣を拾うとその剣でハシブスカの手の甲を貫いた。
「ぎゃああああああ」
ハシブスカの悲鳴が、木霊し「ひいひい」言っているが、剣は、手の甲を深々と貫き大地に縫い付けられた。
「答えろ。さもなくば、残った手も縫い付けるぞ」
ハシブスカは、まだ悲鳴をあげているが、顔を蹴るとこちらを向いたので、同じ質問をする。
「と、途中で。来る途中で村によって、言う事を聞かぬ者は始末した。公爵たる儂に逆らったのじゃから仕方ないじゃろう。食糧を奪い、子供を拉致しておけばお前らが城を明け渡すとヘイゲルが言いおったのじゃ。儂が悪いわけではない。た、助けてくれ」
ぬけぬけと命乞いする公爵は、残った手で膝に纏わりつこうとするので、蹴り返す。はずみで手の甲が割け、剣が外れたが、ハシブスカの手はもう使い物にならないだろう。ぎゃあぎゃあ叫ぶ公爵を放置し、ヘイゲルを探す。しかし、どさくさに紛れて姿を消したのかその姿が見えない。
「みずき。ブランに言ってヘイゲルを見つけ出せ」
「うん。ブランお願い」
『御意』
ブランは、何かを感じ取り走りだした。おそらく臭いか魔力か何かでヘイゲルを見つけたのだろう。振り返るとすでに兵士の大半は、バルドフェルド達に殺されており生きている者も半死半生といったようだ。だが、子供らやその親を剣で殺し、マトレ村を壊滅させた兵士達を許すつもりにはなれない。
「和美、みずき。とりあえず子供たちを保護してくれ。1階か2階でしばらく匿う。頼む……」
それだけ言うと2人は、保護した子供らを連れて城へと向かう。残った大輔と君人は、あたりを見るが、何も言葉が浮かばなかった。すると森の方から1人の男を加えたブランが、帰ってきてごろりとその男を大輔の前へ転がした。
「ケ、ケルベロスだと。お前らは、化け物か!」
捕えられてきたヘイゲルを大輔は、蹴り飛ばす。数回地面でバウンドして転がるとそれをブランが、また咥えて大輔の前に転がした。すでに身体のどこかしらの骨は折れ、その痛みで顔は苦痛にゆがんでいる。
「化け物だと? 平気で子供を殺そうとし、村を襲うような者の口が言うのか?」
大輔は、剣を振るうとヘイゲルの口先が切れ、そこから血が噴き出す。
「ぎゃあああああ」
「大輔。こいつらに何を言っても無駄だよ。人の命の重さをこれっぽちも理解していない。自分のためなら平気で襲い殺し奪うつもりなんだよ」
大輔が、ハシブスカとヘイゲルを睨む。こんな勝手な奴らのせいで、村が1つ犠牲になったのだ。何人くらいマトレ村に残っていたのかは、調べないとわからないが、こいつらは罪のない者を大勢殺したのだ。
「俺が、正義だと言うつもりはない。それにこれからお前らを殺す俺が、間違っていないとも言わない。だけどモラール王国が、腐っている事だけはわかった。お前らは救いようのないゴミだよ」
すると大輔は、右手に魔力を集める。これは、あるスキルを使うためだ。静かに怒り、そしてきっと内面では涙しているだろう大輔にかける言葉もなく君人は、ただじっとその姿を見ている。
「ソウルイーター……」
大輔が、そう言うとハシブスカやヘイゲル、その他の兵士たちが、悲鳴をあげ始める。君人には、見えないが彼らの目には、膨大な数の死霊が見えているのだ。それも自分達が殺したマトレ村の住人の死霊が。首を絞め、剣で刺してくる。当然、死霊なので、実体がないためその剣も素通りするのだが、その恐怖で魂をつかまれると徐々に魂が、喰われていく。そして、魂が喰われ終わると身体が生者から死者へと変わっていく。
死霊兵。大輔のソウルイーターにより、魂を喰われた者は、死ぬこともできずに死霊として大地に縛りつけられる。その一生は、大輔が死ぬまで続き縛られる事になるのだ。
「大輔……」
君人が、大輔の肩を叩く。大輔の目には、涙があふれ自分で背負う業の深さと救えなかった魂たちに頭を下げた。
「俺には、もっと力が必要なんだよな?」
大輔は、君人にそう聞いた。
「僕たちは、強いようで、まだまだ弱いって事だね。僕もみずきくんも和美くんも、そして君だって弱いんだ。だから僕たちは、1人ではなく4人でいるんだから……」
自分たちが、強くても巻き込まれる者がいれば、犠牲はでる。そして、自分たちが自由に生きようと思えば、それを良く思わない者もいるのだ。4人は、国を興し自分達の城を作ってもまだ本当の自由を得る事はできない。
「さあ。帰ろう。みずき君達が、心配するよ」
大輔を伴い君人は、転移し城へと向かう。大輔が、戻るとすぐにみずきが、飛びついて大輔をぎゅっと抱きしめた。その目には、涙があり、大輔もそんなみずきを抱き返した。
君人は、そんな2人の側を離れ、和美の側へ向かう。
「和美くん。子供たちの様子は、どうだい?」
「そうね。皆、心がないように項垂れているわ。でも、それはそうよね……。きっと辛いものをいっぱい見たと思うのだから……」
「そうだね。しばらく子供たちは、平穏が必要だろうね。だけどそれなら、なおさらここでは戦いにくいな。和美くん、僕と少し出かけようか。今、大輔に無理をさせたくないんだ」
「私もそう思う。2人をそっとしておいてあげたいし」
「なら。これから間もなく来るだろうジルバルダ軍は、僕らが片づけよう。君は、ゴーレムを起動させてくれるかい?」
「準備はできているわ。それに大輔から貰った素材で、リーダーも作ったんだけどかなりの力作ができたわ。だから大丈夫よ」
「わかった。じゃあ僕の使い魔が戻ったら出発しよう。2人には、子供たちの面倒を見てもらうって事にしておくね」
冷静に処理を済ませ次の策を練る君人も、その拳をぎゅっと握る。普段、怒るような事がない君人は、どこかそう見られているが、彼も静かに怒りをかみ殺しているのだ。