決戦(5)
翌日、朝早くに大輔は、再びジルバルダに飛んだ。みずきは、1人ではだめだと一緒についていったが、明らかに寝ている様子がない。
昨日も結局、被害にあった獣人族のために走り回り、傷を少しでも癒そうと奔走する。そして、保護した者の家族達には、頭を下げて丁寧に誤っていった。自分が、助けるのが遅くなり辛い思いをさせてしまったと。
獣人達は、そんな大輔の姿に複雑な想いを抱く。死んだと思っていた娘が無事であったと喜びたいが、何度も非道な行いの犠牲となった娘は、正気を保てていない。震える手足に両親を見てもわからないほどおびえており、この状況が治る保証もないのだ。
みずきは、何度も休むように言ったりしたが、大輔は止めようとしない。そして、旧モラールとの国境で無理やり道路整備をさせられている獣人達を保護している。十分な食料と医薬品を与え、全員を保護する。
だが、今日の大輔は、そんな獣人達に鞭を振るっていた人達を許す雰囲気がなかった。まるで、八つ当たりでもしているかのように追い込み容赦なく止めをさした。大輔の目が、まるでごみでも見ているかのような冷たさを持ち、自身を傷つけているかのようにもみずきには見えた。
「大輔。これで全員無事よ。帰りましょう」
それでもみずきは、一生懸命大輔を支えようと手伝いをする。そして、転移し、昨日と同じように仲間の元に返した大輔は、皆に頭を下げ終わると1人にしてくれと言ってどこかに転移して消えた。
「みずきくん。大輔は?」
みずきは、君人と和美の所に来ると静かに首を振った。
「そんなに落ち込んでいるの?」
和美も心配そうに聞く。
「獣人族の人達が、傷ついたのは、自分のせいだって」
みずきは、うずくまるように丸まりそう答える。
「保護した。獣人達は、獣人達が時間をかけて癒すしかないだろうね。でもあそこならきっと時間が、ある程度解決してくれるはずだ」
君人にも確証があるわけでもない。だが、そうでも言わないとみずきも苦しむことになる。
「優しすぎるのね」
和美も大輔の事を想うと言葉が続かない。
「少し予定を変える事になるかもしれないね。この世界は、僕達が思っていたよりも人の業が深く、そして厳しい世界なのかもしれない。僕は、このまま予定通り第一軍に降伏勧告するつもりだ。そして、幾つか条件も出す。受け入れれば、いいけど。もしかすると抵抗するかもしれない。そうなるとジルバルダの名は、イアリスから消える事になる」
バルドフェルドが、現れ君人に耳打ちする。
「その相手が、どうやら到着したようだ。僕と和美くんは、これから迎えにいくけどみずきくんは、どうするついて来るかい?」
カリンは、北の城塞の北部で逃げた第一軍に備えて待機している。残党がおかしな行動をしないように眷属と動いているのだ。
「私は……やめておくわ。話によっては、私も許せなくなるかもしれない」
みずき自身も大輔と共に行動した事で、ジルバルダに対して憎悪がないわけではない。小さな子供に手を出すような真似をする者もそれを認めたり、放置する者も許せないのだ。仮にこの第二王子が王になってもやはり奴隷を認めたり、放置するのだろう。
「わかった。僕達が行くよ。君も少し休むと良い」
君人は、みずきを気遣いそう言うと転移し、準備を終えた場所に移動する。そこは、西に作った小さな物見櫓の上で、そこからだと西から迫る軍が一望できる場所だ。
「君人……」
「僕らがしっかりしないとね。大輔やみずきくんは、何でも背負いすぎるから」
西から砂塵が見える。7千もの兵士が移動すれば、それだけ目立つのだ。
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「東に何か見えます」
斥候に出ている兵士から連絡があり、東に何かしらの構造物があると言う。まだ、イアフリードの城壁は見えていないので、その威容を見てはいないが、シリウスは冷静に報告を受け止めると隣に立つタミアに確認する。
「どう思う?」
「私達に、何かしら伝えるためか。罠にはめるための工作とみるのが良いでしょう。斥候兵を向かわせ軍は、一旦止めるべきかと」
タミアは、慎重に返答する。相手にも軍師がいると予想しているので、どんな情報にも敏感でいる必要があるのだ。シリウスの指示で、向かった斥候兵は、物見櫓を確認する。すると物見櫓から1人の兵士が走ってきて交渉する場を望んでいると伝えてきた。
「斥候兵が戻りました。イアフリードは、交渉を望んでいます」
シリウスと共に報告を聞いたタミアは、不思議な顔をする。
「すでにヘリオス様が、イアフリードの北側で戦闘している頃でしょう。そちらが膠着状態にあり、こちらに手がまわらず、時間を稼ごうと言うのでしょうか? いや、もしかするとそれも罠で我らを誘いだそうとしているかもしれませんね」
「タミア。交渉に応じよう。どちらにしても情報が必要だ」
タミアもそれには納得する。そして、シリウスは、交渉の場を中間地点に設定すると双方数人の兵士を連れての交渉が始まった。イアフリード側からは、3人が参加し、ジルバルダ側からは5人が参加した。シリウスとしては、5人までと条件を付けたつもりが、相手は若い男女2人と戦士風の男が1人だけだ。よほど腕に自信があるのかこれも何かの策略かもしれないと警戒する。
「ジルバルダ第二軍指揮官のシリウスだ」
シリウスが名乗りを上げる
「イアフリード宰相をしています君人と言います。本日は、交渉の場をいただき感謝します」
君人が挨拶すると双方席についた。後ろにはそれぞれの部下が立ち、相手を牽制している。
「では、交渉と言う事だが、イアフリード側は何を交渉したいのかな?」
自信のある言葉は、背後に控えている7千の兵士と信頼する部下が支えている。
「はい。その前にちょうど良い方がいてほっとしました」
君人は、シリウスの背後に立つ1人に視線を向ける。
「ホスローさんでしたよね。以前、お会いした者ですよ」
ホスローも相手の顔を見て気づいていたので、頷いた。
「確か私は、あなたに言ったはずです。次にこのような事があれば、ジルバルダが滅ぶことになると」
ホスローから話を聞いていたシリウスとタミアは、苦笑するしかない。
「てっきり降伏条件でも言うと思ったのだが、まだ何かしらの策でもあるのかな?」
シリウスが、そう答える。
「策と言うか……。いえ、何と言っても信じていただけないとは思いますが、先日あなたの兄君と父君がお亡くなりになっています。すでに3日ほど経過していますので、間もなく伝令が王都から来るかもしれませんが、あなた方は一刻も早く国に帰らなくてはいけません」
君人の話しは、あまりにも滑稽な内容にしか聞こえない。
「いくらなんでもひどい話しだね」
「はい。僕もそう思います。すでにジルバルダの王城はもぬけの殻となり、王都は騒然としています。貴族達は、私財を抱え王都を逃げだしております。今、ジルバルダが存続できるかは、あなたがどれだけ早く帰国し纏められるかでしょうね。私の計算では、王都が維持できるのはあと半月と言った所でしょう」
みずきから聞いた情報を伝えただけだが、シリウス達が信じない事はわかっている。
「話にならないね」
シリウスもさすがにこの話しをどう受け止めて良いかわからない。総勢1万4千もの兵士が、1千にも満たない兵士しか持たない国に心配されているのだ。
「信じていただけないのは残念です。これが、ジルバルダの未来を決めた会談となったと後日、私が責任を持って後世に伝えておきましょう。ああ、それと我が王は、ジルバルダの王やその貴族たちのとった行動に酷くお怒りです。先の獣人国との戦いであなた方が捕虜とした獣人族の者の扱いがあまりにもひどいとおっしゃり、それはもう怒られておりました。私達が、諫めてはおりますが、今後同じような事をするようならやはり、ジルバルダ王国と言う国は、イアリスから消えていただくことになります」
君人もまったく気にしていないわけではない。だから、シリウスには、はっきりと宣告しておく必要があるのだ。
「まったく。何を言っているのか」
シリウスが、呆れて席を立とうとするとそれをタミアが止めた。不思議な顔をしたシリウスが、タミアを見ると席に戻るように促された。
「発言をお許しください」




