それぞれの想い(1)
ジルバルダの王都にある第一王子ヘリオスが、所有する区画にとある男達の住まいがある。ヘリオスの指示で第二王子シリウスの動向を探っている巧が、しばらくぶりに帰宅するとすぐに家族の元へと足を向けた。
「あなた」
ドアを開けるとそこには、長年連れ添った妻の顔があり、その向こうにはベッドに横になる娘の姿がある。今年で14歳になる巧の娘は、病弱の身でありながらこの世界に両親とともに召喚されたのだ。
「明日香。芽衣は、どうだ?」
「今は眠っているわ。さっきまで薬師の人が来ていつもの薬を飲ませてくれたの」
「そうか」
巧は、それを聞くとベッドサイドまで近づき、娘の頭をそっと撫でる。巧の娘である芽衣は、医師から原因不明の病に侵されており治療法がないと言われていた。そして、剣と魔法が存在するこのイアリスに来てもやはり、その病は回復する事がなかった。
だから今は、薬師たちの作る薬に頼る他ない。
「無理はしないでね」
妻の明日香が、巧にそう声をかける。巧が、ヘリオスの庇護を受ける代わりに危険な仕事をしている事は明日香も知っている。そして、それが自分や娘を守るためだとわかっているので、そう言うしかないことも。
「勿論だよ。お前と娘を残して死ぬわけにもいかないからな」
巧は、妻の手を取るとぎゅっと握って抱き寄せた。
コンコン
ドアをノックする音に2人は、振り返る。
「博司……」
そこには、同じく召喚された男達が揃っている。
「邪魔して悪い。少しいいか?」
静かに頷いた巧は、妻に娘を任せると部屋を出て居間に連れていく。巧を入れて5人の男達は、それぞれ椅子に腰かけるとゆっくりと話しはじめた。
「巧さん。ヘリオス様は、この先どうするつもりでいるんだ?」
年長者である事やそのジョブのため巧は、ヘリオスに最も近く仕えている。巧は、皆の視線を集めると静かに口を開いた。
「近いうちにイアフリードに向けて軍事行動を起こすだろう」
4人の顔が真剣になる。
「シリウスも動くのか?」
博司が聞く。
「言葉を選んだ方がいいぞ。どこに目や耳があるかわからんからな」
巧にそう言われ、博司が一旦落ち着くそぶりを見せる。
「獣人国との戦いの結果、ヘリオス様は期待した戦果を挙げたとは言いにくい。確かに獣人国の大半を版図とした事や捉えた獣人族の者を労働力として確保した事は評価された。だが、結果的にシリウス殿下と同じように完全な勝利とはならなかった」
先の戦いでヘリオスは、獣人国に勝利したが、それは結果的に不十分だ。できるだけ多くの獣人を捕え奴隷として使うつもりだったが、兵糧などの物資を奪われ侵攻作戦が中止となった。幸い勢いに乗じて突撃してきた獣人達をうまく撃退する事ができたので、かろうじて勝利する事になったが、もし獣人達が静観していたらジルバルダは、何も得ずに撤退する事になっただろう。
そして、その勝利の影には、特務部隊である4人の活躍があったのだ。
「それは、私達もわかっています。その結果が、この1年なのですよね。そして、今再びジルバルダは、動きだすと?」
省吾が、そう確認した。
「王が、2人の王子に対して連携しイアフリードにあたるよう指示を出した。王としては、さっさとイアフリードのような小国を屈服させ本当の意味でモラールや獣人国を支配下に置きたいのだろう」
「それは、わかりますが。さて、その王子2人が果たしてうまく連携するのでしょうか?」
昇哲が心配するのは、最もだ。自分達が使えるヘリオスと第二王子派は、決して仲が良いわけじゃない。
「王は、第一軍の3割を親衛隊に預け、獣人国方面から攻めるようにヘリオス様に指示を出した。同時にシリウス様には、第二軍の3割を親衛隊に預け、モラール王国方面から攻めるように指示された」
「つまり、合同作戦ってことだな」
巧の説明を博司がまとめる。
「俺達は、当然ヘリオス様に同行し、獣人国側からイアフリードに進軍する。今回の戦いは、おそらくイアフリードと言うよりは、シリウス様との戦いになるだろう」
巧は、少し困った顔をする。
「それは、どちらがより多くの戦果を挙げるかで、優劣がつくと言う事ですね」
省吾がそう聞くと巧が頷いた。巧もその考え方が、いかに危険なものかを理解している。功を焦れば焦るほど無理な進軍や突撃が増えるだろう。おそらくヘリオスは、シリウスより早くイアフリードを殲滅し、そこに自分の旗を立てる事で自分の優位性を示すつもりだ。巧は、それがわかっていてもヘリオスを止める事ができない。
2人は、世が世ならどちらも王としての資質を十分に持っている。だが、不幸にも同時代に同じ兄弟として生まれ、優秀であるがゆえにそれぞれを指示する家臣も割れ、何よりも父王の後継者判断を鈍らせた。
すべては、シリウスが「英雄」のジョブを得た事が発端と言える。
「俺達は、ただ、ヘリオス様の指示に従い。ヘリオス様に勝利いただくだけだ。すでに俺もお前達も責任ある立場だろう」
巧の言葉に皆も納得させられる。ヘリオスが、選んだ異世界人への対応は、シンプルなものだが恐ろしいものだ。巧には、娘の治療を約束し必要な薬師の派遣する。他の者は、独身者が多かったが、今ではこの世界の女性を妻とし、すでに子をもうけている者すらいるのだ。
人を縛る最大の鎖は、やはり人なのだ。結果的に特務部隊の5人は、ヘリオスに逆らう事も裏切る事もできなくなった。誰も国にしないが、ヘリオスを裏切れば、大切な家族が殺されるのは目に見えている。
「俺にも子供ができた。巧さんの言うとおり、もう帰る事も諦めているし、この世界で少しでも幸せをつかみたいと思っている」
博司が、そう答える。
「お前達が、言いたいのは、別の事だろう? 相手にイアフリードに同じ召喚された者がいる可能性がある。もし、同じ日本人がいたらどうするかって事だろう?」
巧の言葉に皆も頷く。すでに任務とされ、イアリスで多くの人を殺めている5人にとっても同郷の者となると少し勝手が違う。
「この1年で集められた情報からイアフリードの状況がいくらかわかってきた。不明な点はまだ多いが、城塞の形状や城壁の作り方なんかを聞くと明らかに召喚された者の関与が疑われる。少なくとも数人の者が旧モラール王国で召喚されているが、その存在があきらかになっていない。俺もイアフリードには、同郷の者がいると思っている」
巧が得た情報によれば、ジルバルダが放った斥候が持ち帰った概要は、異常なものばかりだ。わずかの期間で大規模な陣地を構築し、その概要すら外部に漏らさない。放った手練れの斥候もほとんどが、戻ることなく殺されたのか捕縛されたのかもわからないのだ。
「俺達のように。いや、もしかすると俺達以上に厄介なジョブを持っている奴がいるかもしれない。だが、俺は家族を守るためにもこの世界で生きていくためにも、例え同郷の者がそこに立塞がっても倒すしかないと思っている」
巧の決意を聞き、皆も考えを纏めた。
「俺達は、家族のために戦う。それが、例え日本人でもだ」




