カリンの一人立ち(2)
「フロー!」
下敷きになったフローをカリンは、大声で呼ぶが反応がない。しかも、フローに弾き飛ばされ直撃は避ける事ができたが、鋭い雲丹の棘のようなものがカリンを掠めており、カリンの左半身からは大量の血が流れている。
『カリン様』
フェルとドーリーが、慌てて雲丹状のスライムを攻撃しようとするが棘の1本の長さがフェルやドーリーの身体を余裕で貫くほど長いため攻撃も届かない。
カリンは、自らの驕りを悟り、血の気の引いた顔で自らを戒める。
「私が、油断したから……」
フローは、忠実に主を守る盾となった。それにも拘わらず、自分はスライムを下に見て、まるですでに勝者と言わんばかりの戦い方をしていた事が許せなかった。そして、その代償として傷を負い、フローを失った。
カリンは、よろよろと立ち上がり、スライムを強敵と認め睨み付ける。残った右手に魔力を込め、同時に魔眼を使い自己強化を図る。それは、カリンにとって自己最大級の攻撃魔法を使うための手段であり、相手を最大の強者と認めた事を意味する。
「炎極」
先程放った魔法の数倍は、あろうかと言う炎の塊は、まるで小型の太陽のようにも見える。そして、それを雲丹のようになったスライムに向けてカリンは、放った。
スライムは、その威力を警戒してか形状を元の液体のような姿に戻し正面から受け止める。小型の太陽が、スライムにめり込むように埋まり、周囲をじゅうじゅうと音を立てて焼いていく。恐ろしい速度で再生を続けるスライムと膨大な魔力で作られた太陽がぶつかり、その場で凄まじい勢いで蒸気をあげた。
数秒が、数分にも感じられる時間、カリンは全力で放った魔法とスライムの戦いを直視していたが、徐々に膝が笑いだした。すぐにフェルが、駆け寄りその姿勢を支えるが、片目はすでに見えないほど衰弱していた。
「これでだめなら……」
カリンが、これで決着がつく事を願いながら様子を見ていると、形勢は期待の反対側へと転ぶ。もうもうと立ち込めた湯気のようなものが、収まるとそこには、陥没した穴を残したスライムの姿があった。すでに魔法で作った太陽は、消えている。
そして、無情にもその陥没した穴は、スライムの凄まじい再生力によりあっさりと埋められていく。
「だめ……だった……」
力なくフェルにもたれかかるカリンを何とか支えようとフェルが、背にカリンを乗せる。ドーリーも高速に羽を羽ばたかせ鋭い羽根をスライムに向けて打ち込んでいく。だが、当然、スライムはそんな攻撃をものともせずに再び形状を雲丹のように変えた。
フェルは、何とかカリンを連れて脱出しようと試みるが、最下層に作られた扉は、ボスを倒すか挑戦者がしなない限り開く事はない。
背にカリンを乗せてスライムの攻撃を回避しようとするフェルだったが、スライムが棘の一部を拘束で射出するとそのうちの数本がフェルの身体をカリンと共に打ち抜いた。
『ぬうううう!』
フェルは、これくらいで死ぬ事はないが、明らかにその動きが鈍った。フェルの視界には、ドーリーが同じ攻撃を受け壁に縫い付けられる姿が見えた。
『無念。これまでか』
フェルが、最後を覚悟する。そして、自分と共に棘に貫かれた背中に横たわる主を見て、申し訳ないと思った。魔王としての片りんを見せる少女に期待した自分を恨めしく想い、もっと時間をかけて強くなる必要があったと後悔する。もし、あの男が、あの魔王すら超える男が側にいれば、この主は死ぬことがなかったのではないか。
フェルが、そんな事を考えているとカリンの命は尽きた。フェルの耳には、先程まで聞こえていたカリンの心音すら届かなくなったのだ。
抵抗を止め、ただフェルはスライムを睨みつける。スライムは、言葉なく動きを一旦止めると再び棘を再生して雲丹のような形に戻った。
『幾分、身体が小さくなっているか……となれば、主の攻撃もまったく意味がないものではなかったのだな』
今になってフェルは、相手の姿が若干小さくなっている事に気づく。スライムは、再生しているのだが、確かにダメージを受けた分その身を削っているのだ。特に先ほどの魔法により、スライムも大きなダメージを受けているのは間違いない。
冷静に相手を分析し、主と連携し当たっていれば、まだ勝利する方法があったのではないか。
『だが、それも今となっては遅いか……』
止めを刺そうと動き始めたスライムにそう言ったが、当然返事はない。
「まだよ」
フェルの耳に主の声が聞こえた。すでに幻聴を聞くほど自分もダメージを受けたのかとフェルは、背に乗る主の骸に視線を向けるとそこには、顔や身体に黒い刺青のようなものが浮き出たカリンの姿が見えた。
『主なのか……?』
魔王のスキルである「本性を現した」が発動する。カリンは、一度死にそして、大幅にステータスを向上させて復活するのだ。そして、その禍々しいほど膨れ上がった魔力は、瞬時に先ほどよりもさらに魔力を込めた小型の太陽を作りだしていく。だが、さきほどとの違いは、その太陽が青いのだ。
スライムは、そんなカリンを敵と認識し再び棘を射出した。太陽が放たれる前に止めを刺そうとしたあたりは、スライムが冷静だと言えよう。
「全回復! 戻れフロー! ドーリー! フェル!」
右手で頭上に巨大な太陽を作りながら、残った左手で全回復スキルを使う。すぐに回復した3体の眷属が、カリンを守ろうと行動に出る。傷ついて倒れた眷属達は、それぞれがブレスを放ったり、剣で棘を切り落としたりとカリンを守る。
そして、準備が整った青い太陽が、スライムに向けて飛んでいった。身体の形を球体に変える事で、自らの身を守ろうとするスライムに直撃した青い太陽は、触れた側から煙をあげてスライムの身体に潜っていく。先ほどと同じように再生を始めたスライムに対して、青い太陽は容赦なくスライムの身体を掘っていく。
「炎陣結界!」
カリンは、防御に集中しているスライムに追撃の手を緩めない。カリンは、放った魔法を放置し新たに小型の青い球体を幾つも作りだしていく。そしてその数が、百を越えたあたりで、一斉にスライムに向かって放たれ、スライムの周囲に着弾すると青い魔法陣が完成した。
その魔法陣が光り出すと魔法陣からは、青い炎が立ち上りスライムを一気に包み込む。身体の中には、小型の太陽のような炎の塊を打ち込まれ、身体の外側は高温の炎で焼かれると言う状況に、スライムの再生が追いつかず徐々にスライムは、溶けるように小さくなっていく。
あまりの高温の炎に周囲の温度は、急上昇し息苦しい感じもするが、それでも炎は容赦なくスライムを焼いて行く。最後にブルりと形を最初の状態に戻したスライムは、まるでそれが断末魔かのように活動を終えた。
「はあはあはあ」
カリンは、入り口の扉が開いたのを確認し、ようやくスライムを倒した事を確認する。そのままペタンとしりもちをつくように床に座ったカリンは、全身の力が抜けていくような感覚があった。戦闘を終えた事で、元の姿に戻ったカリンは、改めて自分の身体を見る。
「大輔お兄さんが言っていたスキルだよね……」
魔王達にとってあまり嬉しいスキルではない。自分が死んだときに復活する事のスキルは、狙って使うものではない。スライムを倒した事を確認した眷属達が、主の元に集まり、それぞれが検討を称えた。
「ごめんね。私が、油断していたから」
『主は、悪くない。我らが迂闊だったのだ。二度とこのような事にならぬように我らも注意する』
フェルがそう言うとドーリーやフローも賛同する。
「そうね。私達は、まだまだって事がわかったわ。だけど、もっと強くなれるって気もするわ。だから、また一緒に挑戦しましょうね」
カリンは、集まったきた眷属達にそう声をかける。彼女にとって今回の事は、より成長する機会となったのだ。どのような強さを持っていても決して油断してはいけない。その教訓を得る事ができたのだから。




