モラールの敗残兵
翌日、4人が朝食を食べている時に君人が、ふと気づきベランダに出て外を確認した。
「堀の水が、ようやく溜まったみたいだね。まだ濁っているけど数日もしたら泥なんかも沈殿して綺麗になるだろうね」
君人の言葉に3人もベランダに出て城の周囲を見る。見晴らしの良い城の5階部分から眺めるとマリード城は、本当に湖に浮いているように見える。堀の深さと広さを考えれば、この堀を越えるには、船が必要となる。それに船を使って取りついても登る事ができるような場所はないのだ。
4人が、外を眺めているとふと視界に馬に乗った1人の男が入った。こちらの城を見上げるようにしたその男は、何かを叫んでいるようだが、遠くてここまでは聞こえない。
「あれ、何か言っているよな」
「本当ね。でもあまり気持ちの良い事を言っているようには見えないわ」
男が何を言っているのか聞き取れないが、何かを叫んでいる事はわかる。すると4人の背後にいた執事服を着た者が、恭しく頭を下げた。
「私が、参りましょう」
執事服を着た男は、君人が使っている使い魔の1人だ。君人は、その魔力で目となり耳となる使い魔を3体ほど設けており、それを使って諜報活動などを行っているのだ。この執事服の男は、名をバルドフェルドとつけられており、他にも女性メイド型のパトリシアとフレイアがいる。彼らは、君人の魔力を常に吸収しており、それによって行動しているので、君人は3体の目や耳を通して話しをすることも聞くことも可能だ。
「じゃあ。バルドフェルドに頼もう。和美くん跳ね橋を一回降ろしてもいいかな?」
「了解。堀に水が溜まってから降ろしてないからちょうど良い実験ね」
跳ね橋は、特殊な構造となっており、跳ね橋が降りるとその橋は、どんどんと伸びていって向こう岸まで到達して制止した。収納時には、高さ15m程しかない端が、50m以上も伸びて対岸につくと言うファンタジーな構造だ。
突然、跳ね橋が降りたと思ったらこの広い堀を渡れるほど長い橋がかかり、馬上の男は驚いている。だが、その馬上の男が驚くのは、これからだ。
ふと城門から1人の男が、現れると数回瞬きをする間に目の前にいたのだ。
「失礼ですが、当マリード城にどのような御用でしょうか?」
バルドフェルドが、丁寧に伝えると馬上の男もそれに答えた。
「吾輩は、モラール王国公爵であるハシブスカ公爵の騎士で名をヘイゲルと言う。王都から逃れ再起を図るハシブスカ公爵が、間もなく当地に到着するであろう。モラール王国の東部にこのような城があったとは、吾輩も知らなかったが、この城に公爵様を迎え入れていただきたい」
どうやらモラール王国の王都から落ちのびた公爵がいるようだ。王と共にほとんどが拘束されたか殺されたと大輔や君人は考えていたが、逃げる事に成功した者もいるようだ。
「大輔。どうやらモラール王国の敗残兵のようだよ。ハシブスカ公爵ってのをこの城でかくまって欲しいってさ。まだ、王族気取りなんだろうかね」
「敗残兵か。と言う事は、その何とか公爵を追っている軍もあるって事だろうな。そっちの方が問題だな」
「確かにね。どのくらいの規模の追手がかかっているかは、これから調べるとして、まずはその公爵を受け入れるかどうかだろう」
和美とみずきの視線が、大輔に集まる。
「知っているのか?」
「そのハシブスカって人、王城にいる時に私のお尻を触った人だよ」
「そうそう。エッチな目で、私達を見てたから有罪で良いよ」
すでに女性陣の方で、有罪が確定していた。こうなると公爵を受け入れる事はできない。大輔にしても女性陣を敵に回したくはないのだ。
「だめだな。女性陣の不満がある以上、受け入れはできない。それに城に入れば、厚遇しろと言うだろうから面倒だ」
おそらく城に入れれば、身分がどうのと言って破格の待遇を要求するだろうことは予測できる。面倒事を引き受けるつもりはないし、完成したばかりの城を余計な奴で汚したくない。
「了解。バルドフェルド」
ヘイゲルと対峙するバルドフェルドは、青い髪をした青年でありビシッと着こなした執事服で直立している。そのバルドフェルドを馬上から見下ろすヘイゲルは、なかなか返事をしないバルドフェルドに少しイライラしていた。
「主よりお言葉があります。当マリード城は、モラール王国の領土ではございません。当マリード城は、イアフリード国の物であります。つきましては、敗残のモラール王国の兵を当マリード城に入城させるわけにはまいりません。お帰り願います」
そう言ってバルドフェルドは、頭を下げた。
「ふ、ふざけるな! 当地は、モラール王国の物だ勝手に何を言う」
当然、怒り狂うヘイゲルは、文句を並べる。
「ですが、そのモラール王国は、すでに滅亡したと聞き及んでおります。王が討たれた今、何をもってモラール王国を名乗るのですか?」
「だからこれからハシブスカ公爵が、王となりモラールを再興するのだ」
「敵兵から逃げるような者が、どうして王を名乗れましょう。それに、これより先に逃げても村どころかもう他国の国境が近いのですよ」
マリード城がある旧マトレ村は、モラール王国の東端にある村だ。だからこれ以上逃げると言っても逃げる先は他国しかない。だが、他国に逃げると言っても北側には、獣人族の国があり、南には、魔物が住む森が広がっている。ろくに兵士もいない公爵が、どうやって再興すると言うのだろう。
「ぐぬぬぬ。馬鹿にしおって! もう許さん。公爵様に代わってこのヘイゲルが……」
馬上のヘイゲルが、剣を抜こうとするとバルドフェルドが、立てた人差し指に雷を纏わせる。バリバリと放電するその光を見てヘイゲルが、馬と共に一歩下がった。この世界で魔法士は、それなりの数がいる。だから魔法を使える者は、多いのだが、雷や炎、氷と言った魔法は、ただの魔法士には扱えないのだ。格下の火魔法や水魔法くらいなら、騎士であるヘイゲルに分があるかもしれないが、雷を使えると言うなら魔法師以上のジョブを持っている事になる。
「お、覚えておれ!」
お約束の捨て台詞を吐いて馬を反転させるとヘイゲルは、マリード城を去っていった。君人は、すぐにバルドフェルドを自分の側に転移させ、呼び寄せると和美に再び跳ね橋をあげるように言った。
「おそらくあのバカ騎士は、兵を率いてくるだろうね。彼らにとってもこの村は、最後の砦なんだと思う。だから彼らも必死にこの城を得ようとするだろう」
君人の予測に大輔達も頷く。
「君人。使い魔を放ってハシブスカを追うジルバルダ兵の動向を調べておいてくれ」
「ああ。すでに双子を放っているから大丈夫だよ」
さすがに暗黒軍師ともなると行動が早いと大輔は思った。大輔は、さすがだなと言うが、君人に言わせれば大輔の方が先を見ているだろうと謙遜する。2人は、良い意味でライバルでもあり、信頼できる仲間なのだ。
結局、ハシブスカの動向はそれほど気にせずに、その背後に迫るジルバルダ軍に注意する事になる。モラール王国を飲み込み、一層兵力を増すだろうジルバルダが、この辺境の村にどこまで兵を割くのかわからないが、勢いに乗って一気にモラール王国を併合しようとしているかもしれない。
「さっそく城を舞台に戦う事になりそうだな」
「すぐに直せると思うけどあまり、壊しちゃだめだからね」
和美は、出来上がったばかりの城を壊される事を嫌う。材料が残ればすぐに元通りにできるのだが、完成した作品を壊されるのは、良い気分ではないのだ。4人は、遅くなった食事に戻るとこれからの事について色々と確認していった。