番犬とゴーレム
大輔とみずきに馬鹿にされたと感じたオルトロスは、その巨体を起こし2人の前に出る。そのあまりにも早い身のこなしに大輔達は、驚いた。まるで、その体重を感じさせないしなやかな動きは、一切の無駄がないのか音すら後で聞こえるようだ。
『さあ。余興はここまでだ』
牙をむくオルトロスを前に大輔とみずきは、顔を合わせた。
「どうする?」
「うーん。私がやってみるかな」
そう言うと1本の剣を抜いてみずきが、前に出る。また、その動きを見てオルトロスの怒りに火がついた。
『1人で良いと言うか!』
片方の頭がものすごい速度で動き、みずきの頭の部分を襲う。だが、みずきは、その牙を剣で弾くと自分の両手を見た。何かを確認するかのように頷くと視線を手からオルトロスに向ける。オルトロスは、みずきの頭をかみ砕こうとしたのだが、あっさりと弾かれた事に驚いている。
みずきは、少し構えをとるとオルトロスを睨む。周囲の空気の温度が少し下がったような濃密な殺気が、オルトロスを襲った。獣の本能かその殺気を感じたオルトロスは、一瞬で後方へ飛んだ。
『むうう。ここまでの強者であったとはな。侮っていたのは我の方か』
すでにみずきの力を認めたのか距離を取ったオルトロスにみずきの剣戟が向かう。かなりの距離があるのに空を切ったみずきの剣先からは、風の刃が放たれる。距離を取ったおかげもあってオルトロスは、それをぎりぎりで回避する事に成功するが、わずかばかり掠ったのかオルトロスの身体から血が流れた。
『我の身体を切り裂くとは。益々面白い』
そう伝えてきたオルトロスは、2つの首からそれぞれブレスを吐いた。右の頭からは、火のブレスを左の頭からは、氷のブレスを吐く。
唸るような炎と氷が、それを跳んでさけるみずきを追尾していく。しかし、追い詰めつつあったそのブレスをみずきは、剣で切り裂いた。烈風を伴ったその剣風によりブレスがねじ曲がり飛散していく。
「少し本気出します」
みずきは、そう宣言すると自身の身体を強化する魔法を使う。するとこれまで鎧すら着ていなかったみずきの姿が、甲冑を纏った武将のような出で立ちとなり、手にしている剣も光輝いている。
オルトロスも一瞬その姿に見とれていたのか挙動が遅れ、みずきが正面から突進するのに十分合わせる事ができなかった。みずきの速度は、オルトロスの予想をはるかに超えており、正面からでも捉える事ができなかったのだ。
「ぐああああ」
みずきの輝く剣が、オルトロスの片方の首を切り捨てる。そのあまりの切れ味にオルトロスは、敗北したのだ。
『見事!』
敗北を悟ったオルトロスは、残った首でそう答えると仁王立ちする。みずきを強者と認めた以上、止めを刺す権利は、みずきにある。そして、このダンジョンをクリアするに値する者と認めたのだ。
「大輔……」
だが、みずきは、武装を解き大輔を振り返る。みずきがこの顔をするときは大抵頼みごとをするときだ。幼馴染である大輔には、みずきの頼みごとの意味もわかった。
「オルトロス。はっきり言うが、俺はみずきよりも強いぞ。みずきは、俺の配下だからな。そのみずきよりも強者である俺が、お前に一つの提案をしよう。俺に降れ」
これは、ダンジョンのボスを務めるような強者へ向ける言葉ではない。だが、大輔は、その言葉をオルトロスへかけた。予想にない提案にオルトロスも呆気にとられている。止めを待つ身として覚悟しているのに目の前の男が、自分に降れと言う。
「全回復」
大輔が、そう言うとオルトロスの首が元に戻る。その圧倒的な力は、みずきによって切り落とされた首を元通りにして見せた。大輔のスキルにある全回復は、1度の戦闘に使える回数は1度きりだが、対象を全回復させる事が可能だ。完全回復魔法を一度だけ使えると言うラスボスならではの力だ。
『圧倒的か。我より強い者など勇者のパーティーくらいかと思っていたがな。それにお主の放つ覇気は、我のものよりもはるかに禍々しい。よかろう。いや、こちらから頼もう。我を主の庇護に置いて欲しい』
「その願いかなえよう!」
大輔が、眷属化のスキルを使うとオルトロスの首に光の首輪が、つけられそれが輝きを増して最後に消えた。オルトロスの姿が、さらに大きくなると共に首が1つ増えていた。
「我の眷属にして、四天王みずきが配下として今日からお前は、ケルベロスとして仕えよ」
その圧倒的な力にケルベロスとなったオルトロスが平伏する。
「みずき。名前は、お前がつけろよ」
大輔は、側で目をキラキラさせている同級生に背を向ける。まるで、欲しがったおもちゃを与えられたような顔をしているみずきを正視できないのだ。
ケルベロスを配下としたみずきは、名前を「ブラン」とつけた。巨大な城に4人だけで住んでいるのだからスペースなどに問題はないが、この大きなケルベロスを側におけるのだろうかと大輔が、試案していると
『主。我は、身体の大きさを変える事など造作もない』
なるほどと大輔は、考えた。それなら普段は、マリード城の番犬でもしてもらえば良いのだ。
「俺やみずき達、四天王なら転移なども自由にできる。ブランもみずきのいる城内は自由にして良い。仕事としては、外敵の侵入へ備えてもらう」
『御意に』
普段は、みずきに任せ。それ以外は、城内を自由に闊歩して良いと伝えた。眷属化の効果で、いつでも自分の側に召喚する事も可能になったようだし、貴重な戦力ができたと大輔も満足する。
この後、ダンジョンの最深部で見つけた部屋から財宝や貴重な素材を入手しそれを持ち帰った。帰りは、転移魔法があるので一瞬で王城の居間まで戻ったが、そこには、すでにマリード城を完成させるべく活動中の和美と君人の姿があった。
「おや。その獣はどうしたんだい?」
すぐにブランに気づいた君人が、大輔に聞くが、答えたのはみずきだった。
「えっとね。ブランって言うの。うちで飼う事にしたからよろしくね」
みずきは、さも拾ってきた犬でも飼うように言うが、これでもダンジョン最深部の魔物だ。しかも眷属化した事でさらにその力を増した事で、すでに別格の魔物となっている。
だが、そんな事くらいと言うのが、君人や和美達の感想だ。
「こっちも鉱山をほぼ丸ごと収納してきたから準備万端だ」
君人が、そう言って指を指す方向を見ると、完成していなかった塔などが完成しているのがわかった。
「あとね。うちの兵士君達も第一弾が、完成したんだ。後でお披露目するよ。それと魔石持って来てくれた?」
和美が言う兵士とは、ゴーレムの事だが人と同サイズの甲冑型であるため、うっかりすると中に人が入っているように見える。魔石を使う事で、かなり持久力もあがっているが、普段は兵舎に留め置かれ、必要時に兵士として起動するようになっている。ゴーレムの甲冑は、鉄材を中心にしているが、隊長クラスの兵士型ゴーレムは、より良い鉱石で作られている。
「魔石は、ダンジョンでたくさん手に入れたから和美に渡しておくよ。それとこれを使ってくれ」
大輔は、異空間からダンジョンで得た財宝や貴重な素材を和美に渡す。それを見た和美が、興奮してその場で跳ねている。
「すごい。すごいよこれ! もしかしてオリハルコンとかアダマンタイトとかだよね」
実際、ダンジョンの深淵部には、貴重な素材をドロップする魔物もいたし、宝箱の中にもそれなりの物があった。
「さて、これでようやく最初の段階と言った所だね」