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獣人国の憂鬱

 3大氏族の1つである熊族の長ブリンガは、今すこぶる機嫌が悪い。それは、ジルバルダとの開戦を控えた獣人国の行く末を決めかねない会議の場で、話し合われた内容があまりにも自分にとって納得のいかないものだったからだ。


 獅子族の長であるロドスと狼族の長であるガイラは、共に徹底抗戦を唱え他の種族をジルバルダとの国境に向けて進軍させると主張した。それは、獣人国の勝利を疑わぬ振る舞いであり、大いに味方を鼓舞する事になったが、それはていの良い詭弁でもある。

 国境から寄せられる情報をきちんと知る者にとってその主張は、現地で死ねと言っているようなものであり、とても「はいわかりました」と聞ける主張ではない。


 ブリンガは、ジルバルダとの開戦において周辺国と連携して当たる必要がある事や非戦闘員の早期避難などを行ったうえで開戦すべきと訴えたが、何を言っても聞く耳をもとうとしない他の氏族の長達は、ブリンガの事を「怖気づいたか」と罵った。会議は、紛糾し一時中断となり、再開するまで各氏族は、十分協議するようにと一旦議場を出る。


「もう知らん! 勝手に誇りと共に屍をさらせばよいのだろう」


 ブリンガは、手にした杯を床に投げつける。あまりのブリンガの怒り様に熊族の者達も近づくのを避けじっと様子をみているしかできなかった。


「お父さま。ただいま戻りました」


 そこにイアフリードから娘が帰還した。ブリンガは、娘を一瞥すると気持ちを整理し報告するように指示を出す。そして、ブリンガは帰還したミミルクから想像できないような情報を得たのだ。


「本当にイアフリードは、イアフリードの王は、そのような提案をしてきたのか?」


「はい。イアフリード王に面会し、直接王から話をいただきました」


 ブリンガは、娘の報告を受けた後、じっくりと腕を組んで考え込んだ。自分達が、取るべき道。そして獣人国の未来を決める決断をするためだ。


 再開した氏族会議の中で、ブリンガは1つの案を提出する。それは、他の氏族の長達を驚かせ、そして会議の流れを大きく変える事になる。


「本当にイアフリードは、そのような提案をしたのか?」


「特使を派遣したところ、イアフリードの王から直接提案された。儂は、この提案を受け、その結果によっては、同盟を結ぶ事を主張したい」


 イアフリード王からの提案は、これから数日後、イアフリードが獣人国に攻める準備をしているジルバルダ軍を急襲し、戦争自体を回避すると言うものだ。壊滅させることが、できなくともこの急襲が成功すれば、戦争は延期もしくは中止される事になる。


 獣人国は、警戒に努めイアフリードの急襲結果を待ち、戦争が回避された場合には、同盟を結びたいとイアフリード側から提案したのだ。獣人国には、何のデメリットもないこの提案に、一部の者は、イアフリードの陰謀だと騒ぐ者もいたが、獣人国に入る事もなくジルバルダ領内で急襲作戦を行うと言う提案だった事もあり、戦争に向かっていた各氏族の気持ちにブレーキがかかった。

 誰もが、戦わなくて良いなら無駄に命をかけたいわけではないのだ。もしかするとイアフリードの作戦が本当に成功してジルバルダと争わないで済む。一旦覚悟を決めた長達も幼い子供や年老いた両親の事を想うとやりきれない気持ちでいたのだ。


 獅子族や狼族の長が、答えを出しあぐねていると徐々に取り巻きの氏族の長達が、ブリンガの案に賛成の意を表明し始める。


「最悪、イアフリードが失敗しても獣人国に痛手がないのなら、イアフリードを試してからでも遅くはないではないか」


「そうだ。我らが命をかけるのは、それからでも遅くはない。準備だけはしておくが、結果を待ってからでも良いだろう」


 次々とブリンガの提案に乗る長達が出ると他の氏族の長達も同調する。ブリンガにしてみれば、ここまでイアフリードが譲歩してくれているのに、あまりにも勝手な物言いをする氏族の長達が気に食わない。だが、獣人国の未来を考えれば、ここで玉砕を避け融和の道を探る必要があるのだ。


 結局、イアフリードが作戦を決行すると指定してきた3日後の結果を見て、もう一度会議を開く事が決まる。同時に各氏族から物見の兵を出し、イアフリードがジルバルダと本当にやり合うのかを確認する事が決まった。各氏族から物見に適したジョブを持つ者を選抜し、確認する事にしたのは、少しでも公平な目でイアフリードを見るためだ。


(もし、本当にイアフリードの王が、獣人国のために血を流すとなれば、我らはその恩にどのように報いればよいのか……)


 ブリンガは、そのことを考えると胸が締め付けられる思いでいた。本当ならば、自分たちの国は、自分たちで守らなければならない。だが、ジルバルダは、あまりにも強大であり、獣人国だけで挑めばモラールの二の舞になる事はわかっている。

 だからこそ本来は、イアフリードや森の国とも同盟を結ぶなりしてあたらなければならないのに、くだらない誇りや過去の軋轢を気にして話が進まない。


 自室に戻り、帰還したミミルクからイアフリードの詳細を聞く事にしたブリンガは、娘が楽しそうに報告する様子を見て考える。


「それで、王城ではとても美味しい食事をいただきました。その時に出たお肉が、また絶品で肉汁がじゅわ~っと出るような柔らかい肉で……お父様聞いていますか?」


 ブリンガは、ふと娘の話を半分聞いていない事に気づき謝罪する。


 ミミルクは、イアフリードで会った人達の事やその設備の凄さ、食べた物や国民の暮らしを時間をかけて報告している。そのどれもが、こちらの印象を良くするようなものばかりで、本当かと疑いたくなるような話しばかりだったが、聞いていると娘の楽しそうな顔が目に入った。


「お前は、イアフリードの王達をどう見る?」


 不意にブリンガは、ミミルクにそう聞いた。すると少しミミルクは、考えるそぶりを見せ何か気がついたような顔をして話しはじめる。


「イアフリードの王が言っていました。隣人を良い者にするか悪い者にするかは、隣人ではなく隣人を見る者が決める事だって。どんな国にも種族にも良い人も悪い人もいるのだから、見極める事が重要だと言っていました。少なくても私には、イアフリードの王達は、良い者に見えましたよ」


 ブリンガは、イアフリードの王の言葉に厳しさも感じた。存外に獣人国のとる行動や姿勢によっては、イアフリードは、獣人国を都合の悪い隣人と認識する事もあると言っているように感じたのだ。


「我らは、イアフリードの王に試されているのかもしれないな。自分たちに都合の良い事ばかり言う者を誰が、信頼できると言うのか……」


 ブリンガは、そっと目を閉じ、今後の方策を練る。だが、そのどの選択もブリンガにとっては、ひどく憂鬱なものばかりだ。イアフリードに近づけば、獣人国の他の氏族からは避難される事は間違いない。だが、このままイアフリードをないがしろにするような事があれば、将来の獣人国とイアフリードの間にしこりを残すことになる。

 どのような形でこの戦争が終結し、どのような形でイアフリードとの関係を結べば良いのか。ブリンガには、まだ答えを出すことができない。


「それで、みずきさん達と一緒に街を歩いてみたのですが、獣人族の私が歩いていても非難されたりする事はありませんでした。聞けば国の法で種族の差別は禁じられているそうで、違反すると街を追い出される事もあるって言っていました」


 ミミルクの報告は、まだ続いているが、その話を半分くらい耳に入れながらブリンガは、種族の未来を考えていた。















 


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