獣人族の国(2)
入室の許可を得たみずきは、部屋の中へと歩み出る。ちゃっかりとお供のブランとキューリも通されたので、少しホッとしたのも事実だ。
「ほう。女と聞いていたが、お前のような若い人族の女が、それほどに強いのか」
みずきを見るなりそう言ったのは、熊族の長を名乗るブリンガだ。みずきは、ブリンガの盛り上がる筋肉とその体躯を見て、まさしく熊のような男だと思った。ブリンガは、間違いなく戦闘系のジョブを持っているだろうし、熊族では当然最も強いのだろう。
「お会いいただきありがとうございます」
みずきは、丁寧に礼を言う。第一段階としてある程度地位のある者に会えたのは、みずきにとって計画どおりだ。その上で、イアフリードと良好な関係をとってくれると約束してくれれば、ジルバルダと獣人国の戦いにイアフリードが支援しても良いと君人からは言われている。
「それで、我らに何用だ?」
「はい。まずは、簡単に確認をさせていただきます。ジルバルダ王国の情報は、こちらにも届いておりますか?」
みずきは、何がとは言わないが、ジルバルダが獣人国に向けて戦争を起こす準備をしている事を知っているかをブリンガに聞いたのだ。
「当然だ。ジルバルダが、我らの国に対して行動を起こそうとしている事は、すでに氏族間でも共有している。それが、どうしたと言うのだ?」
ブリンガには、慌てている様子はない。
「獣人国の強さは、存じております。ですから心配はしていないのですが、ジルバルダは大国です。その力は、侮ってはいけないと私は思います」
「ふむ。わざわざここまで来て、何を言うかと思えば……。良いか、我らと人族との間には、越えられぬ壁がある。それは、はるか過去より続く血塗られた歴史でもあるのだ。だから、我らには、人族に媚び諂うような者はおらん。例え女子供であっても最後の最後まで抵抗し、人族を1人でも屠る事だろう」
ブリンガは、決してジルバルダを舐めてはいない。だが、ブリンガは、勝利や敗北の問題ではないと言った。彼らは、誇りのためなら死を恐れず勇敢に戦う事を厭わない。そんな彼らに言葉で伝えてもそれは、届く事はないだろうとみずきは、説得を諦める。
「ブリンガ様の考えは、正しいものだと思います。ですが、私はイアフリードの使者として、別の意見を述べておきます。過去に生きるよりも今を生き、未来を生きるために行動する事もできるのです。もし、獣人族の皆さんが、望まれるのならイアフリードにお越しください。そこでは、種族間の差別もなく、そしてあなた方を無下に扱うようなまねは致しません。戦時となれば、多くの命が失われ、多くの未来ある子供達も犠牲となるでしょう。戦士であるあなた方が、安心して戦う事ができるように、必要があれば女子供をイアフリードで保護する用意もあります。皆さまの勝利を疑うものではありませんが、頼る場所がなければ南を目指してください。我が国は、皆さまと良好な関係を望んでいるのです」
ブリンガの顔つきが少し変わる。それは、少し興味を引いたと言えるだろう。
「面白い事を言う女だな。聞けば、お主も一騎当千の強者だと言うのに何を考えて、そのような事を申し出るのだ? それこそイアフリードに何の得があるのだ」
「イアフリードは、ジルバルダと交戦状態にあります。現在、戦闘行為は行われておりませんが、今後もジルバルダと戦う事になるでしょう。ですから共にジルバルダと戦う者として手を結ぶ事は、イアフリードにとっても良い事だと思っています」
「儂は、正直イアフリードと言う国を知らん。モラール王国がジルバルダに占拠された事は聞いているが、その後にできた国をいきなり信じろと言われても難しいな。そもそもイアフリードにジルバルダに立ち向かうだけの力があるのか?」
興味を引いたのかブリンガは、イアフリードの情報を求めた。
「言葉よりも力で、聞くよりも見る事で知る必要はあるでしょう。できれば、部下の方でもどなたでも良いので一度、見学にいらしていただければ良いと思っています。そこでどう判断するかは、皆さまにお任せします」
みずきの自信にブリンガも考えるそぶりを見せる。氏族会議でもやはり、みずきが言ったような意見は出ているのだ。
「わかった。儂の独断では決めかねるが、その申し出については考えてみよう。儂の娘の1人を預ける」
みずきは、ブリンガの判断と選択に関心した。過去のいきさつを考えれば、人族の国であるイアフリードを簡単に信じるとは思っていなかった。
「私の責任において」
みずきは、自らの責任をかけてブリンガの申し出に答える覚悟をする。
「ただし……」
そして、ブリンガの申し出は、別の方向へと向かった。
「儂の娘の鼻っ柱を折れたらだな」
ブリンガの指示は、ブリンガの娘と一騎打ちをして勝利する事。つまり、お前の力を見せろと言ったのだ。だが、みずきにとっては、頭を使うよりも身体を使う方が気楽だ。
「わかりました」
あっさりと引き受けブリンガの申し出を受ける。
「がははは。益々面白い。普通なら少しくらい考えるものだと思うが、お前もどうやら戦う事は嫌いではないらしいな」
豪快に笑うブリンガを見て少し不味かったかとみずきは反省する。だが、ブリンガの言うように自分は、腕試しするのは嫌いではないのだ。
ブリンガの指示ですぐに準備が始められ、あれよあれよと言ううちに広場に人が集まった。その広場には、舞台がありどうやらそこで戦う事になりそうだとみずきは、舞台の下で待たされた。
間もなく歓声が沸き起こり、現れたのはみずきと同じか少し若いくらいの女だ。当然、熊族の者だが、容姿を見ると父親には似ていない。どちらかと言えばスレンダーなスタイルをしており、力が強いようには見えない。みずきも人の事は言えないが、おそらく彼女も戦闘向きのジョブ。それもかなりのジョブを持っている事は予測できた。
舞台にさっそうと飛び乗った女性が、周囲を鼓舞するとどんどんと会場がヒートアップしていく。まるで、これからの戦いを楽しんでいるような雰囲気すら感じられた。
「私は、ミミルク。あなたが、今日の相手ね」
ミミルクと名乗った少女が、みずきを舞台の上から挑発する。みずきは、軽く跳躍すると舞台にあがり、その挑発に応える。
「ええ。今日は、楽しませてもらうわ」
楽しむと言ったみずきの言葉にミミルクは、戦意を高めていく。みずきなりに相手を挑発したのだが、見事にミミルクは、高揚してくれた。
「馬鹿もの。相手の挑発にやすやすと乗るな」
特等席に腰をおろしたブリンガが、娘を叱りつける。ミミルクは、耳をピコピコとさせ、父親を見た。だが、父の一喝で冷静さを取り戻し、戦闘に集中していく。
「準備はいいな? 2人とも」
「もちろん」
「はい。大丈夫です」
ブリンガが、2人に確認し、同意を得たのでブリンガは、配下の者に許可を出す。すると配下の者は、舞台の袖に用意されていた大きな銅鑼を鳴らした。
バイーンと言う大きな音を合図に2人の戦闘が始まった。
「さあ。いつまで耐えれるかな」
ミミルクが、拳を握りしめる。その挙動からみずきは、ミミルクが体術系を用いると予測し、相手の動きに備えた。そして、予想どおりミミルクは、素早い動きで突進すると次々と拳や蹴りをみずきに向けて突撃してきた。
「わかりやすい」
嫌いじゃない。みずきは、純粋にそう思った。拳に迷いがないミミルクの動きは、素直でわかりやすいが、逆に無駄もない。みずきは、その拳を見切り、紙一重でそれを回避しながら隙を狙うが、ミミルクの手数がそれをなかなか許さない。




