ジルバルダの使者(2)
急に応接間の空気が変わったようにジルバルダの兵士達は、感じていた。
「確か私は、あなたの国の者に警告したはずなのですが……」
「それは、どのような?」
「いえ、もう意味のないものになりました。どちらにしても些末な事ですよ。それにしても、ジルバルダ王国が、我がイアフリードに対してそのような対応をとるのならば、こちらにも準備が必要ですね」
「じゅ、準備とは?」
「難しい事ではありませんよ。ジルバルダ軍と一戦交えるだけですから。こちらとしては、ジルバルダを攻め滅ぼすつもりは、なかったのですが、降りかかる火の粉は、振り払わなければいけませんからね」
君人は、まるで自分たちの方が、強者だと言わんばかりの態度で応えた。さすがにその態度にハーミッダの共をしている兵士の顔に怒りが見えたが、君人は気にする事もない。
逆にハーミッダは、困惑していた。このままでは、本当に開戦しか道はなくなり、この地に軍を向けなければならない。ジルバルダの勝利は、疑っていないが、結局殿下の期待を裏切り軍を使わなければいけなくなるのだ。
「どうあっても降るつもりはないのですか?」
「逆に聞きますが、ジルバルダが降伏するつもりはないですか? 今なら誰も傷つかずに済みますよ」
君人は、ハーミッダを怒らせてこのまま返すつもりでいる。おそらく、彼は、更迭され別の者が送られてくるだろうと予想しているのだ。
ハーミッダは、大きく息を吐くと頭を冷やそうとする。
「ハシブスカと言うモラールの公爵を知りませんか?」
「はい。知っていますよ」
「こちらにお渡しいただきたい」
「それは、無理な依頼ですね」
すでにこの世にいない者は差し出せない。だが、ハーミッダは匿っていると考える。
「できれば、血を見ずに恭順いただけるものと思いましたが残念です」
「こちらもですよ。せっかくのチャンスを棒に振ってしまえば、後で死にたいと思うほど後悔する事になりますからね。良いですか、ここが重要な分岐点ですよ。あなたの言葉1つであなたの同胞の命が救われもし、失われもするのです」
君人に悪意はない。だが、ハーミッダや共の者には、到底受け入れることはできない。結局、使者と宰相による面会は、これで終了となり、ハーミッダや兵士は、怒りを抑えきれない顔のままマリード城を後にした。
帰りの馬車の中でシリウス殿下にどう報告しようかとハーミッダが、頭を回転させるうちにハーミッダの頭は、徐々に冷めていく。
「軽率だったかもしれない」
相手の態度からして恭順は望めず、開戦となる事については残念だが仕方がない。だが、怒りに身を任せ相手方の情報を十分に引き出せなかった事は、交渉役の役割として失敗だった。
「相手の方が一枚上手だったか」
それに向こうは、明らかにこちらが来る事を察して準備していた。城壁の内部すら確認できず、イアフリードと言う国名とマリードと言う王都の名以外に確認できたのは、宰相の名前くらいだろう。
「王の名前すら俺は、聞かなかったのか」
改めて自分が犯したミスを感じ、ハーミッダは、帰りの馬車の中で1人嗚咽を漏らした。期待に応えたいと息巻いて向かい、不甲斐ない自分ばかりが残ったのだ。
7日間かけて戻り、すぐにシリウス殿下に呼ばれたハーミッダは、すぐに頭を下げ処罰を願った。だが、シリウスは、詳しい話しこそ求めたが、処罰はしないと言う。
「まさかイアフリードと言う国があるとはね。さすがに僕の予想にもなかったよ。見て来た物を教えてほしい」
「はい。まず、我らが最初に目を疑ったのは、イアフリードの城壁です。城壁は西側だけを確認しただけですが、我らの国の城壁よりも高く長大なものだと思われます。門は、開いているところしか見ていませんが、門を閉じられると城壁を破るのは容易な事ではないと思います。また、城壁の手前には、水堀が作られており近づくことも難しいでしょう」
ハーミッダは、城壁の構造や水堀の幅など見た情報をすべて伝える。自分にできる事はもはやこれくらいしかないのだ。
「案内された建物は、新しい物でしたが、中には私達の見知らぬ調度品がいくつもありました。それらは、モラール王国の王宮にはありませんでした」
「建国が、本当に我らが、侵攻した頃だとしたらその巨大な城壁や堀をわずかの間に作った事になる。君の報告した設備を作るとなれば、ジルバルダでも5年以上の年月が必要になるだろうね」
「はい。最初に聞いた時に真実かどうか測り兼ねました」
「すでに使者が、来ることを察知していた?」
「はい。到着するとすぐに宰相が来ましたので、おそらくは何らかの方法で我らが来るのを知っていたのでしょう」
腕を組んでシリウスが物思いにふける。
「降伏を勧告したら。逆に降伏勧告された?」
「はい。まるで、向こうの方が大国かのような物言いでした。降伏すれば、血を見ずに済むと言ったところ、宰相にこちらの心配をされ、少々興奮してしまいました」
「ははは。それは、君でさえ怒るだろうね。モラールのはずれにできたばかりの小さな国が、イアリスの中でも列強と言われるジルバルダに降伏を進めたんだからね」
シリウスの中には、イアフリードを放置すると言う考えもあった。だが、若く野望もあるシリウスは降伏勧告などと言う言葉にその考えを捨てた。
「イアフリードには、宣戦布告する事になるだろう。だが、その前に攻略の糸口を作る。このまま兵を送っても勿体ないからね。サミエルを呼んでくれ仕事だと」
「サミエルを送り込むのですか?」
「ああ。どうにも向こうの情報が足りない。攻めるにもまずはしっかりと相手の情報を手に入れなければ、兵を無駄にするだけだ。ジルバルダは、これからも覇道を歩むのだからこんなところで兵を犠牲にしたくないんだ」
シリウスは、次に攻める場所もすでに決めている。だから攻略が済んだ国の辺境に時間を割きたくないのだ。特に食料物資については、補給を重ねてはいるが、兵士が多い分消耗も大きい。モラール王国から接収し、繋いでいるがそれもいつまでもと言うわけにはいかない。
「次は、北方ですか?」
「ああ。そのつもりだよ。北の異種族を攻めるつもりだ」
「奴らは、野蛮な者ばかりです。手なずけるのは大変でしょう」
「やり方次第だと思っているよ。イアフリードの件と同時に進めるつもりだからうまくいけば、来年には国土も倍になるだろうね」
シリウスは、次の狙いをイアフリードの北に位置する異種族の国と決めている。ジルバルダから見れば、北東に位置する国は、獣人と呼ばれる者達の国であり広大な森や草原を占拠しているのだ。
「君は、モラール王国から接収した街の調整に当たれ、できるだけ早く掌握しジルバルダの民となるように説得して回れ」
「はっ」
ハーミッダは、次の指示を受けてシリウスの部屋から退室する。
「さて、それにしても新たな国家、そして、巨大な城壁とはね。特殊なジョブを持つ者がいると言う事だろうな。ねえサミエル」
するといつの間にかシリウスの部屋に1人の男が立っている。40代くらいの鍛え上げられた身体をした強面の男で膝を折ると指示を待つ。
「サミエル。君の部隊を率いて東に向かえ。目的は、イアフリードと名乗る国の情報を得る事だ」
「要人がいた場合は? いかがしますか?」
「そうだな。君が消せると思ったら消しても構わない。但し、優先順位は、情報を持ち替える事だ。間違っても暗殺にだけ集中しないように」
指示を聞き終えるとサミエルは、部屋を出ていった。




