小島のダンジョン(2)
「すごい。ここまで力がある人っているのね~」
なぜか、驚いた後、興奮する精霊がいる。しきりに大輔にボディタッチしながら、みずきの事を聞いたり、誉めたりするのだが、見様によっては絡みついているようにも見える。
そのせいかどうかは、わからないが大輔と精霊を見るみずきの目が少し怖いと大輔は思った。
「うんうん。これなら行けるかも。じゃあ次のを呼ぶよ~」
水の精霊は、そう言うと再び魔法陣を起動させる。先ほどと同じように輝く魔法陣の中から再び巨大な魔物が現れた。現れたのは、みずきの2倍くらい背丈のある虎のような魔物で、その姿は歪んで見える。
「シータイガーよ」
初見の魔物のため大輔には、その魔物の名前がわからなかったが、それを察してか水の精霊が教えてくれる。見るからに素早く、そして鋭い爪や牙が武器なのだろう。
みずきを視認し、唸り声をあげる虎が、ゆっくりとみずきの周囲を歩きだす。その動きが徐々に早くなるとシータイガーの身体がぶれて見えるようになり、いつしか霧のように溶け込んでいった。シータイガーを視認する事が難しくなった頃、みずきの死角でもある左後方からシータイガーが、襲いかかったがみずきは、それを見る事もなく避ける。
「あの子。剣聖なの?」
みずきの動きを見て水の精霊が、大輔に聞く。この世界では、精霊ですら相手のジョブはわからないようだ。自己申告する意味とそのマイナス面を考えると申告するかどうかは、簡単に判断できるものではないようだ。
精霊の質問を無視し、大輔は、シータイガーとみずきの戦闘に集中する。蜃気楼の中にいるように姿を隠すシータイガーは、獲物をしとめようと様々な角度で襲いかかるが、みずきは、それをまるでわかっているかのように回避して見せる。
徐々にその動きは、無駄をなくし数回同じことを繰り返すと完全にタイミングを読み切ったかのようにシータイガーの首を切り落とした。シータイガーは、自分が攻撃したはずが、完全に見切られ切り捨てられた事に気づく事もなく光りとなって消えた。
「うわーすごいすごい。こんなにできるならもういいや。次で最後の試練って事にするね」
そう言うと水の精霊は、自ら前に出る。つまり、最後は自分が相手になると言うのだろう。みずきの前に出ると水の精霊をみずきは、じっと睨みつける。みずきの中でも先ほど外野で大輔に絡んでいたのを見ているので、機嫌が悪いのだ。
「あなたが、最後の相手ね」
「そう。私に勝てたらあなたの勝ちよ」
精霊自体は、みずきと同じようなサイズだが、相手は流れる水の如く、形が定まった存在ではない。
「じゃあ。始めるよ!」
威勢よく宣言した水の精霊は、周囲に水の塊をいくつも作り出し、そこからまるで、光線のように水を噴射した。みずきは、それを反応だけで避けるが、わずかにその光線のような物の方が、早くみずきの頬をうっすらと切り裂いた。
みずきは、水の精霊を睨みつけ、剣を深く構える。水の精霊は、再び同じような攻撃を見せたが、今度は正面からの攻撃を完璧に回避して見せた。これは、みずきなりの維持であり、集中すれば2度目は回避できると言う自負でもある。
だが、みずきは、再び後手をとった。初撃は、正面からだけだったが、2撃目は背後からも撃たれたのだ。みずきは、それを驚異的な反応で致命傷こそ避けたが、左太腿を水の光線が貫通し大きなダメージを負う。苦痛にみずきの顔が歪み、それを見る大輔が拳を握った。
無論、みずきの顔に焦燥はない。ただ、己の力のなさと油断を自ら咎め、この失敗すら次への糧とするつもりでいる。みずきの異空間には、和美が作った特製ポーションも入っているので回復させる事は可能だが、あえてそれをしないのは、みずきなりの意地でもある。
痛みを呼吸で抑え込み、意識を前面の敵に集中する。高まる集中力は、全方位へと向けられ剣姫と言うジョブの真価をはっきさせていく。
水の精霊は、少し笑みを浮かべると次への攻勢へと移った。先ほどの全方位からの水の光線を繰り出し、尚且つ新たな攻撃を加える事を忘れない。
新たに水で作られた兎のような形をした魔物が、あたりいっぱいに作られそれぞれが、不規則な動きでみずきに突進を開始した。
みずきは、背後や上方から打ち込まれる水の光線を回避しながら、突進してくる兎を切り伏せると兎は、まるで爆発したかのように破裂する。
「くう」
みずきは、破裂した兎からダメージを受けのけぞったが、それでも身体のバランスは崩さずに追撃に出た水の精霊を視界から逃さない。
「閃」
突進してくる兎を一閃し、爆散させる。撃ち込まれる光線を高い身体能力で紙一重で回避し、一気に水の精霊との間合いを詰める。
剣士であるみずきを徹底したアウトレンジで一方的に攻撃していた水の精霊にシータイガーを屠った一撃を見舞う。だが、水の精霊と言うだけあって剣はまるで流れる水を切るかのようにただ通り抜けていき、ダメージを与える事ができない。
「なら!」
それならとみずきは、剣姫のスキルを発動する。剣に魔力を送り込み強化する「魔法剣」のスキルを使い形無き者への攻撃を可能とするとみずきの連撃が、姿を流動させて逃れようとする水の精霊を捉えた。
明らかに先ほどとは、違い何かしらの手ごたえを感じたみずきは、背後にまわった水の精霊を睨みつける。流動する水の流れが、数か所途絶えており、決まった形すら持たない精霊にダメージを与える事ができている事を確認した。
水の精霊は、すぐにそのダメージを回復し、元のように戻ったがその表情に先ほどまで感じていた余裕はなかった。
「あなたも試練の対象ではないようね」
冷たい表情で、水の精霊がそう言った。
「どう言う事?」
「そのままの意味よ。あなたもそこの男と同じ。すでに試練を要しない者と言っているの。ここは、力を求める者がその力を得るための場所。それなのにそこの男もあなたもすでに力をもっているわ」
腕組みし、宙に浮かぶ水の精霊は、このダンジョンの意義について簡潔に説明する。
「本来、私が対峙する事はないの。それにクラーケンやシータイガーにすら勝てなくて良いのよ。ここは、その力のなさを自覚し、受けとめ、乗り越える機会を与えるためにあるのだから。それなのにあなたは、イアリスの4大精霊の1柱である私にすら勝とうとする……」
後ろから大輔が、近づいて来てみずきの側に立つ。すぐに「全回復」を使いみずきの傷を回復させると水の精霊を見た。
「一つだけ忠告しておくわ。イアリスは、調和を求めている。だから、あなた達のような存在が生まれれば、それを調整しようと世界が動く事になるわ」
「それで、魔王や勇者が生まれるってことか?」
「あなたの思考には、驚かされるわね。そのとおりよ。一部の種族が、奢ればそれを崩すために魔王が生まれ、魔王が力をつけすぎれば、勇者が生まれる。世界は、そうして調和を保とうするの」
「それは、絶対なのか?」
「絶対とは言わない。だけど、これまでの長い歴史の中ではそうなるわね」
水の精霊が、どれだけの時を生きているのかわからないが、おそらく創成の頃から存在するのだろう。その精霊も経験がないとなれば、ほぼ絶対と言っても過言ではない。
「それで、俺達はどうなるんだ? もう帰れと言う事か?」
大輔の言葉に精霊は、大輔を睨みつけるが、それをものともせずに受け止める。
「そうね。これ以上は、何もできないわ。だけど、せっかくここまで来て手ぶらってのもないわね」
水の精霊の表情が、険しさをなくし、穏やかな顔になる。水の精霊の右手に膨大な量の水が集まり、そこに青と白の模様をした大きな卵のような物を作り出した。
「これは、そうね……私に傷をつけた者への報酬としましょう。アクアホーリードラゴン。水龍の一種よ生まれてすぐは、幼体だけどすぐに成体に進化するわ。これは、みずきに差し上げましょう。どう使うかどう育てるかもあなたに任せるわ」
水の精霊は、その卵を水に乗せてみずきの前に運ぶ。




