詐欺師とSEと高校生探偵と
コン、コン、コン。
ドアをノックする音は、書斎の大きな両開きの木製のドアによく響く。
「どうぞ。」
外からの来客を、中へ入るよう促す。
「あー……失礼。」
中に入ってきたのは子供……というほど幼くはないものの、まだいくらかあどけなさを残したその容姿。高校生の男子だろう。
「ああ、君でしたかアリスくん。」
「だあぁぁぁ!!いきなり僕を見るなりアリスはやめろ!!」
「はっはっはっ、君は実にイジり甲斐があるな。」
アリスと呼ばれた少年……雛井・A・ストラッドは悔しそうに歯を食いしばっていたが、やがて落ち着きを取り戻すと、改まった口調で言った。
「コホン、そろそろ本題に入らせてください太宰さん。」
「うん、悪かったね。」
太宰 晃章は肩を竦めた。
この太宰という男は、その筋では名の通った詐欺師であった。
だがある時、ふとしたミスで簡単な詐欺に失敗してしまい、警察によって逮捕されている。
太宰がこれまでに詐欺行為によって得た金額は国家予算にも相当するとまで言われ、これにより重大犯罪者として一週間ほど拘留されていた。たったの一週間である。
太宰はその類稀なる知識と推理能力を買われて、特例として警察の捜査に協力させられる身となっているのである。
この男が捜査に協力するようになってからというもの、多くの事件は僅か一週間半ばかりで解決へ向かってしまうのだ。
これに負けじと現高校生で探偵として、同じく警察と協力関係にある雛井探偵事務所長の息子にあたる、雛井・A・ストラッドは太宰に対して対抗心を燃やしているというわけである。
「太宰さん、もう話は聞いてるよな?
今回のヤマは闇が深い。僕たちは互いに一人ずつ、信頼できるパートナーに捜査の協力を仰ぐ事を許されている。」
「分かっていますよ?
私はもう、パートナーを決めましたから。」
「え?」
「では紹介しよう、私のパートナーを。入って来なさい、芥川君!」
ガチャリ、とドアを開く音が背後から響いた。
太宰の書斎へ入ってきたのは光を失ったようなグレーの瞳をした男であった。
見た目こそ20代後半といった風貌に見えるが、実際はどうか分からない。
眼鏡の奥から覗く眼光は凍て付いてはいるが、見るものを魅了する不思議な魅力があった。
「僕は芥川 英洋。因みに僕に年齢や出身を尋ねても無駄だよ。
なにしろ殆ど覚えてはいないのだからね。」
ははっ、と思わず苦笑いを浮かべる雛井。このような素性も知れないような男に自分の命を預ける事ができる芥川に対し、呆れを通り越して心臓の強さを感じていた。
「芥川君は普段はとある事務所でSEをしているんだ。情報収集能力はピカイチでね、どこからそんな情報掴んだ?というような情報もサラリと集めてきてくれるよ。とても助かる。」
雛井はこの時、この二人のコンビは恐ろしいものだと感じた。
芥川の情報収集能力に、太宰の推理能力が加われば或いは、書斎から一歩も出ることなくあらゆる事件を解決してしまうのではないかと、そう感じていた。
「それでアリス君、私に何の用向きかな?
まさか、ただ挨拶をしに来たわけではないだろう?」
ハッとしたように太宰の方に向き直ると、引きつった笑いを浮かべながら言った。
「あはは、実はその……未だに僕の協力者が見つかっていないんだ。」
「は?」
これには流石の太宰も顔をしかめた。
「君ほどの探偵ならば、いくらでも有能な人物を探す事はできるだろう?
それを、なぜ私のところへノコノコやってくる必要があるんだい?」
雛井・A・ストラッドといえば、高校生にして探偵という珍しい立場上、この業界ではちょっとした有名人でもあった。
雛井ほどの実力者であれば、太宰の言うように、普通は有能な人材を探す事は容易な事だ。その雛井がパートナーを未だに選別できていないというのは妙な話だった。人探しなどは探偵にとっては基本中の基本となる業務なのだから。
「あっ……。」
「……。」
そこで太宰はパートナー探しが上手く行かない理由に思い至った。
いくら有名な探偵と言っても、まだ雛井は高校生。有能な人物を探すのがいくら上手くても、高校生という立場上相手に舐められて足元を見られてしまえば、それはもうパートナーという関係ではない。相手からしてみれば雛井は自分の能力を欲しがる子供としか思わないだろう。
だからこそ、この雛井は迷っていた。自分を子供扱いして足元を見る大人と手を組むくらいならば、単独で捜査を行った方がリスクが低いのではないかと。
「太宰さん、僕は今回の捜査……」
「駄目だよ。」
「はい……?」
「駄目だよ、と云ったんだ。君にこのまま喋らせたらきっと単独で捜査をするからパートナー捜しは諦める、と言っただろう?
今回のヤマは闇が深い。君もさっき言っていたようにね。だからこそ警察は私たちにパートナーを選ぶ権利を与えた。
それだけこのヤマは危険だと判断されたんだよ。君にはこれくらいは分かるね?」
「……じゃあ、どうしろって?」
「簡単な事さ。私が君にぴったりの人物を紹介しようって云ってるのさ。こうなる事も想定していなかったわけじゃない。」
「嘘だね、さっき太宰さんは”あっ……。”って言っていたじゃないか。」
「ははっ、それは聞き違いじゃないかな?
ところで君に紹介しようとしている人物はとても面白い人だよ。」
「面白い……?」
雛井の背筋に悪寒が走った。
こういう時の太宰が言う”面白い”とは、大抵ロクなことではないからだ。
「その人の名前はね……」
国木田 弥一。
なんでも、学会で一風変わった論文を発表する事で有名な科学者らしい。
雛井は太宰に教えてもらった住所を頼りに国木田を訪ねる事にしたのだった。




