後編
剣技選抜大会の結果からいうと、ロベルトは二回戦も勝ち進み、挑戦者の決勝も難なく勝ち進んだ。彼がこんなに強いとは思わず、お父様共々驚きを隠せなかった。
前回大会優勝者ライセル様との決勝戦は凄まじい剣術の数々が繰り出され、観客のボルテージも最高潮に達していた。しかし、最後は脇腹を思い切り打ち込まれる形でライセル様の勝利となった。ロベルトは準優勝ということである。
国王からの賛辞を賜る授賞式にはフォルツェン伯爵家の兄弟が立つという大変珍しい光景となった。そして、多くの貴族がそこで理解したのだ。ロベルトがライセル様の兄弟で、あの噂の引きこもり次男であることに。なんせ彼はほとんど人前に出ることはなく、顔だけでなく声も知っている者が少ないのだから。
私は十年も一緒にいて彼が剣術を得意にしているなんて気づかなかった。少し寂しい気はするが、それよりも彼が評価されることが嬉しかった。彼は何もできない人じゃない。確かに無口だけれど、ボーッとしたり絵ばかり描いて家から出ないけれど、彼は素敵なの。あんなに素晴らしい剣術だって使える。みんなが思っているような駄目なやつなんかじゃない。
そうやって少しでも彼のイメージが上がればいい。私が婚約破棄しなくてもいいようにではなく、彼自身のために。だって、好きな人を悪く言われるなんて嫌じゃない。彼の素晴らしさを知らないで酷い評価をされるなんて嫌。
授賞式の最中はみんなの視線が不愉快なのか、何も思っていないのか終始無表情だったけれど、彼が人前で頑張った事に変わりはない。
だから早くロベルトに会いたかった。凄いね、頑張ったねって伝えたい。婚約破棄の件も話したいけれど、今は彼を目一杯讃えたい。
そう思って控え室前まで来たといのに……
「もう帰った、ですって?」
「そうなんだ。なんか人の視線に酔ったみたいだね」
すまなそうに話すのは残っていたライセル様だ。きっと私が来ると思って待っていてくれたのだろう。緊張しながらここまで来たというのに、なんですぐに帰ったのよ。
「そう……あっ! ライセル様、優勝おめでとうございます! やっぱり強いなぁ」
「ありがとう。でもロベルトには手こずったかな。あいつが疲れてて助かったよ」
「ロブは……いつから剣術を? 私、知らなくて」
「幼い頃から父親にしごかれてたからな。のみこみが私より早くて騎士として期待されてたんだけど、相手の命をとる覚悟が決められないままだったんだ。それで騎士の道は選ばなかった」
「……そうだったんだ」
あの後ライセル様が、剣から離れていたロベルトから8日前に剣術選抜大会に出場したい、練習に付き合ってほしいと急に連絡が入ったのだと教えられた。8日前といえば私が最後にフォルツェン家に行った日だ。
ロベルトにそんな過去があったなんて知らなかった。でもそれならロベルトは何故大会への出場を決めたのか。嫌いな剣を持ってまで出場した目的がわからない。大会中に私の声に反応してくれたということは、私と話したくない訳ではないと思っていいのだろうか。
私はその足のままロベルトに会うためフォルツェン伯爵家に向かった。もちろん屋敷の中ではなく、その横の庭へだ。
そこには木にもたれながら目元を手で覆い寝転がっているロベルトがいた。すでにいつものボサボサの髪に白シャツ、黒ズボンになっている。そのことに少しホッとした。
静かに近づいていく。起こしたら機嫌が悪くなりそうだし、人酔いが治ってないのかもしれない。少し離れた彼と向かい合う位置に座る。すると、ロベルトが身体を起こした。寝ていなかったようだ。
「すぐに帰っちゃうなんて、せっかくお祝いを言いに行ったのに」
「人に酔ったんだ。それに兄さんに負けたし」
そっぽを向く彼の姿に小さくため息を漏らす。これは不貞腐れてるのだろうか。なんともわかりにくい……いや、私はわかるけど。
「それでも本戦に行けるだけでも凄いのに、決勝までいったんだから素晴らしいじゃない。お父様も驚いてたもの。それにしても、ロブがあんなに剣術が凄いなんて知らなかったわ」
「……」
「なんで隠してたの?」
「隠していたつもりはない。機会がなかっただけだ」
それでも本当は教えてほしかった。ロベルトの事は全て知りたいのだ。いつも一方的に私が話してばかりなのに、彼の事を知っているつもりだった。聞かねばわからないこともあるのに。ここまできたら、ちゃんと彼の事を知ろう。彼の気持ちも聞こう。
「ロブはなんであの大会に出場したの?」
「……」
「教えてロブ」
「……」
「ロベルト?」
「……わかったよ。あの大会で優勝すれば認めて貰えると思ったんだ」
認めて貰える? それは……
「誰に?」
「エリーのお父様や周りの人に」
「なんでそんなことを?」
「……エリーの婚約者でいられるようにだよ」
「え?」
それってつまり……夜会には出たくないけど、婚約者として認めてもらうために大会に出たというの? 私が婚約破棄をしたくないと思っていたから。
「ロブは私の事が嫌いじゃないの?」
私が一番気になっていたこと。今まで私はロベルトに一方的に好意をぶつけていただけに過ぎないから。ちゃんとロベルトの気持ちも知りたい。
そう思って聞いたのに、小さく身体が震えだす。聞きたいけど聞きたくない。やっぱり知るのが怖かった。そんな私を他所に、ロベルトはいつもと変わらないトーンで答える。
「嫌いなら話さない」
……だよねぇ。ロベルトはそういう人だったのを忘れていたわ。嫌いな人と会話をする人じゃなかった。焦りすぎて根本的なことを忘れてた。
だけど、それが恋愛の好きかはわからない。だって言われたことがないから。もちろん彼が婚約者を辞めたくないと言ってくれた事は嬉しいけど、できることなら女として好きになってほしい。
「じゃあ私のことはどう思う?」
「……」
「私はロブのこと好きよ、大好き」
「……」
「ロブは?」
「……」
すると突然、ロベルトが無言で立ち上がり屋敷へと帰っていった。なんだか8日前と同じ気がする。しかしあの時よりも私はへこんだ。だって私……今告白してたよね? 返事を待ってたよね?
やっぱり突っ込みすぎたのかな。婚約者でいてくれるだけで満足すべきだった? 頑張って評価を上げてくれたことだけで満足すべきだった?
あぁ、もう。空回りしてばかり。聞かなきゃ教えてくれないからって逃げられちゃ意味ないじゃない。これで嫌われちゃったら意味ないじゃない。
そう思ったらどんどん涙が溢れてくる。好きな人に好きだと思って欲しいことが悪いことなの? こんなに彼が好きなのに。どうして上手くいかないんだろう。
止まらない涙が視界をぼやけさせる。もう帰ろう。そして私の質問は忘れてもらおう。ロベルトが私の婚約者でいていいと言うなら、それだけでも喜ぼう。
ゆっくり重たい身体を持ち上げるように立つ。涙を拭い、屋敷にもう一度視線を戻す。すると屋敷からロベルトが出てくるではないか。手にはスケッチブックが握られている。まさか、何食わぬ顔で絵を描くつもりなのか。さすがにそれは酷いと思う。
「エリー、帰るのか?」
「……」
帰ろうと思いましたとも! 貴方が私を放置したんじゃない! そう思ったけれどその言葉はのみこんで、真っ直ぐロベルトを見つめる。
「帰らないのか?」
「……」
「ならそこに座って」
「え?」
もうロベルトが何をしたいのかわからなかった。いや、わからないことだらけだ。彼は言葉が少なすぎる。
「ちゃんと……ちゃんと教えてくれなきゃわからないわ。ロブが何を考えているのか伝えてくれなきゃわからない」
「……」
「ねぇ、ロブ。お願いよ」
「エリーの絵を描かせてくれ」
「私の絵?」
「そう。人物の絵を描くのは初めてだから上手くいくかわからないけど、エリーを描きたい。俺はエリー以外を描く気はない」
「!」
私はそれだけで十分だった。彼が描くのは自分の愛しているものだけだと知っているから。今までは気に入った植物や景色、動物ばかりだった彼が人物を、それも私だけを描いてくれる。口下手な彼の最大級の愛の告白。それがわかるから、私は必死に涙を堪え笑った。
だって、彼が初めて描く私が泣き顔なんて嫌じゃない? 彼に愛されている私は笑顔でいなくちゃ。
結局「愛している」と言ってくれたのは結婚式の時ぐらいかしら。でも、それでもいいの。彼はあれから何百枚も私を描いてくれたから。絵の中の私は次第に老けていくけれど、ずっと笑顔を向けていた。
そうそう、彼の描く人物は増えたのよ。
私だけじゃなくなって寂しくないかって?
寂しくないわ。だって私の可愛い息子と娘、それに孫たちですもの。
これで完結となります。お読みいただきありがとうございました。
ロベルトみたいな男……大抵の女性は嫌なんじゃないかと思いつつ書いてました。やっぱり言葉は欲しいですよねー。
最後まで言わせるか悩んだんですけど、ロベルトは無理だと諦めました。
まぁ、エレインが幸せならそれでいいのですが。
あと剣技選抜大会……大会名からしてどうよ、と思われた方、すみません。全然思いつかなくて。
一応、ロベルトは騎士家系貴族なので副団長を勤める父に英才教育を受けて実力はあるんです。ロベルトなりに歴史ある由緒正しい大会でなら一気に見返せると考えたのでしょう。浅はかなロベルトと作者をお許しください。
あとがきまでお読みいただきありがとうございました! 少しでも皆様が楽しんでいただけたことを祈りつつ、これにて失礼致します。