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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第3章「ロードスターの進撃」

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「壁を越えて」後編

客の失せたバー。そこではスタッフが倒れたテーブルを立て直したり、割れたビンの破片を掃除していた。別にバーではよくある事だ。ただのケンカで、テーブルやビンやグラスが巻き添えになる事くらい。そうスタッフは顔をしかめながらもモップで床を拭いていく。そのバーの近く、バルオはとぼとぼと歩く。野良猫やゴミ置き場しか見えない路地に入り、適当なゴミバケツに座る。

「バルオ」

やって来たのはランリ。何故なら“また”騒いだと連絡を受けたから。ランリを見ると、バルオが見せたのは構って来るなという雰囲気。しかしランリは歩み寄り、バルオをビンタした。

「言ったよね?次暴れたら別れるって」

流れ出したのは沈黙だった。けどそれもいつもの事だ。バルオは大して落ち込んでないような顔で俯き、一点を見つめ、ランリはこっちを見てくれるのを待つ。それからそこにやって来たのはショーケイン。ランリに電話した本人。またケンカしたから頼むと。

「あれ、あいつまだ来てないのか」

ショーケインが差し出したのはコンビニで買った“眠気覚まし”の辛味が強い栄養ドリンク。

「もう行った」

「え、何でだ、忙しかったのか」

「さあな。来た途端、別れるって言って消えた」

「お前、それでいいのかよ。順調なんだろ?カウンセリング」

「もういいよ」

「ダメだ、追いかけろ」

「はぁ?オレとあいつの問題だろ。・・・ブーッかっ辛え、何だこれ」

「シャキッとするだろ?・・・・・ブッゲホッ・・・ゲホッ」

飲み干された栄養ドリンクが捨てられた頃、2人は路地を出た。向かった先は迷惑をかけたバー。準備中の札にしてあるのに入ってきた2人に顔を向けるスタッフ達。しかしまだ準備中なのでという声などかけない。何故ならその内の1人が暴れた奴だと分かってるから。すかさず2人に歩み寄る店長のバーテンダー。

「弁償・・・ローンで」

「お前の弁償は要らない」

「え?」

「さっきお前の女っていうのが来て、請求は自分にって言ってきたからな。まぁこっちは弁償さえして貰えればそれでいいけどな。お前、それでいいのかよ。お前の女を見る限り、こういう事は初めてじゃないだろ。女に迷惑かけるなんてロクな男じゃねえぞ」

知らない人からの真っ当な説教に、バルオはすでに一点を見つめている。そんな横顔を見てショーケインは代わりに謝り、さっさと店を出た。

「あいつ今どこだ。電話しろよ」

ばつが悪そうにバルオは携帯電話を手にし、溜め息を漏らす。しかし横を見ればショーケインが見張っているので、バルオは仕方なく電話をかけた。

「・・・何?」

「その、悪かったよ」

「・・・うん。それで?」

「え」

「あたしが弁償する代わりに、今度は何をしてくれるの?適当な埋め合わせはもう勘弁してよね」

「いや、オレがお前に金を返すから」

「多分20万くらいにはなるって店長が言ってた」

「あぁ、分かった。ちゃんと、返すからさ。ほら、ギフト券、20日分。それで頼む。その、今どこだ」

「店に向かう途中だけど、来なくていい。家で待ってて」

「・・・あぁ」

街の穴、トロフィー公園。今日も仕事を終え、ケイシンとレイトは何となく花を眺めていた。このまま、ずっとこういう感じなのかな。炊き出しのご飯食べて、テントで寝て、転校もせずに働いていく。母さんはずっと疲れた顔をして、でもオレじゃ何もしてやれない。母さんの仕事を手伝う訳にはいかないし、仮設住宅を当てる運も無い。──オレに出来る事って、一体なんだろう。

「ワンッ」

振り返るとやって来たのはミルクとチーズ、ハロナ、そしてエリミールだった。

「いつから学校なの?」

レイトは尋ねる。

「住民票の手続きとかあるし、教科書の取り寄せとかあるし、まあ早くて2週間はかかるみたいよ」

「学校行き始めたら、もう来ないの?」

「そんな事ないよ。2匹にも会いたいし、暇な時は来るよ」

ふとレイトはエリミールを見た。毛先が金色とか、ヘアスタイルがカッコイイとかは分かるけど、何でメガネをかけてるんだと。

「目、悪いの?」

「悪いからかけてるんじゃないよ。もっとよく見えるからかけてるんだよ」

「ふーん」

「大丈夫?元気無さそうだけど」

ハロナがそう聞くとチーズが慰めるかのように寄り添ってきて、ケイシンは喋らなければいけないっぽい雰囲気に苦笑いを浮かべる。

「いつ、テントから仮設住宅になるのかなって。最初は悪くないって思ったけど、周りの人も結構疲れてるし、風が強いとすぐ砂入ってくるしさ」

「やっぱりテントだもんね。次の抽選会っていつなの?」

「分かんない。中には自前でプレハブ小屋持ってきてる人とかいるし」

「へぇー。ケイシンの家って、シングルマザーだっけ?」

「うん」

そう聞いたものの、自分だって何もしてあげられる事はない。だから「そっかぁ」という相槌を打つとふと沈黙が流れた。

「あ、そうだ。あの、ケイシンをいじめてたワシニワ、先生が通報したって」

「先生が?何で」

「私もね、絡まれちゃって、でも先生が通報してくれるって言ってたから、もう大丈夫なんじゃない?」

「そっか」

それから翌朝になれば母親は病院へ向かい、ケイシン達は転移で基地に向かう。

「お兄ちゃん、今日の夜ご飯、どこかのお店で食べようよ」

「そうだな。母さんの好きな店行こう」

子供とは言え、ちゃんと1人1枚ずつギフト券をくれるのは嬉しい。でも基地を作り終えたら、仕事も無くなっちゃうのかな。そうなったら、オレはバイトするしかないか。そう思いながら、せっせと荷物をシャンバートから建設現場に運んでいる時、ケイシンはふと1人の怪しい動きを見てしまった。現在は荷物を運ぶ班と建設作業を行う班に分かれていて、重機での本格的な作業が行われている。建物を建てる区画を定め、草木を退ける為に地面を掘っていく。まだ基礎工事の前段階。しかしそこに、何やら不穏な動きがあったのだった。荷物を運ぶ班は先々の為の鉄筋類や、コンクリートの材料を運んでいるが、その時、シャンバートの基地で、大爆発が起こった。トニカにあるその大規模工場は鉄筋製造工場で、シャドウによって管理されてはいてもシャンバートの一般人も普通に沢山働いている。そこで30メートルくらいに炎と黒煙が立ち上ってしまえば、誰もが気に留める。シャンバートの人間も、シャンバートのマスコミも。爆発したのは、大規模工場の一角でホールを持ち込み、隠れて異世界からギガス達を連れ込ませてる建物の壁沿い。勿論ホールのある建物の外壁は吹き飛び、その周りの建物も巻き添えを食らった。シャンバートの人間達が何かの事故かと、その轟音に様子を見てくる中、シューガーの軍人達も人間に戻り、呆然と近寄っていく。同じように軍人達というやじ馬の後ろで、ケイシンは頭に過らせる。鉄筋やらその他が並べられた1階の窓の外にいた1人のギガスを。

「何が起こったんだ」

「分かりません」

ホールのある建物は言わば鉄筋類の保管庫。そもそも爆発する訳はないので、これは何かの陰謀かと、軍人達はすぐに不穏さを理解し、動き始める。

「お前達は気にしないで運べ」

ケイシン達民間人が作業を再開させていく中、1人のギガスが雄叫びを上げた。そこは鉄筋類が並べられた1階。パッと戻ってきたケイシンはその瞬間、爆発に巻き込まれて吹き飛んだ。

「おい!」

せっかく作りたてのキレイな鉄筋が吹き飛んだその状況に、軍人ギガスが怒鳴り付ける。そして直後にその軍人ギガスは爆発を起こしたギガスに飛びかかり、2人のギガスは揉み合いになった。

「こいつが犯人だ!」

1人がそう言うがその最中にも2人は掴み合いながら転がり、どっちがどっちだか分からなくなる。ギガスなので傷は無いケイシンが呆然としてると別の軍人ギガスが数人やって来て、最早どれが犯人かなんて分からない。でも犯人は捕まったっぽいからまぁいいやと、ケイシンは鉄筋を抱えて転移する。建設現場は相変わらずで、まるであの乱闘が嘘みたいと思った矢先、パッと鉄筋を持っていないギガスが現れた。その直後、そのギガスは手を前に出し、掌の上に何だか中身が水蒸気のようにモクモクしたボールを作り出した。それが何かは分からないが、そのギガスが爆発を引き起こした本人だとするなら、もしかしてここも襲うのかな。そうケイシンは少しだけそいつに歩み寄る。

「さっきのテロリスト?」

するとそいつが顔だけ向けてきて、反応したって事はそうなのかと、ケイシンは途端に怖くなる。

「お前がシューガー側なら、そうなるかな。でもシューガーは戦争をしようとしてる。それを止めようとしてるオレは、果たしてテロリストか?」

「でも、仕事が無くなったら、ギフト券貰えなくなる」

「お前、戦争で犠牲になる大勢より自分の家が大事なのか」

「そういう、訳じゃ」

「おい!何してる!」

多分軍人であろうギガスが軍人らしく怒鳴り付けると、慌てたように振り返ったそいつはボールを素早く投げつけ、重機を巻き込んで大爆発を引き起こした。ものすごく大きな爆発。ケイシンはただそれを見上げていた。熱さも衝撃波もダメージとして伝わってこない。感じたのはただの恐怖だった。周りのギガス達が騒いでる。まるでそういうのも全部雑音みたいに、自分の体は動かない。

「──いちゃあん!」

聞き覚えのある声がふと耳に入ってきた途端、怒号、衝撃音、爆音という雑音も一緒に濁流のように押し寄せてきた。

「お兄ちゃん!」

──レイト。

けど体は突き動かされた。誰が誰か、全く分からない混乱。爆発を起こすあいつと軍人達との戦いでその場はめちゃくちゃで、直後に逃げ惑う誰かがぶつかってきてケイシンは倒れ込む。

「お兄ちゃん!」

「レイト!」

──どこだ・・・。

「うおおおお!」

1人のギガスを中心にして炎が渦巻き出した。強風も凄まじく、熱くはないが真っ赤な景色にケイシンはただ恐怖する。

「お兄ちゃん!」

しかしすぐ近くから聞こえるような声にとっさに振り返り、そしてようやく目に留めた。むしろ雑音が聞こえなくなる中、その少し小さめなギガスを。

「レイト」

「お兄ちゃん」

「とりあえず逃げるぞ」

走り出しながらふと振り返ってみれば、炎を渦巻かせていたギガスは全身に炎を纏わせていて、戦う魔法を知っているというその姿だけで、何だが自分とは違うギガスなんじゃないかと思えてくる。そしてやって来た、適当な森の中、遠くには建設現場は見えるが、木々に囲まれて木洩れ日を感じると、ようやく人間に戻れた。

「お兄ちゃん、基地が壊れたら作り直しだし、ギフト券稼げるかな」

「おいおい、そうかも知れないけど」

ケイシンの脳裏に甦る、あのギガスの言葉。戦争で犠牲になる大勢。基地が出来たら、翼人達が沢山犠牲になる。──それなら、あいつが・・・正しいのかな。それからあいつは消えた。まるで忍者みたいに。という事はまた襲ってくるかも知れない、という不安が残り香として充満していく。重機は壊れ、めちゃくちゃになった建設現場。それでも建設という作業ではなく、片付けという作業がある。だから一先ず片付けをと、軍人ギガスは指示を出し、ケイシン達は働いていく。

シューガーの首都カケベルの中でも大人の歓楽街として有名な街、アロン。とあるアパートの一室にバルオは居た。夜の10時前、いつもの時間になるとランリが帰ってきた。同棲ではあるが名義も家賃を払っているのもランリなので、そこはランリの家。

「ただいま」

「あぁ」

「あ、いい匂い。何それ」

「クリームポトフ」

深夜営業はしないキャバレーのダンサーであるランリは常に帰りは夜。だから自然と晩ご飯の担当はバルオになった。新しくはないアパートではあるが、固定給とは別に客から直接貢がれる歩合の収入があるから“ランリの”暮らしは充実している。それから2人はいつものように遅い夕食を共にする。

「ギフト券、貰えなくなるかも知れない」

「はあ?」

「いやオレのせいじゃねえって。今日建設現場に、その、何て言うんだあれは、抵抗勢力っていうか、ギガスが暴れて現場がめちゃくちゃになって。ほら現場が破壊されたんじゃ仕事も無いだろ」

「ふーん。じゃあどうすんの」

「決まった訳じゃない。1回邪魔されたくらいで政府は諦めないだろ」

「ふーん。ねえ、でもさ、ギフト券なんか言ってないで普通に働きなさいよ」

「分かってる」

「店長殴って辞めるパターンが怖いんでしょ?でもそんなの」

「分かってるって」

「な、何だよその態度、あたしはあんたの為思って言ってんのに」

バルオの脳裏にふと過る、ショーケインの顔。最後に仕事を辞めた後、ショーケインに促され、カウンセリングを受けた。それはギガスになる1週間前。そしてそれをランリに言ったのかと聞かれ、言ってないと応える自分。

「でも、今の仕事、もしかしたら性に合ってるかもな」

「そうなの?」

「何だよ」

「だって、器用じゃん。料理イケてるし」

「料理人?いや、想像が出来ねえ。こんなの普通だろ。素を入れてるだけなんだから」

「今の仕事がずっとある訳ないでしょうが」

「基地だぞ、1ヶ月2ヶ月で出来るもんじゃねえ」

「ねえ、ギガスって、人間に戻れないの?」

「え、何だよ急に」

「別に・・・だって、もし・・・・・出来たら」

「・・・え?」

「何でもないよ」

エリミールがカメラの前で、シューガーは異世界で基地を作ってると言っても、やっぱり精霊なんてものが言った事に信憑性なんか感じられない。そうシューガーの世論は、本当だとしても証明は出来ないと忘れ気味だ。しかしその日、朝刊やニュースがとある事を報じた。それは何枚もの写真。シャンバートのホールがある大規模工場や、実際の基地建設現場のもの。何故そんなものが入手出来たかと言えば、1人のギガスが協力してくれたからだと。反逆者として狙われる事を考えて名前も顔も出さないが、写真というものがあるだけで信憑性を問うまでもない。そう世論は沸き、ロードスター連合王国では一国による単独の戦争行為は禁止の為、3ヶ国それぞれの政府で首脳会議が行われるまでに発展した。すると会議が終わるまで、シューガー軍の異世界における基地建設は一時凍結となった。強制終了されて帰されてしまったがギフト券は貰った為、とりあえず自宅のテントに戻り、小さな金庫にギフト券をしまったケイシン達はトロフィー公園にやって来た。急に暇になってしまった。けどお小遣いは無いからどこに行こうという事はない。

「ギフト券、貰えなくなっちゃったね」

「まぁでも、オレは高校生だから、普通にバイトするよ」

「でも、何で急にやらなくなったのかな。壊されても直してからやるって軍人の人言ってたのに」

「お前ら、基地建設やってるのか、子供なのに」

2人に話しかけてきたのは、知らない人だった。恐らく20代後半くらいのすごく大人っぽい落ち着いた男性で、極度に人見知りはしない2人だが、基地建設をやってる事に否定的っぽい声色に2人は固まった。

「だって、ギフト券くれるし」

レイトが応える。

「まぁ子供には分からないだろう。最早戦争に参加してるという事に」

「でも、ウチ、お金無いし」

それでもレイトが遠慮がちに反論する中、ケイシンはその男性の冷ややかな眼差しを見つめる。昨日の事をふと思い出しながら。

「戦争が始まったら、人が大勢死ぬんだぞ」

「まさか、昨日の、基地を壊した人」

思わずそう口走ってしまった途端、思い出したのは恐怖だった。正体がバレたから、襲われてしまうんじゃないかと。しかしその男性は、ただ目を逸らし、殺気の無い雰囲気で遠くを見た。

読んで頂きありがとうございました。

オーソドックスと言えばそうかも知れません。“世界の変化”が、彼らの人生をどう変えるのか。

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