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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「渇望」後編

ようやく凪いだ海の上、透き通った海は3メートルほど下にある海底を微かに垣間見させる。静寂と快感の余韻が漂うボートの上、それからユニカは乾いた下着を着て、ワイシャツのボタンを留め、蝶リボンを着けてからスカートを穿く。ズボンのチャックを閉めるディーノの向かいに座ると、ユニカはそのまま座席部分に横たわった。

「・・・・・もう、無理」

まだズボンを穿いただけのディーノは内心で首を傾げた。まるで夢の中にでも居るかのように恍惚に満たされた表情のユニカに。

「もう、戻れない」

潮風が気持ちよく、日光も優しい。だからディーノはついでに上半身は裸のまま、オールを手に持った。ゆっくりと進むボート。水面を掻き出す音さえ涼しく、流れる時間さえ透明感がある。そこでユニカは起き上がった。ふと見せる真顔に、ディーノもふと目を向ける。

「どうして、私の事こんなに受け入れてくれるの?今日話したばっかりなのに」

「まぁ、拒絶する理由が無かっただけだな、うん」

「私ね、ディーノが初めてなの。ディーノが初めて、現実を突きつけてくれた」

「現実?」

「周りはみんな、私の事羨ましいって言うの。美人で社長令嬢で、成績トップで、何でも持ってるって。でもディーノが初めて、そんな人生は退屈だって言ってくれた」

「何て言うか、最初から顔が退屈そうだった」

「私、家に帰ったらちゃんと言うよ、私の夢。でもそしたらどうせ追い出されるから、そしたら結婚して一緒に住も?」

「・・・・・お前がそう言うなら」

「え?」

「・・・え?」

「ディーノ、結婚が何か分かってる?即答だけど」

「そこまで世間知らずじゃない」

「今まで、恋愛した事は?」

「無い。普通は、ダークエルフに寄り付こうとはしないからな」

「ダークエルフ・・・」

「知らないのか」

「知ってるよ。テロリストって言われてる人達。ディーノ、ダークエルフなの?」

「今は違う、マガツエルフだ」

「聞いた事ないけど」

「ダークエルフの極致だからな。エルフでも知ってる者は少ない。人間が知るはずもない」

「ディーノ、テロリストだったんだ」

「それは単に世間の判断に過ぎない。オレは10歳の時からダークエルフだった。だから世間からは離れて生きていくしかなかっただけだ。しかし不思議だ」

「何が?」

「世間から避けられていたのに、ダークエルフでなくなった途端、お前が来た」

それから砂浜から沖に向かって伸びる形で作られたボート乗り場に着き、2人はボートを降りた。片手で引き摺って海の家の脇にボートを戻すという、普通の人じゃ到底出来ない事を軽々とやってのけるディーノ。それを見つめていたユニカはそしてディーノと手を繋ぎ、砂浜を歩く。

デルスクスは振り返った。バーベキューの帰り、“普通のテムネル”を感じて振り返ってみれば、そこに居たのはダーク・コーカスではない、知らないダークエルフ。

「先に行ってくれ」

「うん」

エリザグラスがそう応え、エリザグラス達はデルスクスを残して歩いていく。

「見ない顔だな」

「シャンバートにマガツが居るって聞いてシエネイラから来た」

「別の大陸か、それは遠くから来たな。極致に至る方法を聞きに来たか」

「当たり前だ。それしかない」

「何の為に極致を目指す」

「何でそんな事、力が欲しい、それだけだ。何だよ」

「いや、自分の目で確かめた方がいいだろう」

それから家に帰ったデルスクスはテレビを点けた。何となくニュースを求めて。シエネイラと言えば遠く海の向こうの、精霊とは関わっていない国。しかも人間とエルフが共生し、どこかシャンバートのような国。先進国の中でもシエネイラの軍事力はトップクラス。そんな国に対して何かしようというのだろうか、あのダークエルフは。そうデルスクスはチャンネルを変える。

「パパ?何見たいの」

「ニュースだ。シエネイラの」

「そんな遠くの国のニュースなんて、相当大きな事起きないとやらないでしょ」

「その相当大きな事が起こるかも知れない」

「じゃあ、直接行っちゃえば?」

「・・・それもそうか」

「ていうか何が起こるの?」

「シエネイラから来たダークエルフに極致に至る方法を教えたんだ」

「さっきの?」

「あぁ。力が欲しいと言っていた。だから何かしでかすかも知れない」

「じゃあ教えなきゃいいのに、何かあったらパパのせいじゃん」

「そんな訳ないだろ。何かしたらあいつ次第だ。それに何かする気なら、精霊に命を狙われて終わりだ」

エリザグラスがモリクレに顔を向けると、モリクレはそうそうといった具合に黙って小さく頷く。デルスクスが家を出て霊気検索していると、そこにエリザグラスがやって来る。

「みんなで行こうよ」

「見に行くだけだぞ、すぐ戻る」

「見たらそのまま旅行しようよ」

「・・・そうだな」

霊気検索すればさっきのダークエルフはもうシエネイラに戻っていた。だからデルスクスは転移した。ウサギのメメを抱いたエリザグラスとノーラ、そしてモリクレと共に。街並みはすごく都会的で、でも山が多くて川も多くて、緑も多い。エルフヘイムのキルデイクも都会ではあるが、エルフの国と人間の国とでは都会の種類が違う。

「あそこだ」

何だかものすごい美術館のような建物。しかし実はそれは国会議事堂なのだが、その目の前を真っ直ぐ伸びた広大な並木通りに、マガツエルフとなっていたジェクスは居た。観光地として常に人気が多い並木通り。マガツエルフという異様な存在を避けるように広がる人波の中央を歩くジェクス。その眼差しは300メートルほど先に建つ国会議事堂に向けられていて、デルスクスじゃなくても何かするんじゃないかと思ってしまう雰囲気がある。だからパトロール中の3人の警官がジェクスの前に立ちはだかった。

「お前、指名手配犯のジェクスか?何だその格好」

「出てこい!見てるんだろ!吸血鬼共!」

目の前の警官も国会議事堂すら見ていなかったジェクスの突然の叫びに、その場は騒然となる。

「吸血鬼って、まさか『バン・ヒエンの一族』の事言ってるのか?」

1人の警官が問いかける。

「あぁ、そいつらに仲間が殺され──」

「きゃああ!」

悲鳴が上がり、更に人波は血の気が引くようにサーッと広がった。その円の中央に居るのは刀で腹を刺されている男性、そして刀を持つ、全身を白装束で包んだ1人の人間。直後に刀は勢いよく腹から抜かれ、血飛沫は白装束に降りかかる。男性は倒れ、地面にも血飛沫が降りかかるが、直後に“血液は舞い上がった”。それは一瞬だけでも美しいと思ってしまう現象。白装束、地面、刀を色付けていた鮮血はまるで吸い寄せられていくように刀に溶け込み、地面も白装束もキレイになってそして刀が振り下ろされると、それからなんとジェクスに向けて“鮮血色の光刃一爪”が放たれた。それはデルスクスでさえ知らない魔法。いや魔法かどうかも分からないものだ。ジェクスが片手を振り払っただけで鮮血色の光刃一爪は弾かれて消えるがその傍ら、警官達はすでに白装束の人間に向かってピストルを発砲していた。逃げ惑う人々。しかし白装束の人間は素早く手を挙げ、倒れている男性から溢れる血液を操り、それを壁にした。しかも血液の壁は直後に無数の針となり警官達を襲った。デルスクスはふとキョロキョロする。──何なんだ、これは。

「こいつを助けろ!」

「あぁ」

ジェクスの光壁によって警官達は無事だった。しかも同時に倒れている男性はジェクスによって警官達の足元に転移させられた。それから白装束の人間がジェクスに向かって走り出した瞬間、地面から氷柱が突き上がり、胸元を貫かれた白装束の人間はだらんと動かなくなった。刀がカランと落ち、氷柱が血に染まっていく。しかしその時だった、再び悲鳴が上がったのは。氷柱を下っていく血が突如2方向に向かって飛び出し、それぞれ2人の白装束の人間が持つ刀に吸い寄せられていく。

「お前の血、無駄にはしない・・・はああ!」

血は刀に溶けたように見えただけなのに、白装束の人間は人間離れした跳躍力で飛び出した。1人は刀に鮮血色の雷刃を纏わせ、もう1人は鮮血色の火刃を纏わせて。それでも2本の刀はジェクスの光壁にガツンと止められ、更に1人は氷刀で斬り伏せられ、1人は氷刀一爪で激しく吹き飛ばされた。

「マガツの力を甘く見るなよ?吸血鬼共」

「おのれ・・・」

斬り伏せられた方はもう動かず、吹き飛ばされた方はもう虫の息。状況は明らかにマガツエルフが優勢で、だからこそデルスクスは冷静にジェクスに近付いた。

「おい、吸血鬼って、絶滅したんじゃないのか」

「あぁ、けど復活したんだ」

「そうなのか」

「もう何人もダークエルフが殺された」

「いつからだ」

「3週間くらい前だ。しかもこいつら、“前の”と違って色々進化してる。そいつらの着てるもの、霊気干渉を受けない。刀だって、『血の剣』がより進化してる」

「霊気を弾く、まるでテクラライトだ」

「何だよそれ」

「シャンバートがホールを使って繋いでいる異世界にある鉱石だ。ダークエルフの時、エルフヘイムの治安管理部に見つからないようにテクラライトで作った布を被ってた事がある。そういう鉱石がこの世界にもあるんじゃないのか?」

「そういう事か」

「今に、見てろ・・・」

デルスクスとジェクスはゆっくりと振り返る。声色さえ虫の息なその声に。

「必ずや・・・貴様らダークエルフを、殲滅して、やる」

そう言うとその男は息耐え、騒然とした静けさは拭われないまま刀で腹を刺された男性はジェクスによって治療され、警官達が白装束の人間達の後処理を始めていく。

「なあ、オレはジェクス。頼みがあるんだ」

「まさか共に戦えと?」

「もしこの大陸のダークエルフが全滅してたら、あいつらは別の大陸を目指す。いづれやり合う事になる」

「お前の仲間も全員マガツになればいい。見たところ、オレ達が手を貸すまでもなさそうだ」

「それはそうかも知れないが、考えといてくれ」

「・・・分かった」

瞼が上がると同時に、無意識に目一杯息を吸い込み、ゆっくり吐き出す。眠っていたというより、何となくただ意識を失って、“体がフリーズしていた”ような感覚。特に何の気持ちよさもない。ふと腕時計に目を落とすと、薬を打ってから2時間が経過していた。

「起きたか、予想より長く寝てた。調子は?」

ベクルスは立ち上がり、首を回し、肩を回す。

「これから悪くなる可能性はあるのか?」

「無いとは言えない。恐らくDNAの情報過多ってやつだ。そのせいで眠ってた時間も長かったんだろう。パソコンと同じように、熱くなって動きが鈍るような不具合は起こるかも知れない。けど順応すれば収まると思う」

「そうか」

あの時から、ずっと気持ち悪い。事実なら最初から知っている。俺の女を轢き殺したのはルーファーの車。事件を揉み消したのはルーファー。最初は復讐心だけで近付いた。けど復讐心は忘れた。なのに、あの時、エルフの女に何でか話しちまった時から、忘れたはずの復讐心が芽吹いていた。気付かない内に大きくなり、今じゃ復讐心(そいつ)は、喉が渇いてる。合法カジノ店の最上階、それらしく広い幹部専用の一室にベクルスは入った。そこはルーファーの部屋。ルーファーは葉巻を吸っていて、テーブルにはパソコンと酒があった。

「ノックぐらいしろ」

ふとした顔を向けたルーファー、しかし直後にその眼差しは引き締まった。それは何かに勘づいた眼差し。ノックもしない、そして“あの時”の顔つき、そんなベクルスに、ルーファーは何となく事情を察したのだ。しかしルーファーは葉巻を一口吸い、香ばしさがたゆたう部屋をベクルスはゆっくりと見渡す。

「何か言え」

「別に、何も言う事はねえよ。覚えてようがどうだっていい」

「・・・今まで何してた」

「あ?」

「お前は最初、俺を殺す為に近付いて来た。それくらい分かってる。そもそもそういう世界で生きるのがマフィアだからな。でもお前はいつしか俺に殺気を向ける事はなくなった。でも今、お前はまた殺気を向けてきた。そういうのは顔見れば分かる。だから、今まで何してたって聞いてんだ。遊んでたのか?」

「俺も分かんねえよ。けど忘れたはずのもんが甦った、それだけだ」

「いい顔だな。マフィアの素質は怒りと憎しみだ。決して正義じゃない──」

パタンとパソコンが閉められると同時に、ルーファーは葉巻を灰皿に置いた。

「けど憎まれる度に死んでたらマフィアは勤まらない──」

ガチャッと扉が開き、別の部屋からスーツの男達が2人入ってくる。しかも間髪入れずウパーディセーサ・ブラックになりながら。

「来るなら来い。その代わり、戦闘不能になったら俺の駒に戻れ。お前の憎しみだけを殺してやる」

そしてルーファーも変身したが、ベクルスは眉間を寄せた。ルーファーのその姿は単なるウパーディセーサでもブラックでもなく、ブルータスのような巨体で、でもブラックのように黒いスマートなものだった。

「特注はお前だけじゃない」

カジノエリアの人間達は、いつも通り遊んでいる。その衝撃とか揺れとかに気が付いたのはヨーガだった。とは言え、それはすぐにでも駆けつけるような揺れではない。普通なら「何か揺れたか?」で終わるくらい。でもそこでヨーガはふと脳裏に過らせた。ルーファーを呼び捨てにするベクルスの顔を。だからこそ、ヨーガはカジノエリアに下りた。そして暇を潰す為にカクテルを1杯飲む。しばらくしてからようやく最上階に上がり、ルーファーの部屋に入ると、ヨーガが見たのは死んでいる2体のウパーディセーサ・ブラックと、ルーファーだった。

「やったか・・・」

ベクルスはその部屋でソファーに座って、酒を飲んでいた。ヨーガの呟きに、ベクルスはふっと笑みを溢す。

「どういう意味だ」

「何となくやるんじゃないかと思ってた。ボスに何て言う」

「まぁ、何だな・・・・・」

シャンバート、歓楽街ホーロームにて。シュトナンは人波と共にコンサート会場にやって来た。言われた通り目立たないように“外見だけ”エルフになって。チケットを見せれば受付の人間はこちらの顔も見ずに通し、そしてシュトナンは2階席まである大ホールに入った。チケットに書かれた席を探して階段を下りていき、列に入って席に向かう。しかしそこでシュトナンはふと足を止めたのだった。何故ならシュトナンを見ていたのは、妻のルンシナだったから。

「まさか隣の席をくれるなんて」

「・・・元気そうね」

「あぁ。ルンシナも」

「その、最近は何か良い事あった?」

「極致に至った。だからもうダークエルフではなくなったよ」

「そう。実はセルレア、あなたと住みたいって」

「それじゃあルンシナが独りに」

「ううん」

ルンシナはふっと笑みを見せた。それはどこか良からぬ事を考えているようなものだ。

「お父様には言わないけど、本当は最初から決めてたのよ。セルレアが大人になったら今度こそ家を出るって」

「本当にいいのかい?」

「いいのよ、お父様なんて。私だって、もう我慢の限界よ」

「そうか」

結婚したルンシナは人間で、その父親は市長、そして大のエルフ嫌い。反対を押し切って結婚した為、シュトナンは市長邸に足を踏み入れる事すら許されない。でもセルレアが大人になるまでの養育費を考え、ルンシナはセルレアと市長邸で暮らす事を決めた。結局オレより父親を選んだ事とか、市長に罵倒されたり市長邸を無理矢理追い出された事でテムネルを求めたが、そもそもダークエルフだろうとエルフだろうと関係ない。だからマガツエルフになったところで、市長はオレと関わる事はない。独りになって自棄になってテムネルを求めたのはオレの意思。──でも、何だろうな・・・。幕が上がり、オーケストラの演奏がシュトナンの全身を透き通っていく。セルレアがやっているのはバイオリンで、いつかコンサートマスターになるのが夢なのだそう。荘厳で、でも繊細な演奏の中、シュトナンは“まだ何も変わらない世界”を眺めていた。それでもこの音は、娘がちょっとずつ大人になっていく証だと。

読んで頂きありがとうございました。

マガツエルフになった彼らの人生もそれぞれに景色が変わっていく、そんなところで第2章は終了です。吸血鬼に関しては、プロローグという感じですね。

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