「そして、極致へ ─エクストラステージ─」前編
ニルヴァーナ、エントランスパーク。サハギーはどこか遠くに目を向けるように固まった。そんな仕草を、ユピテルはコーヒー片手にふと目に留める。
「ちょっと行ってくるよぉ」
「え?」
「呼ばれたから」
パッと消えたサハギー。静かにコーヒーを一口飲み、ユピテルはテレビを観る。生中継されているのは勿論、シューガーの首都カケベルの様子。マスコミのドローンは巻き添えを怖れてか、はたまた惨状をあまり映さないようにしているのか、正にやじ馬のように遠くから“街にぽっかり空いた穴”を見下ろしていく。しかし当然の如く、サハギーがそこにパッと現れた事など、テレビには映らない。ましてやそこに、精霊が集まっていく様子など見える訳もない。
氷の山脈を降りていくルアとヘル。まだ完全に回復はしてないが、そんな事よりもルア達は何事だと降りていく。イエンを囲むように、精霊が集まっていく。
「どこ行くの?」
「呼ばれたから、ちょっと行ってくる」
まだ体が重たかったさっき、そう聞いてみれば振り返ったペルーニはそう言って「安堵と希望」を感じさせた。でもじっとしてられず、体も治ってきたから追いかけた。氷の山の中腹から見下ろしたルア。その瞳に映っているのはハイクラスの精霊やそうじゃない精霊が入り交じった、何体もの精霊の群れ。
「(何だろうね、あ、サハギーも来てる)」
“そのルール”はエルフでさえ知らない。だからトボトボと近付いてきたルフガン達も、デルスクス達も、そしてイエンも状況が理解出来ず、一際存在感を放つ3体の精霊をただ見つめ、そして集まってきた精霊たちにキョロキョロする。
「何、あんた達」
イエンは問いかけるが直後、緑の髪の精霊はイエンに背中を向け、集まってきた精霊たちに体を向ける。
「今ここに!ハドロン・フォーメーションの解禁を宣言する!」
氷の山を降りたルアとヘル。その瞬間、ルアは立ち止まった。その感覚はまるで、自分の体の中で見えない力が溢れていくかのよう。見えない繋がりから、止めどなく力が流れ込んでくるかのよう。思わず立ち止まってしまうほどの驚き、そして高揚。──一体、これは何なの?・・・。
その場に居る精霊たちの霊気が強くなっていく。まるでどんどん輝いていくかのよう。そうデルスクスは無意識に後ずさった。何なんだ、これは。精霊の群れ、そして精霊たちは霊気で繋がり、霊気を膨れ上がらせていく。
「何なの?無視しないでよ」
「無視などしない。我々は、お前を滅する為にここに来た」
「精霊が、戦うなんて聞いた事ないぞ」
口を挟むデルスクス。
「精霊はそもそも、戦う為の存在だ。お前達がそれを知らないのは、精霊が戦うべき相手ではないという事。精霊が戦うのは、バチルスだけだ」
「バチルス?・・・」
「理を逸し、世界にとって悪影響を及ぼす存在」
「あたしの事、何も知らないくせに、悪影響だなんて決めつけないでよ!この力は悪じゃない、自由なだけ」
「何を言っている。この有り様で、一体どれだけの命が失われたと思う。危険な存在は排除する」
「あたしに、テムネルを宿らせたのは人間。あたしは悪くない!」
繋がり合って霊気を膨れ上がらせているその群れの迫力に感化され、イエンは爆発を起こした。それはまるで感情そのものかのよう。一瞬で緑の髪の精霊は爆炎に呑まれ、ルアは息を飲む。煽られるように爆風が流れていくと、緑の髪の精霊はイエンの顔を掴み、地面に押し倒していた。
第34話「そして、極致へ ─エクストラステージ─」
「ペルーニ」
ルアは目をぱちくりさせた。今までは“キラキラ”としてしか見えてなかったのに、ふと周りを見渡せば、精霊たちの姿が見えているから。
「これって、どういう──」
再びの爆発音と爆風。ペルーニの蔦の髪は靡き、爆風から緑の髪の精霊が飛んできて見事に着地する。すると次に赤いドラゴンがイエンに向かっていく中、ルアが目に留めたのは尻尾で歩いてきたサハギー。
「元気そうだね」
「(まあね。死ぬかと思ったけど)」
「あの3人は、今回のガーディアンズ担当だよ」
ペルーニが笑顔でそう言うが、そこに流れたのは爆発音と沈黙だった。
「ガーディアンズって?」
「ハドロン・フォーメーションの解禁の権限を持った精霊だよ。感じるでしょ?ハドロン・フォーメーションをすると、“精霊の数だけ全員の霊気が倍増”するの。そのお陰で今だけ私もハイクラス以上の霊気を持てて、姿も見せれるようになったの」
「でも、何か、戦ってるの、あの3人だけみたいだけど」
「基本的にはガーディアンズの指示があっての戦いだから。多分この状況なら3人だけでいいって思ってるのかな」
「およ」
驚いたようにはまったく見えない驚きの声を漏らすサハギー。人間のルアでも分かる、“群れを繋ぐ膨大な霊気”という力があるからか、イエンは光の鎖に手足を縛られて倒れ込み、3体の精霊たちは最早“勝利感”を醸していた。
「おい」
そんな時だった、デルスクスがイエンを囲む3体の精霊たちに声をかけたのは。
「お前らは、これまでもマガツエルフを殺したのか」
「マガツエルフという状態はバチルスとして滅する対象だからな、そもそもバチルスを滅するのが精霊の存在意義だ」
「なら、バオーレを殺したのはお前らか」
「もしかして100年ほど前の話をしているのか?記録に残ってるが」
「あぁ」
「ガーディアンズの担当は日々変わる。しかし記録はあるから、そういう事だろう」
「もしオレが極致へ至ったら、殺しに来るのか?」
「バチルスだと認定されれば、誰かなど関係無い」
「何でよ、自由の何がいけないの」
倒れたままイエンが口を挟む。その必死さは、まるで不当に捕まってしまっているかのよう。
「生き物は皆、群れの中で生きる。精霊だって例外じゃない。しかし繋がりから逸し、独りになったら、生きていても虚しいだけだ。自由とは脱落だ。それでは、誰も幸せになんかなれない。お前達ダークエルフと言えど、結局はそうやって群れているだろう。しかし力のバランスを崩し、自由を求めた結果がこれだ。だから精霊は、常に世界を見ている」
「あたしは、ただ、抜け出したかっただけ。何なの?特攻部隊も、あんたらも、あたしを見るだけで襲ってくる、意味が分かんないよ」
「ケリー」
ケリーと呼ばれた、緑の髪の精霊は振り返る。人間の女性のようにグラマーな獣、スナイベラは円らな瞳で真っ直ぐとケリーを見つめる。その態度に同情を伺わせて。
「ちょっと時間あげてもいいんじゃないかしら」
「封印か?」
「うん。もっとお話聞いてあげたいわ」
「ヴェンドルはどう思う」
ケリーの問いに、赤いドラゴンのヴェンドルはグルグルと喉を鳴らす。
「・・・任せる」
すると頷いたスナイベラはイエンに寄り添うように膝を落とし、ケリーとヴェンドルは途端にイエンから少し離れて傍観の態度。そんな状況に、デルスクスは置き去りにされたかのように小さくキョロキョロする。
「何してる」
だからデルスクスは問いかけた。ケリーが振り返る最中にも、スナイベラはイエンの額に手を置きイエンを眠らせ、静寂を流している。
「力の封印だ」
「まさか、マガツエルフの霊気を、精霊の魔法ごときで抑え込むとでも言うのか」
「“今”なら、それも可能だ」
「封印、出来るなら、何故バオーレを殺した」
「当時の精霊の判断だ。記録によれば、人間の都市を10キロに渡って破壊したと」
「そんな事、聞いた事ないぞ」
「他の世界で起こした事なんだろう」
都市にぽっかり空いた穴のような平地、人間の死体が大量に転がるそこで、そしてイエンは静かに目を覚まし、起き上がった。直後にスナイベラがイエンを縛る光の鎖を外す。息を飲むルアやアーサー達。しかしイエンは気味が悪いほど大人しく、スナイベラを見上げた。
「こっちは済んだわね」
それからデルスクスは表情を引き締める。精霊たちの眼差しが自分に向けられ、そしてケリーとヴェンドルが歩み寄ってきたのだ。まるで次はお前の番だとでも言うように。
「精霊、世界に悪影響を及ぼす存在を消すのが仕事なら、今オレに敵意を向ける理由は何だ」
「今はまだ無い。だが、お前もマガツエルフを目指しているのだろう。その理由によっては、今ここで対処しなければならない」
「ふんっイエンは確かに破壊や暴力の為に極致を目指したんだろう。しかし、オレは違う──」
自分の右手を見下ろすデルスクス。その顔はやけに強張り、覚悟を伺わせた。するとその直後、その手からはテムネルが溢れた。誰に攻撃する訳でもなく風に靡き、緊迫を連れてくるほどに溢れるテムネル。ケリー達、ルア達が自分の世界に浸ったデルスクスから目を話せない中、なんとデルスクスは右手を自分の胸元に当てた。まるで引火でもするように、デルスクスを覆うテムネル。
「うおおおお!」
「デルスクス」
自棄になったのかと、シュトナンが呟くように声をかける。すでにデルスクスは火だるまのように全身をテムネルで覆っていて、そのまま焼け死んでしまうのではないかという緊張が漂うが、それからテムネルは弾けて消えた。流れ出す静寂。
「まさか、自分の肉体を自分で焼き尽くすとは。それで、お前が、マガツエルフを求めた理由は何だ」
ケリーは問いかけた。さすが精霊だ。膨大な霊気という味方があるからか冷静さを崩さない。そうルアやヘルが緊張している中、デルスクスはゆっくりと目を開けた。その瞳は虹色で、白い皮膚は光を帯び、黒い血管が浮かび走る。直後、デルスクスはふっと笑った。その眼差しはどこか、過らせた思い出を見ているかのよう。
「オレはな、最初から、テムネルを暴力として使う気はないんだ。オレは、争う事を自由で正当化する人間共とは違う。テムネルもまた、1つの種に過ぎない。それをオレは、これから証明してやる」
するとデルスクスはシュトナンとディーノに振り返る。
「膨大なテムネルなど要らない。ただ肉体という殻を破る、それだけだ」
「証明とは何だ」
ケリーに顔を向けたデルスクスはすると手をかざした。特攻部隊でも、精霊でも、シュトナン達でもない、周囲に転がる人間の死体に。
「何をした」
ぐるっと1周したところでケリーが問いかけたが、デルスクスは急かすような問いを宥めるように遠くを見た。周囲を見渡すみんな。起き上がっていく人間の死体達、そしてどこからともなく出現してくる人間達。
「イエンが巻き込んだ人間は生き返らせてやった。建物までは無理だが、せめてもの尻拭いだ。マガツエルフの為に生き物が死んでいっては、テムネルを広めても意味が無いからな」
「テムネルを広める?」
「お前は、生き物は群れの中で生きてこそだといった。ならオレは、テムネルもまた群れの1つにする。そうなれば、テムネルでさえ危険ではなくなる。精霊、世界の守護者であるなら、お前らはオレを殺せない。騒がしくなったな。2人共、シャンバートに戻るぞ」
重低音の破裂を響かせ、全身を覆うテムネルから姿を現したシュトナンとディーノ。膨大な霊気が体を包み込む感覚に慣れて来たのか、もう2人マガツエルフが増えても、ルアはただパッと消えていったデルスクス達を見ていた。残されたイエン。しかしは小さく溜め息をつき、マガツエルフという存在感は見せつつも敵意の無い雰囲気を感じさせる。
それから世間を駆け抜けたニュースは、死者と行方不明者の蘇りだった。“街に空いた穴”はそのままであるが、死んだ軍人がその場で生き返ったという現実はより街に空いた穴の存在感を引き立たせた。すでに精霊たち、特攻部隊、治安管理部、イエンはその場を後にしている。生き返ってはいるが、まるで我を忘れたように呆然と歩く人間達。どこを歩いているかも分からない虚無感。風が優しく砂を舞い上げる。平地の真ん中、1人の男が膝を落とした。何も無い、沸々と込み上げる絶望。その男は砂を握り締めると、そして思いっきり地面を叩いた。直後、男の体は膨れ上がった。服は弾け飛び、皮膚は灰色がかり、骨格が変わって尻尾が伸びる。人々はその男を前に後ずさって取り囲む。それはまるで、あのバケモノのようだと。
「あたし、子供の頃人間にいじめられて、自然とテムネルを宿したの。だからやり返した。あたし、ただ普通に生きていたかっただけなのに、人間があたしの事野蛮だって。あたし、どこに行ってもうまくいかなくて、その度に恐れられて、だから、極致に行けば、弱い自分を変えられると思って」
「辛かったわね」
骨格だけは人間で、後は全てネコっぽい姿のスナイベラは肉球でイエンの背中をさする。それからイエンはストローをくわえ、オレンジジュースを一口飲んだ。
「お母さんとお父さんは?」
「15歳の時に一人暮らし始めたけど、今も変わってないなら、シャンバートのプライトンに住んでるかな」
エルフヘイム、魔法研究所のカフェのテラス席。スナイベラに話を聞いて貰い、何だかそれだけで嘘みたいに穏やかさを取り戻したイエン。黒い血管が走る白い皮膚から放たれる淡い光は、脅威というより、ただ神々しいだけ。テラス席の目の前の草原ではデュープリケーターたちが寛ぎ、ルアはオレンジジュースを飲む。自然溢れるエルフヘイムなだけに先程の戦いが嘘みたい。でもやっぱり、シューガーの街は心配だし、あの3人のマガツエルフとやらが気になってしまう。ふとルアは目を向けた。様子を見に行くと言ったケリーとヴェンドルが戻ってきたのだ。
「どうだった?」
落ち着いた口調で問いかけるスナイベラ。
「マガツエルフならむしろ検索出来るからな。しかし、これからどうするか」
「なあ、何で殺さないんだよ」
3体の精霊たちに問いかけたのはアーサーだった。同じように歩み寄ってきていたルフガンも目を向ける。
「ルフガン達も俺達も殺す為に動いてたんだ」
「確かに持っている力そのものは危険だ。だが、どんなに危険な力を持っていても、それを破壊などに使うとは言わない者を、すぐに捕まえる事は出来ない」
「暴れなきゃ殺さないのか」
「そういう事だ。精霊というのはあくまで危険因子を排除する為に存在するからな」
「ちょっといいかな」
パッと現れ、口を挟んできたのはサハギーだった。上下関係など無い精霊の世界。ケリー達はふとした態度で振り返る。
「シューガーの人間達、意識があるままギガスになったりしてるよぉ。他にもマガツエルフのように見えないテムネルで魔法が使えるようになってるみたい。生き返った時にマガツエルフのテムネルを持ったんじゃないかなぁ」
「そうか」
「それは、デルスクスによって人間の世界が乱されるという事なんじゃないか?」
ルフガンの少しだけ逼迫感のある言葉に、ケリーはスナイベラと顔を見合わせ、ヴェンドルはグルグルと喉を鳴らす。
「いや、これは冷静に見極めなければならない。確かに原因はテムネルだが、魔力を持った人間が今後人間の生活に馴染めば、それは最早人間の問題だ」
それからシューガーやその周辺国にニュースが駆け巡る。街の一角の崩壊、それに伴った「進化した人間の誕生」。早急に遺伝子などが解析され、人間という動物が新たなるステージに至った瞬間などと、いいように伝えられていく。




