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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「そして、極致へ」後編

名前なら知っている。いや、むしろ文献でしか知り得る事は出来ない。何故ならマガツエルフの詳細は「秘密情報」になっているから。秘密情報にされていると、情報管理局で情報を請求しても見ることが出来ない。秘密情報とはつまり、“精霊でしか知り得る事が出来ない、世界にとっての重要な情報”。けど“物質界の生き物たちに知らせてはいけない”理由は分かる。ダークエルフでさえこんなにも危険なのだから、もしマガツエルフのなり方が誰でも知れてしまうと、世界は危機に晒されてしまう。知ってはいるが、実際に見たのは生まれて初めて。だからルフガン達も、デルスクス達もただ見つめていた。“まったく霊気の感じない”その存在を。しかしそれが何となく神々しくもあり、正に精霊でもない、精霊以外の生き物でもない緊迫した違和感がある。そしてイエンはゆっくりと足を地に着け、目を開けた。息を飲むデルスクス。イエンの瞳は、虹色だった。思わず吸い込まれそうになるほど美しい殺気。それに加えて全身の肌は真っ白く、淡く光を帯びているのにまるで皮膚の上に走っているんじゃないかというくらい黒い血管が浮き出ている。そんな姿は明らかにエルフなどではない。

「まったく、ずるいぞイエン、オレのテムネルだったのに」

聞こえていないのか無視しているのか、イエンは自分の両手を見下ろし、空を見上げ、深呼吸した。

「イエンは、もう居ない」

「え?」

「殻が破れたの」

「じゃあ名前は」

「んー、でもイエンでいい」

「まぁいいか。これで極致への行き方は分かった。お前、まさかテムネル無くしたのか?」

「そっちが感じないだけでしょ」

「そうか。ん・・・」

デルスクス達は空を見上げた。空気を突き抜ける音、尾に引く白煙。人間が作るミサイルというものだ。ルフガン達が振り返る間にもミサイルは飛び抜けてイエンに直撃した。一瞬でイエンは見えなくなり、しかも間髪入れずにミサイルや砲撃がイエンを襲っていき、ルフガン達は後ずさっていく。それからやってきたのは何台もの戦車と軍隊。更地になった所を隙間なく囲うように軍隊がやってきて、砂煙が流れ、気付いた時にはイエン達は包囲されていた。数え切れないほどの人間。しかし人間の軍隊など、イエンやデルスクス達でさえ気にしない。しかしその直後、イエンはふらっと膝を落とした。

「イエン?」

声をかけるシュトナン。まるで立ち眩みでも起こしたようだと。

「まだ体が慣れてないんじゃないか?」

デルスクスがそう言った時、人間達が詰め寄ってきた。まるでミサイルや砲撃が効いたと主張するかのように。

「とりあえず人間達を蹴散らすか」

「ダメだ!来るな!人間じゃ敵わない!」

詰め寄ってきた人間達にルフガンは叫ぶ。しかしそれも虚しく、銃声は喚き、砲撃は轟き、ダークエルフ達は人間達を蹴散らしていく。ルフガンが1人の軍人を捕まえるが、ルフガンの手は払われた。

「敵うかどうかは問題じゃない!街を消されて黙ってられるか!」

ルフガン達を通り過ぎていく軍隊。どうしようも出来ない。まるで流れる川のように、死に行く人間達。するとその時だった、ルフガン達の前に特攻部隊が現れたのは。ルフガン達の周りの軍人達がいきなり目の前に現れた特攻部隊に立ち止まる中、特攻部隊の面々はキョロキョロする。

「サクリアのテムネルは浄化したよ」

グラシアの声に、風が凪いだような緊張感が流れ込んだ。特攻部隊に驚いたから、それだけではなく、そこにテレビに映っていたあの翼人が居たから。

「特攻部隊!」

1人の軍人が怒鳴る。グラシア達は皆、ただならぬ殺気を醸している軍人達にまたキョロキョロする。

「お前らのせいだ!お前らがここに来なかったら、こんな事にはならなかった!」

「どういう、事?」

「人間の諸君、悪いのはダークエルフだ。そしてそもそもダークエルフをシューガーが匿っていなければ、こうならなかった。いやもしかしたら、ダークエルフと関わった時からこうなる事は決まってたのかも知れないな。それだけテムネルというのは、世界を不安定にさせてしまう」

「黙れ!運命だと?」

「もしかして、この状況って、ダークエルフが?」

「あぁ、イエンというダークエルフが極致に至ったんだ。一瞬で街が消え、大勢の命が失われた」

「そんな・・・すぐに倒さないと」

「あぁ、だが、恐らく俺達でも敵わないだろう」

その時、イエンは顔を上げた。目に留めたのはグラシアやアーサー。するとイエンは立ち上がり、フワッと飛び出した。それからだった、デルスクスが振り返ったのは。居ないと思ったら、イエンは特攻部隊に近付いていた。イエンに向けられる、人間達、特攻部隊の眼差し。張り詰めた緊張感。直後に人間達がライフルを鳴らしていくが、イエンが両掌を素早く左右に突き出すと風が吹き、人間達は吹き飛んだ。

「特攻部隊」

イエンはニヤついた。

「あたし、絶対にやられたらやり返すの」

「はっ上等だ」

しかしアーサーが前に出た時にはすでに、イエンは右手を後ろに引いていた。リッショウを発動するアーサー。そしてイエンが右手を払い上げると、手からは黒くはない光刃五爪が放たれた。海面からサメの背ビレが走るかのように、地面共々標的を斬り倒す、という刃と爪の特性を持つ魔法。刃の魔法だけでなく、それを飛ばすという魔法も合わせた簡単な魔法。アーサー達、エルフ達は各々壁を作って身を屈める。舞い上がる土埃。人間達は悲鳴を上げ、それから5メートルほど突き上がったその1閃は地面を這い、そのまま戦車を引きずり倒した。

「おらあ!」

土埃を飛び抜けてアーサーがイエンに飛びかかった。光が過ぎ去ったと、ルフガンがふと周りを見渡せば、周囲には死んでいる人間、手や足を切り落とされてもがいている人間が見え、そこは血に染まっていた。だから言ったのに。いや、仕方ないか、これも、テムネルが起こす“崩壊の一種”。

「みんな、治癒玉を」

──だからテムネルは、危険なんだ。

元レンジャー、ルフガンの脳裏に過ったのは、火の海、血の海、そして1つの亡骸。最初はただの動物だった。知能が高く、言葉は喋れないが人間と共生していた。むしろみんなの人気者だった。しかしダークエルフからテムネルをかけられ、怪物となった。レンジャーとして当時の治安管理部と共にそのギガスを退治したが、その村はすでに壊滅していた。その惨状をふっと思い出してしまいながら、ルフガンがイエンに目を向けていく。

「アーサー」

「・・・クソぉ」

吹き飛んできたアーサーに駆け寄ったグズィールは見つめた。アーサーに負わされた傷が即座に再生していく、そんなイエンを。片膝を落としたまま、直後にイエンは雷刃一爪を放つ。バチバチと喚く、巨大な1閃。標的はアーサーだが、そこにグラシアが立ちはだかる。

「グラシアさん!」

しかしクウカクも大盾も砕かれ、グラシアは吹き飛んだ。秒毎に強くなっている。その脅威をアーサーは目に焼き付ける。──強すぎる。気絶したグラシアに治癒玉を付き添わせ、ルアはヘルに飛び乗った。やることは決まっている。アルファ、そしてシャークを取り込んだドルタスがイエンに向かっていくも、イエンが自らを中心とした爆ぜる火柱を起こすと、2人は木の葉のように舞い上がる。再び向かっていくアーサー、ナイト、メア。ナイトとメアが衝撃熱波で足止めし、そこでアーサーが作り出した剣を振り下ろす。しかしイエンは素手で受け止めた。掌から僅かに血が滴る事など気にも留めず。その一瞬、イエンはアーサーの眼差しに宿る自信を見た。ふと目線を落としてみると、短い方の尾状器官には青い光が溜め込まれていた。

「ジャベリン!」

至近距離で放たれた青光の槍は銃弾のように回転し、イエンを押し退ける。しかし足を踏ん張り、地面を引きずるその最中、素手で青光の槍を掴むと光の爆発でもって打ち消し、イエンはその眼差しに余裕を垣間見せる。その瞬間だった、ルアがプリマベーラを天に掲げたのは。

光火柱(スヴェンジャスト)!」

地響きと共に、光と火が天に向かって吼え上がる。ただ手をかざした以前とは違い、その迫力は勝機さえ感じさせる。しかし直後、光と火の中から手が出てきた。ルアの眼差しに陰りが見えたその瞬間、ホープは変身した。人型から四足歩行型になり、そして9本の細い尾状器官の先端をくっつけ、凄まじく青光を集束させる。アーサーは振り返った。目の前を通り過ぎたのは、あの時のレーザービームだった。地面から天に向かって突き上がっていく白と赤に加え、横からは青々としたレーザービームがイエンを襲う。それはどこか、十字架にも見えなくもない。その凄まじさはデルスクスさえ目を奪われたがそれから、光火柱と青々としたレーザービームは消えてイエンの姿は現れた。イエンはゆっくりと膝を落とし、空を見上げた。誰もが息を飲む静寂。イエンの焼け焦げた全身は、すでにみるみると治っていた。しかし動かないのはチャンスだ。だから剣を作り出し、アーサーは全力で飛び込み、剣を振り下ろした。直後、イエンは剣を受け止めた。顔は上げていない。まるで機械のように手だけが反応して剣を受け止めたのだ。そして、イエンは爆発した。

「アーサー!」

放物線を描いて飛んでいく姿が妙に目に焼き付く。ドサッと転がってきたアーサーにグズィールが駆け寄る一方、ルアとヘルは共感した。──まったく、歯が立たない。どうしようも、出来ない。するとまるで、そんな不安が聞こえたようにイエンは顔を上げた。瞬く間に放たれた氷柱一爪。それはまるで、凍結という名の突風が走っていくかのよう。ルアは光壁を張り、ヘルは飛び退いた。しかし間に合わず、光壁は砕けた。

「ルア!ヘル!」

ペルーニが呼び掛けてようやく、ルアとヘルは目を開けた。しかし体は動かない。1匹の犬が飛び退いただけではかわせる訳もない突風に呑まれ、氷の山脈と言えるほどのものに身動きが取れなくなっていた。秒毎に、体温が奪われていく。

目を覚ましたグラシアが最初に理解したのは、全滅だった。寄り添うように横たわるアーサーとグズィールは全身切り刻まれていて、ナイトとメアは焼け焦げ、アルファとシャークにはパチパチを迸る雷の槍が突き刺さっていて、ドルタスとホープも突っ伏している。立ち上がったグラシアが目に留めたのは、歩いてくるイエン。グラシアは槍と大盾を作り出すが、イエンのずっと向こうに見えたのは3人のダークエルフ。それでもグラシアは眼差しに闘志を灯した。立ち止まるイエン。

「はあああ!──」

グラシアの体に纏う光が激しく揺らめく。リッショウという魔法を知らないイエンはただその様を見つめる中、そしてグラシアの雄叫びと共に、光はふっと消えた。同時にその背後には、うっすらと光の輪が浮かび上がるのが見え、イエンは小さく首を傾げる。

「・・・ふう」

それでも理解出来るのは、先程よりも気迫が膨れ上がった事。闘志そのものが見えない壁のようなものとなって、心ごと体を透き通っていく、そんな気迫。

「はあ!」

グラシアは光の槍を放った。イエンはそれを片手で受け止めるのだが、間髪入れずに光の槍はまた放たれた。当然のようにイエンはもう片方の手で光の槍を受け止めるが、光の槍はまた放たれた。眼差しを細めるイエン。するとイエンは爆発を引き起こし、3本の光槍は爆風と共にただの光となって流れていった。爆風から垣間見える、イエンの微笑み。しかしすでに、グラシアは飛び込んでいた。イエンの表情が変わった時にはすでにグラシアの槍が胸元に刺さっていて、イエンは血が滴るその槍を掴む。

「こんな事して、許さないんだから」

「・・・あたしはただ、いじめてきた人間を、殺しただけ」

虹色の瞳を美しいと思う気分でもなければそんな雰囲気でもない、グラシアはただ、虹色の瞳に宿る殺気を見ていた。グラシアの槍が光り、イエンの手から火気がちらつく。吹き飛んだのは、2人だった。グラシアが光の槍を放つと同時に、そこは爆発した。放物線を描く、グラシアとイエン。

衝撃と風圧に叩き起こされるように思い出したのは7歳の頃、学校での事。そりゃあエルフと人間の1番の違いは耳の形。だから珍しかったのか、それとも人間とかエルフとかそもそも関係無かったのか、イジられて、仲間外れにされて。気が付いた時にはテムネルが芽吹いていた。シャンバート生まれだから精霊とは関わった事はない。最初はただ魔法が使える事が楽しかった。次第にそれが自信に繋がって、初めて人間を殺した。治安管理部に連れていかれて、イマージになった。けど3年経って、過去の事をなじられて、また変な目で見られて、またテムネルが芽吹いた。だからまた殺した。

流れていた血は勝手に止まり、イエンは立ち上がる。ふと手を見下ろせば、手は漆黒に染まっていた。漆黒の血液。その生暖かい感触は自由の証。

「うおおお!」

弾けるように目線を上げるイエン。そこに立っていたのはアーサー。

「グラシアにだけ良いカッコさせるか!」

イエンは漆黒に染まった手を握り締める。アーサーの体に纏っている青光が激しく揺らめき、まるで限界を越えるようにふっと消え去る。そして高まる気迫。

「アーサー」

するとアーサーは尾状器官で青光を溜めていく。

「フゥ・・・くっ出ろ!・・・エクスカリバー!」

破裂するように弾けた青光。しかし現れたのは、割りと大きめな剣だった。

「クソぉ・・・・・まだ出来ねえか。まあいいや、行くぞグラシア」

「うん」

同時に飛び出したグラシアとアーサー。するとイエンはその手に火刀を作り出した。振り出されるアーサーの剣と火刀。ボンッと剣と刀がぶつかった瞬間、グラシアは槍を突き出す。振り払われたグラシアの槍。イエンはもう1本火刀を作り、瞬く間にグラシア、アーサーを斬り飛ばした。

「・・・クソぉ、リッショウ高めてもだめなのか。あ、グラシア、今すぐハルクとか呼んで来いよ、それしかねえ・・・・・え?」

イエンでさえキョロキョロするという静寂が流れた。何故なら、そこには見知らぬ精霊たちが現れたから。1体は“葉っぱで出来た鎧を着た、緑色の髪の男”。もう1体は“灰色の毛皮で全身を覆った、人間の女のようなグラマーな体付きをした二足歩行の獣”。そして3体目は“翼や尻尾を持つ、全身赤い鱗で覆われた二足歩行のドラゴン”。

「何だ、お前ら」

アーサーが呟くように問いかけると、1番人間っぽい緑色の髪の男は聡明な雰囲気で振り返った。

「休んでいたまえ。このバチルスは、我々が滅する」

「え?」

「精霊たちよ!集え!」

まるでスピーカーから発せられたかのように、体を突き抜けていく声。

とりあえずルアとヘルの体にへばりついた氷は溶かし、ペルーニは溜め息をつく。するとその時だった。

「ペルーニ、来たぞ」

シュナカラクがそう言ってとある方を見下ろす。振り返るペルーニ。精霊の世界で生きる精霊で、“その精霊たち”を知らない精霊など、存在しない。だからペルーニは安堵した、シュナカラクと顔を見合わせながら。直後に「指示」が体を突き抜けていった。氷の山を降りていくペルーニとシュナカラク。

指示が駆け抜け、自然と駆け出していく治安管理部の精霊たち。

「何だ、あの精霊たち」

呟くルフガン。するとノコズは振り返り、微笑んだ。

「もう大丈夫だよ」

読んで頂きありがとうございました。



──自由(テムネル)ゆえに、世界は歪む。



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