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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「そして、極致へ」前編

別のところからそれぞれパッと移動してきたシュトナンとデルスクス。そこはシューガー、サルマン基地のダークエルフ達の一室。それから真っ先に2人は光の鎖を念で引きちぎった。パラパラと砕け、消えていく光の鎖。しかしシュトナンは困ったように見下ろす。まるで抜け殻のように茫然としているイエンを。

「人間のくせに、あんなものまであるなんて」

立ち上がる力は無いのか、ディーノはそう呟き、壁にもたれ掛かる。

「何で、こんなに体が重いんだ」

「やっぱり、テムネルを消されてしまっているからだろうね。テムネルがあれば、無意識にテムネル自体を治癒玉代わりにしてたからね。イエン、ほら、テムネル」

手をかざし、シュトナンは座り込んで項垂れて動かないイエンにテムネルをかける。まるで雨でも降ってきたかのように両手の平を上げるイエン。

「テムネル・・・・・」

「シュトナン、オレにもテムネルくれ」

「あぁ。だけどディーノ、イエンを見ててくれるかな?」

「今度は2人が特攻部隊と戦うのか?」

「勿論だ」

応えたのはデルスクス。その声色だけで、仲間を思うからこその怒りが伺える。ディーノは隙を突かれてしまっただけ。ディーノの実力なら本当なら治安管理部になど劣るはずはない。だからデルスクスは意を決したように表情を引き締めた。

「せっかくテムネル消したのに、連れていかれたらまたテムネルを取り戻しちまうぞ、すぐに追いかけないと」

「仕方ないよアーサー。こればっかりは対処出来ない」

「そうよね。シューガーには行けないのよね」

ドルタスとアンシュカが落ち着いて落ち込む傍ら、アーサーは苛立ちと焦りを抑えられないように独りで右往左往する。するとグズィールは尾状器官でアーサーの肩をツンツンした。

「何だよ」

「焦ったってしょうがないよ」

「だってこれじゃ、永遠に終わらないぞ。街に広がるテムネルだって、またばら撒かれたら最初からやり直しだ。結局手早く殺すしかないのに、逃がしちまった」

「だったら、もっと強くなればいいでしょ」

「んまあ、そうなんだけど」

「じゃあ、みんな、先ずは街のテムネルの浄化、早く終わらせよう」

無残に破壊されてしまったスーパーマーケット。魔法のおかげで怪我人はすでに全員回復している。そんな事をスーパーマーケットの前でキャスターが報道している頃、すでに特攻部隊はメータールのテムネルを粗方浄化していた。しかし彼らは知らなかった。その時、各地の街頭大型ビジョンではシューガーの首都カケベルの壊滅が報道されていた。



第33話「そして、極致へ」



シューガーの首都カケベル。散乱した瓦礫。それが警察車両のものか、建物のものかも分からない。それは正に、壊滅状態。一部ではあるが首都がとんでもなくめちゃくちゃにされた事で、シューガーの方々から反撃の狼煙が上がり、更に戦車や戦闘機がやって来る。しかし増えたのは瓦礫だけ。撃ち放たれた砲弾、ミサイルが尽くゴミとなる中、それでも軍人である人間達は治癒玉たちに助けられ、辛うじて逃げていく。それから軍人達、そして治安管理部のエルフ達は一様に見上げていく。空高く浮いている、漆黒の球体を。

──少し前。

デルスクスは降り立った。そこはディーノが倒されたところ。その存在感にルフガンは振り返る。デルスクスは全身にテムネルを纏っていて、今にも飛び掛かってくる迫力が肌を擦る。──まさか、ステージ2?・・・。

「人間共、一気に片を付けてやる」

喋れるのか。そうルフガンは目を丸くする。

「デルスクス、君達は人間に恨みはないはずだ。ましてや人間の基地に隠れていたのに」

「ディーノをやった仕返しだ。恨みじゃない」

「上等だ」

ライフルを構える軍人。そして銃弾は撃ち出された。一瞬の猶予など与えず、直ちに射殺する為の射撃。プツンと弾ける音が鳴った。1ミリたりとも動かないデルスクス。半分はこうなる事は予想していた。だから軍人は無線機に話しかけた。直後にヘリから発射されたのはミサイル。しかし今度はそのミサイルは確りとデルスクスに見られている。するとデルスクスは光弾を放った。人間から見れば小さな漆黒の光を放っただけ。しかしミサイルは容易く迎撃され、軍人達の頭上で虚しく爆発した。何人かが頭上からの熱気に思わず怯む。だからルフガンでさえ見逃した。デルスクスが広範囲にテムネルを放ったのを。ミサイルを放ったヘリさえ呑み込まれるテムネルの波。それは台風のような強風で、そのままヘリは墜落した。再びテムネルが宿ってしまったとエルフ達は戸惑うものの、もう我を見失う者はおらず、各々テムネルボールを手に取っていく。

「うおあっ」

1人の軍人が宙に浮いた。どんなにもがいてもその軍人の手足は空を掻き、注目を拐っていく。直後、軍人が意識を失って全身がだらんとした瞬間、軍人はギガスとなった。

「みんな逃げろ!」

ルフガンが声を上げる。尻餅を着いたり、叫んだり、走っていったり、それはまるであの時のエルフ達かのよう。屈強な軍人とは言え目の前の恐怖に人間達が戦く間にも、数人が宙に浮き出し、数人がギガスに蹴散らされていく。そんな時、そこに飛び込んでいったのはバスほどの警察車両だった。ブオンッとエンジンを鳴らし、誰かが身を挺してバスごと突撃したのだ。ルフガンの目に焼き付く、ビルと警察車両に潰されたデルスクス。まるで刺激を受けて爆弾が爆発するように突き上がる漆黒の火柱。ビルも丸ごと呑み込まれるほどの火柱と爆発。それからビルが崩れ、デルスクスが瓦礫に埋もれ、舞い上がった警察車両がガシャンと落ちた。エルフ達の素早い対応でギガスは倒され、すぐにエルフ達、人間達のテムネルが浄化されていく。ルフガンは振り返った。数分経ったが未だにデルスクスは埋もれたまま。緊張の止むことがない静寂。ゆっくりと近付いていくルフガン。しかしルフガンの隣で、ノコズは首を傾げた。

「モヤモヤ、感じなくなった」

「え?つまり、どこかに転移したのか」

「うん逃げた」

適当にやって来たビルの上、デルスクスは力が抜けるように膝を落とした。そのまま手も着き、深呼吸。意識が落ちてしまうところだった。

「デルスクス」

振り返らないデルスクス。そこに来たのはシュトナンだと分かっていたから。

「ステージ2で意識を保つのに限界が来た。まだまだ、未熟だな、オレは」

「やっぱり、怖いんだね。意識を呑まれるのが。でもここは違う世界だ、エリーやノーラを巻き込んでしまう事はないんじゃないか?」

「それだけじゃない」

デルスクスの脳裏に過ったのは、かつて存在したダークエルフ、バオーレの姿。それはデルスクスが6歳の時。バオーレは最も極致に近いダークエルフだった。ステージ2でも意識が呑まれず、簡単に人間達を蹴散らした。だから憧れた。まだ普通のエルフだったデルスクスは単身で会いに行った。それから2年、テムネルの扱い方を間近で教わってきた。

「自由というものはきっと、生き物にとっては毒なんだろう。もしかしたら、意識も無く、完全に理という性を失う事こそが自由なのかも知れん」

ふっとそんな言葉をデルスクスは思い出していた。しかしバオーレと出会ってから5年経った頃、バオーレは忽然と姿を消した。彼はテムネルに定義を持たせず、純粋に極致を目指していた。だからオレも──。

「シュトナン、テムネルを集めるぞ」

「集めてどうするんだ?」

「ステージを上げる為にはテムネルの質量を上げる必要がある」

「まさか、増幅させたテムネルを一気に体の中に?体が耐えきれなくなったらギガスになっちゃうよ?そうならない為にゆっくりテムネルに慣れようと皆頑張ってるのに」

「もう隠れるのは飽きた。覚えてるか?エルベースト戦争」

「あぁ。もう100年前ではあるけど、人間とエルフの戦争で1番最近のもの。バオーレの活躍で収束に向かったんだ。確かデルスクス、バオーレと仲良かったんだよね?」

「あぁ。居なくなる3日くらい前、バオーレが言っていた。テムネルを完全に受け入れるのに、肉体は大きな壁だと」

「大きな壁・・・どういう意味だ」

「真意は分からない。しかしもし、ダークエルフである肉体を捨て、テムネルと魂を完全に同調させる事が極致への道だとしたら」

「確証は無い。極致の事が書かれてる唯一の文献は2万年前のもの。それでさえ極致へ至る為の具体的な方法は記されてない」

「分かってる」

「焦ってるだけじゃないのか?」

「そうかもな。だがゆっくり頑張る、そんなんじゃ、極致になど行ける訳がない。シュトナンは人間とエルフを押さえていてくれ」

「まぁ、それがデルスクスのやり方なら」

バオーレが居なくなって、オレの中に残ったのはバオーレから貰ったテムネルだけ。バオーレが活躍したから戦争が収束したのに、その力が強大過ぎてエルフでさえバオーレを恐れ、自然とダークエルフという存在は良くないものとしての感覚が世間に広まっていった。だから治安管理部に目を付けられ、潜むように生きていくしかなかった。何故なら極致を諦める事はしたくなかったから。気が付けばあれから40年。もう十分、ゆっくり頑張った。シュトナンだって分かってるはずだ。そして空を見上げたデルスクス。ふと思い出すのはサルマン基地でのイエンとの会話。イエンには言わなかったが、街にテムネルをばら撒いたのはこの時の為だ。意識を集中し、街中の生き物に宿ったテムネルを感覚で捕捉していく。それからデルスクスは両手で街中のテムネルを持ち上げていく。意識を研ぎ澄ませ、下からグウッと両手を挙げていけば、街中のテムネルは宿主から剥がれ、宙に浮いていく。宿主から若干の生気を拝借しながら。死ぬ事は無いが、住宅、オフィス、レストラン、パタパタと人や動物たちが倒れていく。同時に一筋のテムネルがすうっと体から抜け出す。

シュトナンの攻撃を防ぎながら、ルフガンがふと空を見上げれば、他のエルフ、人間達もその現象に気が付いていく。──テムネルが集まっていく。

「あれはデルスクスの仕業なのか?」

「君達に言う事は何も無い」

ルフガンの問いかけへのお返しと言わんばかりの光弾の高速連射。ルフガン達は光壁で防ぐのが精一杯。それでもクニークはシュトナンの背後に転移させて貰い、死角からテムネルボールを投げつけた。ボールはシュトナンの背中に当たり、テムネルが広がる。

「やった」

振り返るシュトナン。同時にシュトナンの向こうのルフガンに手を挙げるクニーク。

(ツェピー)

数人のエルフが同時に光の鎖を飛ばすも、それは火柱によって吹き飛ばされる。しかしそんな事で負ける訳にもいかないのですぐさまエルフ達は光の鎖を何度も飛ばしていくが、シュトナンだって負けじと火や風を出して対抗していく。そんな戦いが続いていく間にも空に浮かぶテムネルの球体はどんどん大きくなっていき、ルフガンはテムネルの球体を一瞥した後にテムネルボールを1つ手に持ち、ノコズと目を合わせた。パッとビルの上に移動するルフガン。しかし素早く物陰に隠れた。ゆっくりと物陰から顔を出せば向かいのビルの上にはデルスクスが居たのだ。

「デルスクス捕まえた方がいいんじゃない?」

ひそひそと問いかけるノコズ。

「しかしあの膨大なテムネルはすぐに対処しないと危険だ」

そう応えるとルフガンはテムネルボールに霊気をくっつけ、矢を引くように霊気をビヨンと伸ばした。

光矢(ストレスーヴェ)

テムネルボールがくっついた光矢が放たれた。それは真っ直ぐテムネルが集まっていく一点に飛んでいき、そして吸い込まれるように消えていった。それからルフガンはテムネルの球体に手をかざす。

分離(ラズデーレ)

しかしテムネルの球体は膨大過ぎるのか色が薄くなったかどうか分からず、ノコズは不安そうに顔をしかめる。

浄化(オーチス)

すると直後、テムネルの球体は一瞬だけ大きく揺らいだ。デルスクスは表情を引き締め、テムネルの球体に手をかざしながらルフガンを見る。ルフガンも同じようにテムネルの球体に手をかざし、デルスクスを見ていた。それから2人は意識を研ぎ澄ませる。一方は集める方に、もう一方は散らせる方に。テムネルの球体は見るからに不安定そうに形を崩して揺らいでいる。再び目を合わせる2人。しかしそれからだった、ルフガンが吹き飛んだのは。デルスクスはテムネルの球体に集中しながらも光弾を放ってきたのだ。無防備のまま吹き飛んだルフガンは転がっていき、そのまま屋上から投げ出されそうになるが縁に手をかけ、間一髪で落下を防いだ。ノコズに引き上げて貰い、ルフガンは再びテムネルの球体を見上げる。そしてテムネルの球体は膨張を止めた。ふぅと鼻息を吹かし、デルスクスは勝ち誇ったように、同時に来るなら来いといったようにルフガンに顔を向ける。剣を抜くルフガン。

「え?」

思わずそう声を出してしまうほどの驚きと戸惑いだった。パッと転移してきて背後から来たイエンに、デルスクスは引き倒されたのだ。ひっくり返ったデルスクス。

「テムネル!」

飛び上がったのは、イエンだった。デルスクスが起き上がった時にはもうすでにイエンはテムネルの球体に手が届きそうだった。それでもデルスクスはイエンを追いかけて飛び上がるが、イエンがテムネルの球体の中に飛び込んだ瞬間、デルスクスは空中で引っ張られ、ビルの上に落っこちた。デルスクスは足に絡まった光の鎖、それを持っているディーノを見る。

「もう手遅れだ」

「うああああああ!!」

イエンの叫びが響くとシュトナンは振り返り、首を傾げる。何が起こったんだという戸惑いにエルフ達でさえただ空を見上げる中、そしてテムネルの球体は中心に向かって凄まじい勢いで集束した。完全にイエンの中にテムネルが吸い込まれ、イエンが空に浮いているだけという一瞬の静寂。それからイエンは、爆発した。幸いにもまるで風船が膨らむような速度の爆風。だからすぐにダークエルフ達はパッと姿を消し、ルフガンもクニーク達のところに戻ってくる。

「ルフガン、すぐにここから離れないと」

「しかし、人間達を見捨てる訳には」

「もう来るよ!」

「出来るだけ人間達も転移させよう」

漆黒の爆風。それは轟音と共に津波のように全てを呑み込んでいった。誰も為す術も無い、デルスクスでさえ、遠くから眺める事しか出来ないという“未曾有の副作用”。バリバリとヘリコプターが街を飛ぶ。それは軍用ヘリ。街を見下ろす軍人は無意識に小さく首を横に振った。ざっと見ただけでも、直径1キロの範囲の建物がほぼ消滅していて、更に壊滅するほどの被害は中心点から3キロほどにまで広がっていた。──核兵器でも使ったのか?・・・。

パッと戻ってきたデルスクス達。そこは建物の瓦礫1つ無い、キレイな平地。その真ん中に、イエンは居た。あれの中でも全くの無傷だったイエン。真っ直ぐ突っ立った姿勢のままゆっくりと落ちてくるイエンに、デルスクス達は歩み寄る。その少し遠くからイエンを眺めるエルフ達。

「これが──」

デルスクスとルフガンが同時に呟く。

「──マガツエルフ」

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