「ハドロン ─崩壊─」後編
「分離・・・浄化」
誰のではなく、一定の範囲のテムネルを浄化するアンシュカ。しかしその眼差しは心配そうにある方へと向けられる。また壊れちゃった。確かにダークエルフがテムネルを撒いてるから、こういう時を待ち伏せしてないなんて楽観的過ぎる。でも出来れば、静かにやりたかった。そしてまたイエンの放った黒い光刃一爪はアーサーを通り過ぎ、そのまま走っていた車を真っ二つにし、街路樹を斬り倒した。
「あっ」
思わず声を出すアンシュカ。斬られてスピンし、半分になって横たわった車に偶然にも木が倒れ込んできてガシャンと轟音が立った。
「治癒玉」
飛んでいく治癒玉。アンシュカが潰れた車に駆け寄った頃には歪んだドアが開き、傷を癒された男性が出てくる。
「早く逃げて」
「あぁ」
「アンシュカ!」
スッチーの声が掻き消えそうになるほどの爆音。それは黒い火柱の爆発と、建物が破壊される音。看板や車が飛び散ってきてアンシュカは光壁を張りながら身を屈める。光壁に何かがぶつかってくる事は辛うじて無かったが、だからこそアンシュカは見上げた。好き勝手に魔法を使い、笑いながら周りに迷惑をかけるイエンを。
「雷火・鎖」
鞭のようにしなり、建物を破壊する黒い雷火。アルファが青いダガーを投げ撃っていくも、黒い雷火は自在にしなり、ダガーは虚しく消えていく。短い方の尾状器官から青光を噴かし、そこにアーサーが激突していくとイエンは吹き飛び、スーパーの駐車場に停まっていた1台の車にぶつかった。しかしそれからだった、アーサーとアルファがたじろいだのは。数十の車が一斉に突き上がり、雨のように降り注いできたのだ。とある車の中に、子供が乗っている事など構わず。どうしようも出来ないまま、落ちてきた車たち。轟音、飛び散る破片、それを掻き消す轟音、飛び散る破片。体は傷付く事はない、だからこそアーサーは睨み付ける。面白がるようにニヤついているイエンを。その直後、イエンの全身からテムネルが吹き上がる。まるで今まで本気を出していなかったように。リッショウを強め、地面を踏み締めるアーサー。そして、イエンとアーサーは同時に飛び出した。
一方、シューガーの首都カケベルでは、ディーノが治安管理部と対峙していた。人間で作ったギガスを20体ほど従えて。治安管理部もたった3人で来た訳じゃない。そうルフガンは振り返った。
「みんな、行くぞ」
物陰から、車の上から、ビルの上からやって来たギガスたち。治安管理部員達も各々剣を抜き、そして魔法が飛び交っていく。次々と吹き飛ぶギガス、その中を突き抜ける黒い雷槍。転がっていくエルフ達。
「エルフ!」
ルフガンは振り返る。やって来たのはシューガー軍の軍人達。物騒な武器を持った人間達、そして物々しい戦車。
「事情はマスコミから聞いた。ギガスというのは我々に任せろ。浄化とやらをしないとギガスも発生し続けるんだろ?」
「あぁ、頼む。ダークエルフには気を付けてくれ。人間では敵わない」
しかしその軍人は鼻で笑った。とある治安管理部員はふと振り返る。バリバリと空を掻き回す、空飛ぶ機械に。直後にヘリから1発のミサイルが発射された。宙を突き抜けるミサイル。ディーノが気が付いた時にはすでにそれは目の前にまで迫っていて、そのままディーノは爆発に呑まれていった。エルフ達でさえ顔を背けるほどの爆風。程無くして爆風が流れていくとそこには倒れているディーノの姿があり、それはまさに気絶しているようだった。
「バカな、ミサイルの直撃を受けて、ほぼ無傷だと?」
「いや、君達人間にしてはよくやった方だ」
黒い光弾。しかしそう言うにはかなり大きい。そんなものにアーサーは吹き飛ばされ、駐車場前の道路に散らばる壊れた車の1つに激突した。
「クソぉ!」
弾けるように立ち上がるアーサー。息は荒いが、それでもアーサーはクウカクで剣を作り出す。
「アーサー、休憩した方がいい。アルファが引き付ける」
「まだ行ける。挟み撃ちするぞ」
「うん」
数台の車から治癒玉がポッと飛び出る。それを見たスッチーは逆さまの車のドアを開け、5、6歳くらいの2人の兄弟に微笑んだ。服は着ているが、アシカみたいな顔のスッチーの笑顔に子供達は固まる。
「お母さんは?買い物?」
真顔で小さく頷く子供達。
「ここは危ないから、早くお母さんのところ行って」
子供達が走り出す一方、アンシュカは別の車から1匹のラブラドールレトリバーを助け出す。
「大丈夫よ、飼い主にところに連れて行ってあげるからね?」
それからアンシュカは犬のリードを持ちながら、遠くのイエンを見つめた。珍しくその表情に怒りを宿して。
「イエン!」
一瞬だけ振り返るアルファ。しかし聞こえるはずの距離まで来て呼び掛けてもイエンはアーサーとの戦いの手を止めない。
「もう止めて!」
その時だった、イエンの足元から吹き上がった黒い風は竜巻のように空を突き、そしてそれは突風の如く放たれた。直径は4、5メートルほどで、竜巻の規模としてはそこそこだが、その遠心力、吸引力は凄まじく、アーサーでさえただ硬直している事しか出来ない、そんな状況を前に、アンシュカは確信した。──ステージが上がって、理性が飛んじゃってる・・・。
「アーサー、大丈夫?」
「ふう、これくらいなら問題ねえ」
「気を付けて、理性が飛んでるわ。ステージ2よ」
「ハッ上等だぜ」
アンシュカは走り出した。壊れた車から逃げた子供達が向かっていく大型スーパーマーケット。そこにはこの犬の飼い主だっているはずだから。そんな時に駐車場には物々しい警察車両がやって来た。警察車両が停まると警官隊が出てきて、テキパキと展開していく。
「うぉおおジャベリン!」
放たれた青い光槍。イエンはそれを真正面から両手で受け止める。ギュルギュルと回転していくものを一見必死に捕まえているように見えるがそれも束の間、青い光槍は黒く染まり、跳ね返された。アーサーは目を見開きながらとっさに飛び退いたものの、アルファは思わず駆け寄った。かすっただけでアーサーは吹き飛び、体中には無数の切り傷が刻まれていたから。
「つう・・・」
「アーサー」
「俺のジャベリン、クソぉ、まだ、力が足りねえのか」
振り返るアルファ。イエンは背中を向けていた。体が向いているのはスーパーマーケットの方。それからイエンは竜巻に覆われた。アルファはとっさに尾状器官から青光を噴き出させる。ボンッと空気を鳴かせるほどのスピードで。スーパーマーケットを襲うという確信は無いが、何となく飛び出し、そしてイエンの目の前に立ちはだかったアルファ。すでにその遠心力、吸引力は飛び込む事を躊躇させるほどの迫力だ。だから訪れた轟音の中の一瞬の静寂。直後に竜巻は放たれた。クウカクを目一杯張り広げたアルファなど構わず。無惨にも破壊されて巻き上げられていくスーパーマーケット。まだ体の重いアーサーはただ眺める事しか出来ない。そこに、光の槍が突き抜けてきた。ただ突っ立っていたイエンは拐われるように吹き飛んでいく。アーサーは目を留めた。その方に居たのは勿論グラシアだ。
「アーサー」
走ってくるグズィール。尾状器官から治癒玉を発射しながら。
「放っとけば治るだろ」
「放っておく時間なんてないでしょ」
「まあ、そうだな。来たのはお前らだけか」
「うん。ヘルのチームは浄化に集中するから」
「そうか」
「アンシュカは?」
ドルタスはアーサーに尋ねる。様子を見に行ったジヴォーフに連れて来て貰ったが、そこに居たのはボロボロのアーサーだけ。アンシュカも、スッチーも居ない。
「さあな。確かあそこに入っていったな」
「そんな。グラシア、僕様子見に行ってくる」
「うん」
シューガー、サルマン山脈の山上基地。雪原を見渡せるバルコニーにデルスクスとシュトナンは居た。ただ突っ立っているように見えるが、例によって2人は意識を飛ばしていた。そこにやって来たのはサミガ。
「おい、どういう事だ」
意識を戻し、ゆっくりと振り返る2人。
「何故あんな事をした」
「何故とは何だ」
聞き返すデルスクス。
「お前ら、隠れる為にここに来たんだよな?なのに何だあれは。あれじゃ自分から敵の作戦に嵌まりに行ったようなものだ。一体何を考えてる。このままじゃロードスターとお前らの関係が崩壊するぞ」
「関係・・・そんなものはオレ達にはどうだっていい。その関係は結局お前ら人間にとって得な事があるだけだろ。お前が言ったんだ、先手を打てと。だからオレ達はテムネルを撒いて、この国の評判が落ちる前に特攻部隊を誘き寄せてやったんだ」
「先手・・・いや、そのせいでお前らがこの世界に居る事が確実視されたんだぞ?隠れてる意味が無くなっただろ」
「問題無い。要は特攻部隊も、治安管理部も壊滅させればいい。どっち道、ずっと隠れてる訳など無い」
「しかし、あんな事をしたら、物理的に街が崩壊する。お前ら自身が戦うだけでも良いだろ。すぐにあれを止めないと、この国自体がお前らを敵として見なす」
「敵か、それはお前ら人間の選択だ」
「君達人間は分かってない。敵だと思うのは勝手だ。しかし人間など、ダークエルフには遠く及ばない。戦うなら覚悟した方がいい」
責められている事を理解した上で、しかし自分達の方が強いから涼しい顔の2人のダークエルフを前に、煮え切らない表情のサミガ。
黒と白がドカンッと衝突する。イエンは黒い雷刃を拳に纏わせ、グラシアはそれを盾でしっかりと受け止める。その一瞬、グラシアがその鋭い眼差しをぶつけたのは、理性が無いと言われればそう思える、動物のような力強い眼差し。直後にイエンは黒い炎を纏わせた蹴りを繰り出し、グラシアは肩を強打して体勢を崩す。そして宙返りと共に放たれた黒い光刃一爪に、グラシアは激しく地面を転がったのだった。カランカランと転がる槍と大盾。
「うおおおっ」
溢れるほどの青光を纏う、アーサーの尾状器官の拳。イエンはグラシアを見ていた。しかしサッと腕は上げられた。黒が青をドカンッと受け止め、ようやくイエンはアーサーに顔を向けた。何も考えていないような力強い眼差しと、アーサーのその鋭い眼差しとが、敵意の中の一瞬の静寂を生み出す。
「アンシュカ!」
竜巻が通り過ぎ、めちゃくちゃに破壊されたスーパーマーケット。青空、呆然、恐怖、子供の泣き声が吹き晒されるそこでドルタスはアンシュカを見つけた。アンシュカは振り返る。飛び交う治癒玉、行き交う警官隊。そんな忙しない緊張感の中でも、アンシュカはいつものように柔らかく微笑んだ。
「こっちは大丈夫よ。それよりイエンを」
「うん」
パッと移動したドルタス。ジヴォーフに憑依して貰ってすでに戦闘態勢のドルタスが真っ先に理解したのは倒れているアーサーとグラシアという、劣勢。
「シャーク、力を借りるよ」
「あぁ」
治癒玉にクルクルして貰い、アーサーもグラシアもすぐに立ち上がっていく中、ドルタスはシャークをドゥシピス・ゼプレに取り込む。シャークの生態を取り込み、少し体が浮いたドルタス。
「雷弾三層」
シャークの生態に則って、ドルタスは頭上に3つの雷弾を作り出し、一斉に別方向から雷弾を放つ。怖いくらいにイエンは突っ立っていて、そして雷弾は一斉にイエンを襲い、更には爆発した。ジヴォーフの黄色い魔力、シャークの青い魔力が混ざった見た感じ強烈な爆発。イエンの姿は見えなくなり、ドルタス、アーサー、グラシアは息を飲んだ。しかし爆風を突き抜けてきたのは、黒い光弾だった。直撃を受けてユラユラと吹き飛んでいくドルタスはその一瞬、目線を泳がせた。だから素早く宙を飛び、イエンに向かってテムネルボールを投げつけた。
「アーサー、グラシア、イエンの気を引いて。その隙にイエンのテムネルを浄化しちゃうから」
「あぁ
うん」
テムネルは無限。だけどこれに賭けるしかない。そうドルタスはイエンに手をかざす。しかしその途端にイエンは周囲一帯から火柱を突き上げ、飛び出していったアーサーとグラシアを牽制する。火柱で見えなくなったイエン。ドルタスは焦りで思わず立ち尽くしてしまうが、直後にイエンは飛び出し、アーサーに雷刃でもって殴りかかった。
「鎖」
ドルタスの手から放たれた光の鎖。しかしそれは彼方へと飛んでいった。正に動物のように素早いイエン。アーサーを吹き飛ばせばグラシアに光刃一爪を放ち、そしてドルタスに光弾を撃ち放ってくる。しかしそこでグラシアが飛び掛かり、大盾でもって勢いよく突撃した。地面を転がりながらも立ち上がるイエン。ふとイエンはドルタスを見た。すでに、光の鎖は放たれていた。胴体ごと腕が縛られたイエン。しかし直後、イエンは宙返りし、蹴り上げた足から光刃三爪を繰り出してきた。正に暴れまわる動物。ドルタス、アーサー、グラシアはそれぞれ飛んできた光刃に突き飛ばされて一様に倒れ込む。
「クソっ。ん、おいグズィール」
走っていくグズィール。再びイエンは回し蹴りから光刃三爪を放つが、グズィールは止まらずに光刃をかわし、そして尾状器官から衝撃熱波を撃ち出していく。しかしそんなものは何のダメージにもならず、動きを硬直させるにもたった一瞬だ。それでもグズィールは光刃をかわしていき、衝撃熱波を撃ち出していく。
「分離」
しかし直後、イエンは足の一振りで十閃もの光刃を放った。すでに周囲のアスファルトはまるで無造作に線を描いたようにボロボロだ。そしてまた地面からアスファルトの破片が飛び散る。倒れ込んだグズィールに歩み寄るアーサー。眼差しを鋭くさせるドルタス。
「大丈夫かよ」
「全然平気だよ」
「浄──
ウァアッ」
突き上がった火柱。しかしそれは火柱なんて可愛いものじゃなく、自身もろとも、スーパーマーケットに居たアンシュカでさえ眩しそうに身構えてしまうほどの、大爆発。
「クソ・・・・・」
グズィールは尾状器官からポロンと治癒玉を出した。しかしそれは魔力が足らず、すぐに消えた。ボロボロのグズィールとアーサー、ぴくりとも動けず虚ろな眼差しのグラシア。横たわるドルタスが見ているのは、立ってはいるが疲労しているように動かず項垂れている、隙のあるイエン。しかしドルタスには手をかざす力さえない。──あと、ちょっと、なのに・・・。
「浄化」
イエンを纏うテムネルが、ブクブクと泡と化し、ゆっくりと空に浮いていく。グラシアは顔を上げた。霞んだ視界に見えたのはアンシュカとアルファ。
「みんな、もう大丈夫よ」
治癒玉はクルクルと回っていく。その上、デュープリケーター達もグラシアも自己再生が速く、立ち上がるだけならそう時間はかからない。それからアーサーは「ふう」と溜め息を吐き、膝を落としているイエンを見下ろす。
「あたしの・・・テムネル・・・」
「ドルタス、どうすんだ」
「とりあえずルフガンに引き取って貰うまでは、このままかな」
「なかなかやるじゃないか」
振り返る全員。しかしイエンだけは茫然自失で動かない。そこに居たのはシュトナンだった。見た事のある顔に、アーサー達は身構える。しかし紳士のような佇まいのシュトナンはただ、微笑んでいた。
読んで頂きありがとうございました。
水族館のアシカショーで見る、にんまりしたアシカ。あの笑顔が子供達の前に現れた訳ですね。




