「脱落者の眼差し」前編
取り込んだ酸素を焼べるように、発熱器官で生み出された熱が膨張し、瞬時に破裂する。それはまるで薬莢に詰められた火薬が弾けるよう。鋼鉄のように硬くなった魔力の塊が、遺伝子情報によって丁寧にライフリングされた“砲身のような尾状器官”から飛び出す。完全なる有機物が、正に兵器のように砲撃を魅せる。当然であるが空の薬莢なんてものはカランと落ちる事はなく、科学的な焦げ臭さも“その生き物”からは漂わない。しかもその生き物が持っているのは砲身だけではない。直後に大きな背中から放たれたのは、プシューッと熱気を吹く魔力の塊。ほとんどの人がすぐに理解する。明らかにミサイルの軌道だと。魔力の塊たちは標的に当たり、爆発する。舞い上がった爆炎の中から転がってきたのは、黒いウパーディセーサ。それから黒いウパーディセーサは立ち上がるが、その目線は泳いでいた。しかし容赦なく、ブルータス・ジャガーノートはまた別の“銃器のような尾状器官”をマシンガンのように扱い、小さくとも鋭い魔力の塊を連射していく。ズドドドドッと黒いウパーディセーサの体が波を打つ。
「先程まで激しい戦闘が続いていましたが、現在ジャガーノートと呼ばれているブルータスはまるで警備員のように大人しくなっています。のしのしと歩くその巨体はそれだけでも恐怖を覚えます。あ、今こっちを見ました。えー、マスコミの存在が分かっていて、それでも自動車工場の外に居る私達には攻撃をしてこないのは、やはり知能が高いからという事でしょうか。現在、逃走した黒いウパーディセーサの目撃情報は出ていないようです。あ、何でしょうか。ヴァンガードと呼ばれているブルータスが2体向かってきました。ヴァンガードが2体、歩いて向かってきました。えーしかし、教え込まれているんでしょう、門前で立ち止まり、私達を見つめていますね。・・・かわい・・・ああ、えー」
「ユーセちゃん、今可愛いって言おうとしました?」
「いえ、すいません」
「ありがとうございました、一旦スタジオに引き取りまーす。・・・うん、まあ、あれ可愛いですか?」
失笑に包まれるスタジオ。しかし生放送をしているそのスタジオは穏やかな雰囲気で進行される。そんなテレビの前で、ルアは一口サイズのドーナツを口に放り込む。“ラルガに似ている”ジャガーノートというブルータスは確かに強い。しかしルアがふと思っているのは、ノイルから出動要請が来なかった事。だからルアは、自ら電話した。
第30話「脱落者の眼差し」
「どうした嬢ちゃん」
「出動しなくて良かったんですか?」
「マフィア同士の戦いだからなぁ。それが一般人に危害が及ぶようなら出動が必要だが、今回は必要ないと判断した」
「そうですか」
「まあ今の内にデュープリケーターの奴らにも警戒した方がいいって伝えといてくれ」
「はい」
電話を切ると、ルアはヘルと目を合わせた。言葉を交わさなくとも理解し、ヘルは立ち上がる。ガラガラと窓は開かれ、そしてルアとヘルは庭に出る。
「ちょっと出かけてくるね」
「気をつけてね」
「うん」
工場地帯の中にある、広くはない河川敷、そこに渡された橋の下に黒いウパーディセーサは居た。雑草も生い茂り、常に橋の影となっているそこでは誰かが寝ていても気付かれる事はない。ましてや人間の姿に戻ったその男が黒いウパーディセーサなど分かる訳もない。そしてその男、ジョウバルは河川敷を登った。それから彼が徒歩で来たのは、クラニワの観光地。別荘地の隣にあり、別荘で過ごしている人達にとっては1番近い観光地。そこでジョウバルはさっき来たメールの指示通り、カジノに入った。ドレスコードはないが、明らかに富裕層ではない薄汚さにドアマンは眉間を寄せる。
「身分証を」
黙って差し出される身分証。ドアマンも黙って身分証に目を通し、黙って身分証をジョウバルに返す。例え薄汚くとも、問題が無さそうな客を入れない訳にはいかない。ウェイトレスが持つサービスドリンクを拐うように掴み取り、ジョウバルは颯爽と歩く。そして向かった先はスロットマシンエリアの傍にある休憩エリア。ジョウバルは黙って、ベクルスが居るテーブルの椅子に腰掛けた。
「ザ・マッドアイにケンカ吹っ掛けろなんて指示してないぞ」
「悪かったよ。けど、ウパーディセーサって大した事ないんだな。何がブラックだ」
「まあいい。1人で突っ走って転んだバカ野郎のお陰で、少しはあっちの戦力は測れた」
そこでベクルスは鼻から溜め息を吐き下ろした。怒っていると思いきや、考え込むような態度を見せたのだ。サービスドリンクを一口飲み込み、ジョウバルはマフィアである事以外は知らないベクルスという男をふと見つめる。
──数時間前。
ザ・デッドアイの声明で、より強いウパーディセーサが欲しい奴はザ・デッドアイに来いというものがある。だから“マフィアとは何ら関係ない”ジョウバルは軽い気持ちでザ・デッドアイの潜伏先である空き家の別荘に足を踏み入れた。空き家にしてはいつでも入居者が現れてもいいように掃除はされている。そんな印象を抱きながら、するとジョウバルは玄関からすぐ左手にある応接間に案内される。そこに居たのはまた別のザ・デッドアイの男。
「話を簡潔に進めさせて貰う。やるかやらないかは自由だ。ウパーディセーサ・ブラックの力を使って仕事してくれるなら、相応の金をやる──」
カジノのガヤガヤという大雑音ですら耳に入っていないのかというほど、ベクルスは目線を落とし、考え込む。そんなマフィアから目線を外し、ジョウバルはサービスドリンクを飲み干す。
「とりあえず別荘に戻れ」
「・・・・・え、ああ、分かった」
乗り気じゃない足取り。ジョウバルはうなじを擦った。ビビってはないが、別荘に戻れば説教の1つくらいはあるかも知れない。ビビってはないが、面倒臭いのは嫌いだ。だからジョウバルはザ・デッドアイが潜伏している別荘を目の前にして、ふと立ち止まった。
それからベクルスは別荘に戻った。応接間を通り過ぎてリビングに向かうとそこにはバノの姿。
「今の人数で足りるのか?」
「問題無いだろうな。あのジャガーノートってのも、オレらが居りゃやれるだろ」
「そうか、あの1人で行ったバカ野郎のせいで警戒されてる。守りを固められる前に畳み掛けた方がいいだろ」
「え!?」
振り返るベクルスとバノ。声を上げたのはザ・デッドアイのメンバー、ブラッダー。しかし誰が何を言う前に、その場に居た男達は理解した。何故ならテレビに映っていたのは、ニルヴァーナにて、1人のウパーディセーサ・ブラックと特攻部隊が戦闘しているという生中継だから。
「おいバノ、こりゃさすがに早すぎだろ」
「知るかよ、オレはそんな指示は出してねえ。金で雇ってない奴らじゃねえか?」
「チッどんだけクソ迷惑なんだ。こんな状況じゃザ・デッドアイの差し金だって思われて当然だ」
「でもまあ、どっち道これでニルヴァーナを潰せれば・・・」
しかしそんな誰かの楽観的な言葉は途中で萎んだ。誰が見ても分かる。女と犬だけではなく、デュープリケーターも相手にして、たった1人のウパーディセーサ・ブラックが勝てる訳はない。それからマフィアの男達は凍りついた。落胆と怒りが拮抗し、ベクルスでさえ脱力感に見舞われるというその“結果”に。確かに特攻部隊が到着する前、ニルヴァーナの建物にはある程度のダメージは与えられた。しかしウパーディセーサ・ブラックは“科学研究機関の敷地内で捕獲された”。つまり、ウパーディセーサ・ブラックに対するワクチンが作られてしまうという事。ドンッという衝撃音。テレビに夢中になっていたマフィアの男達は皆ベクルスに顔を向ける。しかしバノはむしろ冷静に眺める。テーブルを叩いたベクルスは、怒りを爆発させる寸前だと。
「バノ、取り返すぞ」
「いや、さすがにもう手遅れだろ」
「ワクチンじゃねえ。あいつを処分すんだよ」
「あぁ。って言ってもワクチンが出来たら打たれて解放されるだろうし、やるならその後だろ」
「あんまり悠長な事言えないんじゃないか?情報が漏れたり」
口を挟むブラッダー。
「すでにここはザ・デッドアイのものだってのは世間も分かってる。ブラック欲しさに来た一般人に漏れて困るような話なんてしてねえだろ」
「それもそうだな」
ルアは溜め息を漏らした。目の前に広がっているのは、ぐしゃぐしゃになったエントランスパーク。入口付近のガラスも吹き飛び、そこには否応なしに無惨さを報せる風が吹き込む。魔法が使えても、何も出来ずに立ち尽くすルアとヘル。しかしそこで、グズィールは歩き出した。尾状器官によって、持ち上げられる壊れたテーブル。それからグズィールは職員に混じり、掃除を始めた。一方、気絶している男の前にユピテルは居た。エントランスパークで掃除が行われている傍らで、2階では黒いウパーディセーサの遺伝子情報が解析されていた。範囲をピックアップして、その遺伝子情報はどの生物と酷似しているか、或いは一致しているか、そうしてその生物はどの生物の要素が入っているか、そういう事を算出していく。そうすれば“どの遺伝子配列を排除すれば正常に退化させられるか”が分かる。それが分かれば後は特定の遺伝子を消滅させる薬を作るだけ。
「んん・・・」
ふと手を止めるユピテル。どうやらニルヴァーナを襲撃した男が目を覚ましたようだ。そうユピテルは振り返り、シャークとアイコンタクトを交わす。動き出そうとするが動けない男。何故なら男は光の鎖に縛られていた。
「・・・何だこれ」
「下手な真似はしない方がいい。どっち道あんた1人じゃオレ達には敵わない」
男は生唾を飲み込む。宙に浮くタイプのデュープリケーターが真っ直ぐ見下ろしてきて知的な緊張感をぶつけてきたのだ。
「どうする気だ」
「勿論、生態制御薬を作って君に打つんだよ」
ユピテルが応えている中、ふと男はシャークの背後に立つ警察と思われる人達を目に留める。
「た、助けてくれ。い、命だけは」
「命を取る薬じゃないよ。生態制御薬、分かるよね?」
「逃げてきたんだよ、あいつらから。頼む、あいつらの情報ならやるから」
「情報提供には感謝するけどな、明らかに凶悪化だろお前は」
ノイルが冷たく反論する。
「力が無くなったらそれこそマフィアに狙われるだろっ警察のくせにそんな事も分からないのかよ。見殺しにするのかっ」
「お前が殺られる前にマフィアを潰す。安心しろ」
「出来るかよっマフィア嘗めんなよ」
項垂れるノイル。そして面倒臭い奴に当たってしまったと頭を掻く。
「ユピテルさん、完成したら構わずやってくれ、もう許可は出てる」
「あぁ」
もがき出す男。しかし無慈悲にパソコンが操作される手は止まず、シャークを含めて警察の人達の監視の眼差しも緩む事はない。
「お前、名前は?」
そんなところでのノイルの問いかけ。男はゆっくりと顔を傾ける。
「え?」
「警護して欲しいならしてやるから、当たり前だろ」
「・・・・・ジョウバル・コルマダ」
「だったら生態制御薬打ったら警護つけてやるから、大人しくしろ」
しかしノイルは顔をしかめた。ジョウバルはまるで話を聞いていないかのようにもがいている。その必死さは今にも逃げ出したいというもので、命乞いは口先だけなんじゃないかという疑念を抱いてしまうほど。
「おい」
歩み寄るノイル。その直後、ジョウバルは変身した。
「離れろっ」
シャークは叫び、ノイルを始め警官達は下がり始める。手足は縛られているが、4本の尾状器官は自由に動いていたからだ。縛った後でも改めて変身すると尾状器官は縛られない、そんな恐怖を理解しながらも、ノイルはふとユピテルを見る。
「ユピテルさん!」
「まだバックアップが」
「そんな事言ってる場合かよ!」
ジョウバルにのしかかるシャーク。しかし同時にまるでブーブークッションでも押したかのように、黒青の衝撃波は吐き出された。向かった先はユピテル。
「おい!」
すでにユピテルは吹き飛んでいた。デスクや椅子、パソコンと共に。直後に凶器のように飛んでいったパソコンは窓ガラスを割り、そのまま地上へと消えていった。真っ先にヘルは振り返る。何事だと、散らばったガラス片を踏まないように歩いてエントランスパークから出ようといった瞬間、音を立ててパソコンは落ちた。風通しが良すぎる1階にはいつもより増してよく響き、すぐにルアも振り返る。しかしパラパラとガラス片も降ってきて行くに行けず、ヘルはルアと顔を見合わせる。
「まさか2階で何かあったんじゃ」
胸騒ぎに駆られてヘルが飛び出すと、次に2階から飛び出てきたのは黒いウパーディセーサだった。あっというその一瞬、ヘルとルアは光の鎖が無くなっている事を理解するが、すでにそいつは空気を震わせて戦闘機のように去っていった。呆然とするヘルとルア。それからシャークが出てきて、同じように黒いウパーディセーサが去っていった方をただ見つめた。
「(シャーク)」
「・・・逃げられてしまった」
まだ未熟な私が作った光の鎖だから。そうルアは立ち尽くす。
「ノイルもユピテルも巻き添えを食らって倒れてしまった」
「(え!?)」
階段ではなく、外から直接2階に入ったヘルとルア。そして当然の如く、ノイル達を目には留めたがユピテルに駆け寄るルア。
「治癒玉!」
クルクルと回る治癒玉。ルアが作ったものはユピテルを癒し、ヘルが作ったものはノイル達を癒していく。程なくして治癒玉は消え、ユピテルは目を覚ます。
「お父さん大丈夫?」
「あぁ、何だろうな、眠ってただけみたいだ」
しかしユピテルはルアに目もくれず、立ち上がり、“自分のデスクがあった場所”を見て振り返った。
「そんな・・・」
それからユピテルが見下ろしたのは、無惨にも地面に落ちているパソコンのディスプレイ。ルアは立ち尽くす。それは初めて見る父の姿だ。脱力したように膝を落としているユピテルの、弱々しさ。
「お父さん、ごめん、私の魔法が弱かったから」
落ち込んだ気持ちも一緒に吐き出すような短い深呼吸の後、立ち上がったユピテルはルアを優しく抱き寄せた。頭をポンポンされただけで、ルアは父のいつもの笑みを思い浮かべる。
「未熟なのは成長出来る証だから、落ち込む事はないよ。俺も大丈夫だから。残念ながら黒いウパーディセーサの遺伝子情報のバックアップは叶わなかったけど、それならもう1回捕まえればいいだけさ。シャークも怪我は無さそうかい?」
「あぁ、もう治った」
「(ノイル)」
振り返るルア、ユピテル、シャーク。警官達の怪我も治り、そしてノイルはその場を見渡し、独り悔しそうに表情を歪める。
「ユピテルさん、バックアップは。ていうか生態制御薬は」
「今回は諦めるしかない」
「・・・そうかぁ。くそぉ」
「ユピテルさん」
「あぁメルテ。いやぁ、はは。やられたね」
「何笑ってるんですか。すぐに破損状況を報告して下さい」
あれやこれが壊れたとか、そんな事を冷静に確認していく父を端から見て、ルアは改めて大人はすごいと感心していた。──この前だって魔虫に襲われたし。でも、私ももっと頑張らなきゃ。




