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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「ベクルス」後編

いざ死に直面したら、昔の事を思い出しちまった。けど、思い出したところで何も変わらない。俺はもう昔の俺の事なんか忘れたからだ。俺は俺を忘れたが、どうやらレイラを忘れられてはなかった。それがまるで喉に小骨でも刺さったように気持ちが悪い。

「さて、スディーバス、岩原地帯の秘密の入口とやらに案内して貰おうか」

両腕を胴体ごと縛られたカナツがトボトボと歩き、カナツを縛る光の鎖を持ってカナツの後ろを歩くルフガン。ノコズによって一瞬で来た岩原地帯。隆起の具合はそこまで激しくなく、歩くにはそんなに苦労しない岩肌だけの地帯を進む一行の中、ベクルスは目を留めた。世間話をしながら、治安管理部員達と歩くグラシアの背中に。

「ここだ」

それからカナツが立ち止まったのは、ちょっと大きめで緩やかな隆起のてっぺんだった。しかし見る限り何も無い。

「おい!」

最初に声を上げたのはベクルス。しかしベクルスに目線が集まる前に、パウロニが声を上げた。その時にはすでに全ての眼差しは各々の足元に向けられていた。何故なら、“どんどん足が地面に呑み込まれていくから”。ルフガンはカナツを見るが、カナツさえ何が起こったか分かっていないようにもがいていく。岩肌のはずなのに、そこはまるで底無し沼のよう。更にはドロドロな岩肌から泥が弾け、体にまとわりついてくる。そうして、その場に居た全員は人知れず、姿を消したのだった。

「・・・・・・何だ、ここは」

息が出来なくなる、そんな恐怖に見舞われる間もなく、ドサッと落ちた自分の体。目を開けると最初に理解したのはここが妙に明るい、所々に宝石っぽいものが浮き出た洞窟だという事。

「ベクルス、大丈夫?」

相変わらずの光の鎖に覚えるムカつき。またそうやって心配してきたグラシアの距離の近さに、ベクルスは反射的に辺りを見渡した。

「バノは」

「どこかに居るはずよ」

そして理解したのは、この場には自分とグラシア、パウロニ、アーサーの4人しか居ないという事。

「罠なのか、そもそもこれが正規の入り方かは分からないけど、きっとここがダーク・コーカスのアジトなのよ。でもアジトなら、何でお客を入れといてお出迎えが居ないのかしら。まあいいわ、とりあえずみんなを捜すわよ?」

「うん、そうだね、行くよ?ベクルス」

内心で舌打ちを鳴らし、立ち上がるベクルス。しかしやることは見えているという冷静さは苛立ちを抑え、ベクルスは歩き出した。

「おい、光の鎖、外し方簡単なんだよな?外せよ」

「外したら暴れるとか無しだぞ?」

「お前に言ってねえよ黙ってろ」

「あ?別にそれでも戦えるんだからいいじゃねえかよ、一生尻尾で殴ってろ」

「何だとコノヤロウ!!」

コノヤロウッ・・・ヤロウ・・・・・ヤロウ──。ベクルスの怒鳴り声が響き、パウロニはビクッとする。

「2人共落ち着いてっ」

「だって、どうせベクルス、自由になったら襲ってくるだろ」

「お前らが言ったんだろ戦ったら元の世界に帰してやるって、ビビってんのか?」

「あ?」

腰に手を当てたグラシアから漂う、異様な雰囲気。ベクルスとアーサーは見た。いつも天使のように微笑むグラシア。バカみたいにお節介な女。しかし今、その表情は思わず息を飲んでしまうほど、色が無かった。分からないが、先に言葉を発した方がギロッと睨まれるんじゃないかという、変な緊張感。だからアーサーは黙ってベクルスに背中を向け、ベクルスは黙って俯いた。

「俺こういうのテレビで見たぞ?叫び声でどこまで続いてんのか分かるんだろ?」

「そうねぇ、誰かが聞いたら叫び返してくれるかも知れないわね」

「・・・うおおおおお──」

地上ではテムネルを感じたのに、ここに落ちてから、ダークエルフの出迎えがない。これは明らかにおかしい。罠かどうかも分からない。そう頭を巡らせて、ルフガン、カナツ、アルファ、メアはただ歩いていく。会話は無い。しかし狙ってくるような殺気も無いその静寂はむしろ逆に心を落ち着かせる。

「──おおおいっ・・・」

歩きながら、アーサーは返事を待つ。しかしそれからアーサー達はふと足を止めた。何故なら目の前には分かれ道があったから。いつ返事が聞こえてくるかを忘れてしまうほど、アーサー達は顔を見合わせる。

「あっあたしいいこと思い付いた」

こんなところでも、パッと笑顔を咲かせたパウロニ。グラシアはつられて笑みを溢したが、アーサーはキョトンとする。するとおもむろにパウロニは手を出し、掌を上に向けた。

(スーヴェ)

ポウッと出現した光球。それはグラシアが思わず「わあ」と楽しげに声を漏らしてしまうほど、強い発光力で周りを照らした。とても明るく、こんな洞窟の中ではそれだけで心が穏やかになる。それで何を?とアーサーが内心で首を傾げた直後、パウロニは光球を飛ばした。そして、光球だけが滑っていくように奥へと消えていった。

「あたし達はこっちね。あの光が他のみんなを見つけたら、あたし達のところに連れてきてくれるから」

「そっか。便利な魔法だね」

「そうよ?これなら子供が迷子になっても、自分が迷子になっても安心なのよ」

「あんたの精霊は?」

「居ないわよ?あたしはノコズから力を借りてるの。みんながみんな契約してる訳じゃないのよ。エルフは人間と違って精霊が見えるし、敢えて契約しなくても事は足りるから」

「そうなのか」

それから分かれ道に当たる度にパウロニは光球を作り出し、お使いをさせていく。そういえば、アーサーの叫び声の返事も聞こえてこない。もう何分経ったかも分からない。唯一見えてきたのは、微かな不安。そうアーサーが内心で溜め息を吐いた時、アーサーは顔を上げた。──水の音?・・・。

「・・・・・うわ」

辿り着いたのは、川だった。すごく広い空間、少し傾斜があり、川の流れる音だけが涼しさをもたらす、そんな場所。しかし同時にそこに居たのは、何だかよく分からない生物。高さは3メートルを超えていて、眼は無くて口が大きくて、頭から生えた無数の触角がうにょうにょして気持ち悪くて、脚が6本あって、胴体がヘビみたいに長い。しかしそれから、ベクルスは鼻で笑った。

「あ、クラーだ。洞窟に住む生き物よ。岩原地帯にも居たのね、ふーん」

「おお、ベクルス」

「あ、アーサー」

幾つもの分かれ道から、次々と川の流れる空間に出てくる、他のみんな。疲れなど忘れて自然と足は動き、そして彼らは合流したがその時、ルフガンは目を向けた。下流の方にもある幾つもの分かれ道の1つから、ダークエルフが出てきたのだ。ダークエルフ、シュトナンは背中で両手を組み、一見したら紳士のような佇まいでルフガンを見る。

「君達は分かって──」

「グワアー」

クラーが鳴いた。洞窟に響く、シュトナンの話し声を遮断する野太い獣声。上流に居るルフガン達と、下流に居るシュトナンに挟まれて、クラーは途端にキョロキョロする。

「君達は──」

「グワワッワッワー」

そう言うとクラーはトタトタと歩いて、何となく急ぎ足で川の流れる空間を去っていった。シュトナンは溜め息を吐き、少し坂を登る。

「君達は分かっているのかい?この地下洞窟に誘い込んだのが罠だって事」

「罠だったの?だったら落ちた時にそう言ってよ」

クニークが言葉を返すと、シュトナンは目をパチクリさせ、咳払いをする。

「君達はもう地下洞窟から出れないよ。出口にはテムネルで壁を作ったからね。精々探検を楽しむ事だ」

「じゃあ君も出れないんじゃないの?」

クニークが問いかけると再びシュトナンは目をパチクリさせる。

「そんな訳ないだろう。テムネルの壁を一旦解除すればいい」

「ここってダーク・コーカスのアジトなの?」

パウロニが問いかけると、シュトナンは一瞬だけ先程のクラーが出ていった方へ目を向ける。

「いや、さすがにここじゃ、寝心地は悪いだろうし。ひんやりし過ぎてるし。アジトには向かないだろう」

「最後に1つ聞かせてくれ。タンジーケルにも、地下通路があるのか?」

「応える訳ないだろう。ここに誘き寄せたのはタンジーケルから離す為なんだから」

そしてシュトナンは消えた。出口は塞がれたが、ルフガンは一筋の希望を確信した。タンジーケルから離れさせたって事は、タンジーケルに秘密があるという事。

「どうしよう、閉じ込められちゃったわね、急にお腹空いてきちゃった」

「バノお前、いつからだ」

すでにバノは光の鎖から解放されていて、しかも人間に戻って表情も生き生きしている。シュトナンの登場で声をかけるタイミングを失っていたが、ベクルスはようやく拘束への怒りを思い出した。

「落ちてすぐだ。エルフにやって貰った」

「俺のも外せよ」

「いいわよ?」

笑みを溢し歩み寄ってくるパウロニ。ベクルスは内心で、洞窟を見渡しているアーサーの背中に舌打ちをぶつける。

「20分くらいしたら自然と外れるからね?」

「・・・・・あぁ」

ベクルスは適当な岩に腰をかけた。あちらこちらから浮き出た宝石が星みたいに照明をもたらしているからか、ひんやりとした洞窟だからか、何となく気分が落ち着く。

「出口が無いなら、壁に穴を開ければいいんじゃないか?」

そう言ってアーサーは天を仰ぐ。

「何で上見てるんだよ。上壊したら崩れるだろ。テムネルの壁なんて言ったってホープが壊せたんだから、俺達だってやれる」

メアの言葉にアーサーが頷き、ルフガンは考えるポーズのように顎に拳を当て、パウロニはポケットから取り出したドライフルーツを一口。その間、ベクルスは知らない。パウロニがルフガンや他のエルフ達にアイコンタクトをし、グラシアをベクルスからちょっと離れさせてひそひそ話をしていた事を。先ずは闇雲に歩くより(スーヴェ)に出口までの道を探って貰う、という休憩時間。それから座り込むベクルスに歩み寄るパウロニ。しかしベクルスは目線を落として気付かない。パウロニの微笑みに宿る、“そろそろかな”という期待に。そしてパウロニはベクルスの隣に座った。

「子供の頃の想い出は?」

マフィアにそんな事聞いたら、普通は「は?」で終わる。しかしベクルスはゆっくりと顔を上げて天を仰ぐ。ベクルスの性格からは絶対に伺えない神妙さ。そんなベクルスにグラシアは“パウロニから聞いてはいるが”それでも緊張を抑えられない。

「・・・バザー。田舎だったから、畑で育てた食べ物を売るのを手伝って、それが終わったら友達と遊んでた」

「子供の頃の夢は?」

「・・・もう忘れた。あいつが居なくなって、俺は俺を忘れた」

「あいつって?」

「・・・レイラと、普通に生きてくはずだった。けどひき逃げに遭って、しかもそれは事故で処理された。だからマフィアの懐に入り込んだ。けど気が付けば俺は、マフィアになってた。復讐心なんて、キレイに消化されてた。でも何でか、レイラを忘れられない」

「それなら、忘れなくていいんじゃない?忘れたくないのよね?」

「・・・・・忘れたくない。そう、かもな」

「忘れたくないものを強く思えば、テムネルはそれを蝕む事は出来ないわ。テムネルは、忘れたくないものを沈めてしまう気持ちを増幅させるもの。大事なのはテムネルを拒絶する事じゃなく、消化する事よ」

静かに立ち上がるパウロニ。その表情は安堵に満ちていた。テムネルは簡単に言えば、心の闇。それが鎖となってしまったのなら、解く方法は1つ。心の闇には、小火に水をかけるみたいに、光を当てるしかない。

ベクルスは記憶を振り返っていた。初めてレイラと出会ったのは、16の時だった。何となく一緒に居るようになった。レイラの事は思い出せるのに、自分の事は、思い出せない。いや、忘れたんだ。自分の事はもういい、あいつを覚えられていればそれでいい。テムネルは忘れたくないものを沈めてしまう気持ちを増幅させるもの、か。なら俺にとっては、ルーファーがテムネルだな。レイラを轢き殺したのはルーファーを乗せた車。事件を揉み消すように警察幹部を脅したのはルーファー。それを理解した頃には、もうすでに俺はテムネルとやらに染まっていたんだな・・・。今更、ルーファーに何かしてやろうという気は無い。でも今、俺はあいつを思い出した。ふとベクルスは目線を落とした。音も無く、光の鎖はちぎれて落ちていた。ベクルスは無意識に人間に戻り、凝りを解すように肩を回す。

「どうだベクルス、気分は」

バノはにやけながら声をかける。

「いつも通りだ。おいアーサー!」

「・・・・・何だよ」

「本当に壁ぶっ壊せるんだな?」

「え?あぁ」

「その時はベクルスも手伝ってね?」

「・・・アーサーが役立たずだったらな」

「あ?」

──やっぱり何となく似てる。良い気はしねえが。

それから無数の(スーヴェ)が幾つもの分かれ道から戻ってきた。虫みたいに飛んできて集まってくる情景に、パウロニは自分で作ったくせにパアッと笑顔を浮かべる。

「テムネルの壁がある出口見つけたって」

(スーヴェ)が出口を見つけて、“ベクルスの光の鎖が外れたから”歩き出した一行。直後にベクルスは変身し、アーサーは振り返った。

「な、何だよ」

「あ?何だよって何だ」

「やる気か?」

「・・・スーツが汚れんだろ」

そして辿り着いたちょっと広めの空間。日光がよく入り、目の前にはもうすでに外の景色が広がっている。しかしそこには見えない壁があった。出口まであと20メートルほど。そこで、アーサーとメアが前に出た。リッショウによって増幅された魔力を焼べられて、彼らの尾状器官に灯る青い光。

「せーのっ」

アーサーの尾状器官の拳とメアの拳が同時にテムネルの壁に叩きつけられ、その瞬間に2つの打撃点から大きな亀裂が広がる。しかし壁は砕けず、しかも次第に亀裂が勝手に直っていく。そこにナイトを取り込んだドルタスが前に出て、雷刃三層を壁に叩きつけた。新しく入った亀裂は2つの打撃点からの亀裂もぶり返させたがそれでも壁は砕けない。

「はああっ!」

そこで壁に突き込まれたグラシアの光の槍。見るからに衝撃の激しいそれは壁全体に響き渡るような振動を見せた。しかしそれから亀裂に向かってピンポイントで刺し込まれたアルファの黒青のダガーも、まるで“中から随時空気が充填されていく風船を相手にするように”勝手に抜け落ちた。ベクルスは腕を組んでいた。一通りみんなの力が叩きつけられても砕けなかった壁を前に、アーサーは振り返る。

「お前ら何突っ立ってんだよ」

「俺達がやったところで恐らく変わらないだろう。つうか、壁が壊せないなら穴でも掘れよ」

「グワア」

ビクッとはしないが素早く振り返るベクルス。更にその足は動き、1番テムネルの壁から離れていたベクルスはクラーという生物を前に後ずさりしてしまうが一方、パウロニは目を丸くする。

「どうしたの?」

「グワッ」

パウロニが話しかける中、目が退化しているクラーは頭部から生える無数の触角をうにょうにょさせながら、ゆっくりと旋回し、背中を見せた状態で顔だけ振り返る。

「ついて来てって事かしら」

読んで頂きありがとうございました。

ベクルスとバノの“小さな変化”がザ・デッドアイに何をもたらすか、ですね。

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