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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「ベクルス」前編

虚ろな眼差しと、溺れた者が這い出てきたような荒々しい息づかい。混乱した頭の中に垣間見えたのは、あの女。目が霞む。腕が縛られていて動けない。そんな時に見えたのは、レイラ。──・・・いや、違う。くそ。

ベクルスは思わず頭を振った。ウパーディセーサの姿なのに、魔法で作られた鎖をちぎれない苛立ちの中、ベクルスは光を見た。あの女、また追いかけて来やがった。・・・ここは、どこだ。ベンダンか?。

「おいおいグラシア、何助けてんだ」

──アーサー。そうだベンダンじゃねえ。目が覚めたら知らない会議室に居て、逃げたが、捕まった、この魔法の鎖に。

「だって、苦しそうだったから」

「だからって、ベクルスだぞ」

──あの、自分自身が内側から喰われていく苦痛。助けたのはあの女、だと?何のつもりだ?デュープリケーター共を手懐けて、俺を助けた?バカなのか?。

「またギガスが作られる前にそれを阻止した。賢明だね」

「え?ううん、違うよ?」

クローデバンは目をパチクリさせた。グラシアのピンと来てないような表情に。その時、ベクルスはビルを見上げ、そしてこの場を見渡した。

「じゃあなん──」

「テメエ!どこだここは!」

「・・・ここはね、トニカっていう街さ」

全く聞いた事のない地名に、言葉を詰まらせるベクルス。そんな反応を分かってて小バカにするように笑みを溢すクローデバン。

「鎖解けよ」

「暴れられたら面倒なんだよね。ギガスになったら解くよ。ギガスになるって事は、死ぬって事だけど」

「ふざけんなよ!ザ・デッドアイとムーンは関係ねえだろ!」

「ベンダンの美術館もここも、外部に探られたら困るんだ。それに、君達がブラッジェルに寄生して勝手にやって来たんじゃないか。こっちこそ迷惑なんだよ。君達が死ぬのは、寄生した先が悪かった、それだけの話さ」

「くそ」

──寄生した先が、悪かっただと?これが、運命だとでもいうのか?こんなところで、死んでたまるかよ。

「その前に、ちょっと邪魔者を始末しないと」

クローデバンは手をかざした。その手の先はグラシア。手の前に黒光がクルッと回ると同時に身構えるグラシア。



第26話「ベクルス」



がむしゃらだった。常に逃げていた。何の為に逃げるか。そりゃあ、ただ、生きる為だ。生き残る為に逃げ、生き残る為に敵を殺す。なのに弱い奴を喰らい続けてきた結果がこれか?。天罰なんて糞食らえだ。天罰すら喰らい続けて、生き残ってやる。そうベクルスの瞳の奥に、火が灯ったその時──。

光弾(プルスーヴェ)

クローデバンの手から放たれた黒光の弾。しかし弾と言えど彗星のように尾に引く黒光はまるでレーザービームのよう。弾丸のように放たれた黒光は爆発し、グラシアは黒光の爆風に覆い隠される。しかし同時に黒光の弾は連射され、グラシアの安否を伺う間もなく、特攻部隊は爆撃されていく。だからといってベクルスは特に表情をしかめない。縛られて倒れたまま、止めどない真っ黒な爆風に覆われていくアーサーたちを目の前にして、ただクローデバンへの怒りを噛み締めていた。感覚的に数えられただけでも30発は撃ち込まれた。そしてクローデバンは手を下ろした、小さな溜め息を添えて。まるで、マフィアのような狂暴性。──オレでもここまでしねえ。そうバノが内心で呟く。

「げほっ・・・げほっ・・・やるなら言えよ」

砂埃から出てきたカナツ。しかし直後、小走りで出てきたカナツは青光の爆風に吹き飛んだ。受け身を取り怪我も無いが、クローデバンは眉を竦めた。マフィアのように狂気な笑みは浮かべないが、砂埃が一気に吹き飛び、倒れている者が居ない特攻部隊がパッと現れても戦く事はしないその佇まいはそれだけでも実力が伺える。

「しぶといな、クローデバンだけで大丈夫か?誰か呼んで来るか?」

「ああうん、そうだね頼むよ」

その瞬間、光の鎖が特攻部隊を飛び抜けた。特攻部隊の後方から飛んできた鎖は見事にカナツを捕まえ、そしてカナツは勢いよく引っ張られていった。

「逃がす訳ないだろ、まったく」

それから尻餅を着いたカナツ。ルフガンによってベクルス達と同じようになってしまったカナツは溜め息を吐き、最早クローデバンを見ない。

「こっちに来て貰おう」

縛られたカナツが戦場を退場していったところで、ようやくクローデバンは手をかざした。しかしその相手は特攻部隊ではなく、ベクルス。引き寄せられると同時に、もう片方の手に現れる黒光の剣。

「だめっ」

その直感にグラシアは声を上げるが、すでにベクルスはクローデバンの足元に転がり、黒光の剣は振り上げられた。しかしそれからベクルスは見上げた。槍のように尖った光と共に、宙に飛んでいく黒光の剣を。ザクッと地面に落ち、そして黒光の剣は空気に溶けて消える。

「邪魔しないでよ。苦しまずにさっさと殺してやるんだから」

死角から振り出されるベクルスの尾状器官。尾状器官の口も縛られてはいるが、抵抗くらいは出来る。そうベクルスはその一瞬の隙を突いてクローデバンを殴り倒し、尾状器官を使って立ち上がる。

「こんなところで殺されてるほど暇じゃねえんだこっちは!アーサー、これ外せ」

突き出されるベクルスの尾状器官。その口は縛られて哀れではあるが、案の定アーサーは戸惑う。

「え、俺、もうお前らの命令には従わねえぞ」

「じゃあ何で助けたんだバカヤロー」

「それは、グラシアが」

ベクルスがグラシアを見た時、グラシアは身構えた。クローデバンが立ち上がり、その手に再び黒光の剣を握ったのだ。それから素早くクローデバンは走り出す。その眼差しにグラシアを捉えて。ガツンッと剣と大盾がぶつかると直後にグラシアは大盾から光を放ち、クローデバンは浮き上がるように押し退かれる。そこにアーサーが飛び掛かり、尾状器官の拳にクローデバンは勢いよく飛んでいった。それでも直後、アーサーもグラシアも気を引き締めた。1回地面をバウンドするとクローデバンは宙で浮き留まり、カナツのとは明らかに違う量の黒光を全身に纏ったからだ。そして響いたのは、ドゴンッという噴射音。

「ぐおっ・・・」

まるでロケットのように、背中から黒光を噴射させて突撃してきたクローデバン。受け止めたのはアーサーだったが、受け止めたと言っていいのかと思うほどアーサーは地面を引きずり、遂には押し切られて吹き飛んでしまう。それからクローデバンは全く失速しないまま上昇し、旋回し、グラシアに向かって来た。

「はああっ!」

それはベクルスやバノでさえ思わず一瞬顔を背けてしまうほどの、白い光と黒い光の衝突だった。それでもお互い1歩も退かず、ぶつかり合う眼差し。しかしそれからだった、クローデバンがグラシアから目を逸らしたのは。クローデバンが目に留めたのは、自身の脇腹に刺さった黒青のダガー。

雷刃三層(クリグロ・トリーソ)!」

ダガーが刺さってきた方とは逆方向からの突撃。ナイトを取り込んだドルタスを見る間もなく、クローデバンは剣を振った。黒光の剣圧に軽く倒れ込むアルファ。倒れはしなかったが後ずさったグラシアはふと思い出した。ベクルスの黒い風圧を。しかしベクルスのものとはまるで違う力強さ。──これが、ダークエルフの力なの?・・・。

「うおおおっ!──」

ドルタスの雷刃でさえ弾かれたその時、アーサーは尾状器官の両手を合わせた。その体勢は正に何かを撃ち放とうというもの。急速に青光を帯びる尾状器官。

「──ジャベリン!」

撃ち放たれたのは、まるでグラシアが放つような、光の槍だった。しかし当然の如く違うのはその色。デュープリケーターの魔力の特徴である青々とした光の槍はそして、クローデバンを捉えた。ヴオンッと風を切っていった青光の槍と黒光の剣とがぶつかる。そのまま押し合いが始まると期待が募ったが、数秒後には青い光は受け流されて進路を狂わされてしまう。それでも教えて貰った魔法が出来た事にアーサーは1人達成感を噛み締め、そんなアーサーにクローデバンは動物のようにキリッと目を向けたが直後──。

「はああっ!」

撃ち放たれたのは、光の槍だった。それは正にグラシアが放ったものだ。振り返ったもののそれはクローデバンの脇腹を捉えた。クローデバンに纏う黒光が体を守るように光の槍に絡みつく。そしてクローデバン自身も踏ん張りながらゆっくりと光の槍に手をかけたその時、光の槍は、真っ直ぐ空に消えていった。爆発音と光の乱反射を残して。それから訪れた静寂を破ったのは、クローデバンが地面に落ちた音。しかしそれでも、クローデバンはもがき出す。

「おいルフガン、こいつって、ステージ2なのか?」

クローデバンの体から乱れるように立ち込める黒光のその様は、まるでクローデバン自身の命の灯を表しているかのよう。今にも消えそうで、今にも再燃しそう。そんな焦りを孕む空気に、グラシア達はルフガンの答えを待つように振り返る。

「どうなんだ、スディーバス」

「あぁ、そうだよ」

すでにクローデバンは四つん這いになっていた。しかし息は荒く、脇腹からは血が滴っている。あと一押し。そんな時、最初に動き出したのはベクルスだった。ガツンと尾状器官でクローデバンの後頭部を殴るベクルス。歩み寄るアーサー。

「ベクルス、何してんだよ」

「死ぬ前にこれ外せよおい!」

(ツェピー)の解除なら比較的簡単だけど」

「あ?」

ドルタスが落ち着いた眼差しでそう告げると同時にベクルスに注がれる眼差し。そしてそこに流れる変な沈黙。

「だったらさっさと殺れよ!」

尾状器官で小突かれるアーサー。それからベクルスはアーサーに背中を向け、適当に歩き出す。その傍ら、アーサーは内心で苛立ちを募らせ、溜め息を吐く。──ほんと、目障りだ。

「クローデバン」

振り返るベクルス。縛られてる事を忘れるほど加熱される苛立ち。殺すかと思いきや、クローデバンは光の鎖に縛られていた。

「何してんだ」

ベクルスの問いは宙に浮き、それから光の鎖の内側を縫うように土から柱が突き上がり、ぐったりしているクローデバンは明らかに捕獲されたという状況になる。

「クローデバン」

ルフガンが予想していた落胆を感じるように溜め息を吐く。まるで暴走して何も分からなくなった時のシカリダやアルファのよう。

「仕方ない、ノコズ、頼むよ」

羽を生やし猫のような顔をした人型精霊、ノコズは毛皮に包まれ、肉球の着いた手をかざした。しかしそこで再びベクルスの怒声。

「何してんだ。殺すんじゃねえのか」

「結果的に君達人間の言うところのそれだよ。しかしエルフは人間のようなやり方で魂を解離させる訳じゃない」

「あ?」

ベクルスのやかましさにアーサーが内心で苛立ちを募らせた時、クローデバンの“体”に火が点いた。それは全く熱さの感じない、まるで幻を見ているような炎だ。しかしグラシアの瞳に映ったのは、“燃えてもないのに灰になって消えていく”クローデバン。そしてクローデバンの肉体が消え去ると同時に空気に溶ける光の鎖。

「さて、タンジーケルをちゃちゃっと調べて岩原地帯に行こう」

「早く外せよバカヤロウっ無視してんじゃねえぞぶっ殺すぞ!」

「うるせえ!ベクルス」

「あ?」

「ていうか、お前ら解放したら、また襲ってくるよな?」

「当たり前だろうが」

どうしようかと言葉をかけようとグラシアに振り返った時、背中に衝撃を受けてアーサーはつんのめる。

「何すんだよベクルス。分かってんのか?俺達はお前らをこの世界に置き去りにする事だって出来るんだぞ?」

「テメエ・・・俺を脅すってのか?」

「ちょっと2人共落ち着いて、アーサー」

下から上に舐め回すように睨み付けながらアーサーはベクルスから離れる。それでもアーサーがムカつきを覚えるのは、縛られているのに姿勢が真っ直ぐで、まるでいつものベクルスだから。

「おいベクルス、とりあえずルーファーさんのところに戻る為にこいつら利用しようぜ」

「まだ帰すなんて言ってねえぞ」

すぐにアーサーが言葉を返すと、尾状器官を杖代わりにして立ち上がったバノはゆっくりとアーサーに詰め寄り始める。

「何だよ。あれ、何でビリビリして来ないんだ」

「知るか。光の鎖の作用だろ。魔力が使えねえんだ」

「そうか・・・ふっ」

「笑ったか?テメエ、コノヤロー、後で覚えてろよな」

「ルフガンほらっ」

パウロニに振り返るルフガン。治安管理部員達は次々とタンジーケルのビルへと入っていく。

「先行っててくれ」

それからルフガンはグラシアに歩み寄った。

「何だったら、その人間達をイマージにしたらどうかな。そうすれば攻撃的な性格は落ち着くはずだ」

「そうなんですか?」

「どうだかな、ベクルス達は元からこうだぞ?」

「そうなのか」

「ベクルス達もこのままさっきみたいに燃やして貰った方がいいんじゃないか?ていうか、何で助けてんだよ」

「だって、助けてって」

「んな事言ってねえよ!」

ルフガン、グラシア、アーサーの間に口を挟んできたベクルス。アーサーは面倒臭そうに顔をしかめる。

「でも“たすけ”までは聞こえたけど」

「あ?助けねえと殺すぞだ、ハッ」

「とりあえず俺達はタンジーケルの中を見てくる。その人間達の事はそれからゆっくり考えよう」

「・・・どうすんだ?これから」

治安管理部が戻ってくるまでの静寂。近付けば動物のように威嚇し合うからと、特攻部隊から少し離れてそれから、バノが口を開く。

「まずはこれをどうやって外すかだ」

「ねえ」

こんな時に近付いてきたアルファ。アーサーはいつでもケンカに入れるように睨み付ける。

「あ?来たんならお前が外せよ」

「外し方、知らないもん」

「チッ」

「ベクルス達、ダークエルフの事恨んでるでしょ?」

「あ?何だそれ知らねえよ」

「クローデバン達の事」

「・・・死んだだろ、もう」

「これから別の場所にその仲間を捕まえたり殺したりしに行くの。ベクルス達言ってた、役に立てないなら処分だって」

「俺達に戦えって事か?テメエも俺達を脅すのか、随分と偉くなったもんだな。何が特攻部隊だ、あ?」

「ベクルス」

グラシアが近付いてくるが、そこに流れた空気は、ベクルスでさえ何となくケンカする気になれない、“心配されてるという気持ち悪さ”。

「誰だって、死にたくないよね?私はいいよ?一緒に戦ってくれたら、元の世界に返してあげても」

「マジか、じゃあ、仕方ねえよな?ベクルス」

「ああ?マフィアの世界には助けて貰うなんて選択肢はねえ。そんなのは無様なだけだ」

「お前・・・別にいいじゃねえかよ、死ぬよりマシだろ。それに例え鎖が外れて自由になっても、元の世界に戻れなきゃ意味ないだろ」

「帰る方法ならある。そのビルだ。気が付いたらビルの中だ。帰る方法なら恐らくビルにある」

それから戻ってきた治安管理部員達。ベクルスとバノは期待を募らせる。だからこそ、ベクルスは真っ先にルフガンに声をかけた。

「元の世界に戻れる方法を教えろ。ホールのようなものとかあるんだろ?」

「ホール・・・人間が作った転移装置か。それらしきものは見当たらなかった」

「そんな訳ねえだろ。じゃあ何で俺達はこの世界に来た」

「単純に精霊の力だと思うが。しかしまだ全てを調べた訳じゃない。人間の技術では精霊の力を遮断する隠し通路を作れるらしい。スディーバスは知らないようだし、詳細は岩原地帯のダークエルフに聞かないとダメだろう」

「・・・・・チッ」

──どっちみち、その岩原地帯とやらにいかないといけねえのか。苛立ちの中、それでもどうすればいいかが見えてきたという冷静さを持ち合わせ、ベクルスは体を向ける。

「仕方ねえ、ついて行ってやるよ」

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