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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「黒に染まりて、なお蒼し」後編

──数時間前。

「落とし前か。・・・ザ・デッドアイが勝手に押し入ってきたから、お前らは完全な被害者。それを世間にアピールすりゃいいんだろ?」

「それだけじゃないよな。そもそもザ・デッドアイなんか居て貰っちゃあ困るんだ。分かってるよな?誰もお前らを招待なんかしてないんだよなぁ」

「悪いがすぐには無理だ。お前らもテレビぐらい見るだろうが、こいつらじゃ特攻部隊には勝てない。出ていくにしたって特攻部隊を蹴散らすほどの力が無い。つまり力を作る時間が要る」

ムーンの幹部、サンジュアの溜め息がやけに響く。

「そうだなぁ。デュープリケーター?どれくらいかかる」

「培養後の安定装置が無いが、1週間もあれば、成体になって駒として使える」

ルーファーが振り返りきる前にヨーガが応える。すると再びサンジュアの溜め息。

「ブルータスだっけかぁ?それ、予めFO細胞に焼き付けてベースとして持ち歩いてるのか?」

「あぁ」

「じゃ、それを10体分で手を打ってやる」

用意されたというより、当てつけられた適当な一室。ヨーガが冷静に培養装置、簡易無菌箱を用意していく。アルファは見上げていた。幽霊美術館に置き去りにされた絵画を。タイトルは「悪魔の愛」。絢爛豪華な一室。ひざまずいた若そうな男性が、黄金の聖杯で何かを飲んでいて、それを女王が微笑みながら目の前で眺める。そんな構図。タイトルの下の解説では、子供が産まれてそれから、愛する夫が老いる姿を見たくない女王が、夫に毒を飲ませる様子。死んだ夫の血肉は全て妻である女王が食し、髪は装飾品にし、骨は砕いて湯船に溶かしていた。描かれているのは5人目の夫であるシュナイダー。因みに女王が処刑された後、妻が夫を殺し、食するという「愛の儀式」が街で横行した、とある。アルファはゆっくり、首を傾げる。──なんだこれ。

一方、ルアは客人に出された飲み物を一口啜った。隣でグラシアも大人しく飲み物を啜り、ヴァナはニイカと話を積もらせる。そこに、玄関の扉が開く音。

「お姉ちゃん」

ニイカは笑顔を向け、ニイカの姉、リタは妹に頷くと客人達に顔を向ける。妹から聞いていた翼人の友達。それがまたやって来て、何やら頼み事があると言ってきた。しかし妹は手に負えないからと私に連絡を寄越してきた。

「あたしのお姉ちゃんだよ」

「こんにちは、あたしヴァナだよ」

「私はグラシアです」

「ルアです」

笑顔のヴァナ、大人の落ち着いた笑顔のグラシア、緊張しているルア。リタは3人に会釈を返す。

「リタです。妹から聞いた限りだと、カンキにあるファンデライト美術館にサクリアのマフィアが逃げ込んできたって事ですけど、それって、サクリアの人が情報提供しても、あなた達が情報提供しても、ベンダンはちゃんと取り合ってくれるか心配だからって事ですか?」

「はい。でもベンダンの人がみんな私達を敵視してる訳じゃないので、ヴァナの友達なら協力を頼めるかなって」

鼻で唸り、リタは眼差しだけで天を仰ぐ。そして親指と人差し指で顎を摘まんだ仕草に、ルアは内心で首を傾げる。──この人、どこかで見たような。

「サクリアの人だって、ベンダンに友達くらいいますよね。あ、でもこっち主導の方がいいのかな。そもそも、何でわざわざあなた達が降りてきたんですか?」

「えっと、国際問題っていうのに、どうすればならないか考えて。そもそも悪いのはマフィアで、サクリアとベンダンは被害者同士でしょ?それなら私達が仲介すればいいかなって」

「んー、そっかぁ。サクリア警察がベンダン警察に協力要請しても別に問題・・・あ、そもそも特攻部隊からの要請になっちゃうのか、ロードスター連合王国としては特攻部隊への協力は渋っちゃうかも、うん、難しいな。まいいや、じゃあとりあえず具体的にして欲しい事って?」

幽霊美術館にて。アルファは培養装置での過程を終え、実質的に生成完了となったバージョン5の幼体を眺める。まだ人間の子供くらいの大きさのバージョン5はスヤスヤと眠る。

「折角だ、アルファ、バージョン5の教育係になれ」

「うん」

ヨーガは培養装置の電源を落とし、片付けを始める。適当に当てつけられた一室で、ヨーガと2人きり。アルファはふと首を傾げる。

「1体だけ?」

「最新バージョンを作る時は実験も兼ねてるからな」

「・・・ヨーガは、どうして戦わないの?」

ヨーガは手を止め、思わず振り返った。今まで、アルファはそんな子供みたいな聞き方はしてこなかった。

「ウパーディセーサなのに」

「・・・暴力ってのは、いざって時に取っておくもんだ。じゃないと、力が安っぽくなる」

ヨーガは手を動かしていく。内心で、こんな言い回し理解出来ないかと笑いながら。

「ベクルス達も戦ってる。今はそのいざって時じゃないの?」

「いざって時は、人に依って違う」

「気にならないの?仲間なのに」

「仲間、か。お前は気になるのか?アーサー達が」

「うん」

「だったらお前もザ・デッドアイを抜けろ。マフィアも警察も、独りで戦ってる奴なんて誰も居やしない。群れの為に戦う、それが生きるって事だ」

「群れの、為・・・。ヨーガ、まるでザ・デッドアイを自分の群れだと思ってないみたい」

ヨーガは再び手を止める。しかし振り返る事はせず、ただ眉間にシワを寄せた。

「・・・そんな訳ないだろ」

それから翌日、ベクルスは走り出した。早歩きだったが、堪えきれなくなったからだ。何故なら、ここは無駄に広く、無駄に部屋が多いから。──チッここでもねえ、くそ。こっちか?。

「ここか、ヨーガ。バージョン5は」

「1日じゃ変わらない」

「くそ」

「どうかしたのか」

「この美術館、囲まれてるぞ、警察に」

「何だそれ。ブラッジェルの野郎共、あれだけバレねえって息巻いてたのに」

「知るかよ。ともかく、どっかから漏れたんだろ。まぁ闇に溶け込めるだけで透明になる訳じゃねえ。目撃されないなんてある訳ねえ」

「流石に、1週間黙ってられないか」

「とりあえずルーファーさんが呼んでる。アルファ行くぞ」

「うん」

その一室を最後に出る時、アルファは振り返る。こんな状況など知る由もなく、スヤスヤと眠るバージョン5に。──無駄に、なっちゃったかな。

ベクルス、シカリダ、バノは窓から眺めていく。どこから湧いてきたのか分からない警察の群れを。3人の横で、アルファは思い出す。それはついさっき、ルーファーの下に向かった時の事。ソファーに深く座っているルーファーはそんなに苛立っておらず、しかし怖い顔でどこを見ているか分からない眼差しを流していく。

「ヨーガ、間に合うのか?」

「いえ。けど不可解な事があります。そもそも、何故ただ包囲しているのかです。見たところ機動隊とかそういった奴らが見えない。まるで、誰かを待ってるみたいです」

「おい!」

横を向き、ルーファーが声をかけたのは子分達ではなく、サイネール。

「バレねえっつったのはハッタリか?まさかサツ呼んだのお前か?」

「そんな訳ないでしょう。何でわざわざ根城を警察に自己紹介するんだ。こっちが1番驚いてんだ。この方法で、今まで警察にバレた事はない、20年だぞ!何なんだ全く」

「通報の出所は」

「知らないよ。言う訳ねえよ。つーか、そもそもお前らだろ?この状況を呼んだのは。魔法使いだの翼人だの、特攻部隊がお前らの事探ったんだろ?じゃなきゃ警察になんかバレねえんだよマヌケが」

ルーファーが一際顔の血管を浮き上がらせた時にはすでにベクルスが歩き出していた。その眼差しに殺気を宿らせて。そしてベクルスが殺気に身を委ねたまま拳を振り上げた瞬間──。

「ベクルス!」

サイネールは動かなかった。ベクルスの拳が、サイネールの顔まであと10センチというところでも。それでもベクルスとサイネールは、眼差しだけで殺り合っていた。

「戻れ。・・・・・ふう。特攻部隊か、クソ。ここの警察が動かないのは、特攻部隊を待ってるからか。時間もねえ。ブラッジェル、お前らも覚悟しろよ?ザ・デッドアイは、特攻部隊に勝てない。お前らは終わりだ」

「お前ら“も”だろ」

「逃げる場所ならまだあるんでな」

「だったら黙って消えろよ。言っとくが、ムーンは、特攻部隊にもお前らにも勝てるぞ」

ルーファーはようやく振り返る。その威勢の良い言葉にはルーファーどころか、ベクルス達も皆顔を向けずにはいられなかった。威勢は張るが虚勢は張らない、それがマフィアだから。

アルファはふと振り返る。ベクルスが黒く染まった魔力を操り、“黒光の刀”から黒い風圧を爆風の如く解き放ち、警察の群れを容易く砕け散らせる、という力を目の当たりにして。アルファの目線の先は、謎の男。

「何したの」

「科学ってすごいよね。ハイクラス相当の強い魔力を生態に組み込めちゃうんだもん。だからちょっと面白そうだと思ってあいつらを俺の『テムネル』で染めたんだ」

「何それ」

「ダークエルフの魔力だよ。ムーンの戦力は世間に晒せないから、あいつらだけの力でこの場を切り抜けられるなら、世間の目をムーンからあいつらに逸らせられる」

「ダークエルフ?」

「人間が黒く染まって暴れる愚かさは何度見ても面白い。人間なんかより、俺は君の事が気になる。名前は?」

「アルファ」

アルファは小さくキョロキョロする。それから男はアルファの体をジロジロ見ながら右から左、左から右へと怪しく歩き回る。

「うん。起源は魔虫。それからブルータス、そしてこれか、ふーん」

「あなたは誰?」

「俺はクローデバン。ダークエルフさ、って言ってもこっちの世界の者じゃ分からないか」

アルファの隣に立つと、クローデバンは眺めた。ベクルスはテムネルに染まった魔力を使って禁界の力と、デュープリケーターに立ち向かっていく。──ふーん、テムネルに染まった魔力を前にしても、禁界の力は折れないか。そんなに強いのか、禁界の力。

光の槍から放たれる眩い光圧。黒光の刀はまるで本当の普通の刀のように弾かれて、ベクルスは声にならない声を上げる。そして再び力む時に上げる、普通に人間らしい声。しかしその斬撃もグラシアに弾かれ、ベクルスはまた怒りを溜め込む。シカリダが放つ“黒いかまいたち”。それはまるで細やかに割れたガラスが一斉に襲いかかってくるかのよう。そんな予測のつかない鋭利な風圧に正義という名のバリケードは歪み、その有り様にルアとヘルはより一層の警戒を共有する。そしてヘルが両翼から光弾をマシンガンのように放って牽制し、その背中からルアが光矢を撃ち放つ。そんな連携をかわし切れずにシカリダはルアの光矢を肩に浴び、また怒りを募らせる。バノの角から迷惑なほど散らされていく黒い電撃にテリッテと新兵4人は防御に徹して隙を伺っていたがそこにアーサーとシャークが突撃していき、シャークが放った衝撃熱波という壁が作った通り道を抜けていったアーサーに殴られ、バノは電撃を途切れさせる。そこに弓を構え、光の弦を引いていたテリッテは光の矢を放つ。シャークが体で死角を作っていて、光の矢がグサリとバノの右胸に突き刺さる。光の矢は一瞬にして儚く消えたが残った痛みと滴った血は決して幻ではない。そうバノは内心で舌打ちを鳴らし、再び怒りを噛み締める。

「(何かいけそうじゃない?)」

「うん」

ヘルとルアのそんな会話に同意しなくとも、ベンダンの警官達はひしひしと感じていた。この頭数、これなら勝てる、と。その時、アルファは振り返る。力を分けたと自慢げに話していた割りには、ベクルス達は押されてる。しかしクローデバンは顔色を変えない。その横顔は、まるで何かを待っているかのよう。

「クソッ!」

ベクルスの苛立ちが妙に耳についたその時だった。アルファだけではなく、特攻部隊の各々が同じように違和感を覚えたのは。怒りと共に振り回された黒光の刀がグラシアを吹き飛ばしたのだ。光の槍を当てつけたものの力には負けたグラシアは目を見開く。──力が、上がった・・・。

「グラシアさんっ」

「大丈夫。気をつけてみんな!」

ルアに応えてそれから号令を発したグラシアを庇うように前に出て、メアとグズィールは衝撃熱波を撃ち放つ。しかしそれは斬り裂かれ、怒りを具現化したような黒い風圧はメアとグズィールを襲った。それから一瞬顔をしかめたその時だった。アルファが目を見開き、口も開けたのは。何故なら黒い風圧に呑み込まれ、目も当てられないような思いが心を締め付けたものの、メアとグズィールは“目では分からない存在感が強くなった”ような雰囲気を醸し、立ち堪えていたから。しかもその現象は次々と、ナイト、シャーク、ホープ、フリ、アーサーにも伝染していく。

「お前、何突っ立ってる」

ルーファーは冷静に声をかける。戦況を観ようと腰を上げ、来てみればアルファは知らない男と突っ立っていたから。それからアルファが目線を流していったのはベクルス達の方ではなく、誰も居ないルーファーの向こう。

「アルファ、アーサーたちの事、仲間だから気になるって言ったら、ヨーガがじゃあお前もザ・デッドアイを抜けろって」

そう言って今も突っ立ってるアルファから、ルーファーはベクルス達に目線を流す。眉間を寄せない代わりに、胸が上がって下がるほどの深呼吸をしながら。

「・・・・・そうか」

クローデバン、アルファ、ルーファーの3人は仲良くもないのに揃って戦場を見下ろす。目では分からない迫力、威圧、存在感、そういった類いのものを特攻部隊の全員が映えさせる戦場(そこ)でその時、バノの角からの黒い放電が一瞬にして辺り一面に広がり、ベンダンの警官達にも襲いかかった。

「始まったかな」

呟くクローデバン。アルファはその微笑む横顔を伺う。

「何が?」

「体がテムネルに追いついて、パワーが上がっていってる」

ルーファーは腕を組んだ。──パワーが、上がって“いってる”、か。バージョンが上がって段階的にではなく、緩やかだが永続的に。これがムーンの武器か。

「ザ・デッドアイの人間を強くして、お前らにメリットはあるのか?」

「そんなものどうでもいいよ。俺は、力に溺れて壊れる人間を見るのが好きなんだ」

「ルーファー、何で戦わないの?ウパーディセーサなのに」

「駒を使う方だからだ」

それからアルファは息を飲んだ。特攻部隊の中でグラシアだけがまた一際存在感を増大させ、光の槍を“細く短い状態から、四角錐で太い状態”へと変化させて更に菱形の大盾も作り出したのだ。しかし重装備兵のようになってもスピードも更に上がり、ベクルスを光でもって突き飛ばした。しかし一方バノの放電は止むどころか秒毎に増大していき、ついにシャークが倒れ込んだ。無数の黒い落雷を駆け抜けて新兵4人が庇いに行くも、逃げ場の無いそこでは“4人という砦”すらいつ噛みつかれて砕けてもおかしくない。そして、アルファは決意した。

「クローデバン、アルファにもテムネルちょうだい?バノを止める」

自ら進言したアルファにルーファーさえ顔を向ける中、クローデバンは決意を試すように微笑む。

「いいのかい?テムネルとは、渇望だ。1度でも染まれば、約束されるのは永遠なる力と餓え。餓えとはつまり、苦しみだよ?」

「それでも、仲間、助けたい」

角という一点から永続的に雷の糸が伸び、手当たり次第噛みつき、焼いていく。それらに誰がいつ噛みつかれるか分からないという恐怖の中、シャークが完全再生するまで壁となっている新兵達は常に目を光らせ、雷の糸を見張る。そしてまた犠牲になったのは、アーサーだった。衝撃熱波で壁は作ったものの全身を焼くような衝撃は強烈で、アーサーは倒れ込む。その瞳には恐怖という名の雷が映る。走り出すテリッテ、再び牙を向いてきた雷。──くっ。

「ガハッ・・・」

バノが転がり、放電が止み、ふとした静寂。何故なら言葉を失っていたから。助けに来たのは誰か、それは分かっていた。しかしただ、アーサーはアルファの全身に纏う“黒”に目を奪われていた。

「面白いじゃん」

クローデバンは笑みを溢した。テムネルに染まった者の道筋は2つ。餓えに支配されるか、餓えを支配するか。そして餓えを支配した者の末路は、ダークエルフのその先。クローデバンの瞳に映るのは、アルファの全身を纏う、“青と黒”だった。──でも結局、“いつ壊れるか”、それだけの話なんだけどね。

読んで頂きありがとうございました。

戦わないヨーガ、ヨーガを怒らないルーファー。それが何を意味するのか。小さな事ではあると思いますけど。

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