「黒に染まりて、なお蒼し」前編
バタバタと風を切るマスコミを乗せたヘリコプター。カメラが捉えているのは幽霊美術館。閉館となって久しく、しかし誰かが建物自体に美術的価値があると言ってからそこは新しい事業も展開される事はなく、何となくの現状保存。しかし広大な敷地自体は国が管理し、今となっては“幽霊美術館付き”の公園となっている。しかしその公園には現在、人気は無い。何故なら警察官だったり、警察車両だったり、武装した軍人だったりと、行こうとしても“正義という名のバリケード”があるから。そしてバリケードの外では当然のようにマスコミ各社が張り込む。
「情報源が明かされない特例処置で、突然厳戒体制が敷かれてから3時間が経過しています。未だに新たな動きはなく、厳戒体制の理由すら公表されていない異例の事態となっていますが我々が独自に取材をしたところ、隣国のサクリアの『ウパーディセーサ関連事案』が何らかの形で関係しているのではと見ています」
──数時間前。
何時かは分からないけど真っ暗闇。街灯もなく、人間の目じゃまともに周りが見えない。しかし車は走り出した。電気駆動で、暗視スコープが搭載されていて内蔵のディスプレイを見れば“真っ暗闇でもライトを点けずに無音運転が出来る”。そんな騒音対策の最新モデルの車は街を行き、とある公園へと辿り着く。砂利道をジャリジャリと走る音はさすがに完全に消す事は叶っていないが、営業時間が終わっているそこでは最早そんな事気にする必要はない。そして4人乗りの車やらワゴン車やら軽トラは止まり、ドアは開かれた。勿論その車たちはドアが閉まるバタンという音すら残さない。そして、ブラッジェル、並びにザ・デッドアイの面々、アルファはベンダンの首都圏の1つであるカンキの街に建つ、幽霊美術館に足を踏み入れていった。
「ここに来るってこたぁ、下手を打ったって事だ。反省してんだろうな」
ブラッジェルのリーダー、サイネールは頭を掻く。上下関係ではないものの、ブラッジェルにとって“目の前の奴ら”は会社でいうところの親会社。
「アジトに警察の手が入るくらいなら焼き尽くすってのは、本当の最後の手段だからな、とりあえず毒花の抽出成分くれ」
サイネールは普通の旅行用スーツケースを滑らせる。
「これからどうすっかなぁ、ブラッジェルの栽培。何でかあそこでしか育たねえんだよなぁ。でどうすんだ?ザ・デッドアイさんよ。どう落とし前つけてくれる、あんたらのせいでこっちの仕事1つ潰れたんだ。ブラッジェルの毒はそれでもワクチンの種としても金になる、それも結構な大金だ」
ベクルスは内心で静かに驚く。ナンバー2であるルーファーが、大人しいという事に。しかし状況が良くないという事くらいベクルスだって理解していた。何とかブラッジェルを脅し通せたのはまだ国内だったから。しかしここはいくらザ・デッドアイでも“力の効きが悪い”。
「・・・落とし前か」
第23話「黒に染まりて、なお蒼し」
──それから朝方。
ノイルは腕を組む。眼差しを落としながら。声をかけづらい気持ちを共有するようにヘルはルアを見るが、そんなノイルを真っ直ぐ見ながらもグラシアはむしろ表情をパッと明るくした。
「私達が仲介すれば、国際問題?にならないんじゃないかな」
「異世界からやって来た人達が、とある街に隣の国から来たマフィアが潜んでますって言って、信じると思うか?」
「(ていうかグラシアさん、ロードスター連合王国は禁界に敵意を持ってるから、むしろグラシアさん達が行ったら戦いになるんじゃないの?)」
「でもみんながみんなそうじゃないよ?キューピッドの仕事でベンダンに行った時、仲良く話してきたっていう子も居るし」
「(でもグラシアさん達が特攻部隊に協力してるの、ロードスター連合王国もニュースで見てると思うし、もしかしたらロードスター連合王国はサクリアにも敵意を持つかも。ザ・デッドアイ問題でベンダンに迷惑かけた責任とか言って)」
「まぁ、その点ではベンダンは被害者って事になるからな」
「だって、悪いのはマフィアでしょ?それならサクリアとベンダンは被害者同士協力出来るよ」
ノイルはまた唸り出す。ブラッジェルとザ・デッドアイの大体の行方を報告しに来たルア、ヘル、付き添いとして三国組のリーダーのグラシアはその時、警察署に居た。通りすがりの婦警はヘルとふと目を合わせて微笑む。
「私達と仲良くしてくれるベンダンの人に協力して貰えば、少しは動き易いんじゃない?」
「それは、そうだな」
ノイルは小さく頷いた。しかしその内心は諦め半分。そもそも三国の住人達と絡まなければ国際問題としてはそこまで拗れないだろう。しかしグラシア達が居なければそもそもザ・デッドアイに負けていた。──まいいか、ここら辺は成り行きで。
三国にて。天王が治めるエリア、天界。三国では城よりも高い建物は作ってはならないが、とは言え具体的にここまでという決まりは無い。しかし現状、城と見張り台以外の全ての建物は2階建てである。天界の街に建つ、キューピッドの為の集会所。天使であるヴァナはエントランスの長テーブルにファイルを広げていた。それは“禁界の外の国々の事ではなく、「下界」の国々の事がまとめられた”ファイルだ。
下界。それは禁界から見てプライトリアやエルフヘイムなどがある世界ではなく、サクリアやロードスター連合王国などがある世界。
ヴァナはペンを走らせる。今回行ってきた下界の国、ファランカ共和国の情報を書き留めていた。──近々王位が王女に引き継がれる模様。名物はレインボーシロップ。っと。
「ヴァナ、終わったら貸してね」
「ちょうど終わったとこだよ、どこ行ってきたの?」
「サクリアのね、1番南の、フワオっていう島だよ」
ヴァナの隣に座り、天魔であるクローラは微笑む。その時ヴァナはクローラの初めて見る髪飾りに目を留め、クローラは自分の髪飾りに気が付いたヴァナにまた笑みを見せる。
「仲良くなった女の子に貰ったの。その女の子の母親をね、キューピッドとして助けたから」
「へー、良かったね」
「あ、居た、ヴァナ」
ヴァナとクローラは振り返る。そして2人はグラシアに笑みを見せ、それからグラシアについて来ながら集会所を見渡すルアとヘルに目を見開く。
「ちょっといいかな」
「はい」
「実際に会うのは初めてだよね?ルアとヘルだよ」
「こんにちは」
「(どうも)」
「うん、こんにちは。あたしヴァナだよ、こっちはクローラ。グラシアさん、もしかしてキューピッドしに来たんですか?」
「そうじゃないの。ヴァナの力を借りたいと思って来たの。ヴァナ、ベンダンに仲の良い人居るでしょ?ちょっとその人の力を借りれたら助かるんだけど、一緒に頼んでくれない?」
「どうするんですか?」
「私達ね、サクリアの人達と協力してやってる特攻部隊で、ベンダンの街に行きたいんだけど、でもそもそもベンダンはロードスター連合王国として私達を敵視してるから簡単には行けないでしょ?」
「そっか。じゃああたしとベンダンに居るあたしの友達で、ベンダンに旅行出来るようにすればいいんですね?」
「ううん、旅行に行く訳じゃなくて、ベンダンに逃げ込んだマフィアをやっつける為に行きたいの。サクリアのマフィアだから、ベンダンは被害者って事になって、だからサクリアから来た人達には怒って協力してくれないかも知れないの。でも元々私達と仲の良い人なら、ベンダンの人でも協力してくれるかなって。それで出来ればヴァナの友達に協力して貰えないかなって思って」
「マフィアって、ザ・デッド何とかの話ですか?」
目をぱちくりさせていたヴァナの隣で、クローラが口を挟む。
「そうだよ。ザ・デッドアイね」
「協力って、もしかして戦うんですか?」
「ううん、ヴァナの友達は戦わなくていいの。ヴァナの友達には、ただベンダンの街にザ・デッドアイが隠れてる事をベンダンの人達に説明して欲しいだけなの。ヴァナは、ベンダンの友達のところに連れていってくれるだけでいいよ、頼むのは私やるから」
目をぱちくりさせていたヴァナはようやく笑顔を浮かべる。元キューピッドで、今でも兵士の仕事の傍らでキューピッドを手伝っているグラシアにとっては可愛い後輩。そんなヴァナにグラシアもホッと胸を撫で下ろす。
「(ていうか、キューピッドってどんな仕事?)」
「人助けだよ?」
真っ先に応えたのはヴァナ。しかも満面の笑みで。
「ヴァナ?違うでしょ?」
まるで姉のように言葉を返すグラシアに、ヴァナが唇と尖らせる仕草にさえ、ルアとヘルはほっこりを共有する。
「人助けはあくまで自由時間での話でしょ?キューピッドはね、元々は下界の情報を持ってくる為の偵察部隊だったの。でも情報を収集して一段落した後で人間達と接するようになって、仲良くなったりして、それで恋を助けたりして。恋を助けた事が天使達の自信に繋がって、それから何百年も前から情報収集と一緒に恋の手助けもするようになったの」
「(へぇー。恋かぁ)」
ベンダンの街カンキ。その名所である標高約2000メートルの山『スウデン山』。朝方、その中腹に人知れず3人の『翼人』が舞い降りた。三国の事など、ましてや異世界の事など知る由も無いその世界の人間は、“初めて空から現れた翼の生えた人を認識した時”、その者を翼人と呼んだ。翼と鎧を消し、ルアはスウデン山の山中でキョロキョロする。
「何でこんな山中に降りたの?」
「街中だと目立って、みんな驚いちゃうからね。キューピッドが下界に降りる時はなるべく目立たないようにするのが決まりなの」
笑顔で応えるヴァナ。直後、ルアはふと自分達が三国とこの世界を行き来している時を思い出す。
「そうなんだ、私とヘル、そんなの全然気にした事なかった」
──だから私とヘル、すぐテレビに出て有名になっちゃったんだ。ルアが内心で恥ずかしさを噛み締めてる横で、ヴァナは上目遣いで顔色を伺うような笑顔という人懐っこさをルアに見せる。
「ルア、大丈夫?もしかしてお腹空いた?」
「え!?ううん、まだ大丈夫だけど」
「ヴァナ?どっちに行くの?」
「近くに家があって、そこに友達が居るんです、こっちです」
スウデン山、標高500メートル地点。お土産屋やレストランが並んだ観光地エリアからすぐ近くの住宅エリア。慣れた足取りでヴァナは歩き、そしてとある家の前で立ち止まると、迷わずカメラ付きインターホンを押した。
〈・・・あ、ヴァナ?〉
「ニイカ?久しぶり」
〈うん、今開けるね〉
それから門の向こうで開けられたドアから出てきたのは明らかにルアと同年代か年下に見える少女だった。ルアは内心で首を傾げる。協力者にしては、普通の女の子だと。──でも良いのかな。ベンダンの人がザ・デッドアイの事を通報してくれれば。
一方、ルアとグラシアが“アポを取っている間”、目立たないようにと連絡待ちのヘルは、ウトウトしていた。その横で同じく連絡待ちのノイルはパソコンを触り、手持ちぶさたのようにとりあえずベンダンの事を検索していく。そんな時、ノイルのデスクの下にやって来たのは、ヘリオスとレイカだった。
「ヘル、何ウトウトしてんのよ」
「(んえっ・・・2人共、そういえば2人ってどうしてたの?)」
「とりあえずユピテルさんに報告して、ノイルとも相談して、あたし達なりに動いてたのよ」
「(2人なり、それって忍者的な?)」
「的なじゃなくて忍者よ」
「ジャンヌダルク・コーポレーションは国内外で事業展開している。勿論ベンダンにもな。情報収集は難しくない。それでベンダン支社で情報屋から情報を仕入れたんだ」
「(いいねー。さすがヘリオス。ベンダンのマフィア情報とか?)」
「いや。ロードスター連合王国は“そういう類い”に厳しいから、ベンダンにはマフィアという反社会組織は存在しない。が、犯罪者の居ない人間社会なんてない。情報屋の情報では、ベンダンのカンキを拠点にしたカルト組織『ムーン』なら、宗教の自由を盾にして色々やってるんじゃないか、という事だ」
「つまり、ドルタスが言ってた、ブラッジェルのバックボーンは、ムーンって事か」
ヘルは目を向ける。話しかけてきたシュナカラクに。そして伝言ゲームのようにそれからヘルはノイルを見る。
「そうよ?」
しかし先に喋り出したのはレイカだった。何故なら当然の如く、レイカやヘリオスにだって精霊の姿は見えているから。その場でただ独り、ノイルは見えない精霊を目で追うフリをする。
「幽霊美術館になったのはそもそもムーンが買い取ったからよ。閉館になった時に。だから国も手が出せなくて、公園にするしかなくて。だからブラッジェルが幽霊美術館に逃げた事自体、もうムーンが関わってるっていう動かぬ証拠なのよ」
「・・・そういう事だ」
妹に良いところ持っていかれたヘリオスはそう言って、ノイルと頷き合う。
バタバタと風を切るマスコミを乗せたヘリコプター。カメラが依然として捉えているのは幽霊美術館。正義という名のバリケードの外で“ジャーナリズムという名のやじ馬”はその時、やって来る1台の警察車両に目とレンズを留めていく。しかし直後、その目とレンズたちは空に向けられた。
「ご覧頂けますでしょうかっ。デュープリケーターです!デュープリケーターがサクリア方面の空からやって来ました!並びに翼人も居るようです!7体のデュープリケーター、そして6人の翼人、どうやら中にはサクリア出身のルア・スコーレさんとケルベロス・ヘルハウンドのヘルくんも居るようですね」
ベクルス、シカリダ、バノは幽霊美術館の窓から見上げていた。憎たらしいほど勝ち目が見えてこないその特攻部隊を。3人の横でアルファはふとデュープリケーターたちから目線を外していく。気配を感じたのだ。人間でもない、ウパーディセーサでもない、変な気配。マフィアが醸す湿ったような殺気を感じさせず、透き通ったような殺気を匂わせる、やって来たのはそんな男だった。
「君かぁ、デュープリケーターってのは」
マフィアの3人も振り向く。見た目は20歳そこそこの若造。しかし本能をくすぐるような、秘められたような威圧感に3人は3人共、マフィアのくせに「何だお前」という言葉を忘れた。
それから窓が吹き飛んだ。景気良く割られた窓から飛び降りてきたのは3人のマフィア。3人のウパーディセーサがドスンと地面を響かせ、正義という名のバリケードはガシャガシャと銃器を構えるというそんな時、ノイルと一緒に警察車両に乗ってきた、ドゥシピス・ゼプレを装着したドルタスは目を丸くした。ベクルスが尾状器官に灯した青光の刀、シカリダの翼膜のある2本の尾状器官から溢れる青い光、バノの角から放電される青い光、その全てが、“黒く染まっていた”。しかもその勢いは以前のものよりも増して。その禍々しさはこの戦力なら勝てるという確信を簡単に揺さぶるほど。──ダークエルフの霊気か・・・。




