「隠れ蓑 ―シャドウ―」後編
エルフヘイム・レンジャーズ・クラブに所属しているエルフ、スティンフィーはきれいなオレンジ色の髪をゆっくりと掻き上げる。髪を掻き上げるのは、ちょっとだけ困った時の癖。それからスティンフィーは思い立ったように立ち上がり、本棚から自分で作成したレポートを取り出し、テーブルを挟んで座っているアンシュカに差し出す。
「まだレポートとして上げる前の簡易版だけど、あたしなりにロードスター連合王国とシャンバートの事をまとめたのよ。ベンダン、シューガー、テッドランの3つの国からなる連合王国なんだけど、驚くのが、その世界では国際的にもロードスター連合王国は異世界との繋がりは知られていないって事よ。今その世界で異世界との繋がりが知られてるのはサクリアだけね」
「え、じゃあ異世界との繋がりは、裏の顔って事かしら」
「そうなるわね。問題は、アマバラとサクリアが繋がった事さえあくまで偶然なのに、何故ロードスター連合王国はシャンバートと繋がりを持てたのか」
そこでスティンフィーは髪を後ろに掻き上げるのではなく、エルフらしく尖った耳に髪をかける仕草をした。それはスティンフィーにとって、“見えてきた希望に嬉しがる”という時の癖。
「でもアンシュカが訪ねてきてくれたお陰で、見えてきたわ」
──少し前。
エクス・ルキュース本部にて。アンシュカはメイドに出されたメロンケーキを頬張る。その隣でラルガも客人に出されたメロンケーキを客人らしく口にしていくが、その眼差しは確りとこれまでの経緯を聞いて頷くハムナドを捉えていた。
「ダークエルフが何故これまでのうのうと生きてこれてたか、なるほど、シャドウなんてものが、ふむ・・・。しかも今となってはシャドウは異世界にまで手を伸ばしている。一体、目的は何なんだろうな」
ラルガは一瞬だけ、メロンケーキに夢中のアンシュカを見る。──あの話をしてねぇ。
「なぁ、デーダのおっさんが勝手に言ってたが、シャドウがエクス・ルキュースに見つからなかったのは、こっちに協力者が居るからだってよ。そうなのか?」
アンシュカは顔を上げた。言うことでもないからせっかく黙ってたのに。そうハムナドの顔を伺う。
「・・・分からない」
「えっそんな」
「いや、悪意というものは得てしてそういうものだ。エクス・ルキュースの創始者の1人としてそういう事のないように力は入れている。しかしエルフも完璧ではない。完璧に隠された悪意に意表を突かれでもしたらさすがに対処など出来ない。そういう事をしてこそ、悪意というものだ」
「そんなぁ」
「しかしこうして今、シャドウという存在を我々は知る事が出来た。2人共、心から礼を言う」
満面の笑みで頷くアンシュカと、目の当たりにした礼儀正しさに、ふてぶてしい笑みを浮かべる事さえ忘れてただメロンケーキに目線を落とすラルガ。
「ところで、これからどうするかは決まったのかい?」
「ドルタスにも同じ事を報告しに行くけど、それからの事はまだよ」
「そうか。なら1つ提案なんだが──」
「──レンジャーズ・レポートを読んだらどうかな?」
その時、アンシュカは無邪気に笑いを吹き出した。その時アンシュカが脳裏に過らせたのはハムナドの言葉。急に無邪気に笑ったアンシュカに、キョトンとするドルタス。そうここはエルフヘイムの魔法研究所2階、ドルタスの持ち部屋。
「何さ」
「だってドルタス、ハムナドさんと同じ事言ってるし、言い方もそっくりなんだもん」
「そりゃあ・・・そうだよ。それに異世界の事ならレンジャーズ・レポートなんだからさ」
「そうだけど」
レンジャー。それは精霊と連携し、森の案内や迷子捜し、魔虫対策グッズの考案から森の向こうにある外国に関しての情報収集、延いては次元の外に関しての情報収集まで、“外界”に対しての活動やレポートをまとめる、そんな職種。そしてレンジャーが所属する組織、レンジャーズ・クラブには本部も支部も無く、すべての拠点が本部であり支部でもある。
アンシュカ、ラルガ、スッチーはそして草原踊る小さな丘の上に建つ、“屋根しか無い”平屋オフィスに居るスティンフィーを訪ねたのだった。何故ならロードスター連合王国に関するレンジャーズ・レポートを読めばその著者はスティンフィーとあったから。迷いなくその平屋オフィスを歩くアンシュカの隣でラルガは呆れたように言葉を失う。──必要最低限の柱と屋根だけって、これ開放的っていうのか?・・・。
「でもアンシュカが訪ねてきてくれたお陰で、見えてきたわ。ロードスター連合王国とシャンバートの繋がりを作ったのは、恐らくダーク・コーカスよ。目的は分からなくてもダークエルフだし、多分悪い事よ。何とかしないと」
禁界にて、三国の第1演習場で、ルアは内周を走っていく。他の兵士達に混ざって。年齢的には新兵達と同世代、だから何となくの“お客様感”など感じず、すぐに打ち解け合えた。テレビでよく見る陸上競技場くらいの第1演習場の内周マラソンを終えると、ルアは荒い呼吸が刻一刻と治まっていくのを自覚した。──お父さんも言ってた、翼の力の特性の1つ、自己再生能力の向上。ふう、もう息が整った。
──数時間前。
ウィーンと自動ドアが開くと、ルアは内心でため息を漏らした。いつどんなタイミングでニルヴァーナに行っても、いつもお父さんはエントランスパークで寛いでる。──ほんとに仕事してるのかな。
「お、ルア、ヘル、どうかしたかい?」
「散歩だよ」
「そうか。そうだ2人共、翼の力の特性の1つである“自分だけの武器”はもうマスターしたかな?」
「(何それ)」
「翼の力というものの根源は遺伝子だけでなく、魂由来の意思にも存在するんだ。自己再生能力の向上は遺伝子由来だけど、翼と鎧の形成は意思由来のものといった具合にね。それで意思由来の特性として常識化してるのが、自分だけの武器さ。翼の力をより使いこなせれば、抽象的な魔法攻撃だけでなく、具現化した武器も扱えるようになるらしいよ」
学者っぽい難しい言い方なので何を言ってたかほとんど覚えてないが、それからルアとヘルは決意した。“散歩の延長”で修行でもするかと。
ヘルは少し腰を落とし、全身に力を入れる。それはまるで体の中を巡る気流が勢いを増したかのよう。そしてその気流が翼に流れ、翼から気が蒸発していくかのよう。
「なぁ、ヘルとルアの翼の力から、俺達には無い気配を感じるのは何故なんだ?」
「(そりゃボク達は元々精霊使いだったからだよ。精霊と契約して、力を借りて魔法を使えるようになったのが精霊使いっていうの。だからその霊力と翼の力が混ざってるんじゃないかな)」
「精霊か、スティンフィーも言ってた、俺達には見えない者達か。精霊使いには誰でもなれるのか?」
「(うん、え、ハルクさんなりたいの?)」
「いや、俺はもうこれ以上の力は望まないな」
思い出を振り返えるように、独りでにほくそ笑むハルク。そんな彼に、ヘルはただ目をパチクリさせる。──まるで修行に明け暮れて最強に行き着いた、どっかの仙人みたい。
「(それってさ、ハルクさんとかミレイユさんとかがみんなと臭いが違うのが関係してるのかな)」
「臭い?まぁ、エニグマのように変身して戦う事が出来る事がそういう事なら、そうなんだろうな。うん、リッショウもよく出来てるし、次は『クウカク』だな」
「(難しい?)」
「簡単だ。基本的には壁を作る為のものだが、壁の形を作り替えて武器を作る事も出来る」
「(それってさ、翼の力の自分だけの武器とはまた違うやつ?)」
「あぁ。使いこなせれば翼の力の武器とクウカクを合わせてより強力なものに出来るぞ」
「(へー。それならマフィアとの戦いにも心配ないかな。どうやるの?)」
「網の目が絞られてきつくなっていくようなイメージと、鉄を薄くして平べったくしていくようなイメージ、と言えば分かるかな。それがマスター出来れば、自由に力の形を変える事が出来る、つまり武器のようにな」
「(なるほどぉ)」
──イメージって、力ありきだよな。ならこの魔法がある世界じゃ、お父さんが言うところの魔法が使える遺伝子が存在してるのかな。
ヘルは前足を出した。直後にその肉球は“何も無い空間でムニッと止まる”。しかし特にはしゃぐ事はなく、ハルクと頷き合ったヘルは冷静にもう1度目の前の空間をムニッと確かめる。それからヘルは帰宅した。例によって玄関からではなく、庭から。ルアを背中から下ろし、いつものように体中にまとわりつく静電気を払う。そしてダイニングでの夕食卓の傍でいつものチキンを食べている時、ヘルは顔を向けた。リビングのソファーを逆に座り、ニコニコしながらヘルを見てくるペルーニとリヒカに。
「明日も修行するの?」
ペルーニが問いかける。
「(進展が無ければね)」
「ペルーニが禁界のお話聞かせてくれるの」
「(へぇ、あれでも精霊って禁界に行けないんじゃ)」
「んーん。ルアと心が繋がってるから、あたしにも翼の力が流れてくるの」
「(おー?そうなんだ。じゃあ翼と鎧出せるかな)」
「どうかな」
レーティは優しく微笑んだ。翌朝になって朝ご飯を食べ終えるとさっさと支度を始めたルアに。何故ならジュシアル・ブーツを履き、物騒なクロスボウを身に付けるいつもの支度なのだが、その顔は生き生きとしているからだ。
「今日は何だか張り切ってるわね」
「え、あうん」
それからレーティは玄関ではなく、リビングから庭に出たルア達に微笑む。──私も昔はよくバイクで遠出したな。そうレーティは変身して翼を生やしたヘルに跨がるルアを見ていた。
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
「行ってきまーす
(行ってきまーす)」
ルアはせっせと内周を走っていく。目の前には白色だけの服装の人達と黒色だけの服装の人達、そして決してグレーではない、黒と白の2色使いの服装の人達。白は天使の証、黒は悪魔と死神の証、そして2色使いは天使と悪魔のハーフである天魔の証。昨日よりも人数は多く、演習場の規模も大きい。ここは天使の王「天王」、悪魔の王「魔王」、天魔の王「天魔王」の3人の王が共同で治める三国と、死神の王「死神王」が治める死神界が共同で作った「合同演習場」。先ずは体力作りだと、ルアが兵士に混じって内周マラソンをしている傍らで、ヘルは死神の兵士と対峙していた。組手がしたいというヘルの申し入れに応えてくれたのは隊長としてその実力が知られているスカーリー・テルフォア大尉。
「(お願いしまーす)」
「ん、遠慮せずに来なさい」
ヘルは翼に力を込めて飛びかかる。ヒトとは違い、足はあくまで足。だからヒトが拳で殴るように前足を出してしまえば次に繋げる為のバランスが悪い。なら足ではなく翼を拳にすればいい。そうヘルは翼で殴りかかったり、鼻先から光の弾を放ったりと、四足歩行の動物らしい戦い方を繰り出していく。そんなヘルにスカーリーは彼の個性が形になった、“1辺が槍みたいに尖った菱形が2つ、そしてそれぞれの交差点を柄で繋いだといった形”の武器を出現させ、時には突き、時には斬り、更には菱形の側面を盾にしたりという戦い方で応戦していく。
一方、森を歩いていたアーサーは何やら賑やかしい雑音を耳にし、振り向いた。それからアーサーが何となくその足を向かせると、そこは合同演習場だった。腰くらいの高さの、塀としての役割を果たせるか疑わしいそんな塀の外から、アーサーはただ目を留める。大勢の兵士とやらが走り回っていたり、話し込んで笑い合っていたり、そして特攻部隊のヘルとかいった奴が1人の兵士と戦っていたり。──面白そうだな。
「アーサー」
呼びかけてきたロックエルに顔を向けたアーサーは直後目を丸くした。そして塀をピョンと飛び越えた。何故ならロックエル達の傍にはシャークの姿があったからだ。
「おうシャーク、何してんだよ」
「兵士の演習というものを見学している」
「ふーん」
「アーサーは何してた。せっかくテリッテやロックエル達がオレ達の教育係になったんだ。この世界に興味はないのか?」
「いやあるわっ。そうじゃねえよ。散歩してただけだ、全種類のエニグマをケンカで負かしてやるからな」
「そうか」
グズィールはふと見上げた。それは周りの住宅と比べて高さは同じだが横に広い建物である、ガッコウと呼ばれるもの。建物からは子供だけが出ていったり入っていったり。
「子供の時はみんなここでこの国の事を勉強したりするの」
グズィールはふとアリシアの横顔を見る。それは懐かしがったり子供に微笑んだり、そんな穏やかな表情だ。
「何で、みんな、アリシアみたいに優しいのかな」
「んー、それは難しいな。私はみんなが優しいから、私もみんなに優しくしたいなって思ったから。きっとそれはみんなもそうだと思うの」
「みんなが優しいのは、みんなが優しいから?」
「だからグズィールも、グズィールの仲間にも優しくしてあげてね。そうすればみんなもグズィールの事、大事にしてくれるから」
「じゃあ、アルファにも優しくしなきゃ」
「・・・アルファって?」
「私達の仲間。まだマフィアのところにいるの」
「そうなんだ、じゃあきっと寂しがってるよ」
斬撃を具現化した白い光が、パアッと弾けて空気を鳴かす。菱形の盾槍を叩いたその威勢の良さに、スカーリーは内心で頷いた。──翼を中心に意識した戦い方だが、隙があれば足からも攻撃を仕掛ける。それが出来るのは、洞察力が長けているからこそだ。
「今のは相手を良く見た動きだ」
「(えへ、どうも)」
「だが防御から攻撃に転じる時に迷いがあるようだな。まるで無意識に手加減しているかのように」
「(手加減か・・・。ボクの力だと、人間は簡単に死んじゃうから)」
「だがその弱さが相手に隙を作らせてしまう。それが命をやり取りする戦いなら命取りだぞ」
「(うん)」
その直後、ヘルはビクッとしながら塀の上を見た。明らかに何かを見た動きだと、スカーリーもふと振り返るが、スカーリーは何も居ない塀の辺りに、ただ固まった。──翼の力の気配はするが・・・。
「(シュナカラク!)」
「どうした」
「(あ、精霊だよ、ボクの友達なんだ)」
「精霊。そうか」
「(もしかしてザ・デッドアイとブラッジェルの居場所分かったの?)」
「いや、それが少々困った事になった。私なりに考え、先ずはアンシュカに相談すべきだと思い会いに行くと、スッチーに迎いに来て貰うという事になった」
「(そっか)」
ヘルはルアを背に乗せ、自分達の世界に戻る。そしてシュナカラクに導かれるまま地面に降りていくと、そこにパッとスッチーが現れた。
「やぁ」
「(うんどうも)」
「こんにちは」
エルフヘイムの魔法研究所2階、呼びかけてきた声に作業中だったドルタスは振り返った。そんなに広くないドルタスの持ち部屋に、予めやって来ていたアンシュカとラルガに加え、スッチー、ヘル、ルア、ペルーニ、そしてシュナカラク。そんな顔触れにドルタスは思わず立ち上がった。
「カフェ行こう、カフェ」
それから1階のカフェスペースのテラス席。リラックスしてきたからこそ、今更になってルアとヘルは未知なる国の初めて感じる雰囲気に妙にそわそわする。
「あれからザ・デッドアイとブラッジェルはロードスター連合王国のベンダンに入っていった。そこまでは良かったが、詳細な滞在地を見定めようと待っていたところ、検索が出来なくなった」
「まさか、ザ・デッドアイとブラッジェルも、トゥマーレを持ってるのかしら」
「僕のトゥマーレは1つしか作ってなかったよ」
「え、それじゃあ」
ルアとヘルはふと目を留めた。戸惑うアンシュカの隣で独り、何やら心当たりを思い付いたようにキリッとさせたドルタスのその眼差しに。
「もしかしてダークエルフかい?」
「あぁ、禁界のように検索出来ないのではなく、検索は出来るが感知出来ない。それはつまり、ダークエルフの霊気」
「でも、それって、どういう事かしら、ベンダンにダークエルフが居るにしても、普通の人間を感知出来ないなんて」
「簡単さ、ダークエルフの霊気で作った壁の中に入ればいい。シャドウがロードスター連合王国とシャンバートの架け橋なら、当然あっちの世界にもシャドウがあるといっていいだろうね」
読んで頂きありがとうございました。
スティンフィーは不思議ではないですがハルクも出てきてるので、きっと氷牙も出てくるでしょう。アンウェルカム・ハザーズは偶然であって例外ではないですから。




