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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「隠れ蓑 ―シャドウ―」中編

目を開けると、そこは森だった。──あれ?いつもの縄張り?・・・。いや──。グズィールは無意識に鼻をヒクヒクさせた。縄張りとは全く違う臭い。でも森。──あ、そうだった。グズィールは歩く。木漏れ日香る、静かな朝の森を。森を抜けてそれから、グズィールは顔を上げた。どこまでも伸びる塀と、その塀からひょっこり突き出た見張り台。塀伝いに歩くと、辿り着いたのは塀が開けた所と、そこに立つ2人の人間だったが直後、グズィールは首を傾げた。

「さっきと違う人達なの?」

鳴く鳥も存在しない静かな朝、グズィールと2人の門番は見つめ合い、2人の門番は「さっき?」と顔を見合せる。

「そりゃあずっとここに居たら疲れるし、交代しないと」

「交代・・・そっか」

グズィールは内心で目を丸くする。初めて会ったのに、2人は警戒というものをぶつけて来ず、むしろ微笑んできたという、その不思議さに。

「君、グズィールだよね?昨日、“下”から来たっていう」

「うん、何で知ってるの?」

「そりゃあそういう情報は兵士のみんなで共有しなきゃだし」

「共有・・・そっか」

グズィールはふと思い出した。マフィアのアジトの前に立つアルファを見かけた事を。

「ねえその、私達って、そっちに入っちゃだめなのかな」

「え?ううん。そんな事ないよ。自由に入って良いよ?」

「自由に・・・。じゃあ、2人の仕事って何なの?」

「強いて言うなら、エニグマの見張りかな」

「エニグマ?」

「三国や死神界の周りに居る生き物だよ。すごく大きくて、兵士じゃないと手に負えないからね。なるべく見張り台とか、国の入口から見張らないとね」

「そっか」

門番を通り過ぎる直前、グズィールは何となく振り返った。縄張りの無い森、そして自由に通っていい門。──まだ、ちょっと慣れないけど。グズィールは鼻をヒクヒクさせる。柔らかい日の光香る、静かな朝の噴水広場に。

「あ、あの」

前方から近寄って、話しかけてきた3人の女性達の優しい微笑みに、グズィールはふとグラシアを思い出す。

「昨日、グラシアさん達が連れてきたエニグマだよね?私、アリシアっていうの。こっちがエリカで、こっちはアゲハだよ。よろしくね」

「私、グズィール。アリシア達も兵士なの?」

「ううん。私達は兵士じゃないの」

「そっか」

「何となく不安そうに見えたから話しかけちゃったけど、大丈夫?」

「んー、大丈夫、だけど、まだ慣れないから、何となく歩き回ってた。この国の事、全然知らないし」

「そうなんだ。私達これからピクニック行くんだけど、一緒にどうかな?この国の事、色々教えてあげるよ?」

「ほんと?」

トボトボと歩きながら、グズィールはアリシア達の背中を見つめる。──どうして、ここの人達はこんなに優しいのかな。

シャンバートにて、朝だろうと何時だろうと、いつも静かな図書館。休憩がてら、ずらっと並んだ絵本を眺めていたアンシュカはふと、振り返った。小声で呼び掛けてきたドルタスに。

「ブラッジェルのアジト、やっつけたのね?」

「正確にはブラッジェルが逃げる為に自分達でアジトを爆破したんだけどね」

「じゃあ、逃げられたの?」

「あぁ。あっちの警察とか、ヘルって犬と契約してる精霊が探ってるから、ちょっと様子を見に来たんだ」

「そうなのね」

それから図書館に隣接するカフェ。そのテラス席で、アンシュカはドルタス、そしてドルタスと一緒に来たハイクラスの精霊で、外見は普通の黄色いオオカミであるジヴォーフとテーブルを囲む。ジヴォーフがキレイにお座りしているその隣でドルタスはゆっくりとコーヒーを飲み、そんなドルタス達と共にアンシュカはオレンジラテを一口。まるで休日かと、その時スッチーと共に瞬間移動してきたラルガはただ言葉を失った。──ホント、朝っぱらから緊張感ねぇなぁ。

「あ、スッチーじゃん」

ジヴォーフの言葉に2人は振り向いた。するとばったり出会った友達に歩み寄るように「やぁ」と手を上げていくスッチーの傍らで、ラルガとドルタスは目を合わせ、妙な沈黙を流していく。

「お前は?違う協力者か?」

「ドルタス、紹介するわね。あっちの世界からボディーガードしに来てくれてるラルガ。それでドルタスは、そもそもダーク・コーカスのリーダーを捜してる張本人」

「え、おお、お前がそうなのか。聞きたかったんだけどさ、そもそもお前らって何だ?警察か?」

「ううん。エクス・ルキュースは、ダーク・コーカスの被害者を助けるボランティア組織だよ」

「おいおい、まさかボランティアでテロ組織を潰そうってんじゃねぇよな?」

「いや、あくまでエクス・ルキュースは被害者の為の組織だよ。でも、僕は、元凶を絶たなきゃだめだと思って。だからこれはエクス・ルキュースとしてじゃなくて、僕が個人的にやってる事なんだ」

その一瞬、ラルガは眉間を寄せる。その表情から感じたのは、恨まれる側だからこそよく分かる、純粋な正義感の混ざった真っ当な憎しみだった。

「・・・ふーん。で、人に手伝わせておいて、お前何してたんだよ」

「そりゃ相手はダークエルフだしさ、武器を作ってたんだよ」

「ほう、出来たのか?」

「うんまあね」

「それでラルガの方は何か情報掴んだのかしら?」

「バーのマスターに聞いたらよ、何かダーク・コーカスを抜けた奴の中でダーク・コーカスにちょっかい出してる奴が居るんだと、そいつなら何か新しい突破口でも持ってんじゃねぇかな」

純粋に期待を感じて笑みを浮かべ、アンシュカはドルタスを見るが同時に、ドルタスは別に警戒はしてないようだが疑念を抱くような丸い眼差しをラルガに向ける。

「ただのボディーガードなのに、どうしてそんなに協力してくれるの?」

「まぁ、何だろな、成り行きっつうか・・・縁ってやつじゃないか?」

「そっか、僕からもお礼を言うよ」

アンシュカと“同族な微笑み”を見せるドルタスに、別に特に畏まったりなどしないラルガはただ小さく頷く。

「じゃあ、ラルガとアンシュカはその元メンバーに接触してくれるかな」

「ドルタスは?」

するとアンシュカの寂しさを匂わせるような問いに、ドルタスは勿体振るように自慢げな笑みを返す。

「まだ作りたい物があってさ。トゥマーレを応用させたら、もしかしたらダークエルフを炙り出せるかも知れないからね」

「え、どうするの?」

「ほら僕のトゥマーレを使えば霊気検索出来なくなるでしょ?でもその中なら逆にダークエルフの霊気だけを感じられるんじゃないかなと思って」

「それ良いわね」

「でも僕のトゥマーレ、ブラッジェルのアジトと一緒に爆発しちゃったから、また作らないと」

「おいおいちょっと待て、ブラッジェルってザ・デッドアイが逃げ込んだとこだよな?爆発って何だよ」

「僕、アマバラでザ・デッドアイっていう組織を知って、しかもザ・デッドアイは力を作り出そうとしてるっていうから、ザ・デッドアイがセンバドールに入った時に僕も入ったんだよ。それでブラッジェルに入った時も一緒に行って、対ダークエルフの武器が出来た時にブラッジェルから出たんだけど、そこからは成り行きっていうか、僕と一緒にデュープリケーターたちも樹海を出て、特攻部隊っていうのと一緒にブラッジェルのアジトを制圧しに行ったら、ブラッジェルのアジト、爆発したんだよ。僕達ごと巻き込もうと思って罠を仕掛けてたみたいでさ」

「まじか。俺がアンシュカとこっちに来てる間にそんなんなってたのかよ。で、ザ・デッドアイは」

「今探してる」

「つーか、デュープリケーターは」

「えーとここからだと、禁界は・・・あっちらへんかなぁ。何か、禁界の住人達が、行き場が無いなら禁界の森で暮らせばいいってこっちの世界に連れてきたんだよ。今頃は禁界の森で自由に過ごしてるんじゃないかな」

禁界というキーワードに心当たりの無いラルガはただ内心で首を傾げ、何となくドルタスの目線の先へ振り返る。分かったのは、デュープリケーターというものがどうやら敵ではなくなったという事。

「デュープリケーター、全員か」

「ううん、1人だけ、アルファっていうデュープリケーターはザ・デッドアイに居るよ」

「そうか」

──まぁ戦力が削れたのは事実か。そしてラルガは街を歩く。そこは中途半端に活気のある商店街。並んだ露店を見れば店員は人間だったりエルフだったり。振り返ればとある露店の前に居たアンシュカは買った食いもんに笑みを溢し、コップに入れられた串の刺さった食いもんをスッチーと分け合う。

「はい、ラルガの分」

「え?あぁ」

遊びに来てる訳じゃねぇのに。そう思いながらもラルガは同時に串を持つ。3色に着色された衣でカラッと揚がった丸いものが3つ。一口サイズのそれを口に入れると、直後にラルガは一瞬目を見開いた。──肉だ。鶏肉だな、これ。しかも衣の色にはちゃんと味がある。磯の香りに、辛み、野菜っぽい甘み。普通に美味えのかよ。

中途半端に活気のある市街地の中に建つ1棟の雑居ビル。1階にはテラス席のあるカフェが入っていて、そのビル自体からも明るさと若干の清潔さが漂う。そんなテラス席を通り過ぎると、やがてラルガはカウンターの中に立つ若そうな男を見据えた。

「バー・テラントのマスターから、デーダって奴を紹介されたんだが」

「奥のエレベーターから最上階に行ってくれ」

まるで前から知り合いかのように、店員の男は表情ひとつ変えずにラルガに応え、ラルガは一言返事をするとさっさと歩き出す。そんなやり取りにアンシュカは目をパチクリさせ、店員とラルガを交互に見つめる。それからエレベーターは客人達を吐き出す。ビルの見た目からしては何となく狭い部屋。客を迎える為の2つのソファーと真ん中のテーブル、小さな冷蔵庫とそして1人のエルフの男。目を合わせるエルフの男とラルガ。しかしそこで最初に口を開いたのは、アンシュカだった。

「デーダさん、ダークエルフなの?」

「ダーク・コーカスに入った時に“闇に堕ちた”が、今じゃ形だけの『イマージ』さ」

そう言ってデーダは微笑んだ。ダークエルフとなった時、その闇の刻印は魂に刻まれ、決して無くなる事はない。しかし改心すればそれは形だけの刻印となり、そういうエルフを俗にイマージと呼ぶ。

「あたしアンシュカよ、こっちはラルガ」

「あぁまあ座ってくれ」

それからソファーに座ったアンシュカはラルガを見つめた。その眼差しには特に表情など乗せず。しかしラルガは悟った。その眼差しに宿る、自分で取ったアポなんだから自分で話を進めろという冷静さを。

「あんたは何で、ダーク・コーカス抜けたんだよ」

「うん・・・明確な理由は、無いだろうな。ただ単に恐怖を感じたんだ。このまま闇に身を投じる事に。そしてダークエルフのその先にあるものに」

「その先?」

「ダークエルフはね、言わば“道筋”なんだ。その極致にあるものは、絶対的な力と破壊。ダークエルフだろうとエルフはエルフ。その極致に対して恐怖を感じない方がおかしいというものだ。しかしまぁ、ダーク・コーカスのリーダー、デルスクスはその極致を目指しているがね。私が極致に恐怖したのも、極致を目指すものに関わったからなのかも知れない」

「デルスクス、そいつがリーダーの名前か」

「あぁ、それで君達はエクス・ルキュースの使者かな?」

「いや、俺はこいつのボディーガードってだけで、こいつも知り合いを手伝ってるだけだ。けどその知り合いがエクス・ルキュースだから、まぁ無関係じゃねぇ、っつう程度だな」

「そうか」

「エクス・ルキュースのハムナドさんに、トニカに来ればデルスクスについて何か分かるかも知れないって言われたのよ。ずっと昔に住んでたからって。何か心当たりないかしら」

「確かにダーク・コーカスの創設以前からデルスクスはこの街に住んでる。何故ならこの街には『シャドウ』があるからだ。シャドウとはその名の通り、世間には決して顔を出さない秘密結社。エクス・ルキュースですら感知出来ないほどのね。その活動は主に、ダークエルフを匿う事だ」

「え、じゃあデルスクス、トニカに居るの?」

「安心するのは尚早だよ、お嬢さん。何故、エクス・ルキュースは20年以上もデルスクスを捕らえられていないのか、分かるかい?」

「え、何故?んー、何でかしら、シャドウの人達が強いからとか」

「まぁそれもある。シャドウの戦闘員はシャンバート製の武器を携えているからね。しかしそれだけじゃない──」

その瞬間、ラルガは片眉を潜めた。その警戒心はエクス・ルキュースの関係者に対して協力的な眼差しというより“好奇な眼差し”に対してのもの。

「捕らえられないんじゃなく、捕らえないんだよ。エクス・ルキュースの創始者の誰かに、デルスクスか或いはシャドウと繋がっている者が居るんじゃないかと私は見ている」

「そ・・・そんな、そんな事って」

「まぁ確証もない私の勝手な見立てだ、今は聞き流すがいい」

「バーのマスターからは、あんたはタンジーケルの裏の顔に詳しいって聞いたんだが。シャドウとタンジーケルはどんな関係なんだ」

「私もタンジーケルに居てね、ダークエルフとしてタンジーケルが政府に隠れて裏でやっている事に関わってた。シャドウとの関係というと、タンジーケルはシャドウがとある活動を円滑に進める為に作った隠れ蓑といったところだ。シャドウ本体が主導的になってしまうと組織の存在自体が知られてしまうからね」

ラルガはふと、その脳裏にユピテルの顔を浮かべた。まるで、おっさんのようだと。

「とある事って?」

勿体振った言い方に食いつくアンシュカ。そんなアンシュカに得意気な笑みを見せると、デーダは飲み物を一口。その細い糸のように立ち消える湯気からはほんのりとシナモンの香りが漂う。

「それは、この国だけじゃなく、この世界をも陥れ兼ねない重要な事だ。その事に首を突っ込めば、恐らくシャドウから命をも狙われる事になるだろう、それでも聞くかい?」

「え・・・」

ラルガは目を留めた。自分を見てきたアンシュカが初めて見せた、子供のような不安げな眼差しを。しかし直後、ラルガはニヒルに笑みを溢す。

「わ、笑うとこじゃないわよぉ」

「いや、単純に面白そうだなって思ってな。要は首を突っ込まなきゃいいんだろ?」

「そうだけど」

「なぁ、1つヒントくれよ、その情報は、デルスクスを潰す武器になるのか?」

「・・・そうだなぁ、悪を暴く事は出来ても、個人を破滅させられるかは分からないな」

興味がありそうに鼻声で相槌を打つラルガ。そして飲み物を一口。そんなラルガを隣にアンシュカはスッチーと顔を見合わせるが、いつものように優しい微笑みを浮かべているスッチーに、アンシュカは“精霊に守られているという常識”を改めて噛み締め、内心で頷いた。

「まぁ聞くだけ聞かせてくれよ。ヤバイ情報の扱いには慣れてる方だぜ?」

「そうか。・・・現在シャドウが匿ってるのはダークエルフだけじゃない。匿ってるもう1つのもの、それはロードスター連合王国との繋がりだ」

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