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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「隠れ蓑 ―シャドウ―」前編

シャンバートの中では都会な街トニカ、そこにあるリーズナブルで庶民的な普通のレストラン。人間とエルフが良い意味で分け隔てなく、悪い意味でごちゃ混ぜにされた、エルフヘイム育ちのエルフであるアンシュカにとっては新鮮なガヤガヤで満たされたそこで、アンシュカはスプーンで掬ったフルーツゼリーを頬張った。庶民的レストランに相応しい、庶民的な味。そうアンシュカはデザートで頼んだフルーツゼリーを平らげると満足げに溜め息を漏らした。そんなアンシュカを見ていた時、ラルガは何かに勘づき、眉間を寄せる。

「お前、まさか、未成年か?」

いやまさかな。そう心で呟きながらもラルガはアンシュカの中の、美しさの中に伺えるあどけなさを疑う。すると世間話なトーンのそんな問いに、アンシュカはパッと笑みを溢した。

「エルフには未成年っていう概念は無いけど、19って未成年かしら?」

「それは国に依る。それより、19かよ・・・」

「問題あるかしら」

「いや問題は無ぇ。ただ気になっただけ」

まるで環境も遺伝子も良いものだけをバカみたいに独占する金持ち共のお嬢様みたいな大人びた美少女であるアンシュカから、ラルガは目を逸らし、窓越しに外を眺める。──どうせ、最初から住む世界が違うんだ。ていうか何か分からねぇが急に不安になってきた。歩き回ってたのを黙って付いてきてやったが、ノープランだったのか?。

「で、この街に手掛かりがあるってだけじゃ、実質的には手詰まりって事だぞ?」

「大丈夫よ。ドルタスのお父さんがこの街に詳しい人を使わせてくれるから。とりあえずその人が来るまでのんびりかしらね」

「俺、必要か?」

「だってほら、あっちも知らない人の方が安全でしょ?。こっちの世界で助けてくれる人達は素性がバレてるかも知れないって、ドルタスのお父さんが」

「そうか。つーか、人捜しなんだろ?精霊に任せればいいんじゃねえのか?」

「それがね、ダークエルフっていう存在は少し厄介でね。禁術使って精霊の力を直接取り込んでいるから、精霊による霊気干渉を受けないようになっちゃうのよ。例えるなら、お水に赤い絵の具を垂らしても赤色は分かるけど、赤いお水に赤い絵の具を垂らしたら分からなくなっちゃうでしょ?」

「んだよ、行方不明なんてあり得ないとか言ってたくせに」

「ダークエルフは、精霊でもなく、精霊以外の生き物でもない、不安定な存在なの。だから霊力も強くて危険で、とにかく常識から外れちゃってるのよ」

「何だそれ。それって、逆に方法無えんじゃねぇか?」

「そんな事は無いわよ。精霊が言うには強すぎる力は歪んで見えるみたいだし、それに目視なら逆にどんなに変装しても分かるらしいから」

「つまりは普通に足で捜すしかねぇって事か・・・」



第22話「隠れ蓑 -シャドウ-」



夕暮れ時、それからレストランを出た直後、アンシュカは立ち止まり、微笑んだ。目の前にスッチーが現れたからだ。

「情報をくれる人、仕事が終わったから待ち合わせのホテルに居るよ?」

「うん、じゃあお願い」

ごく普通のホテルのエントランスにパッと現れた2人の男女に他の客達やら受付嬢が眼差しだけでざわつくが、そんな世間の目などどこ吹く風だとアンシュカは並んだソファーたちの1つに座る、スッチーが指を差した中年男性に近付いていく。

「あなたが情報をくれる人かしら?──」

その瞬間、ラルガはただ目を留めた。明らかに人間である、中途半端に老け込んだ作業服っぽい服装の男の、“タメ口にポカンとした表情”に。

「あたしアンシュカよ」

「ああ、オレはジョナンザ」

それから次にラルガが理解したのは、立ち上がり、アンシュカと握手を交わすと、ジョナンザが向けてきた“ワルそうな奴に素直にワルそうな奴を見るような眼差しを向ける態度”だった。

「大方、用心棒か何かか?」

「まあな」

「オレが教えてやれる情報は1つだ。先ずオレの会社はイベントや建設現場などにおける、差し入れ専門の配達業をしてるんだ。エクス・ルキュースも取引先の1つでね。ハムナドとは仕事終わりにたまに飲む仲なんだ。んで、前に建設現場に配達に行った時、妙な紋章の服を着た男を見かけてね、飲みの席でハムナドに話した事を覚えてたのか、ハムナドがその話をしてやって欲しい人がいるって連絡してきて、ここに来たって訳だ。問題はその紋章なんだが、先ず文字は読めないわ、見たこともないわで、情報って言えるほどじゃないかも知れないが、ダークエルフとか言ってたから、全く関係ないとは言い切れないんじゃないかな」

「その、話してた相手は?」

「恐らくは建設してたビルの関係者だと思う」

「そのビルって?」

「こっから5ブロック行ったとこの、『タンジーケル』って製薬会社の持ちビルだ」

「裏でヤバイ事してるとか話はねぇのか?鉄板だろ?」

「さあな。そっからは自分達で調べる事だ」

ブーンとバイクが通り過ぎていく。そんな交通量の少ない道路、並びに疎らな通行人を背に、2人は揃って見上げた。それは30階ほどの、普通に豪勢な自社ビルだ。単にその大きさにアンシュカは無邪気に笑みを溢し、どうせ裏で何かやってるんだろうとラルガはニヒルに笑みを溢す。しかし直後、ラルガは歩き出したアンシュカの腕を掴んだ。

「え?」

「まさか入ろうってんじゃないよな?」

「んー、やっぱだめかしら」

「こういう時こそ精霊なんじゃないのか?」

「あは、そうね」

黙って頷き合い、そして人には見えない状態でタンジーケルの敷地内に入っていくスッチーを見送ってそれから、アンシュカ達は図書館に居た。ページを捲る音や本棚に本を戻す音、靴によって違う足音、そんな小さな動きが余計に響く静寂に満たされたそこで、パソコンはタンジーケルの情報を表示していく。そんなパソコンの画面を慣れた手付きで触っていくアンシュカ。読めない異世界の文字に退屈し、パソコンから目を逸らしていくラルガ。

「へぇ、そうなのねぇ」

「何か分かったか?」

「タンジーケルって、シャンバート政府の下請けみたいね。って、どういう事かしら」

「分かってねぇのかよっ。だからつまり、キナ臭ぇって事だろ」

「そうかしら?」

「なぁ、そもそもタンジーケルってのは、どれくらい古い会社なんだ?」

「んー、あのビルが建った時からみたいだから、17年前からね」

「割りと新しい方か。やっぱキナ臭いぞ」

「何でかしら」

「つまり、隠れ蓑にする為に作られたスケープゴートだと考えてもまぁおかしくはないって事だ。つっても中には何十年も前からある会社を丸ごと買収してっていう強者も居るが」

「隠れ蓑、って・・・何するのよ」

「それは・・・匿うんだろ。ヤバイものを」

「ヤバイものって?」

「知るかよっ。それを調べてんだろ。とりあえずは、会社の社長か、顧問何とかの辺りが黒幕の相場だからな。そういう奴から調べるかな」

「社長さんねぇ。・・・この人ね、フレクザー・シック。あら?」

「あ?」

「見たことあるような顔ね。どこで見たかしら。あっ」

ラルガはふと気を留めた。思い立ったようにアタッシェケースから書類を取り出すアンシュカのその手付きと、リュックのように肩掛けベルトの付いたアタッシェケースというそのデザインに。

「やっぱり、シックって人、ダーク・コーカスのメンバーよ。名前はスディーバス・カナツ。フレクザー・シックは偽名ね」

「え?ダーク何だって?」

「あら、言ってなかったかしら。調べてるテロ組織よ」

「は?何だって?政府お抱えの会社の社長がテロ組織のメンバーって、いや、政府はそもそも知らないか、被害者ってパターンもあるか。ニュースにはなってないのか?」

「カナツは、ダーク・コーカスでも工作員だから、表立ってテロリストとしては知られてないのよ」

「ふーん。でもま、タンジーケルは当たりだな。で、そいつからリーダーに辿れるかってとこだが、どうすっかな」

そこで2人が見下ろしたのは、クシャクシャにされて足元に転がってきた紙くずだった。拾い上げようとおもむろに手を伸ばすアンシュカ、警戒心を膨らませ、辺りを見渡すラルガ。特に怪しい奴は見つけられないと眉間を寄せたラルガの隣で、そしてアンシュカは紙くずを広げた。

〈スッチーは預かった。返して欲しければタンジーケルに来い。3階の第1会議室だぞ〉

「・・・そんな」

ラルガはふと内心で、首を傾げた。──何だこの、会話みてぇな置き手紙は。

「なぁ、精霊って瞬間移動出来んじゃねぇのか?」

「多分、拘束魔法か何かよ」

いよいよ、用心棒として働く時が来たか?。そうラルガはさっき来たばかりのビルを見上げ、敷地に足を踏み入れていくアンシュカについていく。門は無く、公道とを隔てる為の柵としての役割を担った花壇と、入口までのちょっとした広場。そして特に警備員は置いてない、異世界のくせに何の違和感もないよくある入口。恐らくは、外見では警備員を置くというポーズを見せる必要のない良心的な会社なんだろう。だとすれば政府はテロ組織の事を知らないというパターンが比較的有力か。ラルガが頭を巡らせている傍らで、アンシュカは不安げに見渡す。その広さ故に妙にそう感じてしまう、静かなエントランスを。

「あの、何かご用ですか?」

受付嬢の少し警戒した声色が2人の足を止めた。大人っぽさと子供っぽさがよく混ざり合った女性と、その雰囲気とは対照的な、明らかにどこかの暴力組織の人間という感じの男に、受付嬢は一体どんなコンビだと眉間を寄せる。

「えーと、3階の第1会議室に呼ばれたのよ」

「どなたとのアポでしょうか」

「そういえば名前書いてなかったわね。多分、フレクザー・シックじゃないかしら」

「確認致しますので、お待ち下さい」

警戒心に突き動かされるようにコードレスの受話器を持ち、受話器から浮き出させた操作パネルのホログラムを触り電話をかけた受付嬢に、アンシュカは不安げに表情を曇らせ、ラルガはいつでも戦いのスイッチを入れられるように気を張り、周りを見渡す。

「・・・シック社長、社長に、3階の第1会議室に呼ばれたという方がお見えですが・・・・・畏まりました」

アンシュカとラルガは内心で胸を撫で下ろした。受話器を下ろした受付嬢は、途端に警戒心をしまい込んだからだ。

「失礼しました。どうぞ」

それからエレベーターはやけに浮き足立つような3つの高音で到着を知らせた。偶然なのか、わざとなのか、誰も居ない3階を進み、そしてアンシュカは会議室の扉を開けた。

「スッチー」

アンシュカが見たのは、椅子に座らされ、光の輪っかで椅子ごと締め付けられたスッチーだった。同時にラルガは若干拍子が抜けるように闘志を落ち着かせた。誘拐された現場ってのは、捕まった奴がやけに広い部屋にポツンと座らされてるのが相場だが、そこには普通にテーブルが四角く並べられ、普通に椅子が中央に向けて並べられた、普通の会議室だったからだ。そして男とスッチーが奥の面に並び、スッチーが捕まっていなければ本当に客を迎えているかのような、そんな雰囲気だったからだ。

「カナツさん、あなたまさか、ダークエルフなの?」

「いかにも。アポの無い精霊が侵入してきたのを偶然見かけてね、話を聞かせて貰うと仲間は図書館に居るというので、呼んだ訳だ。でお前達は、何なんだ?態度によってはこの精霊の命は無いと思いたまえ」

「あたし達は、ダーク・コーカスのリーダーを捜してるのよ」

「エクス・ルキュースの使者か。会ってどうする」

「あたし達は職員じゃないわ?手伝ってるだけよ。だから、リーダーを捜してどうするかは、知らないのよ」

「チッ・・・捕まえたのは末端か。無駄骨だったな。お前達を雇ってる者は誰だ」

「ハムナドさんにも手伝って貰ってるから、エクス・ルキュースと言ってもいいわね」

「ハァ・・・」

溜め息の後、カナツが立ち上がり、ラルガは気を張る。しかしアンシュカは目を見張った。何故なら直後、スッチーを拘束する光の輪っかは消えたからだ。

「ハムナドに伝えろ。次、俺が目障りと感じたら、容赦しないとな」

ブーンとバイクが通り過ぎていく。──組織相手に探りを入れるのは、そうそう簡単じゃねぇ。そうラルガはタンジーケルのビルを見上げた。その傍らでは「きゅう~」と鳴いて落ち込んでいるスッチーと、そんなスッチーを優しい微笑みで慰めるアンシュカ。

「しかし、あいつも間抜けだよな。ネズミとは言えまんまと逃がすなんて。んな事したらマフィアの世界じゃ絞められんのに」

「末端って事と、エクス・ルキュースの存在が分かってるって事が幸いだっだわね」

「ふーん、まぁそうか。で、ここじゃもうこそこそ出来ねぇし、他のメンバーでも捜すか?いやでもカナツから情報が回ったら終わりだな」

「そうねぇ。それならもうちょっと、タンジーケルじゃなくてトニカについて調べようかしらね。ダーク・コーカスのリーダーとタンジーケルが繋がってるかはまだ分からないし」

「どうやって」

「え、図書館」

「またかよ。自由研究じゃねぇんだから。ここは1つ、俺がマフィアのやり方ってのを見せてやるよ」

「乱暴はだめよ?エクス・ルキュースの評判がかかってるんだから」

「あ?何言ってんだ、俺もあんたもエクス・ルキュースの関係者じゃねぇんだろ?」

「無関係じゃないわよ?雇われの身よ」

「まぁ、そんでも、いざとなったら力のある俺しか出来ねぇ事だろうから、その間あんたは図書館で涼んでろよ」

アンシュカは宿泊先のホテルの部屋で、ベッドに横たわる。自身なのか過信なのか、ちょっと不安を感じてしまうラルガの笑みをふと思い出しながら。窓を見れば目に映るのは夜空。自分としては図書館は明日になってから。しかしラルガはこんな時間こそ活動しやすいとホテルの部屋を出ていった。

「ねぇスッチー」

「・・・ん?」

横たわったままアンシュカは顔を傾ける。その目線の先には椅子に座り、天を仰いで寛ぐスッチー。

「どうして、あの時ラルガのとこに寄越したの?サハギーのとこでも良かったのに」

「あ、あれ?んー、ピンと来たから、かな」

「え?それだけ?」

「そういうものだよ、巡り合わせって」

「・・・そう」

どの世界も、こういう雰囲気は大差ねぇな。思えば、アンシュカがいきなりバーに来なかったら、俺はこんなとこまで来なかったのかな。いやそもそも、あのおっさんに会ったからだよな、こうなったのは。ラルガはグラスの中の氷をカランと泳がせる。異世界という事を忘れてしまいそうになるほど、違和感のない琥珀色の酒を見つめて。そうここはとあるバー。一口目の酒を飲み、ラルガはこれまた違和感のない服装の中年の男を見る。

「おっさん、ここいらで、タンジーケルの裏の顔に詳しい奴知らないか?」

当然の如く、マスターは顔をしかめたがラルガは直感した。しかめっ面の眼差しに見る、恐怖心の欠片もない、いかにも“ワルい奴が蠢く世界に慣れきった強さ”を。

「教えてやってもいいが、新顔が自由に動けるほど、その世界は広くないぜ?」

「問題無い。俺はそういう世界で生きてっから、歩き方なんて身に染みてる」

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