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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「ナイト&メア」前編

ゆっくりとフォークが刺され、むにゅっとケーキが歪む。それからフォークはケーキの先端を切り取り、アンシュカの口へと運ばれた。メロン味のスポンジと、ミルクチョコレートのクリームが織り成す、至福の一時。そうアンシュカは笑顔を溢す。そんなアンシュカを、微笑ましく見つめるドルタスの父ハムナド。そう、ここはエクス・ルキュース本部。

「どうかな、新作のメロンケーキは」

「ボランティアで出すには勿体ないくらい美味しいわ?」

「それは良かった。それで、ドルタスは何て?」

おもむろにフォークを置くと、アンシュカはバッグから書類を取り出し、ハムナドに手渡した。さっさとフォークを持ち直すアンシュカの傍らで、ハムナドはクリップで留められただけの簡易な書類に目を通していく。

「これから、ダーク・コーカスのリーダーを捜すの。それ見せたらドルタスがシャンバートが怪しいって言うから、ドルタスが用事を済ませてる間に、あたしは先行してシャンバートに行くの」

「そうか、なるほど。シャンバートに行くなら、トニカという街に行ってみてくれないか。そこはダーク・コーカスの長であるダークエルフの男が、ダーク・コーカスの創設以前に潜伏していたとされる街なんだ。何か分かるかも知れない」

「分かったわ」

「それと、シャンバートに行く際には、用心棒を連れた方がいい。ダークエルフの詮索に危険が伴うのも理由の1つだが、シャンバートはエルフと人間が混在する国。精霊と関わってないという事は、エルフだろうと関係なく犯罪に巻き込まれるという事だからな」

「用心棒、紹介してくれるのかしら」

「そうしたいのは山々だが、エクス・ルキュースの職員だと分かれば逆に危険だ。申し訳無いが、用心棒はアンシュカの方で用意して欲しい。その代わり、情報提供の面では協力は惜しまない」

それからスッチーと共にアンシュカが来たのは、ニルヴァーナだった。受付など通らず、目の前にパッと現れたアンシュカとスッチーに、ユピテルは一瞬だけ目を見開く。

「何かお困りごとかな?」

「あら分かる?ちょっと用心棒が欲しいのよ。あっちの世界まで。ラルガ、借りていいかしら?」

「大丈夫だと思うよ?まだザ・デッドアイには襲われてないから、ザ・マッドアイの方も準備は順調だろうしね」

行きたい場所があり、会いたい人が居ればひとっ飛び。その便利さはいつ目の前にしてもやはり科学者としての高揚感がある。そうユピテルはパッと姿を消したアンシュカ達に、独り静かにふっと笑みを溢し、独り静かに仕事を再開させる。しかし一方、ザ・マッドアイの拠点、他愛ない会話をしていただけのマフィアの男共の輪の中にスッと入ってきたアンシュカ達に、ラルガは口を半開きにして固まった。



第21話「ナイト&メア」



「何だよ、いきなり」

「ラルガ、あたしの世界であたしの用心棒して欲しいのよ。ユピテルさんにはもう話したわ」

「用心棒?あんたの世界、って何すんだ」

「あたしこれから、とあるテロ組織のリーダーを調べるから。でも大丈夫よ、何も乗り込んだりはしないから。でも相手が相手だから、用心棒は必要でしょ?」

「テロ組織だ?あんたまさか、そっちの世界じゃ警察か何かか?」

「そんなんじゃないわよ。だから用心棒が必要なんじゃない」

「ま、確かにな」

異世界とか、そんなもんにワクワクするようなガキじゃねぇ。ただ見知らぬ新天地に人並みの不安があるだけ。そうラルガがアンシュカのお願いを渋々了承したところで、妙にニヤついていたギールは正に友人でもからかうように笑った。

「ラルガの女か?随分と美――」

「そんなんじゃねぇよ」

また1つ瓦礫が押し退かれ、ガシャッと虚しく音が鳴る。鎮まり返ったクランの樹海、それからキレイに潰れて瓦礫と化したアジトの下から、のっそりと這い出てきたルアとヘル。ようやく光壁を消すとルアは溜め息を吐き下ろし、ヘルは全身をブルブルさせる。

「(ぷー、ビックリしたニャー)」

「あなたは犬でしょ」

「(まぁ、厳密には犬と猫の間だけど)」

ルアはふと目を向けた。同じように瓦礫から這い出てきて、ヘルのように全身をブルブルさせるシャークに。それからグラシア達、デュープリケーター達もやれやれと瓦礫に振り返っていく。

「バノの野郎・・・」

呟くシャーク。そんな中でノイルは改めて落胆した。――もうすでに、もぬけの殻だったか。

「(ノイル、どうするの?)」

「臭いで追えるか?」

「(やってみる)」

ヘルは目を閉じる。1キロ以内の臭いが判るという、ケルベロス・ヘルハウンド特有の嗅覚は何も、ただ鼻をヒクつかせればいい訳じゃない。超音波を発して地形を把握するエコーロケーション。その返ってくる超音波の臭いを嗅ぎ分けるのだ。

「(うん。こっち)」

しかし迷いなく歩き出した矢先、ヘルは振り返った。目線の先にはちょっと隆起した岩肌に立っているシュナカラクの姿。――あれ?。

「(ボクよりシュナカラク達の方が良くない?樹海から出たんだし)」

「そうだな。では私がマフィアの行方を探るとしよう」

「(うん。お願いね)」

当然精霊の姿など見えず声も聞こえないが、ヘルの言葉から何となく話の行方は分かる。そうノイルはヘルの目線の先に向けて目を泳がせる。

「お、おう。なら1度戻るぞ。アジトの崩壊とマフィアの逃亡、すぐに報告しないとな」

周りと距離を取った適当な木陰、別に日光が嫌いな訳でも、賑やかさが鬱陶しい訳でもない、何となく、こういう方が落ち着く。そうナイトは眺めていた。厳かな規制を敷き、マフィアに対抗しようと群れを成している警察を。マフィアからは全く感じた事のない、暗く刺々しい雰囲気のない穏やかさに満ちたグラシア達を。新しい出会いと新しい景色に、早くも順応し始めているデュープリケーターたちを。

「事実上、ブラッジェルは壊滅か。デュープリケーターもあの通りだし、樹海での臨戦態勢は解いていいだろう。アジトの片付けが済んだら随時規制も解く。ノイル、並びに特攻部隊、ご苦労だった」

「あぁ」

「んで、その精霊ってのはどれほどの追跡能力なんだ」

「(ここみたいなジャミングが無ければ追跡能力は100パーだよ)」

それでもその場の責任者であるTSA隊長は、ただ唸り声を溜め息と共に吐き下ろす。そんな傍らで、グラシアは静かに佇んでいるナイトに歩み寄る。その瞬間、隣のメアに人見知り感を目で訴えたナイトの素振りなど構わずに。

「ちゃんと話すのは初めてだよね?私、グラシアっていうの」

再び、黙ってナイトはメアを見る。

「悪ぃな、こいつは滅多に喋らない」

「そっか」

「こいつはナイト。俺はメア」

「2人はこれから、どこで暮らすか考えてる?もし行く当てが無いなら、他のみんなと一緒に私達の国に来ない?」

「みんなって、あいつら、全員そう決めたのか?」

「うん。何も街で暮らす事はないよ?国の周りは森で囲まれてるから、森で自由に過ごせばいいの」

「自由に・・・」

ナイトはメアに顔を向け、メアはそれぞれリラックスしているデュープリケーターたちをふと眺める。憎しみの対象であるマフィアの居ない森では、“最早俺に存在理由は無い”。自由になるという事は、そういう事だ。そうメアは、とっさに言葉が出せずにいた。そんなメアの気持ちを当然分かってて、それでも黙るナイト。微かに、寂しさが漂う。それでもグラシアは返事を待つ。そんなふと訪れた沈黙を前にしても。

「・・・考えとく」

「うん。分かった」

それからその賑やかな輪に戻っていったグラシアを遠目に、メアはナイトと平穏を共有する。

「俺の事は、気にしなくてもいいぞ。どっちにしたって、もうマフィアの手下はゴメンだろ?」

その時ふと、ナイトの脳裏に甦った。白昼の天を貫く、大口径ビーム級の眩い閃光が。満ちた自信が散らされる雲と共に砕け散った、その敗北感が。そして辿り着いたクランの樹海。体の傷は治っているのに、決して消えない疎外感。それは脱皮した直後に受けた、時間を稼げという命令を完遂出来たかも分からずノコノコ帰ってきたという居心地の悪さだ。しかし森の中、そこにマフィアの男がやって来た。それから叱られもせず、誉められもせず、連れて来られたアジトで、新たに造られていくデュープリケーターたち。更には自分のデータで、強化されていくマフィア達。もうすでに、自分の存在理由なんて、分からなくなっていた。弱い自分への怒りやら悲しみやら、デュープリケーターたちへの嫉妬やらで気が付けば足を運ばせていた適当な洞窟。冷たい空気と、簡易な照明が届かなくなった真っ暗闇が、妙に気持ちを落ち着かせてくれた。自分なんて、必要無いという、孤独。

「ここに居たんだ」

真っ暗闇だから姿は分からない。しかしその声は、紛れもなく、あの少女のようなデュープリケーター。

「(何しに来たんだ)」

「心配、だったから。あなたも、傷付かなくてもいいのに傷付けられた」

「(・・・もう放っといてくれ。本当に一時的な時間稼ぎの為に造られたオレは、もう必要無いんだ)」

「私もそうなの。私なんて、最初から誰にも期待されてない。だから私達、仲間だよ?」

「(仲間・・・オレは、お前たちとは違う。お前は、最初からマフィアでもなかっただろ。一目見た時から、お前は自由だった。オレには、自由すらない)」

少女と犬のデュープリケーターは森を歩く。そこにやって来たのは、アーサーだった。初めて顔を合わせ、固まる三者。しかし敵意など生まれる訳もないそこで、アーサーはふんっと鼻で笑った。

「お前、名前は?」

「え・・・そういえば、無い」

「俺はアーサーだ。覚えとけ」

「・・・うん」

「で、ナイトメアは?」

「ん?」

「暗闇から出てこないから、俺が勝手に名付けた。名前は必要だ。名前は、それだけで自分の存在理由になる」

「そっか。出てくる気は無さそうだから、放っておいてあげたら?」

「チッめんどくせえな。戦力的には問題無いんだろうけど、様子見て来いってうるせえんだよ、あいつら」

明くる朝、少女と犬のデュープリケーターたちは知らない臭いに、ふと振り返った。殺気の無い足取り。だがしかしそこは、真っ暗闇の洞窟の中。

「誰?」

「オレは、シャークだ。あんたがナイトメアか」

「違う」

「え?だってアーサー、ナイトメアは洞窟に居るって言ってたぞ」

「ナイトメアは、隣の洞窟。私達も洞窟に住む事にしたから」

「あんたら、名前は何だよ」

「私達、名前は無いよ」

「何故だ」

「え、何でだろ。・・・分からない」

「何故分からない」

「そんな事、聞かれても」

「名前は必要だと、誰もが言ってる。必要なのに無いという事には、理由があるはずだ」

「理由・・・それはきっと、私は誰からも必要とされてないから、だと思う」

「・・・そうか」

それからその洞窟を出てきたシャークは、“足をしまった”。脱皮してから、すぐに体が浮かせるようになった。しかも浮いていた方が何となく落ち着く。そうシャークは体から青い筋を浮かび上がらせ、ユラユラと森を進んでいく。

「おーい、ナイトメア、居るのか?」

「(・・・・・・誰だ)」

「オレはシャーク。あんたがナイトメアか。あんたは何故、ここに居るんだ」

「(唐突に何だ)」

「興味があるんだ。マフィアの人間達には様子を見て来いって言われたが、それはついでで良い。オレは、デュープリケーターが何なのか、マフィアの人間達は何なのか、知りたいんだ」

「(オレが何なのか、オレはもう、興味無いな)」

「それは何故だ」

「(・・・理解したからだ。オレはもう、必要の無い存在だと)」

「必要、か。あのヒトのデュープリケーターも同じ事言ってたな。必要無いから名前も要らないと。でも、じゃあ何故、意思を持ち、言葉を発するんだ。森は言葉を発しない、しかしあんなにも生い茂ってる。あんたもそうなんじゃないのか」

「(どういう、意味だ)」

「必要とされてなくても、存在理由はあって良い。オレはそう思った。あんたには存在理由は無いのか?」

「(そういうお前はどうなんだ)」

「オレはマフィアに従ってここに居る訳じゃない。オレは、知りたい事を知る為に考え、動く。それがオレの存在理由だ。あんたはどうなんだ?洞窟に居る事が、存在理由か?」

「(それは分からない。ここに来たのは、ただ世界を見たくないからだ)」

「それは何故だ」

「(オレを必要としない世界を、見る理由が無い)」

「・・・なるほど」

「(・・・なあ)」

背中を向けた矢先、シャークは振り返る。

「(あのヒトのデュープリケーターは・・・どうしてる)」

「どうしてる、とは。あんたと同じように、近くの洞窟に住んでるが、どう気になるんだ」

「(あいつは、オレと同じように必要とされてないのに、オレとは違う。アーサーに、何故ナイトメアと呼ぶのか聞いたら、マフィアは少なくともまだオレを気にしてると言っていた。誰かに気にされてるなら、名前は必要だろ)」

「ああ、確かに、オレも、あのデュープリケーターは気にはなる」

「(アーサーにでも考えさせればいい)」

それからシャークは洞窟を出た。無意識に出た小さな溜め息に、ふと空を見上げながら。ユラユラと森を行き、そして到着したマフィアのアジト。すると待ち兼ねたようにそこに居たのは、アルファだった。

「シャークも、連れ戻せなかったの?」

「別に、マフィアの命令なんか気にしちゃいない。オレはナイトメアと話がしたかっただけだ」

「命令なのに」

「だったらあんたが行けよ」

「うん」

さっさと自分の縄張りに戻っていくシャークと擦れ違い、歩き出すアルファ。そんなアルファには振り返らず、シャークが縄張りに戻ると、何故かそこにはグズィールが居た。何やら地面に近付けた鼻をヒクヒクさせるグズィールに、ユラユラと近付くシャーク。

「オレの縄張りが気になるのか?」

肩をビクッとさせるも、振り返ってシャークと目を合わせるとグズィールはまた地面を嗅ぎ始める。

「知らない臭いがあったら、ズルい」

縄張りとは言え、ただの持ち場。別に鬱陶しさなど感じないシャークは、ただ奇妙なものを見るような眼差しでグズィールを見下ろす。

「なぁ、ナイトメアに会いに行ったか?」

「行ってないよ、場所知らないし」

「あぁ、じゃあ後はグズィールだけだな」

「えっ!何それ、どういう事?」

「ベクルスに言われたんだよ、様子見て来いって。んで縄張りに着かせろって。最初はアーサーが行って、オレが行って、で今アルファが行ってる」

「ズルい、私も行くよ。連れてってよ」

「んまぁでも、別にそんな命令、気にしなくてもいいんじゃないか?戦力的には問題無いだろうし」

「・・・何だよっ」

「あいてっ。分かったって」

湖の畔。少女と犬のデュープリケーターたちは、揃って湖に顔を突っ込んでいた。時折、ブクッと水面が弾ける。小鳥の声が静寂によく響いてそれから、ゆっくりと湖から顔を出し、少女は犬を真似してブルブルする。そしてウキウキを笑顔に滲ませて、少女と犬は体を向き合わせる。

「せーのっ」

少女と犬の尾状器官が一斉に吐き出した、計4匹の魚。ピチピチと足掻く魚たちに犬は尻尾を振り、少女はにんまりする。それから少女は犬と、肩を並べて湖の畔に座り込む。青い炎にこんがり焼かれた魚にかぶりつきながら。

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