「アーサー」前編
グラシア達が撤退して直後、アーサーは“同居人たち”の面々に振り返る。
「お前ら何だよ。ここは俺の縄張りだぞ」
「ヨーガが言った。時間かかってるから加勢しろって」
そう応えたのはバージョン4の中で1番骨格が人間に近い、6本の尾状器官を持つアルファ。
「わざと時間かけてやってんだ。暇潰しなんだから当たり前だろ。次来てもお前ら手出すなよ?そもそも俺の縄張りに来た奴らなんだ」
「アルファはヨーガの判断に従う」
そう応えたアルファがそそくさと去っていくと、まるで波が引くように他のデュープリケーターたちも各々自分の持ち場に戻っていく。
「あっそ」
特攻部隊、良い暇潰しが出来たもんだ。そうアーサーは高揚していた。次はいつ来るのか。来たら次はどう戦おうか。想像するだけで、気分が良い。そんな時にふとアーサーは振り返った。グズィールが黙ってアーサーを見ていたのだ。そんな気配に振り返ってそれから、妙な沈黙が流れる。
「何だよ」
「アーサーの側に居れば、次来た時にはすぐ戦えるから」
「もしその時に守りが薄いところを攻められたらどうすんだって、ヨーガも言ってただろ」
「そもそもアーサーの縄張りにしか舗装された道が無いんだから、普通に考えればみんなアーサーの縄張りから樹海に入るって事くらい分かるよ」
「・・・分かったよ。しょうがねぇな。ていうかお前、そんなに戦う事好きだったのか」
「・・・いや、何か・・・そうじゃなくて、ただ、アーサーだけズルいんだよ」
第19話「アーサー」
「え?何だよズルいって。ていうか戦いたいからズルいって思うんだろ。他の奴らは自分から俺の縄張りに入って来たりしないんだから」
「違う。何か、違うんだよ・・・戦いたいなんて、思ってない」
「じゃあ何だよ」
うつむくグズィール。それからそのまま地面の匂いを嗅ぐように鼻をヒクヒクさせると、その眼差しは焦れったいくらいにアーサーから離れていく。しかしアーサーは問い詰めない。アーサーは分かっているからだ。グズィールが持つ、たまの陰気さを。――ほんと、よく分かんねぇ奴。
少し経った頃、アーサーはふと目を留めた。自分の縄張りに入って来て、しかも何となく急ぎ足で近付いてくるアルファに。デュープリケーターの中じゃ1番人間に近いから、表情も分かりやすい。そうアーサーはどこか怒っているように見えるアルファを見つめる。
「何だよ」
「ベクルスに、アーサーはわざと時間かけて戦ってるって言った。そしたらベクルス怒ってた。それで次はちゃんと戦えって言ってこいって」
「ったく、何でもかんでもすぐ報告かよ。いちいちそんな事までいいだろうよ」
「でもアルファ、デュープリケーターのリーダー任されて――」
「知ってるわっ。もういいよ分かったから、用が済んだらさっさと戻れよ」
「分かったって言ってたって、ベクルスに伝えるから」
アーサーは内心で項垂れた。良く言えば仕事熱心、悪く言えば面倒臭い。そしてまた足早に去っていくアルファの背中を見ながら、アーサーは特攻部隊の事と、グラシアを思い出した。――せっかく見つけた暇潰しなんだ。そうそう終わらせてたまるかよ。
禁界の中にある国、三国にて。ルアとヘルは緊張していた。何故なら頭上では、まるで屋内バルコニーのようにせり出した2階から天界の王様が威厳を放っているからだ。しかし隣を見ればグラシアは特段緊張しているようには見えない笑みで、デュープリケーターの事を天王に報告している。それから天王は頷き、立派な顎髭をさすった。
「テアトリア大尉はそちらの事に集中した方が良いだろう。ロードスター連合王国の事は今は別の者達に任せなさい」
「はい」
それからロクに舗装されてない、昔ながらの砂利道。向かう先は「第1演習場」だとグラシアは微笑む。
「(ロードスター連合王国と何かあったの?)」
「エニグマの森の向こうに住むスティンフィーと交流出来るようになってから、色々教えて貰ってるの。それでロードスター連合王国の事調べて貰ったらね、今ロードスター連合王国は、こっちの世界の『シャンバート』っていう国と結託して、禁界に攻め込もうと準備してるらしいの」
「(ありゃ、じゃあ、ロードスター連合王国もホール作ってこっちに来れるようにしてるって事かな)」
「そうみたいね。でもスティンフィーが不思議がってたの。アマバラとサクリアが繋がれたのはあくまで“奇跡”だから。例えホールの作り方を知る事が出来ても、“ホールを作る前からお互いを繋ぐ事を事前連絡なんて出来ない”って。それこそ精霊さんの力を借りないと無理だって。だからシャンバートとロードスター連合王国が繋がれたのは、きっと第三者が橋渡しをしたからかもって」
「(シャンバートはこっちの世界の国だし、簡単なんじゃないのかな)」
「私もそう聞いたんだけどね。この世界の全ての国が精霊と関わってる訳じゃないんだって。シャンバートは精霊とは関わってない工業国で、だから不思議なんだって」
「(へー。じゃあスティンフィーは、その第三者を調べてるのかな)」
「うん」
「グラシアさん、大丈夫なんですか?2つの国に攻められたら」
「大丈夫だよ。エルフヘイムと、プライトリアも、禁界を守る為に動いてくれるから」
「(おー)」
第1演習場。そこでは兵士達が“訓練”に励んでいた。しかしルアとヘルはふと小さく、首を傾げたのだった。確かに列になって内周を走るグループがあったり、ストレッチしてるグループがあったりしているが、同時に座り込んで談笑しているグループがあったり、テントの手前に居る人に限ってはジューサーからコップにジュースを注いでいたりしている。そこでルアとヘルは思ったのだ。何かの“部活動”なのかな?と。
「みんなーちょっと集まってぇーっ」
グラシアの号令が響く。しかし命令形でもない、ましてや“上官らしい怒声”ですらない呼びかけに、ルアとヘルは顔を見合わせた。ゆるいね、と。
「天王様の指示もあって、しばらく私ね、下の世界の事に集中するの。それでサクリアって国の事で、3人くらい人手が欲しいの。でも相手はすごく強いエニグマだから、1体のエニグマに対して2人居ても良いかも」
「相手のエニグマは全部で何体ですか?」
1人の男性兵士が尋ねる。
「エニグマ自体は今は5体だと思う。ただそのエニグマは人間に作られてるから、もしかしたら増えるかも知れないし、それにエニグマを相手に出来てもその上でエニグマみたいに強い力を持った人間が来るかも知れないの」
「そんなじゃあ、3人くらいじゃ足らないんじゃ」
「ううん。エニグマはね、お話が出来るの。だから殺さなくても、戦いを止めさせる事が出来れば、そんなに人手は無くてもいいの」
「そのエニグマって、イビルみたいな感じですか?」
「ううん。イビルより、もっと私達みたいに感情的で頭も良いよ」
「じゃあエニグマたちと、その人間達を説得すれば良いんですね?」
「エニグマはそれで良いと思うんだけど、エニグマたちを統率してるその人間達に関しては、とても悪い人達みたいだから、きっと戦いは避けられないと思う」
「悪い人・・・でも話が出来るなら、敵意を納めさせられる可能性はあるんじゃないんですか?」
「そうだと良いけど、そういう悪い人達を、その国ではマフィアって呼んでるんだけどね。下に居る時、マフィアについて色々教えて貰ったの。マフィアは、みんなが想像もした事ないくらい、沢山の人達を傷付けて、沢山の人達から嫌われてる人達なの。エニグマを作ったのも人を傷付ける為で、でもエニグマたちはそれぞれ意思があって作られて間もないから話せば分かってくれると思うけど、マフィアの人達は長年周りの人達を傷付けて生きてきてそれが当たり前になってる人達で、そもそもマフィアの人達を懲らしめる事はその国の為になる事だから、ここはきっと戦わなきゃだめなとこだと思うの」
「そうなんですか。そんなに悪い人達なら、懲らしめる事は必要ですね」
それから兵士達は訓練を再開させた。その中で、5人の兵士がテントの前に集まっていた。満足げなグラシアを見つめるルア。その眼差しには、若干の不安と落胆が宿っていた。そんな眼差しに、グラシアはふと気を配る。
「大丈夫?」
「あ、あの、やっぱり戦うんですね。ここの人達は、基本的に何事にも平和的に解決しようとする人達だと思ってました」
その一瞬、ルアは気を留める。確かに悪口ではないが、そう言われてむしろ柔らかく微笑んだグラシアに。
「平和っていうものはね、戦わない勇気と、いざとなったら戦える勇気、両方を持ってないと叶えられないものだから」
「いざとなったら戦える勇気?」
「確かに戦わない方が良い。でもね、戦わない方が良いって思う事は、戦った後の後悔があって初めて出来る事だから。それに私ね、戦わない選択そのものも、戦うって事だとも言えると思うの」
「(平和を求めるのにも強さが必要って事?)」
「うん。それじゃ先ず紹介するね。こっちからテリッテ」
「よろしくね」
同年代の女性だという親近感と若干の安心感。そうルアは笑顔を見せたテリッテに笑顔を返す。
「ロックエル、ヒーター、クロム、マスカット。4人は兵士になってまだ1年目だから、2人1組で動いてね」
「はい」
4人の男性兵士達もルアとヘルと笑顔を交わしてそれから翌日、7人と1匹は雲を抜けた。空から見下ろす別世界。普通、兵士は“下の世界”に行く事はない仕事。たまに図書館で下の世界の事が書かれた本を読むけど、やっぱり実際に来るともっとワクワクする。そうテリッテは無意識に笑顔を溢した。やがてクランの樹海に降り立てば、そこには何やら同じような服装で揃えて武器を持った人間達が居たが、グラシアと挨拶をかわすところを見てテリッテはその男性にまた自然と笑みを溢した。
「援軍に感謝する。俺はノイル。デュープリケーターやマフィアに対して動いてる特攻部隊の隊長だ。一応、ルアちゃんとヘルもその一員でな。グラシアにはルアちゃん達に協力して貰ってるって事になってる」
「私、テリッテ・ハミングベルです。階級は中尉です」
「ロックエルです」
「ヒーターです」
「クロムです」
「マスカットです」
「この4人は兵士1年目なので、2人1組にしたんです」
笑顔でそう言ったグラシアを前に、ノイルは「えっ?」となる。相手はデュープリケーター。なのに連れてきたのは新兵。
「大丈夫、なんだよな?確かに禁界の力はデュープリケーターに有効だが」
「デュープリケーターに関しては大丈夫だと思います。でもマフィアの人達が来たらまた撤退も考えなくちゃだめかも知れません」
「マフィアに関しては俺の方で対策を考えておくから、そうだな、マフィアが来てヤバそうだと思ったら迷わず撤退してくれ」
「はい」
アーサーはカシャカシャと尾状器官を震わせた。やって来るグラシアに加えて、同じような服装の5人。同じような服装だから、きっとあいつらも禁界に適応してる。そうその面々に、アーサーはやる気をみなぎらせていく。
「私の相手をしてくれるのは誰だ」
自分よりも前に出たグズィールにふとアーサーが呆気に取られた時、2人の男が前に出てきてアーサーはまた置いてきぼり感を小さく抱く。
「私の名はグズィール」
「僕はマスカットだよ、こっちはクロム」
「お前、意外と抜け駆けとかするタイプだったんだな、ハッ。さて、グラシア、あんたは俺の遊び相手だぜ?来いよ」
「うん、でもその前にねアーサー、この前言えなかった事なんだけど」
「あ?話は後に――」
「ちゃんと聞いて」
初めて見る眼差しだった。マフィアの人間共が恐らく一生見せないような、優しさの滲む力強い眼差しのグラシアに、アーサーは思わず一瞬だけ戦意を迷わせた。
「チッ・・・何なんだ」
そしてまた、初めて見る“殺意の無い”笑みに、アーサーは無意識に見とれてしまっていた。
「あのね、私達の世界に、遊びに来なよ。戦う為じゃなくて、仲良くなる為に」
「・・・え?」
「あなたはきっと、戦いたいから戦ってる訳じゃなくて、寂しいから戦ってるんじゃないかなって、話してみて思ったの」
「・・・・・・あ、それだ」
言葉が出なかった。しかしその時だった。グズィールがそう呟いたのは。内心で首を傾げながら、ふとアーサーはグズィールの横顔を伺った。
「何がだよ」
「私・・・寂しいんだ、いつも。森から出ちゃいけないし、ベクルス達は怖いし、いつも独りだし」
「それなら出てきなよ。独りが嫌なら僕らが友達になるよ?」
「・・・ほんと?でも友達って・・・どんなもの?」
「んー・・・傷付け合う事もなく、怖くもなく、会いたいと思ったらいつでも会いに行ける感じ、かな?」
マスカットの答えにふとした静寂が流れるが、アーサーはグズィールが小さくとも期待を抱いたのをその横顔から何となく感じ取っていた。そしてグラシア達の方も、グズィールの殺意の無さに同じく期待を抱いていく。そんな雰囲気にまた、アーサーは勝手に小さな孤独感を抱いていく。しかしその時だった。グズィールの背後の向こうに、グズィール以外の目が釘付けになったのは。
「避けて!――」
一瞬だった。グラシアの言葉に振り返ったグズィールは衝撃熱波に襲われて倒れ込み、グラシア達に緊迫が走る。そして同時にアーサーは睨み付けた、衝撃熱波が飛んできた方に立っていたアルファ、並びにシャークとメアを。
「お前、何してんだ」
「ベクルスから、アルファに新しい指示が通達された。縄張りに入った敵を排除しない怠け者を、処分しろと」
「何、だと?ベクルスが、俺達を、殺せって言ったのか?」
「うん。アルファはベクルスに従う」
「2人共っ」
尾状器官を背後に噴かせ、グズィールに向かって飛び出したアルファ。同時にグラシアはマスカットとクロムに目を配る。それから尾状器官の1本の先に青い光を尖らせるアルファ、しかしそこにマスカットとクロムが割り込んだ。同時にアルファの尾状器官は降り下ろされて、青い光がその場で弾けて消えていった。閃光のような“青”に、アーサーは思わず目を瞑っていた。そしてその一瞬の後に目を開けると、グズィール、マスカット、クロムは倒れ込み、そんな3人を庇うようにグラシアが前に出ていた。
「みんな、昨日ハルクから教わった魔法やるよっ」
辛そうに立ち上がるマスカットとクロムは顔を見合わせ、“青”に吹き飛ぶ2人を目の当たりにしたロックエルとヒーターも戸惑いを分かち合うそんな中、いち早く動いたのはテリッテだった。
昨日、上官のハルクからみんなに伝えられた“別世界の魔法”。基本的には、三国はなるべく別世界の人間の機械的な技術は必要最低限しか取り入れない風習だ。何故なら人間と同じような生活をすれば、“終わりの無い兵器生産と戦争”まで真似してしまうからと、ずっと前の王様達が考えたから。でもこれは物理的な形の無い魔法。しかも兵士にとってはすごく役に立つもの。その“別世界の技術”が昨日、久々に広まった。テリッテは思い出していた。ハルクがその魔法、「リッショウ」をやって見せてくれた事を。
そしてテリッテは、意識を集中した。それはまるで、“風が入り火の手が増した様”。そうテリッテから放たれる翼の力の気配とオーラは密度を増して、テリッテの全身を纏った。それからグラシア、マスカット達、次々と“存在感”が力強くなっていく。そして最後には“でかい犬”と“光矢の女”まで。――そうやって皆、グズィールを守るのか。アーサーはまた、心の中で勝手に小さな孤独感を抱いていく。




