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逆襲のアルテミス  作者: 加藤貴敏
第2章「バチルス」

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「バチルス」後編

「ボァァン!」

ドサッと、噛み殺した荷物を投げ棄てそいつは吠える。動物らし過ぎる仕草がまたムカつく。そうラルガは地面を踏み締めた。それから両手を突き出し、羽を震わせる。一瞬の静寂。そしてデュープリケーターが飛び出した瞬間、ラルガは両手から衝撃波を撃ち放った。ドカンと鳴った“空気の歪み”にデュープリケーターは跳ね返される。しかし俊敏に立ち上がると4本の尾状器官はパッと開かれ、間髪入れずにそこは“青い歪み”に覆われた。

「・・・クソ・・・」

まるで大爆発。舞い上がるデュープリケーターとブルータスの亡骸の中、ウパーディセーサのマフィア達も“人間のように軽々と吹き飛ぶ”。ギールは垣間見た。バラバラの新タイプキャリバー、動かないオンス、他にももがくだけで精一杯の虫の息のウパーディセーサ達。――たった1回で、これかよ。マジでヤバイ。その時ギールが目に留めたのは、ラルガだった。この中で1人立っているラルガ。その全身は何故か少しだけ歪んでいる。ギールは思わず目を細めた。そうか、ラルガには発展途上段階の羽があるんだ。ラルガの真似してウパーディセーサをでかくしたのに、真似するとこ間違えたな。

しかし直後、ギールの納得は再び疑問に変わった。発展途上段階の魔獣がブルータスの遺伝子を手に入れた状態、それがラルガ。なのにその一瞬、ラルガは光を帯びた。すると体は少し大きくなり、しかも何と5本指の尻尾が生えたのだ。更には両手を飾る立派な爪からは湯気のように光が揺らめき始めた。

「ラルガお前、何した。まさか探偵業と関係あんのか」

「あー悪ぃ、守秘義務ってやつだ」

「あ、そう」

まるで、神秘的で気色悪いデュープリケーターみてぇな。それから飛び掛かってきたデュープリケーターに、ラルガはビンタをかました。モンスターとモンスターの衝突音。転がるデュープリケーター。しかし負けじとデュープリケーターも向かってきたラルガを体当たりで押し倒す。更にゼロ距離での青い衝撃熱波。ギールはその風圧に思わず顔を背ける。――ラルガ・・・。

「うぜぇっ!!」

クリーンヒットしたように見えたラルガの拳。デュープリケーターは盛大に転がり、ラルガは息も荒々しく立ち上がる。すでにラルガは疲労もダメージも伺える。するとラルガは両手を突き出し、尾状器官を全て開いて前に突き出し、そして羽を震わせた。

「ぶっ飛べ、クソ犬」

羽音はエンジン音のように、ラルガの体を伝い迸る。そして、光が弾けた。管楽器のような、一瞬の重低音がラルガから放たれる。青い大爆発をも勝るような歪み。いやそれは最早、どっかの巨大戦艦の砲撃のようだ。舞い上がる巨体。同時に全身からブチブチと噴き出す鮮血に、ギール達マフィアの期待が一気に膨らむ。

「・・・やったか?」

ボロボロで動かないデュープリケーターに恐る恐る近寄るギールはふと、横目でラルガを見る。敵に回すつもりは無いが、敵に回したら厄介な力だ。それからデュープリケーターを目の前にしたギールはまたふと横目で、外に群がるマスコミを見る。

「・・・グォ」

「ギール下がれ!」

「クソ!」

まるで死体のようだったデュープリケーターから呻き声が鳴り出し、とっさに後ずさるギール。小さくざわめくマスコミの声も耳に入りながら、そしてギールは絶句した。デュープリケーターの全身が、みるみる再生されていくその絶望に。大きな赤い目はLEDのように覇気を甦らせ、数分も経たない内に立ち上がったその不気味さとしぶとさは正にバケモノ。そうギールは狂気を甦らせて口を開く、4本の尾状器官に怒りを募らせる。

「ボァァン!」

しかしその殺気の矛先はラルガだった。走り出したデュープリケーターを前に、ラルガは再び両手と尾状器官を構える。だが直後、ラルガはビンタされて容易く吹き飛ばされた。

「ラルガ・・・」

何故“何もしなかった”。ギールにはそう見えた。尻尾での反撃にデュープリケーターは押し退けられるも、どこかラルガの動きが鈍い。

「おいラルガ」

「まずいな。初めてやったから、まさかクールダウンが必要になるなんて知らなかった」

「衝撃波、出ないのか」

「まぁすぐに終わるだろうが・・・つう、体が重てぇ」

「ボァァン!」

ラルガは腕で庇う。しかしのしかかったバケモノの重さは途端に無くなった。2本の尾状器官を推進力に使い、もう2本をデュープリケーターに突き刺したギールの力に、その巨体は浮いたのだ。直後に突き刺した尾状器官からの衝撃波。それは一瞬だった。体内へ直接響き渡る衝撃波。弾ける血飛沫。吹き飛んだデュープリケーター。

「要は再生する前に殺ればいいんだよな?」

「だろうな。だったら俺が犬の野郎の気を引いてやる」

「パワー戻った?」

「いや。けどそれくらいなんて事ねぇ」

それからラルガがデュープリケーターを捕まえてギールが仕掛ける、そんな連携にデュープリケーターは何度目かの血飛沫。動きが鈍ったところで、デュープリケーターはふとキョロキョロする。知能が高いという事は、“劣勢を理解してしまう”という事でもある。そしてギールが突撃した時、デュープリケーターは逃げ出した。逃げる為の青い衝撃熱波を吐き散らし、デュープリケーターは自動車工場の敷地外に出た。騒然のテレビクルー。しかしギール達は追いかけない。何故なら、ギール達の目的は自動車工場を守る事だから。しかし厄介者が去ったと安堵したギール達の傍らで、ロッズは慌てて走り出した。

「待て!」

それから真っ先にデュープリケーターの目に留まったのは、テレビクルーの人達だった。それは明らかに恐怖を伺わせている“群れ”。しかしその中で、デュープリケーターは“レンズ”に目を留めた。自分に向けられた円く、長いもの、それを担ぐ群れ。デュープリケーターはふと、“ホテル前の群れ”を脳裏に過らせた。

「ボァァン!」

開かれた口、そこから微かに漏れ出す青。テレビからは悲鳴が鳴り上がる。その乱れた画面を前に、ユピテルは息を飲んだ。するとその時だった。テレビを見ているユピテルが見たのはどこからか飛ばされてきた歪みが、デュープリケーターの顔を殴ったという事。つまり、間一髪だった、というその一瞬。それからテレビにフレームインしてきたのは、ヴァンガードの背中だった。

駆けるロッズ。飛んでいった子分を追いかけてそれから彼が見たのは、青い歪みだった。言葉も出ない一瞬。吹き飛ぶヴァンガード。ただただ、ロッズの頭に血が上った。

「クソ野郎がああ!!」

撒き散らされた青い歪みに飛び込み姿が見えなくなる1人のウパーディセーサ、その映像がまた繰り返される。その見出しは「ザ・マッドアイのブルータス、世論に変化」。

「クソ・・・何してんだ。何助けてんだよ」

まるでドラマのシーン。ぐったりと動かないヴァンガードを抱き抱え、悲しみに暮れるマフィア、という構図の映像と、アナウンサーの語り。

「これまで、兵隊として活用されているという印象だったブルータスですが、これを見る限りでは、テレビクルーの皆さんを助けたのはブルータスの意思のようで、これが元でブルータスに対する世論が少し変化を見せてきた模様です」

「あ?何でわざわざお前らを守るように命令すんだよ。こいつは元々、人になつきやすい奴なんだ」

そうテレビクルーに応え、ヴァンガードの遺体を担いで去っていくマフィア。そしてスタジオに戻ると、アナウンサーはコメンテーターに話を振った。

「マフィアがテレビクルーを守る理由が無いのは、そうでしょうから、やはりブルータスは自分の意思で人を庇ったという事でしょう。しかしだからといってこれで“生確法生物”になれるというのはそれこそ飛躍し過ぎでしょう」

――少し前。

通常なら、魔虫の遺体は焼却処分。しかしそこで、ロッズは穴を掘っていた。自動車工場のどこか適当な木の下。ドサッと、ヴァンガードの遺体は落とされた。

「ロッズ」

歩み寄るギール。そのニヤつきは“子分への想い”への理解半分、小バカにした思い半分。

「また人に慣れる奴見つければいいだろ。子分は子分でも、どっちかって言えば犬だろうし」

「簡単に言うな。犬でもそれぞれ性格も違うだろ」

「けど、なんでテレビの野郎共庇ったんだ?」

「さあな。キャリバーとヴァンガードの補充は?」

「もうすぐだ。お前も、さっさと“魔獣の羽”の遺伝子打てよ」

「・・・あぁ」

去っていくギール。バサッと、ヴァンガードの遺体に土を被せながら、ロッズは思い出していた。餌のキューブ片手に見上げてくるこいつの赤い目を。しかも最近、正に言葉を教えていた最中だった。確かにそりゃあ犬だって、死んだらまた飼えばいい。それからロッズはタバコに火を点けた。そして一口、煙を吐く。ロッズがその場を去ると、ヴァンガードの遺体の上には線香のようにタバコが立てられていた。

クワイホテル4階。ヨーガはふと、言葉を失った。そして少し慌てて開けたのだ。その酸素カプセルを。そこにあったのは“抜け殻”だけ。それはまるで、起床してすぐ掛け布団をろくに片付けずに去った跡かのよう。――どこいった?。

テレビの点け方も、言葉も、何となく分かってる。理由なんてどうでもいい。“それ”は独りで、テレビを見ていた。ブルータスが取り上げられた番組。ザ・マッドアイ、ブルータス、センバドール、デュープリケーター、知らない情報が次々と頭に流れ込んでくる。

「あら・・・あなた、何?」

“それ”は振り返る。その眼差しは1人の風俗嬢を見ていた。同時に風俗嬢はまるで得体の知れないものを見るような態度だ。“誰ではなく何という言葉がとっさに浮かんだ”風俗嬢は舐めるように“それ”を見ていた。何故なら、同時に感じる“女らしさ”は何故か逃げるという選択肢を無くさせているから。

「何って・・・」

返答に困っている“それ”の表情に、風俗嬢ビリジアは独り腑に落ちて何やら呆れたような溜め息を漏らす。

「こんなものまで作るなんて、男ってバカね。まあいいわ、来なさい。とりあえずちゃんとした服あげるから」

クワイホテル最上階。通称“控えフロア”。客に対応するのは1階から3階のフロアで、待機する場所や住み込みの風俗嬢の住居は控えフロアにある。

「このフロアに男を連れ込むのは厳禁。客にバレなきゃ彼氏作ろうが結婚しようが自由だけど、そうなったら引っ越した方が手っ取り早いわよ?」

エレベーターを出ると、“それ”は真っ先にモヤッとした鼻づまり感を覚えた。香水の匂いが混ざりに混ざったもったり感。それからとある部屋、ビリジアはウォークインクローゼットで服を選んでいた。

「ちょっと何こいつ!」

ビリジアと“それ”は振り返る。そこに入ってきた風俗嬢ノアは途端に“それ”を嫌悪する。

「虫なんか連れ込まないでよ!」

「え?男達が作ったんだから」

「はあ?こんなの女じゃない!こんなのに客取られるとかあり得ない!ジェンは?文句言ってやる」

嵐のように去ったノア。肩を竦めるとビリジアは取り出した服を“それ”にあてがう。

「うん。とりあえずこれ着なさい。あなた名前は?」

「名前・・・多分無い」

「あら、そう。でもせめて仕事の時の名前は考えなくちゃね」

「ねぇ、何で、センバドールはザ・マッドアイを攻撃してるの?」

「そんな事コールガールには関係ないわ。私達は客に体を抱かせてお金を貰うだけ。この世で最も、戦争から遠ざかった平和な仕事よ」

「ほらこれよ!」

再びやって来たノア。彼女は“それ”に指を差し、センバドールの男ジェンに思いを訴える。ふと空気が止まった。“それ”を見て、当然何も知らないジェンは言葉を失ったのだ。

「ちょっと待て、ヨーガ呼んでくる。動くなよ?」

「コールガールのデュープリケーターじゃないの?」

歩き出した矢先のビリジアの問いに、ジェンは思わず“それ”を二度見する。

「・・・そんな訳ねぇから、ていうかそんなもん作ってどうする」

慌ててやって来たヨーガとムソー。とりあえずベッドに座り込んでいた“それ”が振り返ると、ジェンと同じく2人も言葉を失った。

「ヨーガ、これが、例のシャドーのデュープリケーターか?」

「そうです。まぁシャドーって言っても元が人間ですからね。あり得ない事じゃないですよ」

「言うなれば、“ヒトのデュープリケーター”か。しかしこれじゃ、どう見ても大した殺しは出来なそうだ。失敗作だな。どうせ元はと言えば人質で連れてきただけだ。データはあるんだ、こいつもシャドーも、もう処分していい」

ピンと張った空気を、ヨーガは感じ取った。それは女達からでもあり、“それ”からでもあり。

「はい」

返事はしたものの、去っていくムソーの背中を見て、ヨーガはふと何となく、マフィアのくせに今更人としての良心に駆られた気がしたのだった。最初に酸素カプセルの中で見た時はこんなんじゃなかった。見ない内に脱皮して変わった姿は、言うなれば“人間8割、デュープリケーター2割”と言ったところ。女らしさどころか、“誘拐されて怯えた少女らしさ”さえ伺える。

「何作ってるの?」

それから4階、とある一室。デュープリケーター作りに勤しむヨーガに、“それ”は問いかける。

「兵隊だよ。復讐の為のね」

「私も?」

「あぁ」

「あの子も?」

「あの子?」

「私の、中にある、私じゃない、私」

「・・・シャドーか。まぁ、ウパーディセーサだからなぁ」

「処分って、何?」

ビクッと、ヨーガはキーボードを叩く指を止めた。そして思わず“それ”の顔を見てしまった。“それ”は良い意味でまだ純粋で、色の無い眼差しをしていた。

「嫌なら逃げればいい。生きたいと声を上げる意思があるならな。1つ覚えておくといい、黙ってる奴を、神様は助けない。救いを求める奴にしか、神様は手を差し伸べない」

沈黙の24時間。その見出しが、世間を駆け巡った。テレビの中のアナウンサーですら、「何があった?」と報じている始末。サザーリニの自動車工場はヘルハウンドのデュープリケーターによって痛手を負った。当然、マスコミやザ・マッドアイのマフィア達ですら「次は何が来る?」と良くも悪くも期待していた。しかし1体のヘルハウンドのデュープリケーターがクワイホテルに逃げ戻ったその時から、センバドールは沈黙したのだった。

ブーブーと飛び交うドローン。そのレンズは皆クワイホテルを狙っている。地上でもテレビクルー達は群がり、アナウンサー達はいつ何が起こるのかとマイクを握り締める。沈黙から24時間が過ぎたと、とりあえずの報道。そんな時だった。誰かが、叫んだのは。

「屋上!」

「今動きがありました!屋上に何か居るようです!あれは、何でしょうか、デュープリケーターが屋上の縁からこちらを見下ろし――えー、デュープリケーターの背中に誰か乗っているようです。先程の戦闘から戻ってきたデュープリケーターのう――女の子でしょうか。デュープリケーターの背中に、女の子が乗っているようです!」

例の如くコーヒー片手に、ユピテルはテレビに釘付けになる。地上のテレビクルー達の報道より、空撮のドローンたちの画の方が分かりやすい。犬のような骨格のデュープリケーターと、その背中の上の女の子のようなデュープリケーター。

「ルアちゃんとヘルくんみたい」

呟くメルテ。ユピテルは目を見張り、息を飲んだ。

読んで頂きありがとうございました。

平和な仕事は、まあ人それぞれですかね。

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